第103話 地脈の制御装置
魔物退治を終えた後の必修授業のときだった。私たち1年の中位クラスの生徒は学園の地下に集められた。召喚魔法の授業を行った教室よりさらに先の場所で、普段はこの場所に来ることはないんだよね。
学園の地下にはいくつか部屋がある。聞くところによると、領地にある地脈の部屋みたいになっているらしいんだよね。学生はここで、地脈制御装置の使い方やメンテナンスについて学ぶらしいけど・・・。
「この先に地脈制御装置を模した部屋があるらしいですよ。なんでも、以前王族が作った大規模な装置が用意されているらしいです。私たち貴族は、ここで地脈の操作やメンテナンスを学べるそうです。この授業が、学園の本当の価値だと言われることもあるくらいです」
ドロテーが興奮がちに言う。でも、貴族としての必須授業かぁ。私、4属性は全部だめなんだけどなぁ。この前みたいに追い出されたりしないかとか考えると、ちょっと憂鬱になる。
クラスでも私が“加護なし”ってことは知られている。この前の討伐以降、ジークはあんまり絡んでこなくなったけど、相変わらずホルガーはうるさいし、フィーネさんなんかはあからさまにバカにしたように見てくる。なんか女子の集団にくすくす笑われたこともあるんだよね。マーヤ様なんかも、最近ぎこちない関係になってうまく話せなかったりするし。
エレオノーラのおかげであからさまに避けられることはなくなったけど、それでも他の生徒から見下されたり憐れまれることは多い。この授業でも、うまく操作できなかったらバカにされるんだろうなぁ。
私がため息をついていると、ガスパー先生が近づいてくるのが見えた。その後ろには30代くらいの女教師がいる。なんかセクシーと言うか、他の先生と同じようにスーツっぽい服を着ているのにやたらと色っぽい。これが大人の女とでもいうのだろうか。
ガスパー先生はカギを取り出すと、部屋の一室の扉を開けた。部屋は広く、テーブルとコンソールらしきものが並んでいる。生徒全員分の席があるくらい、たくさんの座席が見えて、私は思わず息を飲んだ。
「今日の授業は、この部屋の制御装置のメンテナンスを実習してもらう。一人一席以上の机があるから、みんな好きな席に座ってくれ」
私は近くの席に座る。隣にはドロテーさんが座っていて、目が合うとそっと微笑んでくれた。
私たち全員が席に座ったのを見て、ガスパー先生が説明を続けてくれた。
「この部屋を使うのは初めてだな。今座った席は、これから一年間お前たち専用の席になる。次からは、今日と同じ席に着いてくれ。そして今日の授業は、土魔法の専門家であるルイーゼ先生が来てくれた。君たちの中には専門授業で彼女に教わっている者もいると思うが、今日はしっかり聞くんだぞ」
「ルイーゼです。土魔法を専攻している人の中には知ってる人もいると思うけど、今日の授業は私から教えることになっているわ。よろしくね」
男子生徒が鼻の下を伸ばしてる間に、ルイーゼ先生が説明を引き継いだ。
「みんなの中には見たことがある人もいると思うけど、席にある装置は、みんなの家にある制御装置と同じものなの。これを使って田畑に魔力を循環させたり、防壁を生み出したりできるわ。まあそのやり方もおいおい教えるけど、今日は貴族としての最も基本かつ重要な、メンテナンス方法について教えます」
ルイーゼ先生の言葉に落胆の声が上がった。みんな、この装置を使ってもっと派手なことをやりたかったみたいだ。でもこの装置、触ってみると魔力の通りがものすごく悪いのが分かる。なんかわざと魔力の通りを悪くしている感じだよね。
私が疑問に感じていると、クラスの生徒に動きがあった。
「メンテナンスみたいな地味なことじゃなく、館を作ったりしてみたいわ。この装置って、10年以上放置してもしっかり動くんでしょう? 貴族として、もっと有効活用できる方法を知りたいんですけど」
フィーネさんが不満の声を上げていた。そして私を見ると。いやらしい笑みを浮かべた。
「加護なしにはメンテナンスもろくにできないでしょうから、重要かもしれませんけどね。でもこれからはその人に合った受業にしたほうがいいんじゃないですかぁ。私たちみたいにそこそこ優秀な人にはそれに合った受業をしてほしいものだわ」
余裕でそう言うフィーネさんに、ルイーゼ先生は溜息を吐く。そして鋭い目でフィーネさんを睨みつけると、手に持った杖で勢いよく床を叩きつけた。
「半人前が! 知ったような口をきくなよ! お前たちに、地脈の制御なんて10年早い!」
部屋に沈黙が落ちた。
ルイーゼ先生は説明を続けた。
「そもそも貴様の家の収穫量はなんだ。土地の規模に対してかなり少なくなっているじゃないか。貴様がバカにしたビューロウ家の足元にも及ばない。それで、よく自分のことを優秀だと言えたな」
ルイーゼ先生の剣幕に、フィーネさんは慌てて言い訳し始めた。
「そ、それは・・・・。土地の特性があるんですよ! ビューロウほど立派な土地なら、うちだって・・・」
ルイーゼ先生は止まらない。
「お前の領とビューロウ領の違いは明らかだ。ビューロウは、一つ一つの町の地脈をしっかりメンテナンスしている。その差が、収穫量の違いになって表れているんだよ! そうでなければこんなに差ができるわけがないだろう!」
一気に不機嫌になったルイーゼ先生にフィーネさんはたじたじになる。ルイーゼ先生はすぐに冷静になったのか、咳ばらいをして穏やかな口調で説明を続ける。
「さて。今日は皆さんに制御装置のメンテナンスについて学んでもらいます。やり方は3つ。一つは、土属性の魔力を流して装置をクリーンにすること。地脈の制御装置は、土魔法で制御できるようにプログラムされているから。土魔法が得意な人は、この方法を試してほしい。水や風でもできるけど、土が一番効率がいいからね」
うう。やっぱり属性が関係あるのか。ここでも私は、できることがないのかもしれない。
「二つ目は魔道具を使ったメンテナンスよ。こちらは専用の魔道具が必要だけど、土に近い成果を上げられるわ。火の属性が強い人じゃないと作動できないけどね」
あ、専用の魔道具なんかもあるんだね。ラーレは多分、これを使ってメンテナンスしているんだろう。あいつは制御が上手いから、こういった魔道具は使えたりするんだよね。まあでも、戦闘用の杖なんかはすぐ壊しちゃうんだけど。
ルイーゼ先生はちらりとこちらを見ると、説明を続けてくれた。
「あなたたちの中に土や火の適性がない人もいるでしょう。でも安心して。そんな人は、色を薄くした魔力を大量に流すことで、制御装置をメンテナンスできるの。まあ、この方法だと、消費魔力は多くなるし、魔力をかなり細かく制御する必要があるんだけどね」
え? 色のない魔力でもメンテナンスできるの?
「詳しいことは、席に用意したプリントを見れば分かるわ。やり方は書き込んでおいたから、ちょっとやってみなさい」
ルイーゼ先生の言葉を聞いて、私はプリントに目を通した。見た感じ、土魔法や魔道具を使わない場合は、かなり複雑に魔力を動かさなきゃいけないみたいだ。
私はうめく。こんなに複雑な動きなんて、実践できるのかなぁ。
「ダクマーさん。どう? メンテナンスはできそう?」
いつの間にか私の傍に来たルイーゼ先生が聞いてきた。
「え、い、いや・・・。かなりっ複雑に魔力を動かさなきゃいけないみたいですよね。私にできるかなぁ」
私が不安を口にすると、ルイーゼ先生が横から手を握ってきた。ちょっと! 女同士なのにドキドキするんだけど!
「一度、私と一緒に制御してみましょう。私の手の動きに合わせて魔力を制御できる?」
私は頷くと、ルイーゼ先生の指示通りに魔力を動かした。
「あなた・・・・。魔力の制御が随分と上手いのね。こんなに滑らかに動かせる人って、けっこう初めてかも」
ルイーゼ先生はそう言うと、手の動きを止めた。
「ここよ。ここに魔力を流してみて。ここに流せば、制御装置を新品同様に戻すことができるから」
おおう。そうなのか。でも、色のない私でも、ちゃんとメンテナンスができるのかなぁ。
ルイーゼ先生の指示に従って、私は手に魔力を籠める。ちゃんとメンテナンスできるように祈ると、その魔力量はかなり膨大なものになった。
「な、なんて魔力量! これなら!」
私の制御装置が輝き出した。
私は思わず目を閉じた。
しばらく光が氾濫したかと思えば、少しずつ光が収まっていった。
私はそっと目を開ける。視線を感じて周りを見渡すと、教室中の生徒が私のほうを見ていた。え? 私、なんかやっちゃった?
「まさか、これほどの魔力量があるなんて・・・。これって王族並みよ。制御装置のよどみも、すぐに消えたみたいだし・・・」
ルイーゼ先生が考え込んでいる。そして、近くのフィーネさんを見ると、こっちに手招きする。
「フィーネさん。ちょっとこの装置を動かしてみなさい。メンテナンスの大事さが、きっとわかると思うから」
フィーネさんは一瞬嫌そうな顔をしたが、私を押しのけて制御装置に手をかざした。すると次の瞬間、驚きに目を見開いた。
「な、なにこれ・・・・。私の制御装置とは全然違う。魔力の通りが、驚くほどよくなってるんだけど」
ルイーゼ先生が不敵に笑った。
「それが、メンテナンスの効果よ。制御装置を長期間放置すると、操作効率は確実に下がってしまうの。だから、制御装置を定期的にメンテナンスする必要があるんだけど・・・。その効果は、あなたにもわかるよね」
フィーネさんがくやしそうに頷いた。
「私の装置とは全然違います。こんなに、よくなるものなのですね」
ルイーゼ先生が微笑み返した。
「まあ、ここまでメンテナンスするには相当の魔力量が必要ですけどね。色を薄めた大量の魔力を通すことで、制御装置を新品同様にすることができるのよ」
そういうと、ルイーゼ先生は周りの生徒たちを一回り見つめた。
「魔術師は魔力の色の濃い方が有利だと言われている。でも、それがすべてではないのよ。色のない魔力だって、使いようによっては十分役に立つ。魔力がちょっと人と違うからと言って、下に見るのは魔法使いとして恥ずべきことよ。そのことを肝に命じながら、学園生活を送りなさい」