第11話 魔力過多とは
「だめだ。アンタに付き合って練習してるけど、強くなれる気がしない」
ラーレが珍しくぼやく。
彼女と私は魔法が使えないのは同じだけど、事情が全然違う。前世を思い出した私は成長していることを実感しているが、彼女にはそれがない。魔力操作ができたからと言って、使える魔法が増えるわけではないのだ。
「アンタは火と闇の魔力過多だったけど、無属性の魔法との親和性はあんまりないのかもしれないね」
そう。ラーレは私とは反対で、火と闇の魔力の色が強すぎる。属性の資質は色が濃い方が有利だと言われているけど、レベルが5以上になると、暴走率が上がって魔法が使えなくなってしまうんだ。
私の言葉を聞いて、ラーレはキッと睨んでくる。でもしょうがないじゃない。ラーレの場合は、抜いても抜いても魔力が濃い色になってしまう。そうなると、魔字や魔法陣を描こうとしてもすぐににじんで魔法を正確に発動することができないのだ。火の魔力なんか、暴走したら大火事になっちゃうこともあるらしいし。
私がインクの切れたペンなら、ラーレはインクが出過ぎるペンと言った感じか。ラーレは字がきれいなんだけど、それでもうまく魔法文字や魔法陣を描けず、魔法を使うことができないのだ。
ラーレは下を向いてしまった。しばらく俯いた状態のままだったが、ぽつりとつぶやいた。
「私のことなんて、ほおっておかれてるのかな」
彼女は目に見えて落ち込みだした。たしかにおじい様は毎日来るわけではない。領内を忙しく回ってるみたいだし、昔と違って2週間以上放置されることも少なくない。たまに来たかと思えば、私たちが魔力操作の訓練をしているのを見てすぐに去っていくこともある。
私が身体強化を使えるようになって彼女も奮起していたけど、それが結果に結びついていないのだ。
「もしかして、私がおじい様にアンタの剣を学ぶことを許可されたのは、呆れられたからかもしれない」
そう言ってラーレは泣きそうな顔になる。私は訓練の手を止めて、彼女に向き直った。
「そんなことないと思うよ。おじい様はなんか、私たちを決して見捨てたりしないと思うし」
おじい様はいかつい顔をしてるけど、あれで人情派だと思う。でも確かに、私の真似をしてもラーレは強くなれない。ラーレが魔法や剣を使えるようになるには、なんかもう一工夫必要な気がする。
「う~ん、でも確かにラーレには何か足りないよね」
そういって私は考え込む。彼女の火の魔法はやばい。ネックレスと腕輪は火の魔力を封じるためにしているんだけど、すぐに赤くなっている。あれが真っ赤になると魔術具の限界らしく、取り替えないと爆発するらしい。そうならないように、おじい様は頃合いを見てラーレの腕輪とネックレスをこまめに取り換えているのだ。
「やっぱり、私には、魔法が使えないのかなぁ」
泣きそうになるラーレを見て、私は慌てた。
「そ、そんなことないよ! 私だって身体強化はできたんだ。ラーレにだって、使える魔法はあるはずだよ!」
私は慌てて否定するが、ラーレは本格的に落ち込んできた。どうしよう。いつも助けてくれるから何とかしたいけど、何のアイデアも浮かばない!
こんなときは、片っ端から調べるしかない!
「よし、こうなったら本を読んでみよう。なんかアイデアがわくかもしれないし」
こうして私は、渋るラーレを引っ張って屋敷の図書室に向かったのだった。
◆◆◆◆
おじい様の部屋の傍にある図書室には、数えきれないくらいたくさんの本があった。
「貴族家って、こんなに本があるもんなの? ちょっと多すぎない? ここから魔法に関する本を見つけるなんて、難しいと思うんだけど」
私は思わずぼやく。ラーレはそんな私を呆れたように見た後、図書室の中にずんずんと入っていった。
「アンタが誘ったくせに、なんでしり込みしてるのよ。まあうちの図書室の本は、他に比べてかなり多いらしいけどね。ほら、こっち! 魔法関連の本はこの棚にあるから」
私はこの部屋にはほとんど来たことがなかったが、ラーレは図書室に来て本を読んでいるらしい。ああ見えて、けっこう読書家だからね。私は本を読むとすぐに眠くなっちゃうほうなんだけど。
「たくさんあるねぇ。どれどれ、ええと、『魔術基礎理論』・・・、ヨルン・ロレーヌか。あの公爵家の人が書いた本もあるんだね。こっちは『魔術構成の仕組み』かあ。ん? 著者はバルトルド・ビューロウって・・・、おじい様じゃない! 自分の本を屋敷の図書室に置いてるの? ちょっと自意識過剰すぎない!?」
私が驚いていると、ラーレが本を見つめた。
「ああ、これね。魔術の基礎を丁寧に説明してるって有名なのよ。たしか、ベストセラーだったはず。無属性魔法についても書かれてるから、アンタの役にも立つんじゃない? でもそこに書かれてる理論を信じてない魔法使いも多いそうだけどね」
あの爺、あんないかつい顔をして作家気取りか! 印税生活なんて羨ましいぞ! この世界に印税があるかどうかは知らないけどね!
私は不機嫌な顔で本をぺらぺらとめくる。何ともなしに読んでいると、魔法の種類について書かれているページが目に留まった。
「う~ん、内魔法と外魔法? なにこれ? こんなの初めて見たんだけど」
私は本を読み始める。一応魔法は6つの属性があるってよく聞くけど、内と外で分けるなんて初めて聞いた。
「なになに、内魔法は自分に影響を与える魔法で、外魔法は、周囲に影響を与える魔法を指すのか。そんな視点から魔法を区分するなんて、あの爺も変な分け方するんだね」
基本的に魔法は外魔法が多いらしい。火を起こしたり水の弾を作ったり、石礫や空気の塊を飛ばしたりするからね。でも水や土の練度を上げれば体に纏わりつかせて身体強化をできるようになる。この本では、そうした自分自身に変化を与える魔法を内魔法と呼んでいるようだ。
「えっと、内魔法が最も強い属性は、光か。確かに、光で身体強化する方法もあるし、なにより傷を回復させる魔法もあるらしいからね。やっぱり光って、他の属性より一歩上な感じがするわ」
光魔法に「フラッシュライト」と言う攻撃魔法があるように、ほとんどの属性に外魔法が存在する。でも、ひとつだけ攻撃手段がほとんどない属性もある。そう、無属性魔法だ。
この本によると、属性から色を抜くことで無属性になるそうだけど、無属性魔法は大きく分けて2種類の使い方があるそうだ。一つは、私が使うような身体強化の魔法。一時的に筋力とかを強化できるらしいけど、他の属性と同じように纏わりつかせて身体能力を高めることもできる。その場合、一時的な強化と違ってモンスターや闇魔に察知されちゃうらしいけどね。
「えっと、熟練者は筋力を魔力で一瞬だけ強化することもできる、か。魔力をはじけさせるようにすれば、一瞬だけ物を丈夫にしたり、力を強めたりすることができるのね。私もいつかはこんなことできるようになるのかなぁ」
そしてもう一つは空間に作用する魔法だ。無属性魔法をうまく使えば瞬間移動できちゃったりするらしい。でも大量の魔力が必要らしく、戦闘で使うには割に合わないそうだ。
「へえ、単純な身体強化しかできないと思ってたけど、いろいろあるんだね。なになに。なかには内魔法しか使えない人もいるっていうのか。ああ、だからこんな分類をしてるんだね。でもここに書かれていることが本当だとすると、やっぱりもっと制御方法を覚えなきゃダメってこと? 色のない無属性魔法では短杖が発動しないみたいだしね」
おっと、ついつい自分の魔法のページに目が言ったけど、今はラーレのことだ。確かラーレは、火と闇の魔力過多なんだよね。
「えっと、魔力過多について説明してるのは、ここか」
おじい様の本には、火の魔力過多者についても記述があった。特に火の属性は、南の貴族でまれに大きすぎる資質を持つ人が現れることがあるらしい。貴族の秘儀に関わることらしいけど、宝石を使って火を封じることはできるみたいだ。
私は思わず、ラーレを見る。彼女のネックレスと腕輪には、大きな宝石が埋め込まれている。あの宝石で、火の魔法の暴走を抑えてるってこと? フランメ家の秘儀のはずなのに我が家で実行できるなんて、やっぱりおじい様は魔法に関しては頭がおかしい。
「う~ん、火を制御する方法は書かれていないみたいね。闇のほうはどうかな?」
闇属性は、7つの中で唯一後天的に資質が伸びる属性とされている。でもその条件ってのが、深く絶望したときとか憎しみに捕らわれたときとかで、資質を持ってるからってあまり喜ばれないんだよね。ラーレが使用人や練習生から嫌わているのは、先天的にこの属性を持っていることも大きいと思うんだ。ラーレ自身も、闇魔法を忌避しているみたいだしね。
「えっと、闇の属性は、直接相手を攻撃する手段は少ないけど、相手の力を弱める効果があるのが多い、か。ラーレは今まで全然闇魔法を使ってなかったけど、この属性を使って火を弱めれば、魔法が撃てるんじゃない?」
ラーレはハッとする。ラーレは闇魔法も魔力過多だけど、制御に失敗しているのを見たことはない。火魔法に失敗して周りが燃えちゃうことはよくあるんだけどね。
「2属性を瞬時に切り替えて連続で使うのは大変かもだけど、それならできるかもしれないのね。闇魔法を自分自身に使えば、私でも魔法が撃てるかもしれない」
ラーレの瞳に希望が灯る。
「闇魔法の制御ができれば、私でも魔法が使える?」
でもラーレって、闇属性も魔力過多なんだよね?
「闇魔法が暴走したらどうなるの?」
ラーレは真顔で私を見た。
「人によって違うわ。なんか周りの人に悪夢をみせたりする人もいるらしいけど、それは後天的に闇属性に目覚めた人らしいの。先天的に闇属性を持っている私は違うらしいけど・・・、詳しい話は分からない」
私は考える。周りの人に悪夢を見せるような暴走をするなら怖くて実験もできないけど、そうじゃないなら試してみる価値はあるんじゃないかな。
でも、暴走しないに越したことはない。暴走を防ぐのに大事なのは、やっぱり魔力制御だ。
「結局のところ、やるべことは変わらないってことね。属性を素早く切り替えるには、魔力制御が重要みたいだし。やっぱり闇魔法も制御を鍛えるしかないってこと?」
私はげんなりしながらラーレを見る。結局、あの爺の言うとおりにするしか方法はないみたいだ。
「でも道は見えた。今まで見たいにやみくもに練習するわけじゃない。なんのために制御を鍛えるのか分かったなら、訓練にも身が入るよ」
なんか、ラーレは気合が入ったみたいだ。まあ、いつも訓練を手伝ってもらってるから、どんなことでも手伝うんだけどね。