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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
邂逅
64/66

答えは決まっていた

約2ヶ月も更新が遅くなってしまい、申し訳ありませんでしたっ!!!!!

 息が切れる。いつもならこの程度大したことがないはずなのに。今は走る両脚が重く感じられる。


 それでも、アリスティアは走る足を止めなかった。

 誰かに追われている訳ではないのに逃げようと必死になっている自分がいる。


 それは、行方不明者が殺されてしまう無情さから目を逸らしたいからか?

 自身の弱さ故に足手纏いになるしかないと割り切ってからか?


 否、否。




 怖かったから。

 躊躇いなく命を奪う彼が。

 今まで見たことないような彼の顔が。


 まるで、自分が見てきたものは全部嘘で、あれ(・・)が真実なのだと突きつけられているようだったから。

 それを受け入れるのが怖かった。




「アリス?」

 気づけば、目の前にいる親友が自分を心配してくれていた。


「エリー?」

 路地の一画、そこでアリスティアはエリーゼと会った。


 クロスから待つように言われていたエリーゼだったが、素直に待つことが出来ず、単身でアリスティアを探していた。

 そして無我夢中で走っていたアリスティアを見かけて声をかけたのだ。




「どうしたの? 先生とは会ってないの?」

 不安を浮かべた顔で尋ねるエリーゼ。


 自分だけでなく、先生の身を案じる彼女に対し、アリスティアは言葉に詰まる。


 そして、抑え込んでいた気持ちを抑えきれず、言葉ではなく涙がその目から溢れ出した。


「アリス...」

 エリーゼはそれ以上何も聞かず、アリスティアを抱き締める。

 自分より少し背の高いはずのアリスティアは親友の抱擁を受けるばかりだった。


「私...逃げちゃったよ....勇者になるって言ったのに...」

「うん..」

「怖かった...あの時の先生が...怖くって」

「うん..」

「でも、逃げる時、先生の顔...」

「うん..」

 しどろもどろなアリスティアの言葉にエリーゼはただ耳を傾ける。


 アリスティアはその続きは言えなかった。

 そこからはもう嗚咽が出るのみだった。




「ねえアリス」

 泣きじゃくるアリスティアにエリーゼは話しかける。


「私やアリス、クラスのみんなも、先生が助けてくれたよね」

「.....」

 その言葉にただ静かに頷く。




「私達は先生に昔何があったのか少しだけど知ったよね」

 また頷いて答える。




「でも、私達は、先生の昔だけを信じるのが正解なのかな?」

「ッ...」




『俺から逃げな』

 笑ってた。けど、悲しそうだった。

 なのに逃げてしまった。拒絶してしまった。


 血に染まる彼が怖くて、それが彼の本当の姿なのだと思うと恐ろしくて。


 けど、違う。


 確かに彼は血に染まっていた。


 でもそれだけが彼の全てじゃない。




 生徒(私達)のために身を張ってくれた。

 生徒(私達)のために頭を下げてくれた。

 生徒(私達)のために考えてくれた。

 生徒(私達)のために命をかけてくれた。




『私はやっぱり勇者になります。そして、魔王クオンを超えてみせます!』

『いいぜ、やってみせろ。超えたかどうか、俺が見極めてやる』


 私の夢を、笑わずに信じてくれた。見極めくれると約束してくれた。


 けど、このままじゃその約束は...




(そうだよ。私は...)








 廃屋はもう建物としての体をかろうじて保っているといった所だった。


 クロスは拳を振るう。

 プラーナを巡らせ、動きに合わせて流れ集約しているその一撃は鉄をも砕き得る威力がある。


 アインの右腕はそれを容易く受け止める。

 左に続き、硬質な鱗に覆われたその右腕に拳は阻まれ、皮膚が切れて血が舞う。


 アインの蹴りが放たれる。

 重厚な轟音響かせ、クロスを吹き飛ばす。




「【爆ぜる火花で足取り紡ぎ、陽炎揺らいで舞い遊び】....」

 吹き飛ばされる中でクロスは詠唱を始める。

 地に足を着け、勢いが止まると同時に踏み込み前へと跳ぶ。




「【灰となるまで踊り狂え、火炎舞曲ヴァルツァー・フレンメ】ッ!」

 アインの懐へと潜り込み、詠唱を完成させる。

 そして同時にクロスが触れたアインの胸元より炎が燃え上がる。


 炎はアインの身体を伝うように波打ち、たちまち全身を包む。




 本来なら対象を焼き尽くすまで燃え盛る中級魔法だが、アインはその腕で炎を払い落とす。


「【冬を告げし渡鳥(わたりどり)氷風(ひょうか)と共に】.....」

 対してクロスは既に次の手を用意していた。

 炎を払う時には詠唱は既に始まっており、




「【飛び(いづ)る、大鷲の凍翼(クリロ・アクィラ)】!」

 炎が掻き消されると共に今度は強力な冷気が放たれる。




 炎熱系の後に続けて放った氷雪系魔法。

 硬質な鱗を持ったその腕を盾にしてくるアインに対し、それを破るために選んだ手段。


 物質は急激な温度変化を起こすと脆くなる。

 これは物質が温度に合わせて膨張と収縮をするために起きる現象である。

 力技で破るという手段もあるが、手間や消耗の観点からまずは確実な手段を選んだ。




 眼前に迫る冷気の奔流に対し、アインは火を吹いた。

 比喩でも何でもなく、正真正銘その口腔より炎を吐き出した。いつの間にかその下顎部辺りと鱗に覆われ、人のそれから逸脱していた。

 炎はクロスの魔法の冷気を容易く呑み込む。その勢いは衰えることなくクロスをも焼き尽くそうと迫る。


 クロスは高く跳び上がる。

 跳躍の勢いを利用して身体を空中で横たえ、くるくると回し、そのまま蹴り足をアインの脳天へと振り下ろす。


 しかしそれもアインの腕が受け止め掴む。


「チッ」

「無駄なんだよ!」

 舌打ちするクロスの様に愉悦の笑みと共にアインはクロスを振り回す。


 地面に叩きつけられるクロス。

 全身にかかる衝撃と痛みに意識を飛ばしかける。


 再度地面に叩きつけようとアインが自分を振り上げようとする。クロスは身体を捻り、掴まれていた足首を解放する。

 更に着地した瞬間に地面を踏み込み、右拳を繰り出す。

 前へと倒れ込みそうな勢いで身体を回し放たれた拳はまともに受ければ大の男でも容易く吹き飛ぶだろう威力を伴っていた。




 そんな拳をアインは掌で容易く受け止める。

「無駄だって」

 嘲笑と共にアインは拳を握り潰す。


「ッ!!」

 普通なら失神しかねない激痛に対し、顔を多少顰める程度に堪えるクロス。

 だがその隙も命取りとなり、アインの一撃を喰らってしまう。


 自身と比べ、単に力任せの殴打だが、その威力は今の自分の拳よりも重かった。

 喰らった衝撃に骨が折れる音が聴こえ、吹き飛ぶ。


 地面に激突し、辛うじて残っていた廃屋の壁を粉砕することでようやく勢いを殺す。






「回転を基本とした動き、そして『流転(るてん)』によるプラーナ操作。これ等を合わせたその体技...彼女の技を使うとはね」

 アインは服に着いた埃を払う。


 彼の目線には既に立ち上がる余力もないクロスを捉えて離さずにいた。




「何のためにその技を使うんだい? まさか、彼女の存在を伝えるためか? だとしたら滑稽にも程があるよ」

 何も言わないクロスにアインはまた笑う。


「無駄なことを....彼女はとっくに死んだ。僕が殺したんだから」

「ッ!!!!」

 クロスは射殺さんばかりの殺気を伴わせて睨む。

 いや、睨むしかなかった。


 出血、骨折、そして激痛に身体が動くのを拒否している。




 もう、指一本もまともに動かせない。






「終わりだよ、今度こそ......消えろ」

 口を開き、また灼熱の奔流が放たれる。


 動けない以上、躱すことは叶わない。

 防ぐことも無理だろう。




『先生!』

『先生!』

 薄れゆく意識の中、脳裏によぎるのは今も鮮明に残る愛弟子の顔。それに重なる今の教え子の顔。




 クロスは最期の光景となる奔流を見ようとする。






「はああああああっ!」

 視界に入ったのは赤ではなく、白銀だった。


 その者が持つ剣は奔流を切り裂いた。

 切り裂いたとは言っても勢いはそのまま左右にかき分けられ、その者の肌に少なくない火傷を刻む。




「何してるんですか、先生!」

 彼女は、アリスティアは後ろにいるクロスを見て呼ぶのだった。

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