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最強のエコロジーは人間がゴミを食べることです!

作者: 村崎羯諦

「このような研究結果をもとに我々株式会社ガベージ・イーターは一つの結論を導きました。つまり、排出されるゴミを削減する最も効果的な方法は、排出されるゴミを人間が食べ、それを体内で消化することなんです!」


 広い会議室。そこに集められた大勢の人たちの前で、環境活動家と名乗った男がそのように断言した。前方に映し出されたスライドが次のページ移り変わり、人間の体内とゴミのイラストがポップに貼られたスライドが表示される。


「もし従来と同じ手法でゴミのリサイクル処理を行おうと思った場合、まずは工場を建設するための設備投資が必要になります。運よく資金を調達でき、施設を作れたとしても、その工場を稼働させるためのランニングコストが必要となります。いや、お金で解決できるのであればまだマシです。工場の中の機械は電気で動きますよね。つまり、環境に優しいリサイクル処理を行うために、化石燃料をガンガン燃やして電力を生むという本末転倒なことになりかねないのです。


 しかし、我々が提示するソリューションは違います。初期投資もいらない。電力もいらない。必要なのは人だけです。最新の論文により、人間の消化器官には、万能かつ強力な消化機能が備わっていることがわかりました。それは最先端の機械を駆使してゴミを再生可能なエネルギーへと変換する処理と同程度かそれ以上の力があると言われています。これを環境のために使わない手はありません。人間のせいで環境を汚してしまったのであれば、それを元に戻すのも人間なのです。さらにこのエコロジー技術を使えば、雇用も生まれます。これこそまさにSDGsなのです!」


 男の説明に会場にちらほらと拍手が沸き起こる。誰が拍手をしているのかを確認してみると、そのいずれもが身なりがきちんとした若者だった。会場の中に集められた人間の大半は俺と同じように、ただで飯を食えて、なおかつお金をもらえるという噂を聞きつけてやってきた貧乏人。そういった人間の集まりの中で、環境問題への意識の高さからここへ集まった彼らは、どこか浮いた存在だった。彼らの信条を否定するつもりはさらさらないが、俺にとっては環境問題なんかより明日の食い扶持の方がよっぼど重要な問題だ。御託はいいから早くゴミを食わせろという不満を持ちつつも、この仕事をするためにはこの研修が義務付けられているため、俺は渋々講義を聞き続けた。


 それから男はこの会社がやっている環境活動の内容を説明した後で、ようやくこの会社が開発したという食べられるゴミが運ばれてくる。それは豆腐と同じくらいの大きさをした直方体で、色々なゴミからできているためか、それぞれが違った色をしていた。男は嬉しそうに食べられるゴミを指差し、これらには有機物である生ゴミだけではなく、プラスチックといった無機物も含まれているのだと説明する。独自技術により人間の体内で栄養として消化できるような加工が行われており、現在特許取得中らしい。


「今はまだまだ発展の途上ですが、今後は食品メーカーと協力して、食感・見た目・味といったものの向上を図っていきたいと考えています」


 裏返せば、今の段階ではまだまだ食えたもんじゃないってことか。俺はそう思いながらも、安くない金をもらえるんだから仕方ないかと一人で納得する。座学はこれで終わりですと男が告げ、俺たちが座っている席一つ一つに、先ほど紹介された食べられるゴミが運ばれてくる。


 飯を食うだけでお金がもらえて、肉体労働よりも割の良い仕事。それだけのお金がもらえるのであれば、ゴミでも何でも喜んで食べようと思っていた。しかし、現物を目の前にした瞬間、そのモチベーションは一瞬で消し飛んでしまった。直方体の食べられるゴミは、独自技術とやらでは消すことのできなかった腐臭と、表面をコーディングしているゼリー上の膜から透けて見えるゴミの破片が、どうしようもないほど食欲を減退させる。殺菌処理が行われ、人体には何の影響もないと理解していても、どうしても目の前の食べ物に手が伸びなかった。


「この仕事は時給制ではなく、食べたゴミの量に応じて支払うことになっています。どうしても無理という方に強制はしませんが、その場合、バイト代を支払うことはできません」


 俺は面接の時に聞かされた言葉を思い出す。覚悟を決め、ぎゅっと目を瞑り、目の前の物体にかぶりついた。一番最初に舌に触れ合うのは、表面を覆った味のないゼリー。前歯でそれを食い破ると、中から飛び出してくる腐臭をまとった固形状のゴミ。無駄に弾力のあるゴミの塊は、噛むたびにゴムを噛んでいるよう。咀嚼していると、一部の硬いゴミが歯に当たってガリッと不快な音を立てる。しかし、それ以上に厄介だったのは臭いだ。生ゴミの臭いなんて生やさしいものじゃない。夏場に放置されて傷んだ海鮮物とか、汚い公衆トイレとかそんなあらゆる臭いが口の中に広がっていく。頑張って飲み込もうとしても俺の喉がそれを拒否し、手で口を塞がないと吐いてしまいそうになる。それでも、俺はゴミ一つあたりに支払われる金額を念仏のように頭の中で唱え続け、食べ続ける。ようやく一口分を飲み込んで当たりを見渡した。半数以上の人間がゴミを手に取ったまま固まっていて、中には机の横に設置されていたバケツに口に含んだものを吐き出しているものもいた。


 右の方からすすり泣きが聞こえてくる。ちらりとそちらの方を振り返ると、そこには大学生らしい若い女性が、食べられるゴミを持ったまま、めそめそと泣いていた。俺のような金目的でやってきたのではなく、純粋に環境問題のためにここへやってきた若者だろう。スタッフとみられる女性職員が女性の元に駆け寄り、そっと肩に手を置いて慰めている。食べられませんと訴えるその女性に対して、スタッフが必死に説得を試みる。


「あなたも辛いけど、地球はもっと辛いのよ。あなたがこれを食べることで、地球からゴミが減って、みんなが幸せになるの。地球の未来のために、頑張りましょう!」


 その声がけに女性が頷き、両手で涙を拭ってからガブリと食べられるゴミにかぶりついた。そして、涙でメイクをぐちゃぐちゃにしながら、一心不乱にゴミを食べ続ける。環境活動家なんて自己満足人間の集まりだと思っていた俺は、環境問題のためにそこまで一生懸命になれる彼女の信念に尊敬の念すら抱いた。実際、周りを見てみても、金のためだけにあつまった人間が次々と脱落する中で、環境問題のために集まった若者の方が必死になってゴミを食べ続けていた。


 俺は彼らのように地球のために必死になることなんてできない。しかし、仕事として引き受けた以上、俺にもプライドはある。俺は深呼吸をし、一口だけかじられた食べられるゴミを見つめる。そして、覚悟を決め、そのゴミにかぶりつく。


 それからの記憶はあまりない。俺は次々と運ばれてくるゴミを食べ続けた。何個食べたのかも、どれだけの時間が経っているのかもわからない。そして、満腹がやってきてもう限界だというタイミングで、俺は手を止めた。周りを見渡してみると、会場に集まっていた他の参加者は誰一人おらず、スタッフがちらほらと待機しているだけだった。どれだけ食べるかは各人が決められ、食べ終わったらそのまま帰っていいので、俺が参加者の中で最後までゴミを食べ続けたということになる。


 俺は近くにいたスタッフにもう帰りたい旨を伝えた。スタッフは俺が平げた食べられるゴミの数を告げ、それがとんでもない記録なんだということを教えてくれる。そしてそれから、代表がぜひ話をしたいと言っているが大丈夫か?と尋ねられる。なんだろうと思いながら俺が頷くと、10分後に先ほどプレゼンを行っていた例の環境活動家がやってきた。彼はまず俺が大量のゴミを食べ、環境問題に貢献してくれたことへの感謝を口にした後で、神妙な表情で俺に告げる。


「実は我々はあなたのような人間を探していたんですよ。このとんでもなく不味いゴミを大量に食べられる人間をね」


 どういうことですかと俺が尋ねると、代表はこれはここだけの話にしてくださいという前置きをした後で言葉を続ける。


「我々のこの技術はまさにゴミ削減を実現するブレイクスルー的なものだと考えています。しかしですね、実際にお食べになったからわかると思いますが、この不味さをどうしても世間が受け付けれくれないんです。だからこそ我々は、この不味さを解消するために日々研究を積み重ねているわけなんです。そのためには試行錯誤が必要なんです。つまり、作っては食べ、作っては食べを短時間の間に繰り返すということです。なのですが、このとんでもなく不味い食品を大量に食べられる人間がなかなか見つからなかった。今この瞬間まではね。ここだけの話、会場を押さえてまでこの仕事を募集しているのはですね、あなたのような人間を探すためでもあったんです。も


 もちろんあなたが環境問題に深い関心を持って、ここにやってきたというわけではないことも知っています。その点はご安心ください。契約社員という形ではありますが、大変な仕事に見合うだけの報酬は払います。どうでしょう? 我々と一緒に新しい世界を切り開いてみませんか?」


 俺は男の目をじっと見つめる。プレゼンをしているときの彼の姿を見た時は胡散臭い人間だなと思っていたし、いわゆる環境問題を解決しようと活動する高尚な思想の持ち主なんだと思っていた。しかし、こうして一対一で話してみて、確信する。目の前の男の原動力は環境問題を解決したいという熱意ではない。男の頭にあるのは俺と同じ、いかに金儲けをできるのかという通俗的な考えだ。こいつにくっついていれば、金になる。俺は瞬時にそう感じ取り、男から差し出された手を握り返した。俺と環境団体の代表は見つめあい、不敵な笑みを浮かべるのだった。



****



「これが世界的な企業となったガベージ・イータ社に入社した時のエピソードなんだ」

「嘘だー」


 都内のタワーマンションの最上階。俺が話す思い出話に、たまたま遊びにやってきていた孫がからかうような声をあげた。孫が嘘だと思う気持ちも正直理解できる。あまりの不味さで有名だった食べられるゴミを、お金を払ってでも食べたいと思わせるような味へと変える技術の功労者であり、今ではガベージ・イータ社の取締役の一人に名を連ねる俺が、元々はガベージ・イータ社の契約社員としてスタートしたなんて一体誰が信じられるというのだろうか。ストックオプションで莫大な財を手にし、家族という幸せも手に入れた。誰もが羨む成功者。これもすべては食べられるゴミのおかげだった。


 俺は高級椅子にもたれかかりながら、テレビへと視線を移す。ちょうどでレビコマーシャルが放送されていて、我がガベージ・イータ社が放送している政治広告CMが流れている途中だった。


『ヘイ! まだ環境活動家みたいなペテン師の言うことなんて信じてるのかい? そんなこと信じちゃだめだ。地球のことよりも自分たちの美味しい食事の方がよっぽど大事さ! さあ、みんな!! 地球のことなんて考えずに、じゃんじゃんゴミを出しまくろうぜ! 』


 テレビタレントのセリフの後に、ガベージ・イータ社の企業ロゴがポップに表示される。俺はその政治広告CMの出来に思わず微笑んでしまう。その一般的な食べ物を遥かに上回る美味しさから、今では食べられるゴミの供給量が需要に追いついていない。つまりは、環境問題の解決という名目でしか存在意義の見出せなかった商品が、一種の嗜好品として成立することになったということ。そして、食べられるゴミの原料はゴミだ。ゴミが大量に出れば出るほどゴミの価値は下がり、原材料の値段が下がる。逆に、ゴミの量が減れば減るほどゴミの価値は上がり、原材料の値段が上がってしまう。そうなると、我が社はやることは決まっている。どんどんゴミが増えるようにロビー活動を行うこと。シンプルな答えだ。ガベージ・イータ社がゴミを食料に変えられるからといって、すべてのゴミをリサイクルできるわけではない。だからゴミの総量が増えればその分環境への負担は大きくなるが、そんなことは知ったこっちゃない。大事なのはゴミの価値が下がり、我々の利益が増加することだけなのだから。


 環境ベンチャー企業としての姿は失われ、心変わりした会社から去っていった仲間も多い。だからこそ、俺が昔からこの会社で働く数少ないメンバーとして、確固たる地位を築けているとも言える。しかしもし俺と、現在の代表取締役が本当に環境問題のためだけに行動していれば、今のような成功はない。俺は自分がやってきたことに何の後悔もないし、むしろ金を稼ぎ、税金を納め、雇用を創出しているのだから、そこらへんの一般人よりも尊重されてしかるべきだと思っている。


 しかし、いくら政治広告を打っても、供給されるゴミが足りてないということは事実だった。ゴミが出れば出るほど我が社は潤うし、人々の食への探究心は止まるところを知らないし、我々ガベージ・イータ社もまだまだ成長し続けようというハングリー精神を失っていない。我々にはもっとゴミが必要だ。それも家庭から出るようなちまちましたゴミではなく、もっと大きな、大量に調達できるようなゴミ。生ゴミ、粗大ゴミ、燃えないゴミ、それから……。


 俺は椅子から立ち上がり、俺が住むタワーマンションの最上階から街を見下ろす。ここからの眺めは自分が築き上げた地位に値するほどの素晴らしい絶景だった。しかし、ふと視界に入った高層ビルのモニタへと目をやると、そこには気分を害する広告が映し出されているのがわかる。気分を害する広告というのはつまり、我々のような企業を批判する、小煩い環境活動団体の政治広告のこと。経済を回すという我々の高尚な理念を誓いしようとしない人間たちに、俺は思わず悪態をついてしまう。


「ふん、人間のゴミどもめ」


 俺は携帯を取り出し、この街の政治家へ電話をかける。電話に出る音、そして媚びるような声。俺は快感にも似た優越感に浸る。そしてそれから、今すぐにあのモニタで放送されている環境活動団体の政治広告を止めるように、強い口調で命令するのだった。

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