第100話 陰口とハイデマリー
学園に戻った。
私たちが闇魔と戦ったことは箝口令が敷かれて、エレオノーラやギルベルトの護衛も黙っていてくれているようだ。ありがたい。
でもエレオノーラの父親の公爵様から私にお礼の手紙が届いて、私を支援してくれることが書いてあった。
なんだろね、これ。
とりあえず、私がおじい様に書いた手紙も返事が届いていて、「お前が言うなら会ってみよう」と書いてあった。そっけないと思ったけど、コルドゥラは当然という顔をしていた。う~ん、そうなのかな。
この前、ギルベルトの護衛の人と話したんだけど、なんかギルベルトはますます元気になっているようだ。ギルベルトの護衛と親交があるコルドゥラが教えてくれた。
「ギルベルト様は、夏を楽しみにしているようです。『ついにバルトルド様に会えるんだ!』と叫んでおられました。今頃、質問リストをまとめているんじゃないですか?」
ギルベルトの反応がちょっと怖い。あのあと、本当にマヌエラ先生のところに話を聞きに行ったらしく、おじい様の論文の話で盛り上がったらしい。あのテンションの高さにはついていけない。マヌエラ先生も、同志を見つけたと喜んでいた。ギルベルトは、来年は無属性魔法の授業を取ると言っていた。
私はと言うと、相変わらずの毎日を送っている。エレオノーラからもらった剣は結構いい剣だけど、以前の剣ほどの切れ味はない。デリア様の領で取れる魔鉄を使って刀を作れればいいんだけどね。お金がないから難しいんだ。
必修授業は、ますます難しくなった。でもマーヤ様や、ドロテーも教えてくれるようになって、座学は何とかついていけている。
夏休みを前に、私の学園生活はおおむね順調に言ってるみたいなんだけど・・・。
◆◆◆◆
授業で校庭に出た帰り道のことだった。ピンチになった私は、いつもはいかないトイレに駆け込んでいた。
「いや~、やばかった。まさかいきなりおなかが痛くなるなんて。トイレに駆け込めてよかったよ」
この世界の上下水道って、一昔前の日本って感じで、けっこう発達しているんだよね。お手洗いなんかは前世の水洗トイレって感じで使いやすかったりする。なんでも、学園の施設には魔道具がふんだんに使われているらしい。まあ実家でも上下水道は完備されていたんだけどね。
用を済ませた私は個室から出ようとしたが、学生の声が聞こえて思わず立ち止まる。このトイレはいつも私が使っている場所のとは違うから、知らない人と出会うことが多いんだよね。
「あの加護なし、また公爵令嬢に取り入ったらしいよ。ロクに魔法が使えないくせに、コネだけで生きてるなんてラクだよね」
「公爵令嬢も人がいいよね。それに付け込むなんて、落ち目のビューロウらしいわ。どんな手を使ったかは知らないけど、太鼓持ちだけはうまいみたいね」
「だいたい、四大属性の授業を取らないって何? この学園に通う意味なんてあるの? あの子の従姉もそうらしいけど、何のために高い学費を払っているんだか。本当に、無能って図々しいわね」
聞こえてきたのは、私に対する悪口だった。このトイレって、南や西の貴族がよくたまり場にしている。トイレで悪口大会って、よくある光景なのかもしれないけど、実際に文句を言われるとへこむよね。
この人たちが出るまでここでやり過ごそうか。そう思っていると、新しい人が入ってきた気配がした。
「こ、これはハイデマリー様! こんなところで会うなんて光栄です」
「それより聞きました? あの加護なしがまた目立つ活躍をしたそうですよ。何でもロレーヌ領に表れた闇魔と戦ったとか。まあ、魔法が使えないあの子は隠れてただけだと思いますけどね」
「加護なしのあの子が活躍できたとは思えません。どうせ、護衛を買収でもしたんでしょう。ちょっと調子に乗ってるようなので、すこし黙らせてあげましょうよ」
言いたい放題言われてる。
四大魔法が使えない私のことを嫌う貴族は多い。エレオノーラやマーヤ様がいればかばってくれるんだけど。
相手はあのハイデマリーだ。きっといやな言葉が飛び出すんだろうなあ。そう思っていた私の耳に入ったのは、ハイデマリーの意外な言葉だった。
「あなたたちは、あの子に何か言えるだけの実力があるの? 聞いたところによると、あなたたちにも実戦経験がないそうだけど。学園での模擬戦で優秀だという話も聞かないわね」
ハイデマリーの口から飛び出したのは、私の陰口を言う令嬢たちへの辛辣な言葉だった。
令嬢たちから息を飲む気配がする。そんな反応をものともせずに、ハイデマリーの冷たい声は続いた。
「あの子の兄であるデニスの実力は本物よ。私のクラスでも上位の戦闘力を持ってるのが分かる。少なくとも、四大魔法の腕に関して、あなたたちがどうにかできる相手じゃないことは確かね」
令嬢の一人が焦って言葉を返す。
「い、いえ! 兄がいくら優秀だからと言って、あの子もそうだとは限りませんわ! 優しい兄に庇われる哀れな妹に過ぎないのですわ」
「そ、そうです! その証拠に、あの子は上位クラスに在籍しているわけではありません! 中位クラスの模擬戦で優秀だからってなんだというのです!」
「魔法が使えない貴族に価値なんてないです! ハイデマリー様ならそれが分かるはずでしょう?」
3人は慌ててハイデマリーに言い募るが、返ってきたのは冷たい言葉だった。
「戦いは結果が全てです。あなたたちは中位クラスで勝つことに意味がないように言うけれども、あなたたちのクラスは何? 上位クラスに在籍している子はいないみたいだけど、もちろん模擬戦で優秀な成績を収めているんでしょうね」
意外と私をフォローしてくれるハイデマリーに驚きを隠せない。会うと結構嫌味を言ってくるヤツなのに、こんなふうに庇ってくれるなんて。
いや、かばっているわけじゃないのか。私の実力を正確に読み取っているみたいだ。
「公爵家の護衛の口は堅くて正確な情報は聞けないけど、あの子が護衛に評価されているのは確かなことよ。公爵家の護衛は強者ぞろい。4属性の魔法が使えないからって、侮ってもいい相手ではないわ」
ハイデマリーの言葉に、3人の令嬢は慌てて逃げていったようだ。ハイデマリーは溜息を吐くと、個室に入っていく気配がした。
出ていくなら今しかない! 私はハイデマリーが個室のドアを閉める音を確認すると、すぐに自分の個室を出て手を洗う。そして、トイレを出ようとすると、背中越しに私に声をかける声がした。
「別にあなたをかばったわけじゃないから。フランメ家の次期当主として、言うべきことを言ったに過ぎないのよ。こんな声を聴くのが嫌なら、次からはいつも使っているトイレを使うことね。少なくとも、そうすれば煩わしい声を聴く機会はないはずだから」
げっ、私のこと気づいてた!? それに、私の使うトイレも把握しているなんて、フランメ家はどうなってるの? これが貴族のたしなみってやつなのか!
「し、失礼しました~」
私はそう言い捨てると、慌ててトイレを後にした。そんな私の背中に、ハイデマリーの言葉が追ってきた。
「ロレーヌが堕ちても、ビューロウが失っても、フランメだけは忘れない。あの日仰いだ、空の赤さを・・・」
ハイデマリーの哄笑が聞こえた気がした。ちょっと! 怖いんだけど! なんか、急にポエマーっぽくなってない!?
訳の分からない言葉を聞きながら、次からはこのトイレだけは使わないようにしよう。私は固くそう誓ったのだった。