第106話 ジークとの模擬戦
「教えてあげるのも手だと思いますよ」
私から状況を聞いたコルドゥラが、こともなげに言い放った。
なんか何を言っていいか分かんない状況になったからとりあえず事情をコルドゥラに話したんだけど・・・。
「コルドゥラ君。これは貴族の秘技に関わる問題なのだ。簡単に教えていい者ではない」
なんかゲラルト先生とコルドゥラってけっこう親しいみたいなんだよね。ゲラルト先生って、護衛というか、選任武官の指導もやってるみたいだから、コルドゥラたち護衛とは面識があるようなのだ。
「私の技ってビューロウの秘技だから、流出させたらやばいんじゃないの?」
困惑する私を見て、コルドゥラが溜息を吐く。
「ダクマー様、忘れたんですか? ご当主様より、我が家の秘技を知りたい者には教えていいと言われたことを。ダクマー様が認めた相手なら、内部強化を教える許可はもうもらっているんです」
そう言えば、学園に来る前におじい様がそんなことを言っていた気がする。でもゲラルト先生はともかく、ジークに教えるのはなぁ。仮にも、修行の邪魔をしてきた相手だし。
ジークはあきらめたように肩をすくめた。
「いやいいよ。ビューロウの秘技なんだろう? 簡単に教えていいもんじゃないだろう。まあ、俺の剣の技術はまだ伸びる余地がある。しっかり鍛えて、お前をあっと言わせるくらいに成長して見せるさ」
そう言われると、ちょっとためらってしまう。頑張って修行して強くなろうというやつは嫌いじゃない。でもこれまでのことを簡単に許す気はないのだ。
私は考え込む。結局のところ、問題は私の感情だ。今までのことをなかったことにはできない。ただで教えるのは、腹が立つというか、納得できないのだ。
「そっか。今までのうっぷんを晴らすようなことができれば、気持ちよく技術を教えられるかもしれないね」
私はニヤリと笑ってジークを見る。ジークは私の笑いに嫌な予感でもしたのか、顔を引きつらせて数歩下がった。
「よし! じゃあジークは私と模擬戦をしよう! 今から私がビューロウの秘技で戦うから、ジークは全力で防いでみて! それで私の技術を使ってみたいと感じたら、技術を教えてあげるわ。アンタが死なないようにはするから、全力で戦うんだよ」
◆◆◆◆
「せっかくだからこの模擬戦には模造剣を使ってみよう。刃をつぶした剣だが、木刀よりは気分が盛り上がるのではないか?」
ゲラルト先生が、道場の倉庫からいくつもの模造剣を持ってきてくれた。長さや太さはバラバラだ。よくこんな数を揃えたもんだと思う。
私はその中から細身の長剣を選ぶ。これが、一番刀に似ている気がするんだよね。
「いいのか? なんか流れで模擬戦をやる羽目になったけど、本当に大丈夫なのか?」
ジークが戸惑ったようだった。右手には例の盾つきの籠手を装備し、左手で片手剣を持っている。これからブルノン流の剣技が見れるのなら、ちょっとワクワクするよね!
盛り上がる私とは対照的に、ゲラルト先生は溜息を吐いた。
「はぁ。なんでこんなことに・・・。2人とも、準備はいいか?」
ゲラルト先生はやる気がなさそうだけど、私たちが怪我しないように防壁をかけてくれたし、こう見えて水魔法の腕は相当なものだ。道場で怪我をした生徒を治すところもよく見ているんだよね。
私たちが頷くと、ゲラルト先生は真剣な顔をした。
「でははじめ!」
ゲラルト先生が宣言すると、ジークは素早く魔力を展開した。いつか見た身体強化の魔法は使わないみたいだけど・・・。
「はああああああ!」
あれは、水魔法の身体強化? ジークは左手から水の魔法を展開させて体を強化したみたいだけど・・・。コイツ、水魔法の資質はそんなにないようなこと言ってなかったっけ?
青い魔力がジークの全身を覆ったのを確認すると、ジークはすぐに魔法の流れを止める。そして右手から火の魔力を展開する。
「そうか! 一旦水を全身に浴びることで、火の魔力によるダメージを防ぐつもりなんだね!」
これ、ちょっとおもしろい。火の魔法だけだと自分にもダメージを与えちゃうけど、一度水の魔力で全身を覆うことで火のダメージを中和しようというのか!
「火の魔力を身体強化に使うための工夫だね!」
ジークは自分には火の資質しかないと言っていたけど、これなら火でも十分に強化できると思う。まあ、水は展開し続けることができないから、持続時間はものすごく短いと思うけど。
「じゃあ、私も行くよ!」
私は足に魔力を展開させてジークの間合いへと近づく。そして上段からジークの脳天を狙って模造剣を振り下ろした!
「くっ! なんて速さだ!」
ジークは慌てて右手の盾で受け止める。そのまま受け止め続ければ、多分押し切ることはできただろう。だけどジークは盾を巧みに操ることで、私の剣を受け流して見せた。
「やるね! でも!」
私は足元まで振り下ろした剣を跳ね上げるように斬り上げた! ジークは左手の剣でなんとか受け止めたものの、勢いを殺しきれずに体を流されてしまう。
このまま剣を振り下ろせば終わるけど・・・・。
私は足に魔力を込めて思いっきり下がる。ジークは前を見て、7歩ほど離れた位置に立つ私に気づいて目を見開いた。
「な、なんで? いつ下がったんだ? さっきまで、オレと剣を交えていたはずなのに!」
ジークから見たら私がワープしたように見えたかもしれない。でもこれが、ビューロウの足運びなのだ。内部強化を習得すれば、移動の速さも段違いになるのだ!
「これが…・ビューロウの狼! 限りなく薄い魔力で体の内部を強化しているとでもいうのか!」
ゲラルト先生はさすがである。私が無属性魔法で内部強化していることもちゃんと読み取っているようだった。
「さて・・・。もう一回、行くよ!」
そして再びジークに肉薄した。
ジークには私が見えていないようだが、それでも何とか私の一撃を盾で受け止めた。
「ううん? やっぱりだめかぁ」
私は溜息を吐く。盾を壊すつもりで一撃を放ったのに、ぎりぎりとはいえ防がれてしまった。
こうなれば、最も威力のある秘剣で試すしかないじゃない!
「たあ!」
私は大きく飛びのくと、ジークと5歩くらいの距離まで下がる。そして、両手で持った模造剣をそっと振りかぶった。
「きえええええええええ!」
私は腹の底から声を上げた。
ジークがびくりと震えたのが分かった。
「いくよ! 私の秘剣、防げるものなら防いでみるといい!」
私は一歩大きく踏み出した!
「秘剣! 『羆崩し』!」
そしてジークの盾目掛けて模造剣を振り下ろした!
ジークが驚きに目を見開いた。
このままジークに一本叩きつけることができる! そう思ったんだけど・・・・。
ぴきぃぃぃぃん。
ガラスの割れるような音が聞こえた。
私の周りに金属の破片のようなものが飛び散っていた。
「え? あ・・・・」
私は茫然としてしまう。
秘剣はジークの盾を破壊した。でも、同時に私の模造剣も折れてしまっていたのだ。
短くなった模造剣を見ていた私に。ゲラルト先生の声が聞こえてきた。
「それまで! 戦闘続行は不可能とみなす。今回は、引き分けだな」
ゲラルト先生の宣言を茫然とした顔で聞いたのだった。