いっつまものらいふ
「理解したかのう?人の定義では人の子は魔物。人の子が幾ら人として時を過ごしたとしても、人の間では魔物じゃ。愚かだろうて」
それも人の愛しさよのぅ、と大樹は締めくくーーーいやちょっと待って。
わかったよ、ぼくは魔物だって。花に転生しちゃったからなんだよね、うん分かった。おーけー。
でもさ、なんでぼくに"眼を持ってる"って言ったんだ?
眼ってさ身体の一部だよね。しかもかなり重要な。なら、さ。
ぼく、人の身体を持ってるんじゃないのか?ねぇ、大樹様。
「人の子、さっきまで激昂しておったからに、よく其処まで考えておったの。聞いてる分にはそんな考え、思ってもいなかったじゃろうが」
人ってね、悪意に晒され続けるとこれぐらいすぐ出来るようになるんだよ。
「…………まぁ、よかろう。さてようやっと本題じゃ。人の子よ、自由になりたいかのう?」
考えるのも惜しい。答えは決まってる。
もちろん。
過去も。何もかも。
全てを棄ててでも。
「なら、儂も手を貸そう。なに、老いぼれの慈善活動に口出しは無用じゃ。まず、最初に言っておくぞ。その花、カトロスを人の子の魂から切ることは出来ぬ。でも、その花を本体にして身体を創ることは可能じゃ。なにせ、人の子はもう人としての記憶が十分あるからのう。姿形を人に寄せて作り変えるんじゃ」
はい、大樹先生。
「なんじゃ、急によってからに?」
カトロスはクロノスの所謂変個体ですよね。クロノスは魔力が濃い場所でしか生きて行けないって言ってましたけど、カトロスは大丈夫なんですか?外に出ることは出来ますか?
「なんじゃそれか。カトロスはクロノス同様魔力が濃い場所でしか生きて行けぬ。だが、人の子が今からとる姿は人じゃ。カトロスの素質ならば膨大の魔力を取り込むことが出来ろうて。魔力を掴むのに慣れるまではここで過ごした方が良かろうが、慣れたならば大丈夫じゃろう。常に膨大な魔力を宿して体内の濃度を上げとけ良かろう」
ありがとございます。なんか幼馴染みを思い出すな。幼馴染みもこうやってぼくの世話を焼いてくれた。
あっ、ちょっと涙が。
はい、大樹先生。
クロノスに魂が宿ったものがカトロスと分かっているなら、今までもカトロスがあったってことですよね?
それらのカトロスはどうなっているんですか?
「人の子は本当に異常なんじゃよ。常にクロノスに宿るは小さき魂のみ。それらの魂の知力は皆無。こうして話すことすら出来ない魂たちよ。魂が大きいほど蒼が濃くなる故、人の子が宿ったクロノスは今まで見たこともない程蒼いのじゃ。人の子は話しが通じるから、こうやって慈善活動をやっとるんじゃぞ」
はーい、分かりました。
ちらとぼくが宿っている花を見る。濃い蒼。
「質問は以上かのぅ?ならば、作り変える故、少し魂を見させてもらうぞい」
どうぞ、どうぞ。あっ、記憶とか見ないで下さいね。見ても楽しい思い出は殆どないし。
幼馴染みとの時間は楽しかったけど。
「心配せんでよい。人の子も気付かぬほどの改変しか出来ぬからの。儂は身体を作り変えるが、今から創る身体の奥に人の子の魂と花を置く為じゃ。人の子は魔物というより、精霊や妖精に近いものじゃかろのう」
今更ながらだけど、本当にぼく転生したんだな。
魔力とか喋る大樹様とか、精霊妖精とか。魔力があるってことは魔法も使えるのかな?
「…………………」
………、大樹、様?どうかしましたか?
「人の子よ、一体生きている内に何したんじゃ」
?………、なーんもしてませんよ。運命とか知らないけど、それらしきものから幼馴染みと一緒に逃げ回ってましたかね。結局、後ろからサックリと逝っちゃいましたけど。
なんか問題でもありましたか?
「いや、身体を作り変えるにはあまり関係ないものじゃ、しかしこれは…………。人の子よ、呪いを掛けられているぞぃ。しかもかなりの上位者に、じゃ」
この世界に転生して、出会った?相手って大樹様しかいませんけどね。
「人の子を呪っている呪いの名前は"女神ヴァイルーネの妄執"。この世界に女神など居らぬが、女神と崇められ名乗っている者なら居る。何やったんじゃ、本当」
何もやってませんて、本当に。
「この呪い………、ヴァイルーネに必然的に出会うようにされているの。気を付けよ、人の子よ」
見知らぬ相手に呪い吹っかけるヴァイルーネ、さん?と仲良くするのはちょっとできませんかね。
こう人的に?
「まぁ、よい。ほれ身体を作り変えたんじゃ。少し気が飛ぶやも知れんが、目を覚ましたら人の形になっておろう」
引っ張られるような感覚が急にきた、と思ったら。
もう、意識が飛んでいた。
「人の子よ。もう起きれるじゃろう。……………、人の子の記憶にある人の形を形どったら、結構綺麗な顔しとるんじゃのぅ。すまぬ、まさか女子とは思いもよらなんだ。口調から男だと思ってたからに」
白銀の海に溺れているような光景が眼に映る。手脚の感覚が、ある。
「ぼくは、男であってますよ。大樹様。前世でもよく間違えられました」
「むっ、男か。よく見れば、少し凛々しいのう。さながら美少年じゃのう、はっはっは」
自然に声が出せることに驚く。ここ最近ずっと頭の中でしか喋ってなかったからな。
自分の手を見つめれば、最後の記憶より一回り小さかった。
「あの、大樹様。ぼく、なんか小さくなってるんですが」
「人の子の最後の身体の大きさは、まだ人の子では無理じゃ。もう少しカトロス本体が成長しなければな。しかしカトロスは滅多に大きくならん。なにせ永遠に等しい時を過ごすんじゃかろのう。人の子が体内に取り込める魔力の量がもっと多くなれば、大きくなるかも知れんが」
手の平を開いたり握ったりする。手の大きさ的に12、3ぐらいだろう。
すみませーん、大樹様。鏡とかありませんか?
人としての自身を見たい、と思うのはおかしくないだろう。
「鏡ならば……、ほいっと」
どこからともなく水が集まったかと思うと、それらが鏡のようになった。
おぉー、ふぁんたじー。ぼくも出来るようになるかな?
鏡を覗けば、ぼくが映る。なるほど本当に小さくなってる。まぁそれはいい。人の身体ってだけで感謝しないと。
それよりも、だ。
なんか目が緑になってんですけど!?なんなら、髪の一房だけ蒼くなってんですけど!?
ぼくが結構綺麗な事は知ってる。ただ事実として知っているだけだ。
でも眼が薄い緑になって、左側の顳顬付近の髪一房が蒼色になって。
人外感、増してますけど。
「なに、驚く程の事でもあるまい。本体がカトロスなのじゃからな。その色彩が引き継がれるのも想定内じゃ。して、人の子は黒髪なのじゃな?その蒼色以外黒髪ではないか。話し振りでは、元の眼の色も緑ではないようじゃが?」
ぼくは生まれた頃から黒髪黒眼です。
「珍しいのぉ。この世界に黒を持って生まれるものはそう居ない筈なんじゃがの」
なんの事を言っているのかさっぱりわからなくて首をかしげる。男にしては少し長い髪が揺れ、視界にちらつく蒼色に慣れない。
「まぁ無事人の成りに成れて良かったの。……………、人の子の服も用意しなければな」
服?と思って、鏡を見つめれば裸のぼくが映る。……………あれ?
「そうそう言い忘れておったが、人の子にもう性別はないのじゃ。クロノスもカトロスも言えば魔力の塊。魔力で出来た身体に魂が宿っただけの人の子に性なんかないのじゃ」
魔力さえ有れば生まれる花に生殖器なんか必要なかったんじゃろうなぁ、と何事もなさそうに続けた大樹様。
いや、別に女の子に生まれ変わらなくて良かったとか排泄はどこでするのとか植物だから光合成できるのかとか人の形になって迄それ通す必要性があるのかとか理不尽過ぎるとか葉緑体がないし光合成はできないのかとか疑問もとい葛藤は置いといて。
大樹様の手助けで新しく(前世と余り変わらない)身体を手に入れて。
球体で過ごす日々とも別れを告げたかと思えば。男としてのモノを無くしてて。
これじゃ、男らしい幼馴染みの方が漢やってんじゃねぇのか?
ごもっとも。
性別を無くし、生まれ変わった今世。
いっつまものらいふ!!
願わくば、掴んだ手を離さないように。
作者の性癖です(小声)。