ぼくが死ぬ日 下
まだ大丈夫。
「なぁ、手を貸してくれないか?うまく、歩けないんだ」
「はぁー、もうたっきーは手がかかるなぁー」
「ありがとう」
足首と頭を強打していたぼくはかなり眠っていていたらしく、大人しく家に帰ろうと言う幼馴染みの乗って帰ることにした。
肩を貸してもらいつつ、少しずつ進んでいく。何分歩き続けただろうか、家の近くにある公園で休もうと幼馴染みが言ってきた。
思えばこのとき寄り道なんかせず帰って居れば、まだ毎日は続いて行ったかも知れない。
ベンチに座らせられ、「ちょっと飲みもん買ってくルゥ」と幼馴染みが近くの自動販売機に向かった。
まだ大丈夫。
いつからこの言葉を心の中で言い続けてきただろうか。幼い頃から思ってきたような気がする。
まだ大丈夫。
それでふと思った。誰が大丈夫なんだろうか?と。いつもはちゃんと誰が大丈夫なのか分かっていたのに。意味が分からなくなって。
彷徨うような視線を幼馴染みに向けた。
まだ悩んでいる。きっとココアかおしるこか、だろうなぁ。まだ春なのに。
意味もなく少しだけ笑みが零れる。でも。
笑みはすぐ消えた。
幼馴染みの近くを通ろうとしている女。なんとなくアレは幼馴染みを傷付けると感じた瞬間、足首の痛みなど霧散して。
思いっきり駆け出していた。アレは、アレは。
ぼくを何度も助けてくれた幼馴染みを。
とにかく走った。間に合え間に合え間に合え間に合え間に合えっ!!!
ぼくのことなんかどうでもいいから。幼馴染みを。
自販機に幼馴染みを押し付けて、後ろから抱き締める。女はもう凶器を持っていて。
首をあらぬ方向へ曲げたかと思うと、ぼくの心臓を後ろから突き刺した。ナカで内側の肋骨に引っかかったらしく、凶器が貫通することはなかった。でも、抜けないだろこれ。
カフっと口から血が出てくる。吐血したのっていつ振りだっけなぁ。
幼馴染みはまだ理解していないようで。
「なぁにぃー、たっきー俺を後ろから襲おうたって無駄だよぉ。でも嬉しいなぁ、たっきーが俺のことを恋しく思ってくれるなんて」
「……………」
肺もやられているみたいで、息が吸えない。
「ねぇたっきー、抱きつくのはいいけど飲みもん買えないからちょっと離れてくれないぃ?後からならよだれつけてくれていいからさぁ。ていうかつけてくださいお願いします」
「…………」
「ちょ、なんか反応いいねぇ。すぐによだれつけてくれるなんてぇ。俺ぁ嬉しいよ」
ごめん、それよだれ違う。血だ。しかも吐血の。
「…………」
「…………たっきー?」
「…………」
幼馴染みのシャツを汚していく量を疑問に思ったのか、後ろを振り返ろうとする。
ダメだ。抱きつく力を強くする。でもやっぱり力が強いのは幼馴染みで。
「ちょ、たっきー、なんか可笑しい、っ………!?」
ぼくの全力の力でもあっさりと解いてしまう幼馴染み。振り返ってしまえば、幼馴染みの目に映るのは血だらけのぼく。
もう力も抜けて、目も開けるのも億劫で。人は致命傷を負ったとき痛みを感じないというけれど本当だ。
全く痛みを感じない。
「え、ねぇ嘘だよね、嘘だよね嘘って、言って、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」
「……ご、めん」
「何に謝ってんの!?俺に、俺にか!?謝るぐらいならそんな茶番やめろよ!!!!」
「おま、え、を、助け、てやれなかっ、た」
「何がっ、!!!!」
ずっと頑張って隠してきたってこと、ぼく知ってる。
「おま、え、おん、ななんだろう?」
幼馴染み、いや彼女は立派な女の子だ。
ずっと親から虐待を受けてて。栄養もあんまり取れなかったから、男よりの体型だったことも知ってる。
「な、んで、それを、なんで、今、……今、言うことかよ!?」
幼馴染みが男扱いして欲しそうだったからずっと男扱いしてた。
ずっとずっとずっと。前から知ってた。
「あ、りが、と………う」
こんなぼくを守ってくれて。何か幼馴染みが叫んでいるけれど、もう何も聞こえない。
ぼくを連れて行ってくれるのはお前じゃなくてよかった。望んでいたのに。
だって、今からぼくを連れて行くならお前も死んでしまうだろう?
「な、くな、よ………」
もうお前を慰めてやる事も出来ないから。
「ぼく、は、おま、えが、」
大切だったよ。
それ以降の記憶は、ない。