第105話 剣技と謝罪と
「はあ・・・はあ・・・・」
剣術の道場で、私は素振りを繰り返していた。
今日は久しぶりにのびのびと修行できたんだよね。というのも、いつも邪魔してくるフリッツやホルガーが道場に来なかったからだ。どうやら取り巻きを連れて町に繰り出したようだけど、私としてはじっくり修行できるからありがたい。
「ふう。でもちょっと集中しすぎたかな」
道場の外はすっかり暗くなっている。どうやら集中しすぎて時間が経つのを忘れてしまったらしい。
私は汗を拭きながらあたりを見渡した。いつの間にか練習生たちはほとんどが帰ってしまっていた。道場の隅の方でゲラルト先生が木刀を一本一本入念に確認しているのが見えた。
「この先生って本当に真面目だよね。生徒に任せればいいのに、道具一つ一つを点検するなんて」
たしか、ゲラルト先生は下級貴族の出身だったよね。それなのに学園の教師になるなんて相当な実力者なんだと思うけど、こうやって道場や道具のメンテナンスを自分でしてるんだよね。その辺りはとても好感が持てるんだけど・・・。
私は一礼して帰ろうかと思ったけど 私以外にも真剣に素振りをしている生徒がいることに気づいた。同じクラスのジークだ。
ジークは真剣な顔で素振りを繰り返した。左手で剣を持ち、右手には籠手と一体化した盾を持っている。いつも私に絡んでくる相手なんだけど、授業の時は基本的にこうやって修行しているんだよね。私をあざけるだけのフリッツやホルガーとは大分違うなと思うんだけど・・・。
何ともなしに練習の様子を見ていると、ジークも一息ついたようで、手を止めて汗を拭き出した。
ジークと目が合った。ジークはバツが悪そうに横を向くと、不機嫌そうな顔でこちらを睨んだ。
私はいたたまれなくなって一礼して道場を出ていこうとする。もしかしいたらいつも護衛してくれるコルドゥラを待たせてしまったかもしれない。あの子はいつまででも待っていてくれるからね。
「あ、あのさ」
急に声を掛けられて振りむくと、ジークがそっぽを向きながら声をかけてきた。
「なんか用? 多分人を待たせているから、急がなきゃなんないんだけど」
私が冷たく言うと、ジークは頬を掻きながら上を向き、そして意を決したように勢いよく頭を下げた。
「加護なしって言って悪かったな。武の三大貴族に生まれただけで優遇されているように見えて、八つ当たりしちまったんだ。でもこの前の魔物退治と今の修行を見て分かった。お前も、強くなるためにしっかり修行しているってことがな。俺がやったことはお前の邪魔をしただけなんだよな」
驚く私を尻目に、ジークはもう一度深々と頭を下げた。
「俺はこれ以上、お前の邪魔はしない。それだけ言いたくてな」
そう言ってジークは立ち去ろうとする。
「え、あ? ちょっと」
私は思わずジークを呼び止めた。ジークは申し訳なさそうな顔でこちらを振り返る。なんとなく、バツが悪そうな顔に見える。私は何を言っていいか分からなくなったが、取り繕うように言葉を続ける。
「アンタの剣、変わってるね。クルーゲの剣っぽいけど、ちょっと違うようにも見える。使っている盾も大分小さいようだけど、ちゃんと相手の攻撃を避けているね。それ、自分で工夫したの?」
私は気が付いたらジークの剣について尋ねていた。そしてちょっと後悔した。この言い方だといちゃもんを付けているようにとられてしまうかもしれない。
でもジークはちょっと皮肉気に笑って答えてくれた。
「オレの剣術は親父が作ったものなんだ。親父は若いころ、クルーゲ流を学んでいてさ。でも盾を使っての防御が中心のクルーゲが合わなかったらしく、自分なりの剣を追求したらしいんだ。利き手で盾を持って相手の攻撃をさばき、そして左手の剣で仕留める。親父が起こしたブルノン流ってやつさ」
そうなんだよね。ジークは受け流すのが本当に上手い。相手に素早く近づいて攻撃を躱し、そしてカウンターの一撃で仕留める。この技で勝利を収める姿を何度も目にしているんだ。
「まあ、アンタには合ってるんじゃない? 極めれば、どんな相手にも勝てそうだし。技術あってのことだと思うけどね」
私が言うと、ジークはちょっと愁いを帯びた顔になる。
「まあ、それにしたって限界はあるけどな。オレは火の資質は強いが、水や土の資質はかなり低い。親父やフリッツ様みたいな、強力な身体強化を使うことはできそうにないんだ」
一般論として、身体強化は水属性と土属性が優れているとされている。火は自分すらも傷つけちゃうし、風は同じ場所に固定させることができないからね。ジークは水や土の資質がないことを悩んでいるみたいだった。
「土や水の資質がないからってあきらめる必要はないんだぞ。魔法の資質がない戦士がかなりの数の闇魔を倒したという話も存在する。どんな資質でも、工夫次第で強くなることはできるんだ」
うわっ! びっくりした! いきなり話に入ってこないでよ!
私たちの話に入ってきたのはゲラルト先生だった。
「確かに魔法の資質は剣術に大きく影響する。土や水の資質が高ければ、それだけ優れた身体強化を行えるからな。だがビューロウを見れば分かると思うが、魔力の資質がなくとも戦える。むしろ、資質がない方が強化の度合いがすごいという話もある」
この先生って、山賊みたいな外見をしてるくせに、知識量がかなり多いんだよね。私がこの授業を取ろうと思ったのも、座学がとても興味深かったからだし。
でもジークは半信半疑な様子だった。
「いや先生。慰めてくれなくてもいいですよ。水魔法の資質が高い方が有利なのはフリッツ様を見ていればわかります。俺よりもすんごい強化をしてるのは見てますから。やっぱり侯爵家ともなると、魔力の量も素質もすごいですから」
確かにフリッツの水の素質は高い。私の見立てではデニスと同等・・・。つまり、レベル3に達していると思う。
私はいつも邪魔してくるフリッツを認めたくなくて、ついつい言ってしまった。
「ビューロウの剣士が大成するための条件は、土か水の資質が低いことなんだよね。だからジークも、やり方次第ではフリッツを上回ることも難しくないと思う。魔力量も子爵以上はあるみたいだしね」
私の言葉に、ジークだけでなくゲラルト先生も驚いて見つめてきた。
「お、おい! それはどういうことだ? オレでもクルーゲを上回ることができるってか?」
勢い込んで私に詰め寄るジークを、ゲラルト先生が慌てて止めた。
「やめるんだジーク! これは多分、ビューロウの秘技に当たることだ! 強くなりたいからって、聞いていいことじゃあない!」
ゲラルト先生の言葉の意味を理解したのか、ジークは押し黙ってしまう。
この国では貴族の秘技を内密にするのは礼儀って感じになってるんだよね。だから私がビューロウの秘技について口を閉ざすのも、当然のこととして受け入れられているんだ。
しばらく、道場に沈黙が落ちた。
誰もが口を閉ざす中、道場の扉がそっと開かれた。そこに現れたのは、私の護衛のコルドゥラだった。
「ダクマー様、こちらに居られたのですね。あんまりにも遅いので探しましたよ」
そう言って、黙り込む私たちを不思議そうに見つめたのだった。