第104話 ビューロウ家の話し合い
ある日の午後のこと、私はラーレと一緒に食堂に向かっていた。
「ああ。今日はカリーナ様の弁当がないのね。カリーナ様もたまにはお休みが必要なのはわかるけどやっぱりあの料理が食べられない日は億劫だわ」
ため息をつきながら言うラーレだった。
「ラーレは本当にカリーナの料理が好きだよね。でもたまには食堂で食べるのも悪くないでしょ?」
今回は一緒に食堂でお昼を食べようという話になったのだ。ラーレは普段は教室でカリーナの弁当を食べているそうだから、こうしてお昼を一緒に食べるのは貴重な感じがする。
◆◆◆◆
食堂はいつものように込み合っていた。
「はぁ。やっぱり人が多い。だからここを使うのは嫌なんだよね」
愚痴るラーレを宥めながらあたりを見渡した。すると、すでに席に着いていたデニスと目が合った。なんかまた一人で食堂に食べに来たみたいだ。
デニスは立ち上がって手を振ってくれた。
「ラーレ姉さん! こっち! 席が空いています! よかったらどうぞ!」
デニスって、けっこうラーレのこと好きだよね。私と会った時よりもうれしそうな顔してるように見えるんだけど。
「せっかくだから一緒に食べようか。アンタもそれでいいよね?」
「うん。たまにはいいんじゃない?」
私が返事をすると、さっそくデニスのところに向かった。
4人掛けのテーブルに、ビューロウ家の人が3人。さすがに残りの席を利用しようという猛者はいないようだけど・・・。
「くっ! 出遅れたか! もう席は残っていないよな」
息を切らせながら食堂に飛び込んできたのはホルストだった。
ラーレの顔がゆがむ。でもデニスは臆することなくホルストの名前を呼んでいた。
「ホルスト兄さん! こっち! あと一人座れますよ!」
ホルストはラーレを見て一瞬ためらったものの、溜息を吐いてこっちに向かってきた。
「あいつ一人をハブるわけにはいかないか。まあたまにはいいでしょう」
ラーレはあきらめたように言うが、ホルストはそんな彼女に噛みついてきた。
「ふん! 別に君たちと食べたいわけではないんだからな! 席がないから仕方がないじゃないか!」
「まあまあ。席は取っておきますから兄さんたちは注文を済ませて来てください」
デニスが窘めるように言うと、私たちは不承不承な態度で食事を購入しに向かったのだった。
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食事を食べ始めると、さっそくデニスが私に話しかけてきた。
「ダクマー。この前は本当に助かったよ。フェリクス先輩のおかげでライムント様と一緒に行動することが減ってさぁ。魔物退治は大変だけど、北の生徒たちも優秀で、私も戦力として認められるようになった。いいことずくめだったよ」
デニスが上機嫌で報告してくれた。あのあと、実際にフェリクス先輩は魔物退治にデニスを誘ってくれたらしい。デニスはちゃんとその場で活躍できたみたいで、双方にとっていい機会になったみたいだ。
「ああ。デニスのことはフェリクス様も褒めていたよ。特に北は火や水が得意な貴族は少ないらしくて、どっちも使えるデニスがいてかなり助かったと言ってたな」
ホルストが言うと、デニスは照れたように頭を掻いた。
「というか愚弟は学園で全然剣を使ってないみたいだけど? アンタのこと魔法使いだって思っている人も少なくないみたいよ?」
ラーレがあきれたように言うと、ホルストは図星を突かれたように言い淀んだ。
「いや、剣を使う必要なんてなくない? 水魔法の先生からは評価されているし、位置取りなんかも褒められることが多い。魔導士としても十分にやっていけると思うけど・・・」
魔法も評価が高いのか。まあコイツは剣も魔法も使えるハイブリッドみたいな存在だったからなぁ。でも私と対戦するときは必ずと言っていいほど大剣を使っているし、大剣を使った方がやっかいって気がする。
「どうせ、前衛をしてくれる人が見つかんなかったんでしょう? アンタのことだから、戦士を見つけても自分よりできないからって断ったりしたんじゃないの?」
ラーレが横目で言うと、ホルストは図星だったのか、ちょっと怯んだ様子だった。
「私、剣術の授業を取ってるけど、ホルストと互角に戦えそうなのは教員しかいないと思うよ? ゲラルト先生だって、アンタと同じことができるかどうか・・・。剣士に戻った方がいいんじゃない?」
コイツ、鍛冶屋でも戦士を探して顰蹙を買ってるんだよなぁ。もうあきらめて自分で前衛を張ったほうがいいと思うけど・・・。
「いやうちの実家を基準で考えるのが間違ってるんだ! うちにいたときは気づかなかったけど、やっぱりおじい様の教育って変だよな!? 魔物と戦ったことがない貴族が多いってなんだよ! 僕らなんか、12歳くらいの時に闇魔との戦いを見にいたんだぞ! 今考えたらあれおかしいよな!?」
うん。うすうす気づいていたけど、おじい様ってけっこうスパルタだよね。同じクラスでここまで鍛えている生徒は少数だ。まあそのおかげで、戦闘系の授業では活躍できているんだけど。
「でもこのまま探してもホルストの基準を満たす前衛なんて見つかんないと思うよ。うちのコルドゥラだって、ホルストが求める基準には足りないんでしょ?」
私が言うと、ホルストは言葉に詰まったようだった。
みんなでホルストを攻めるようになったのを見かねたのか、デニスが取り繕うように言った。
「まあまあ。ホルスト兄さんにはホルスト兄さんの考えがあるんですから。それよりもやっぱりこの食堂はかなり使えますね。この量と味でこの価格ってのは嬉しいですよ」
ラーレは鼻を鳴らした。
「まあカリーナ様の弁当にはかなわないけどね。でもそこそこおいしいとは思うよ?」
なんかラーレのやつ、ちょっと上から目線だよね。
「言っとくけど、カリーナは私の使用人なんだからね! ラーレに仕えてるってわけじゃないんだからね!」
まあ金払いはラーレのほうがいいんだけど、それはそれ、これはこれというやつだ。
私の言葉に、ラーレは悔しそうに顔を歪めた。そんな彼女を気にすることもなく、ホルストが私に聞いてきた。
「それはともかく、ダクマーは大丈夫なのか? なんでもクルーゲの次期当主ともめているらしいじゃないか。爵位はむこうのほうが上なんだから、ある程度は妥協しないとだめだからな」
うう。ホルストにまで言われてしまった。
「毎年、東の貴族と西の貴族が闘技場で争うのが恒例行事になっているんだよ。結果はいつも東の負けで、大けがをするケースもある。ロレーヌ家はいつも抗議してるんだけど、西の貴族は王家と関わり合いが深くてね。結局、痛い目を見るのは東の貴族ってことになってる」
なんだそれ。私たち東の貴族が、西の貴族に因縁を付けられてるっていうの?
「西の連中は結構狡猾でね。ターゲットにされた貴族が逃げられないようにしているらしいんだ。本人が『家の名誉のためだ』とか答えて決闘になることが多いらしい」
ラーレも真剣な顔で私を見つめてきた。
「私の学年もそうだったわ。たしか、下位クラスの生徒だったと思うけど、あれよあれよという間にクルーゲの剣士と決闘することになってね。結局大けがをして数か月の休養を余儀なくされたらしいわ。幸いなことに、後遺症はなかったみたいだけどね」
うわぁ。そんなことがあるんだね。
「いつもはターゲットは平民や下級貴族だが、今年はライムント様がいるし、あのフリッツ・クルーゲもいる。次期侯爵のあいつなら、中位クラスや上位クラスの貴族をターゲットにすることだってあり得るんだからな」
教師陣やロレーヌ家は止めているそうだけど本人がやる気になっちゃったらもう止めようがない。「家の名誉のため」とか言っちゃうと、爵位が上でも止められないからね。
こんな横暴が通るのは王族が西の貴族のバックにいるからこそだ。王太子なんかは西と東の決闘を推奨しているらしく、夏から秋にかけて、東の貴族が西の貴族に怪我をさせられるのが恒例行事になっているそうだ。
「だ、大丈夫だって! 万一戦いになってもフリッツごときは敵じゃないんだからね!」
私がそう言うと、3人とも渋面になった。
「いや負けないだろうけど、決闘になること自体が問題なんだよ! 相手は侯爵だぞ! 遺恨になったら不利になるのはウチなんだからな!」
デニスがしつこく言ってくる。そしてなぜか、3人からかわるがわる説教されてしまった。
そして私は、いつの間にか可能な限り決闘を避けるように約束させられたのだった。