第109話 貴族の誇り
剣術の授業に出ると、いつものようにフリッツに絡まれた。
前回、学園長にかなり厳しく叱られたはずなのに、相変わらず私の邪魔をしようとしてくるのだ。
「いや、私はゲラルト先生から自主訓練させてもらう許可を得ているんだけど!」
ゲラルト先生がいなくなったスキをついた凶行だった。ゲラルト先生は下級貴族だから、どうしても仕事を押し付けられがちなんだよね。出ていくときは心配そうに私を見ていたけど、私は「大丈夫です」って言っちゃったんだ。
結局、ゲラルト先生の心配通りのことになったんだけど・・・。
「お前が道場に来るなんて、邪魔なんだよ! 目障りだからもうここに来るんじゃねえ! オレの視界に入るなんて、何様のつもりだ!」
ここでこうしている時間って、けっこう無駄だよね。何かを学べるわけでも、楽しい時間でもない。
私はため息をつくと、道場から出ていこうとする。その途中、取り巻きのホルガーが私に向かって木刀を振り上げた!
まあ脅しだよね。私はホルガーを無視して道場の外に向かう。ホルガーは寸止めしたが、私が無視して移動したのが気に入らないようだ。驚かなかった私を怒鳴りつけてくる。
「てめぇ、なめるんじゃねえぞ! オレが誰だかわかってねえのか!」
いや知らないよ。フリッツにしっぽを振って喜んでいる小物なんて。
ホルガーを全く相手にしない私を、フリッツは苦々しい目で睨んできた。
「ダクマー、お前、まだ自分の立場が分かってないようだな」
そんなこと言ったって、攻撃するつもりがないのは気配で分かるし、まさか怯えて震えろとでもいうのか。
怒りに顔を赤くするフリッツに、私は冷静な目で言葉を返した。
「対外試合はご当主様に止められているんじゃないの?」
私が反論したのが気に入らないのだろう。フリッツはすごい形相で私を見ると、取り巻きたちに鋭い声を上げた。
「知るかよ! おい! こいつをやるぞ! お前たちも武器を持て!」
フリッツが命じると、取り巻きは一瞬驚いたようだが、にやにや笑いながら木刀を構えてきた。
そう。抜くのね。でも抜いたからには、命を取られる覚悟はあるよね? 私は真顔になってフリッツとその取り巻きを見つめた。
「これが獅子の一族とは、落ちたものね。誇り高いクルーゲ家の当主が、こんな行動を認めたどでもいうの? クルーゲ流の当主ともあろうものが、こんなことを? アンタ、自分のやってることの意味、分かってるの?」
私は思わず疑問を口にした。だがその一言は。フリッツの怒りに火を注いだようだった。
「お前! 生きて帰れると思うなよ!」
その時、ゲラルト先生が戻ってきた。近くにはジークがいて、彼が急いで先生を呼んでくれたようだった。
「フリッツ! いい加減にしろ! 昨日、学園長に言われたことを忘れたのか! お前は当主様からも他流試合を禁じられているんだぞ!」
ゲラルト先生が止めるが、フリッツは頭に血が上っているようだ。
「だまれよ! 下級貴族のくせに! こいつは今当主様をけなした! 侯爵子息のオレに向かってな! クルーゲ家の誇りにかけて、こいつを斬らなきゃならないんだよ! 当主様のためだ! 下級貴族のお前には理解できないだろうが、大人しく言うことを聞きやがれ!」
いや、当主をけなしたんじゃなくてアンタをけなしたんだよ!
ゲラルト先生もそれが分かっているようで、フリッツを厳しく問い詰めた。
「お前が何を考えているのかは知らん! だが、今の行動がクルーゲを貶めているのが分からんのか! このままでは、お前の将来のことをご当主様に進言せざるを得なくなるぞ!」
フリッツの将来、か。
これ、私でもわかる。ゲラルト先生は、フリッツの言動を詳しく報告するつもりだね。フリッツには、クルーゲ家を継げる資格はないって。そう進言せざるを得ないことをフリッツはしているんだ。
だが頭に血が上ったフリッツにはそのことが分からないみたいだった。私への挑発を続けている。
「東のロレーヌも落ちたもんだ! 加護なしのビューロウを側近にするなんてな。公爵だか何だか知らないが、人を見る目がないのは致命的だよな。はっ、笑えるぜ! これだから東の貴族は終わってるんだよ!」
私はドキリとする。フリッツは言ってはならないことを言った。公爵家のやったことにケチをつけ、さらにその実力を公に疑うなんて! 爵位は向こうのほうが上なんだぞ! そんなことが許されないことくらい、私にだってわかるよ!
「今、ロレーヌ家に向かって無能と言ったのか? 東の貴族を敵に回す発言だぞ! 侯爵家後継のお前がそう言ったということでいいんだな!」
ここまで言われたら東と西の闘争になる。そういう想いを込めて言ったけど、フリッツはまるで気にしていないようだ。
「はっ! この前たまたま魔物を倒せたからって、ビューロウの狼もどきが何を言う! 身体強化用の魔道具があれば、ビューロウの魔法を超えることだって難しくはない! お前が無能だということを闘技場で証明してやるよ! お前がぼろぼろになる姿を見れば、ロレーヌだって気づくだろうさ!」
ここまで言われたら引くわけにはいかない。私はフリッツの目を睨みつける。身長は高いようだけど、こいつに負ける気はしない。武の三大貴族として、受けて立ってやろうじゃないのさ!
「フリッツ、覚悟はいいんだね。これはもう学生同士の喧嘩じゃない。家と家の・・・・、ビューロウ家とクルーゲ家の争いだ。あんたに、家をしょって戦う覚悟はあるんだね」
私は静かに訪ねる。周りの生徒たちから息を飲む気配がした。
「あると言っているだろう! お前もロレーヌも大したことないということを証明してやるさ!」
最後の忠告をしたつもりだが、フリッツは嘲笑を浮かべたままだった。
エレオノーラは一学期は大したイベントがないと言っていたけど、どうやら現実は違うようだ。私もここまで言われたからには、黙っているわけにはいかない。ラーレあたりから立ち回りが悪いと言われそうだけど、まあ仕方ない。
「先生、申し訳ないけど、闘技場を用意してください。ここまで来ては、勝敗がはっきりしないと収まりません。どちらにとってもね」
私は無表情にフリッツを見つめた。ここまでされて、収まりがつかないのはこちらも同じだ。偉そうなことを言うアンタの力、見せてもらうとしようか。