その1
「あなたの才能はゴブリンマスターです」
「え?」
転生して10年、才能開花の儀式で告げられたのはモンスターマスターの中でも下から数える方が早い才能だった。
才能で職業が決まると言っても良いほど才能が比重を占めるこの世界に生まれ変わって10年、暮らしに困るほどお金に困っている訳では無いが特に裕福でも無い家庭で暮らせていたのは運が良かったのだと思う。
父は鍛治の、母は料理の才能が有ると聞いていたので自分も生活に紐付いた才能があるだろうとたかを括っていたのが甘かったのかもしれない。
モンスターを召喚して戦わせるモンスターマスターの中でもハズレ枠のゴブリンマスターの才能を開花させてしまった僕に、齢10にして舗装されていない冒険者の道が急に現れたのだった。
儀式があった日の夜、父と母と僕で家族会議が行われた。
「…どうしたい?」
「・・・」
前世の感覚からすると10歳の子供に自分の将来の事を決めさせるのはおかしいと思うんだけど、この世界だと当たり前なんだろうか…
10年たっても未だに価値観がズレることがたまにある。
「お前がショックを受けるのも分からんでも無い。モンスターマスターが召喚するモンスターとしてゴブリンは人型最弱。条件が悪ければスライムにすら負ける可能性があるモンスターだからな」
そうなのだ。この世界ではゴブリンやスライムはもちろんありとあらゆるモンスターが生息している。
その中でゴブリンはかなり弱い部類、なんなら最弱候補に名前が上がる時も有る程弱い。
そんなゴブリンを召喚して戦わせても時間稼ぎにもならない事の方が多いかもしれない。
その程度のモンスターを操れる才能では冒険者になるのは厳しいと思うのは当然だ。誰だってそう思う。僕だってそう思う。
「才能が大事なのは間違い無いけれど、戦闘向きの才能だからって他の仕事が出来ない訳ではないのよ?」
「そうだぞ?俺の仕事仲間にもソーサラーの才能が有るのに炭鉱夫をしてる物好きもいるくらいだからな」
ある程度僕に決定権を委ねてくれているとはいえ両親は共にゴブリンを召喚し操るだけでは冒険者は厳しいと考えているみたいで、他の職を選んで欲しいと言外に伝えてくる。
でも正直な事を言えば冒険には憧れがあった。
産まれてある程度経ちこの世界がファンタジーに満ちていると気付いた時には、心が踊ったし最強の冒険者になるんだ!なんて幼稚な目標を親に言ってみたりもした。
それでも、両親から冒険者になるには才能がいると聞かされ『親の才能が子供にある程度影響を及ぼす』という才能の在り方も知り僕は将来何かの職人にでもなるのかなぁと諦め半分で自分を納得させたつもりでいた。
そんな僕に降って湧いた冒険者の道。恵まれた才能では無いが不可能と言い切れはしない程度の才能。
僕の心は決まっていた。
「僕、冒険者になるよ」
二度三度と冒険者の危険性を説いても僕の意思が変わらないと見るや両親もすんなり承諾して、冒険者になる為に必要な事を教えてくれた。
危険を承知の上で冒険者になる事を許す両親に前世の価値観がツッコミを入れるものの、事ここに至ってはその価値観のズレは好都合でトントン拍子に準備は進んで行った。
両親が言うには何はともあれ冒険者になるには冒険者学校に通わなければいけないという。
2年間学校で基礎を学びスキルを身につけて試験に合格してやっと冒険者の一歩目を踏み出せると言う事だ。
冒険者学校にはファイターの才能やソーサラーの才能などのあきらからに冒険者向きの才能を持った子供が通うのは勿論、商人の才能や騎手の才能を持ったあまり冒険者に向いていない才能の子供もそこそこな人数通い、将来的な繋がりを持つ為の交流の場としての側面もあるらしい。
父も冒険者学校に通っていた頃に知り合った冒険者が常連客になっているらしく交流は大事だと断言していた。
そして次の日から地獄が始まった。
「立てぇ!そんなもんで冒険者になれるかぁ!!」
キツすぎる…
朝早く叩き起こされそのまま走って来いと家を放り出され、体力の限界まで走り続けてフラフラで家に帰ると朝食。
食べ終わると父に木刀を渡され打ち合いが始まり、父の怖さを初めて思い知った。
「お前が冒険者になると言ったんだろう!甘えは許さん!」
昨日までの父との差が激しくて混乱している内に木刀で打ちのめされ、倒れては起こされ木刀を構えさせられる。いきなりの訓練にしてはキツすぎるんじゃないかと思うほどの時間はそのまま昼食まで続いた。
昼食を食べた後は父がする鍛治の手伝い。筋力トレーニングを兼ねての事らしかった。夕方まで手伝い夕食を食べ床に着く。冒険者学校に通うまでの1年間この日々が続く事を思うと憂鬱な気持ちになると同時に憧れだけで冒険者になるには難しい事をしっかりと認識させられた1日だった。