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第4話 契約のリング


「たっだいま~ ! 」


「…………おかえり」


 弾むような声で(うた)が帰ってきた時、夕夏(ゆか)はリビングの床に『回復薬(ポーション)』の瓶によって形成された草原の半分ほどを刈り取っていた。


「あ、ごめんね~ ! 私も運ぶの手伝う~ ! 」


 詩も慌てて作業に加わろうとするが、夕夏はそれを手で制す。


「それより砂希(さき)先輩、どうだったんだ ? 」


 彼女のために全力で走って行ったのだろう。


 汗まみれの詩の顔を少しだけ複雑な思いで見つめながら、夕夏は問う。


「すごいの~ ! この『回復薬(ポーション)』~ ! これを飲んだ砂希ちゃん先輩、すぐに痛みが消えて、お医者さんに無理言ってもう一度レントゲン撮影してもらったら、骨折が綺麗に治ってたの~ ! 念のため明日もう一度検査して、大丈夫なら退院だって~ ! 」


 無邪気な笑顔で報告する詩。


「そっか、良かったな」


「本当~ ! 良かったよ~ ! 」


 詩は夕夏の手を取り、くるくると回りだす。


 まだ半分ほど薬瓶で埋まったリビングは、しばし二人の少女の舞踏場となる。


「目が回る~ ! 」


 やがて、詩はふらふらとソファーに倒れ込む。


 夕夏は苦笑しながら、片付けを再開した。


「……とりあえず姉ちゃんの部屋に運ぶぞ」


「は~い~ ! 」


 地方の大学へ進学したため、空いていた夕夏の姉の部屋へ、とりあえず二人は大量の薬瓶を運ぶ。


 彼女が帰省してきた時のことを意識的に考えないようにして。


「夕夏ちゃんのお父さんとお母さん、そろそろ着いた頃かな~ ? 」


「ん ? そうだな。もう 18 時か……フライト時間が 7 時間って言ってたから……もうホテルにいる頃だな」


 夕夏は壁に掛けられたアンティーク調の時計を見ながら答える。


 彼女の父親が海外出張で、母親もそれに便乗して観光目的でついていったのだ。


 会社の経費で。


 出張でホテルのクオカード付き宿泊プランを申し込み、クオカードをこっそり懐に入れるくらいが(せき)の山の平社員には及びも付かない、社長だからこそ成し得るえげつない行為だ。


 ともかくそんな理由でこの週末、彼女の両親は留守なので、詩は今晩泊まっていく予定であった。


「でもインドネシアってイスラム教だからお酒飲まないんじゃないの~ ? 」


「いや、断食期間以外は飲むんだって」


「へ~意外~」


「あっちのお偉いさんが是非うちの国でもあの酒を販売しろってバイヤーに言ってきたんだってさ。どうも一ヶ月前の勇者の動画を見てたらしくて」


「やっぱり宣伝にもなってたんだね~」


 二人は他愛も無いことを喋りながら、『回復薬(ポーション)』の瓶を運んでいく。


 そしてようやく全てを夕夏の姉の部屋に押し込むと、二人はソファーにへたりこんだ。


「疲れた~ ! でもあれだけ『回復薬(ポーション)』があれば数百回は死にそうな目にあっても大丈夫だね~ ! 」


「大丈夫じゃないだろ。それだけ死にかけてるってことは何か根本的に生き方を間違ってるってことだ。私達みたいに普通に生きてたらそんなことはないだろ」


「そうかな~ ? 例えば夕夏ちゃんから私を奪おうとして刺客が送り込まれてくるとか~ ? 」


「誰がそんなことするんだよ !? 」


 悪戯っぽく笑う詩を少しだけ剣呑な瞳で夕夏が見つめる。


(……なんか……少し詩の雰囲気がいつもと違う…… ? )


 夕夏は視線を彼女から外して、テレビの方を見ると画面の下に見慣れないものがあった。


 白いベルベットが光沢を放つケースだ。


「なんだこれ…… ? 」


 20センチ× 5 センチほどのそれは背面の蝶番を支点にしてパカリと開く。


 中には二つのシンプルな鈍色(にびいろ)のリングが並んでいた。


「指輪だ~ ! でもこんなのあった~ ? 」


「いや、さっきまで……『回復薬(ポーション)』が転送されてくるまでは確かになかったはず……」


 夕夏は怪訝な顔でその下にあったメモを読む。


 そこには、「今回はお取引ありがとうございました ! このリングが代価の『軍神の加護』です。このリングを左手の薬指に装備していただいた時点で契約完了となります。くれぐれも装備しないという選択はなさらないようにお願いします。それ相応の報いが降りかかりますから。これからも当番組をよろしくお願いいたします ! ※ちなみにリングをお互い付け合うと少しだけ有利になりますよ。アナ・ビランダ」と。


「忘れてた~。そう言えば代価があるんだった~」


「こんな重要なことを忘れるなよ……。それにしても『有利になる』…… ? 一体どういうことだ ? 」


 首をひねる夕夏に構わず、詩はひょいっとリングをケースから取り出した。


「じゃあ夕夏ちゃんにつけてあげるね~」


 そう言って詩は夕夏の正面に立ち、柔らかに彼女の左手をとった。


「えっ ? いやちょっとまって…… ! 」


「どうしたの~ ? 」


 夕夏は顔を真っ赤にして彼女よりも少しだけ背の低く、自然と上目遣いとなる詩を見つめる。


「いや……なんでもない」


「ひょっとして照れてるの~ ? 」


「そ、そんなわけないだろ ! 」


「ふふ、じゃあいくよ~」


 夕夏の左手の薬指の先がリングの輪を通り、ゆっくりと根本へと進んでいく。


「サイズぴったりだね~。次は私につけて~」


「あ、ああ」


 夕夏は詩の嫋やかな手をとり、今ほど彼女がしてもらったように、詩の指にリングをくぐらせた。


「私のもジャストサイズだ~ ! おそろいだね~ ! でもこの『軍神の加護』ってどんな効果があるんだろう~ ? 軍人将棋で絶対負けないとかかな~ ? 」


「……軍人将棋なんて昭和の遺物をよく知ってるな……。今は令和だぞ……」


「『こち亀』で読んだの~」


 詩は楽しそうに笑う。


 夕夏は一つだけ溜息を吐いて、そんな彼女の微笑みから視線を逸らす。


「とにかく晩御飯にしよう。お腹空いたし。今から料理すんのは大変だからデリバリーでいいな ? 」


 そう言ってスマホを探す彼女の視線に映ったテレビ画面に、文字が記されていた。


──戦闘準備開始まで、あと 119 分。今すぐ準備を開始することも可能です。準備を開始しますか ?


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