第10話 様子を見に来た兄妹たち
私はそれからも、調子がいい時は道場で素振りをした。一心不乱に素振りを続ける私を、妹のアメリ―があきれたような目で見つめている。
「お姉さまの剣術がすごいのは分かりましたが、素振りはもう十分なんじゃないです? それよりも、魔法を一つでも覚えたほうが効果的じゃないでしょうか? 今は身体強化の魔法も使っていないみたいですし」
妹のアメリーは時々こうして私の様子を見に来てくれる。おじい様の孫である私たちはこの道場に立ち入ることが許されている。まあ、朝晩の鍛錬は、両親や兄たちとやってるみたいだけど。
叔父や両親には専用の道場がある。このあたりは貴族の豪華さが見えるところだ。本棟がある屋敷から彼女たちが練習に使っている道場まで距離が少しあるけど、秘密の訓練を行うにはちょうどいいらしい。まあこの道場ほどは、設備がそろってないようだけど。
それはともあれ、アメリーだ。つまらなそうに素振りを見るアメリーに、私は答えた。
「私は、魔法の、資質が、ないからね」
警告を聞かずに素振りを続ける私に、妹は不機嫌になる。魔力測定をする前から魔法が使えた彼女にとって、私が簡単な魔法も使えないということが理解できないようなのだ。
彼女が本当に心配して助言してくれていることは分かる。でも、恥ずかしくて言えないけど、私にはホント、魔法使いの資質がないんだよ。
「でも、レベル1の属性くらいはあったんでしょう?」
無邪気に訪ねるアメリーに、私は口ごもる。属性の相性はレベル0から7であらわされる。といっても、高ければいいというものではない。5以上になると親和性が強すぎて、すぐに魔法を暴走させてしまうのだ。私には縁のないことだけど。
私みたいに、貴族なのに魔法が使えない人は、加護なしって言って迫害されていたらしい。両親からあんまり指導がなかったのも、簡単な魔法すらも展開できなかったせいだ。まあ、私の場合は魔力自体はあるみたいだから、原始的な身体強化くらいは使えるみたいだけどね。
「私にはコレしかない。強くなるには、剣を鍛えるしかないんだ」
アメリーは頬を膨らませる。私の資質については、おじい様が口止めしてくれたおかげで、正確な情報は両親以外には知られていないはずだ。
「まずは、正しい姿勢で素振りできるようになること。身体強化を使って秘剣の威力を高めるのは、ある程度、体ができてからよ」
アメリーは、一向に魔力の訓練を行わない私にじれていったようだ。まあ、アメリーから見たら、私の言う『正しい姿勢の素振り』が分からないのかもしれない。素人が外から見ても、素振りの違いなんて分からないだろうしね。
「お姉さまが魔法を使えなくて、恥をかくのは私なんですからね!」
アメリ―は怒って立ち去っていく。おじい様に口止めされているから言えないけど、ホントに資質がないんだよ・・・。
前世で学んでいた“示巌流”は、戦国時代の侍、佐々木重位によって作られ、その子孫によって代々受け継がれてきたものだ。本人はなんか戦死しちゃったみたいだけど、その子孫が頑張ったおかげで道場を築くまでになったらしい。
示巌流には5つの秘剣がある。デニスとの模擬戦で使った『鷹落とし』は私の最も得意とする型だが、基本かつ強力な秘剣である『羆崩し』を確実に使えるようになるのが今の目標だ。
この技は、あとのことは全く考えずに最初の一撃にすべてを籠める技だ。当たるか、外すか。殺すか、殺されるかの技。だからこそ、正しい姿勢で一撃を撃つこと、一撃にすべての力を籠める必要がある。正確な振りと綿密な魔力操作があれば、前世以上にこの技を使いこなせるかもしれない。
希望は小さい。でも、私は知っている。近い将来、この国はやばいことになるって。そんな世界で魔力の資質がない私が生き残るには、前世の剣術を習得して強くなるしかない。
そこに可能性があるのなら、全力でやるのみだ。
一振り一振り、丁寧に振り下ろす。正確な素振りができるよう、動きを体に覚え込ませる。
「属性の資質はないけど、魔力はある。この前おじい様が見せてくれた。体の内部強化がどれだけ剣術と相性がいいかを。きっと誰よりも強い一撃を放つことができるはずだ。そのために、今は体を鍛えるんだ」
私の魔力は透明だから、体の中に通しても痛みはない。つまり、体の内部強化は誰よりもうまくできるということだ。痛みがない分、練習も他の人より多くできる。
まあ、透明だからといって、敵に察知されないわけじゃないらしいけどね。魔物は嗅覚や気配で魔力の存在を感じ取るし、闇魔の中には魔力の動きを察知できる個体もいるらしいから。隠密に生かせるってわけでもないようだ。
「さて、素振りがひと段落したんだから、走り込みもやりますか」
私は道場を走り回る。ラーレは不満そうな顔をしたが、それでもついてきてくれた。そのあと、ダッシュも繰り返すことで、相手に素早く近づいて斬りつけられるよう、脚力を鍛えていく。
まだ身体強化の魔法は使わない。筋力や技術を最初にしっかり鍛えることが大切だと思う。正直なところ、魔力を使えるこの世界の人が、前世の師範より強いかと言うと、師範に勝てるイメージがわかない。まあ、あの人たちを基準に考えるのは間違っている気もするけどね。
「おう、お嬢ちゃんたち。朝からせいが出るな。さっきすれ違ったけど、アメリ―お嬢様がなんか怒ってたぞ」
グスタフが道場に入ってきた。外で走り込みをしていたらしい。
「ちょっと意見が食い違ってね。それよりもグスタフこそせいが出るね」
「まあな。おかげでやることが分かったんだ。当主と同じことはできなくても、強くなれるならやらないわけにはいかねえべ」
グスタフが無邪気に笑うのを見て、私も笑顔になる。私は彼を一瞥すると、そのまま訓練を開始した。
◆◆◆◆
その日は珍しく、兄のデニスが私の素振りを見に来ていた。私は彼が見つめるのを気にせずに、素振りを続ける。何百回も素振りしているけど、未だに納得のいく一振りはできない。前世の私は、もうちょっといい素振りができていたはず。それができないということは、まだ修行が足りないということだ。
素振りを終えて一息つく。私が休憩したのを見て、デニスが珍しく話しかけてきた。
「お前、変ったな。前は拗ねたみたいに仕方なしに素振りや瞑想をしていたようだったけど、今は自分から喜んで素振りをしているように見える。私との勝負でもあんなに真剣に自分の力を証明しようとした。何があったんだ?」
兄は急に変わった私をいぶかしんでいるようだ。模擬戦では助けてくれたし、答えてあげたいんだけど、急に前世を思い出した、って言っても頭がおかしいと思われちゃうよね。
でも、今の私は訓練をしている間だけしか、落ち着くことができないんだ。
「ええと、この前、頭を打ったときに気づいたんだ。魔法が使えない私は、体を鍛えることしか強くなることはできないって。でも、安心して。強くなるための道筋は見えた。きっと、デニスよりもホルストよりも、強くなって見せるから!」
生意気なことを言った自覚はある。でも、両親に大事にされている兄に含むところがないわけではない。ちょっと意地悪かもだけど、これくらいなら許されるよね。
兄は道場の壁に背をもたれかけさせながら目を閉じた。そしてしばらくすると目を開けて私に向き直った。
「地脈の傍にいると、先祖の知識が宿ることがあるそうだ。貴族の中には、その知識を使って失伝した秘儀を習得し、後継にまで上り詰めた人間もいるらしい。私やアメリーは両親に従わざるを得ないが、お前はその知識を生かしてしっかりと力をつけると良い」
そう言い捨てて、兄は道場を後にした。私はしばし、茫然と兄の後姿を見送った。その後ろ姿を見ていると、兄は道場の入口手前でこちらを振り返った。
「修行もいいが、ラーレ姉さんに迷惑をかけるなよ。ただでさえお前の世話を押し付けられているんだ。あんまりあの人の手を煩わせるんじゃないぞ」
むっかー! デニスはいつもそうだ! 私がラーレに迷惑をかけてると思い込んでる! 確かに介抱してもらったり、修行の手伝いをしてもらったりしてるけど、私だってラーレに協力してるんだからね! 持ちつ持たれつで、一方的に助けてもらってるわけじゃないんだから!
私は思いっきり、兄の後姿に舌を出した。