第107話 学園での内部強化
「俺の盾が・・・。一撃で破壊されるなんて」
ジークが茫然とつぶやいた。一応、私がやりたかった武具の破壊は成し遂げられたんだけど・・・。
「確かにすさまじいほどの速さだった。だが、君の使った武器は完全に壊れてしまったな。手入れしていなかったわけではないのだが・・・」
ゲラルト先生が私に話しかけてきた。心なしか、ちょっと落ち込んでいるように見える。
「ごめんなさい。せっかくの武器を壊しちゃったみたいです」
私は慌てて謝罪する。ゲラルト先生はそれに答えることなく何かを考えこんでいるようだった。
「ジークが優れた技術があるとはいえ、盾と激突した程度で壊れるはずはない。とすると、やはりダクマー君の魔力が問題なのか・・・。これが、無属性魔法の欠点だとでもいうのか・・・」
なんかぶつぶつつぶやいているんだけど!
やばい! 訓練用の武器とはいえ、壊されたらやっぱりショックだよね。私ならすんごく落ち込んじゃうと思うし。
怒らせちゃったかな? 土下座したほうがいいのかな?
しばらく考え込んでいたゲラルト先生だが、顔を上げてすぐにあわあわしている私に気づいた。
「ああ。すまん。戦えば武器は壊れるものだ。何も気にすることはない。だがそれよりも、どうして壊れたのかと思ってな」
心底不思議そうにつぶやくゲラルト先生に、コルドゥラが答えた。
「私の剣も、ちょっと寿命が短いみたいなんです。どうやら、鉄製の武器に魔力を通すと武器自体にダメージを与えるらしく・・・。魔鉄製の武器だとそんなことはないみたいですけどね」
ゲラルト先生はニヤリと笑った。
「面白い。実に面白い。君たちの技が資質が低い方が有利というのは、やはり体の内部に魔力を通すからなのか」
やっぱ学園の教師ってすごいね。ちょっとヒントになることを言っただけで簡単に答えに辿り着くなんて。
「そうです。魔力を限りなく透明に近づけて、それで体の中に流せば、内側から身体機能を強化することができるんです。内部に魔力を入れると痛みがあるから、ウァッシ・スタークみたいな魔法でもできないようです。全部自力で魔力を制御しなきゃいけないんですけどね」
ゲラルト先生は何度も頷いた。そして半信半疑なジークに丁寧に説明した。
「通常、身体強化というと体の外側に魔力を展開する技のことを言うんだ。外側から魔力で動きを補助することで、通常よりも強く体を動かすことができる。だが、ダクマー君が今やったことは、体の内側の筋肉を強化する技だな。通常なら鋭い痛みがあって、魔力を通すことなどできないはずだ。だが、それができるなら、動きそのものを強化することができるだろう」
この先生って、本当に博識だよね。正確な状況を私よりも分かりやすく説明してくれたんだけど!
「魔力の資質が低ければそれだけ透明に近くなり、体の中に魔力を通したときの痛みが少なくなるそうです。まあ、それで戦うには、薄い魔力を細かく操る詳細な魔力制御が必要なんですけどね。レベルが低い分、最初は制御が難しいらしいですが」
資質が低いということはその分だけ制御も難しくなる。アメリーが言ってたけど、レベル3の属性はレベル1と比べてかなり魔力を制御しやすいそうだ。
ちなみにレベル4はというと、最初は重すぎてレベル1以上に動かせなかったそうだ。でも修行を続けていると、ある地点からレベル3以上にすいすいと動くようになる。昔はレベル4が魔力過多だって言われてたのはある程度制御を身につけるまで扱いづらいからなんだよね。
私がそんなことを思い出しているあいだにも、ゲラルト先生の説明は続いていた。
「ルイーゼ先生が言っていたよ。ダクマー君は、かなり詳細に魔力をコントロールできるとな。君のその魔力制御の腕は、内部強化をするためにあるんだね」
ルイーゼ先生って、あのお色気むんむんの女教師のことだよね? 確か地脈制御装置のメンテナンス方法を教えてくれたはずだ。まあ同僚なんだから、情報交換くらいはしているよね。
ゲラルト先生は私が壊した模造剣を見ながら言う。
「武器に魔力を籠める技術に関しても、私が知っている常識とビューロウの技とでは違うみたいだな。属性の色が薄いと武器の強化も弱くなると言われているが、そう言うわけではないように思う。武器そのものの特徴を強くしているように感じる。君はそれを利用して戦っているんだね」
この先生、ホントいろいろ知ってるよね。マイナーなはずの無属性魔法についてここまで知っているなんて。
納得していないのはジークだ。なんか疑わしげな目でゲラルト先生を睨んでるみたいだけど・・・。
「武器に込める魔力に違いがあるんすか。色が濃い方が有利だと思うんですけど」
ジークの疑問に、ゲラルト先生は一本の模造剣を抜き放った。
「百聞は一見に如かず、だな。まあ、ちょっと見ていなさい」
そして剣を縦に構えると、素早く魔力を展開させた。あれは、水の魔力だね! 水の魔力を剣に纏わらせているみたいだ。
「色が少し青くなったのが分かるだろう。これが普通の魔力で武器を強化した場合だ」
私の目には青の魔力がまとわりついてるの、はっきり見えるんだけどね。
そして、訓練用の人形目掛けて剣を振り下ろした!
どどん!
音がする。今、剣戟が2発当たったよね?
「普通に魔力を籠めたらこんな感じだな。まず魔力が当たって、そのあとに武器の攻撃が入る。まあ威力が違うが、武器に色の濃い魔力を籠めるとだいたいこんな感じになる」
さすが剣術の教師、いきなりなのにすんごい威力だ。訓練用の人形はちょっとへこんだように見える。
「対して、さっきダクマーがやったのはこんな感じだな」
そう言うと、剣に黄色い魔力を纏わせる。さっきよりもかなり色は薄く透明に近いように見えるんだけど・・・。
ゲラルト先生が再び剣を振る。
ドン!
打撃の音は一回。
訓練用の人形は、さっきほど傷ついていないようだけど、それでもかなりへこんでいるように見える。さっきと同じくらい強い一撃になったみたいだけど・・・。
「無属性魔法は武器そのものの威力を強くする。まあ、濃い魔力でやったような2連撃を行うのは難しいが、それでも武器の攻撃はかなり強くなるからな。武器の性能に依存するが、かなり威力を高められると思うぞ」
私が昔、デニスにやったように、これを利用すれば木刀の刃の部分を刃物のように変えることもできる。まあ、あれをやるにはそれ相応の魔力制御が必要にはなるんだけど。
でも、無属性魔法が武器の外に魔力を籠められないというのは間違いだ。私は魔力を纏わらせて魔法を撃ち消すことができるからね。
「無属性の魔力は魔力そのものにはダメージを与えられる。相手の魔力をかき消したりもできるんだ」
私の説明を聞いて、ジークはますます興味を持ったようだ。
「相手が放った火の球とかもかき消せるってか。それはなんか面白いな。オレの盾も、さらに生かせるんじゃないか?」
いきり立つジークに、私はさらに説明を続けた。
「ビューロウの剣を使う素質は二つある。一つは剣術の腕だね。魔力なしでも戦える技術がないと、せっかくの内部強化も全く意味のないものになる。もう一つは、水か土の魔力の資質が低いこと。この2つを満たした人なら、剣術の腕を飛躍的に高められるんだ」
そう言う意味で、デニスにはビューロウの剣を使う資質がない。あいつは水と土の資質が高いし、運動神経もあまりよくない。ビューロウの剣を使うには全然足りていないんだ。
もっとも、デニスには魔法の才能がある。レベル3という高い資質がすべてに現れているなら、魔法でたいていの魔物を倒すことができるのだ。自由自在に魔法を使う姿にはやっぱりあこがれるし、うらやましいと思う。まあ、ない物ねだりなんだけどね。
「俺には水の資質はない。0よりの1だって診断されている。そのことを恥ずかしく思ってたけど、それが有利に働くこともあるってか・・・」
「私は土魔法の資質がなくてな。下級貴族だし、資質がないと思ってあきらめていたが、それが生かせるかもしれないとは」
2人とも、茫然とした様子だった。
まあでも分かるよ。魔力の資質はレベル4に近いほど優れているとされている。高位貴族は魔力量が多いし、資質も高い人が多い。うちみたいな例外はあるけど、基本的に貴族は高位になるほど強いと言われているんだよね。
「どうします? 2人が望むならこの技術を教えるのもやぶさかではありません。ただし、相当の痛みがあることは覚悟する必要はありますけど」
私がそう尋ねると、2人はごくりと喉を鳴らしたのだった。