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4.玉座

 事実とは相反して、生前退位の形が取られた。

 午前中には退位式、そしてすぐさま午後には即位式が行われた。

 国葬は、それから十七日後に、国王と王妃と同時に行われた。


 退位、即位、国葬。

 形式上、すべてレディオスが仕切らねばならなかった。もちろん、若い彼一人でできることなど何一つなく、言われるままに動くことがほとんどではあったが、慣れぬことが続き、何度も倒れそうになった。

 しかし、列国に弱みを見せる訳にはいかない。心の中がどんなに嵐のように荒れ狂っていようとも、いつでも毅然とした態度を示さなければならなかった。


 国葬には、各国から代表者が集まってきた。

 隣国クラッセからは、外務卿とエグリーズがやってきていた。

 彼らもやはり、他国と同じような挨拶をして通り過ぎていく。

 目の前を挨拶して通り過ぎていく人々の顔の違いが、だんだんわからなくなってくる。

 そもそも自分はなぜここにいるのか。いったい何のために葬儀が行われているのか。


「陛下」


 呼ばれても、それが自分のことだと気付くのに少し時間がかかった。


「なんだ、ジャンティ」

「少々、お時間が取れました。少しお休みになってください」

「休みなど、いらぬ」


 何も考えたくなかった。休んだら最後、立ち上がれない気がした。

 それからジャンティが目の前から消えたかと思うと、再び現れたときには、エグリーズを連れていた。


「エグリーズさま、陛下と一緒に、少々お休みになってください」


 エグリーズはその言葉にうなずいた。


「え……なぜ」


 友人とはいえ、他国の王子と一緒に休む? 意味がわからない。


「エグリーズさまは長旅で疲れておられますし、どうぞご一緒に退席してください」

「いや、私は」

「行こう」


 エグリーズは、無理やりレディオスの腕をとった。

 気付けば周りは会談場所となっており、去っていく二人を特に咎める人はいなかった。

 そのまま、エグリーズが泊まる賓客室に連れていかれる。


「そんなに長い時間は休めないぞ」

「ああ、わかってる」


 そう言って部屋に入る。そして何も言わずに、部屋中のカーテンを閉めて回った。


「おい?」


 すべてを閉めたところで、彼はこちらに振り返った。


「大丈夫か?」

「なにが」

「ちゃんと泣いたか?」


 その言葉に、びくりと震える。

 泣いたか、とは。

 泣いてなどいない。涙を流す暇もない。

 父の屍を見たときも。母が目の前で死んだときも。

 ただ呆然とするばかりで、泣く暇はなかった。

 けれど、それでいい。それでいいのだ。

 涙など、見せられる立場にない。


「何を言っているのか、意味がわからない」

「泣いておかないと、潰れる。もう潰れかけているように見える」

「そんなこと……」

「私は、国政には携わっていない。もし望むなら、王族籍を抜けてもいい」

「なにを……」

「だから、大丈夫だ」


 泣いてもいい。そう言われたのだ。

 なぜだか、途端に、身体の力が抜けた。

 その場に膝から崩れ落ちる。

 急激に、ぼろぼろと両の目から涙が零れ落ちてきた。

 なぜ、私は、こんなみっともなく、しかも他国の王子相手に、泣いているんだ。

 声は上げない。誰が聞くかもわからない。

 けれど涙だけは、どうにも止まらなかった。

 目の前の友人は、ただ肩に手を置いて、何も言わずに見守ってくれていた。

 それは彼が、隣国の友人から、親友、に格上げされた日のことだった。


          ◇


 しばらくして、将軍から謁見を求められて、応じた。

 彼はあの事故の日、王と共に出かけ、そして大怪我を負ったが生きて帰ってきた。


 謁見室に向かうと、入室した途端に彼は床に伏せた。

 そこかしこに包帯が巻かれ、添え木が見えている。

 生きているのが不思議なほどの重症だったと聞いていた。おそらく、今こうして動いているのもやっとのはずだ。


 玉座に座ると、その姿を見つめる。痛々しい、としか言えない姿だった。

 彼の周りにも、やはり怪我のあとが見える兵士たちが何人もいて、彼らも伏せたまま動かない。


「……何のつもりだ」

「先王陛下をお守りできなかったのは、この私の責任です。どうか、どうか極刑を私めにお与えください。どうか」


 床に這いつくばって乞うその様は、とても勇猛と謳われた将軍の姿とは思えなかった。


「そなたの忠誠は、先王陛下にしかないのか?」

「いえ、そのような」

「皆、聞け! 先王陛下の命の責任を、人ひとりの命で贖えると思うな。そう思うのなら、その命、この私に預けて国を守ってみせろ。馬鹿げた物言いで、これ以上、私の手を煩わせるな!」


 それだけ一気に言うと、大きく息を吐いた。

 もう、たくさんだった。

 誰かを失うことは、もう、これ以上はいらない。


「国王陛下のご厚情、誠に痛み入ります……」


 震える声音。


「よい。退座せよ」

「はっ」


 将軍は立ち上がり、深く深く一礼したあと、身体を引きずるように退室していった。


 しばらくして、ジャンティが横に立った。


「良い裁きだったと思います」

「そなたが言うと、安心するな」


 苦笑する。

 誰もが苦しんでいて、そしてそれを救わねばならない立場であることが、とてつもなく重かった。


「玉座が大きすぎて、落ち着かぬ」

「近いうちに、しっくりくるようになるでしょう」

「それならいいが」


 今でも玉座は、レディオスにとって大きなままだ。


          ◇


 嫌な記憶だ。

 レディオスは王室の机に座って、頬杖をついた。

 二度と思い出したくないと思うのに、ことあるごとに、こうして脳裏に鮮やかに蘇る。


 もう、五年も前の話だ。


 結局、占い師は処罰まではできなかった。彼が崖崩れを起こしたわけではない。

 ただしこれ以上城内にのさばらせておくのは我慢ならなかったので、遠方に飛ばした。今彼が何をしているのかは知らない。ジャンティか他の重臣なら知っているだろうが、訊く気にもならない。


 国王の崩御から一年は、地獄のような目まぐるしさだった。

 神などいない。

 その頃から強くそう思うようになった。その思いは今でも変わらない。

 もし神がいるとしても、こんな非情な神など要らない。


 国王であるレディオスは声高にそう叫ぶことはできないが、それでも心の中ではいつもそう思っている。


 占い師だけが悪人だっただろうか? いや、きっと違う。

 父上、残念ながらあなたは間違っていた。でなければ、残された者がこんなに空虚な気持ちになるはずはない。だから私は決して違えない。

 その思いは、おそらく一生変わることはない。

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