第1話 目覚め
内容は変わらないですが、改行とかちょっといじりたいと思います。5月13日
屋敷の廊下を息を切らしながら走っていた。
今日は特別な日なのに、昨日眠れなくてすっかり寝過ごしてしまった。おじい様の執事のノルベルトが起こしに来るまで爆睡していたなんて、ちょっとシャレにならない。
応接間に続く扉の前には、兄のデニスと妹のアメリー、そして両親が笑いながら雑談を交わしていた。
「お前たちは我が家の誇りだ」
そう言って父ブルーノが兄と妹の頭を撫でていた。
いいなぁ、となんともなしに思った。父が私の頭を撫でたのは、いつのことだっただろうか。もう思い出すこともできないくらい昔の話だ。
母が私に気づいた。笑顔から一変して、表情が硬くなった。
遅刻したのは悪かったけど、そんなあからさまに機嫌を悪くしなくてもいいじゃないか。
「もうアメリーも終わったのよ。さあ、あなたも済ませてしまいましょう」
母はそう言うと、扉を開けて応接間に向かった。父も、「お前もやってみなさい」と母に続く。曇りのない笑顔を浮かべる兄妹たちを一瞥すると、私は駆け足で両親の後を追った。
応接間の真ん中に魔法道具が設置されていた。
真ん中の床に一つ、宙に浮いているのがもう一つ。そこを中心に四方に一個ずつ水晶があった。
真ん中のスペースを取り囲むように、6つの水晶が設置されているのだ。周りの魔法使いらしき男たちが何やら紙に書き込んでいた。
「ダクマー、やっと来たか。さあ、真ん中に立ちなさい」
奥にいたおじい様に言われ、私は魔道具の中心に向かった。この水晶の真ん中に立てば、私の魔力の資質が分かるそうだ。
私は勢いよく水晶の真ん中に立った。そして、そっと目を閉じて魔力を循環させた。
でもどの水晶も何の反応もしない。ん? なんか不具合でも起きた?
とりあえず薄目を開けてみた。1分ほど、沈黙だけがあたりを支配した。
時間が経っても、浮かんでいる水晶は反応しない。床にある水晶も、四方にある水晶もなんの反応もなかった。
「ダクマー、どうしたの? ちゃんとやりなさい」
祈るように見ていた母が声をかけてきた。
えっと、何をすればいいの?
私は床の水晶をぺちぺちと叩いてみた。父は慌てたように「やめなさい!」と私を叱りつけた。
私は急に不安になって、おじい様の顔を見つめた。おじい様は険しい表情で私を見ると、魔法使いたちに向き直った。
「どういうことですか。あの子からは確かに魔力を感じる。魔道具が反応しないなんぞ、壊れているのではないでしょうか?」
魔法使いは慌てたように首を振った。
「い、いえ、魔道具が壊れているはずはありません。さっきだって、きっちり反応したでしょう? お嬢様には、属性の祝福がないのではなないでしょうか」
憐れむかのように一瞥され、私は思わず首をすくめた。なにか、とんでもないことをしたのではないか。
母は、魔法使いに「これは何かの間違いです!」と詰め寄った。父は困ったような表情をして、「もう一度試してもらえませんか」と懇願していた。おじい様は目を見開き、驚いたような顔で私を見ていた。
「まさかこの子は、色のない魔法使いだとでもいうのか」
おじい様が茫然としていた。私はものすごく不安になって、俯いて床を見つめていた。
ロビーには、両親の声だけが響いていた。
◆◆◆◆
「あああああ!」
私は飛び起きた。
慌ててあたりを見渡すと、自分の部屋で寝ていたことに気づく。そうか、夢を見ていたのか。
私はやっと理解した。あの悪夢は、今まで生きてきた中で最悪の一日のことだった。
体中から流れていた汗を拭った。あの後、両親は私にぎこちない態度で接するようになった。双子の兄はいつも心配そうに私を見てたけど、うまく会話できなかった。妹のアメリーだけが一生懸命話しかけてくれる日が続いたんだ。
「アメリー、それはダクマーにはできない。お前とダクマーは違うんだ」
そう言って、両親は私に魔法を教えようとするアメリーを止めていた。アメリーは「でもお姉さまが」と言って庇ってくれようとしたけど、両親は残念そうな顔で窘められていた。兄はどうしていいか分からない様子だった。
私みたいに魔法の資質がない人のことは「加護なし」と呼ばれていて、一昔前は本気で迫害されていたらしい。
魔法の資質は本来なら本人や両親、当主くらいにしか伝わらないものなんだけど、こういうことはどこかから必ず漏れるものだ。私に資質がないことは他の練習生にもそれとなく伝わったようで、それまで仲良くしていた人たちも次第に離れていったんだ。
「あの頃のことは正直思いだしたくない。友人だと思っていた人も、憐れむように見て来てたんだよね。火を出して『こんなこともできないのか』って笑われたこともあったし」
この世界には魔法があって、魔法文字や魔法陣を描くことで平民でも簡単に魔法を使うことができる。かまどに魔法で火を入れたりするのは、こっちでは見慣れた光景だ。
普通の人は、魔力に色があってそれで文字や魔法陣を描いて魔法を発現するんだけど、私の魔力には色が全くなかった。インク切れしたペンでは何も書けないように、私は簡単な魔法すらも発動できなかったんだ。
兄妹たちは心配そうにしていたけど、自分たちの修行で精いっぱいのようだった。私を気にかけてくれる人は日に日にいなくなって、置いていかれたような気分になったんだ。
そんな私を助けてくれたのはおじい様だった。ある日、「今日からワシの傍で暮らしなさい」と言って私を連れ去ってくれた。その日から、おじい様の部屋の近くで生活する日が始まったんだよね。
「ううん、ダクマー。目が覚めたの?」
ベッドサイドにいる道着と袴のような服を着た少女が目をこすりながら話しかけてきた。従姉のラーレだ。彼女はちょっと豪華なネックレスと腕輪をしているのが特徴で、その装飾品は今日も赤い光を放っている。
「あ、ごめんラーレ。起こしちゃったね」
そう言う私に、あくびをかみ殺しながら向き直った。
「昨日は大変だったね。でもおめでとう。一応、ちゃんと魔法、使えたじゃん」
ラーレが漆黒の髪をいじりながら優しい笑みを浮かべている。
そう、私は昨日、初めて身体強化の魔法を使ったのだ。重い物も軽々と持ち上げられるようになって、思わず飛び上がって喜んだよね。まあ、跳ねまわりすぎて、道場の天井に頭をぶつけて気絶しちゃったんだけど。
「へへっ、ありがと。本当に使えるようになるとは思わなかったから、びっくりしたよ」
おじい様からは必ず使えると言われていたけど、やっぱり不安だったんだ。魔法文字や魔法陣を使わない原始的な魔法なら、私にでも使えるのが分かった。これから私の最強伝説が始まるね!
にやけた顔になる私に、ラーレは微笑みかけてくれた。
「まあ頑張りなさい。頑張りすぎて怪我しないようにね」
ラーレも私と同じで魔法が使えないというのに、素直に褒めてくれる。私が彼女の立場だったら、嫉妬で睨みつけるくらいはしそうだけどなぁ。人間ができているというか、お姉ちゃん気質というか。
「次はラーレの番だね。おじい様からいつかは魔法が使えるって言われてるんでしょ?」
私もラーレも、魔力量はかなり多いと診断されたけど、資質のほうに問題があるとされている。ラーレは私とはまた違った事情で、まだ魔法を発現できないんだよね。だから、他の兄妹と一緒に訓練することはなかったんだけど――。
ラーレは自信なさげにこちらを見ると、ちょっと寂しそうに笑った。
「まあ、私の場合はいつになるか分からないけどね。この前おじい様に修行を見てもらった時も『まだまだじゃな』と言われちゃったし」
そう言って、赤い光を放つ腕輪を見つめていた。
ラーレは叔父の娘で、叔父一家はうちの両親と仲が悪いと言われている。というのも、おじい様がどちらを後継にするかを明言していないからだ。順当にいけば、長男であるうちの父が跡を継ぐことになるけど、魔力量が豊富で高い資質があるのは叔父のイザークだ。使用人なんかは、おじい様に似ている叔父に後継を託したいのではと噂してるけど・・・。どうなんだろうね。
少なくとも、私には2人が仲が悪いようには見えない。お酒の話で盛り上がってるの、知ってるんだ。2人で楽しそうに飲みに行くこともあるみたいだし。
「でも今日はホント寒いよね。炬燵でゆっくりミカンでも食べたいよ。石油ストーブでお餅なんか焼いたりしてさー」
私は日本の冬の一幕を思い出し、そんな冗談を言う。だがラーレは、ちょっと面食らった表情になった。
「炬燵? 石油ストーブ? なにそれ。ダクマーはいつも変なこと言ってるけど、今日は一段とひどいね。ちょっと変だよ」
そういうと、大声で医者を呼んでくれた。私が目を瞬かせていると、隣の部屋に待機していたお医者様が来て素早く私の体をチェックしてくれた。ラーレは心配そうな顔で私を見ている。
お医者様が出ていくと、ラーレは一礼して見送り、静かに私のほうを見た。心なしか、いつもより真剣な表情に見える。
「ダクマー、頭を打ったんだから、今日は休んだほうがいい。静かに寝ていなさい。いつもみたいに遊んでないで、ゆっくり休むんだよ」
そういうと、私の額に手を当てて熱を確かめた。そして私を強引に寝かせて布団を掛けた。
心配そうに私を見つめるラーレに、混乱がひどくなった。
え? 炬燵や石油ストーブのことを知らない? どうなってるの?