残酷な真実
年末が近づくにつれて増す忙しさ。ただでさえ遅いペースが益々遅くなり、申し訳ありません。
意を決してアリスティアは教会の扉を開く。
中にはあの白髪の神父がいた。
「おや、こんな朝早くに何かどうしましたか?」
「おはようございます。今日はあることが矢分かったのでそれをお話しにきました」
「一体、何でしょうか?」
物腰柔らかい神父の対応にアリスティアは淡々と話を切り出す。何処となく冷淡な印象を抱かせる。
アリスティアは覚悟を決めて語る
「初めてここに来た時、私は『知人の子』が行方不明になったと言いましたよね?」
「ええ、言っていましたね」
「そうです。じゃあ、何でその子が『女の子』だと分かったのですか?」
「おや、そんなこと言いましたか?」
アリスティアの問い掛けに神父は首を傾げる。
けど、その回答は予想していたもの。だからアリスティアは次の話を切り出す。
「これは調べていく内に知ったことです。そして、それこそがこの行方不明事件の真実です」
「何が分かったのですか?」
神父は驚きもしないで淡々と聞いてくる。
「今回の行方不明者は、全員ヴァン人種でした!」
「....」
「一人目はアルマレス軍部の家系の出身で、戦う術を持たぬヴァンだからと家を追放されました」
「....」
「二人目は婚約者がヴァンであることを知った途端、一方的に婚約を破棄されたとのことです」
「....」
「三人目の、知人の子と言った女の子もディネル人種の両親から生まれたことで父親は浮気を疑い離婚。母親もそれを機に育児放棄と虐待を重ねていました」
アリスティアが語る内容に対し、神父は何も反応を示さない。
そう、何も。
「四人目はヴァンの子どもだからと息子さんが就職を断られたことで家族から疎まれるのに耐え切れず家を出ました」
「....」
「五人目はヴァンであることを知られ、子どもが出来ない原因だと罵られた末に旦那さんから捨てられました」
「....」
「六人目の少年も、ヴァンだから早くに両親から捨てられて教会のお世話になっていたそうです」
「....」
一向に反応を示さない神父。アリスティアの疑惑は確信に至ったのはこの時だった。
「この行方不明事件は、被害者の方からも何かしらの動きがあったからここまでの人数が行方不明になったんです」
アリスティアはその確信を口にし始める。
事件というものは規模が大きくなればなるほどに隠すことが困難になる。
それは被害者が何かしらの痕跡を残すからだ。だからいずれは隠しきれなくなり、真相が発覚する。
けど、今回はそうでなかった。
被害者の方は痕跡を残そうとしなかった。そのために件数が多いのに事件の証拠は見つからない。
クロスが得た情報にも痕跡らしい痕跡はなかった。関係者する何も知らないのだ。それが却って今回の事件の答えに繋がったのだ。
「そして、先日の貴方の言葉に違和感を感じました。神父様、何故教会の孤児院に住む六人目のことを何も話さなかったんですか?」
「.....」
「私が調べていることを知りながら、六人目の少年が下働きしているお店に行ったことも何も話さなかった。最初は私が無茶をするかもと気にしてくれたからなのかとも思いました.....けど、それは大きな間違い!」
アリスティアは覚悟を決めて、鞘から剣を抜く。
「教会は、いえ! ここは何なんですか!」
その剣を地面に突き刺した瞬間、アリスティアの眼に映る世界が変わった。
清潔感に溢れ、整えられていたと思っていた建物は壁の塗装が剥がれて不恰好に。
陽光が差し込むはずの窓ガラスもヒビと曇りで光を遮っている。
祭壇側にかけられた十字架のオブジェクトはよく見ればただの十字架の形に辛うじて残った建物の組み木部分だった。
「これは、幻術...」
「ミスリルの遮断効果をここまで使うとは。いつから気づいたんですか?」
感心と共に神父は尋ねる。
「朝です。昨日熱を出して、そのショックが意識操作の幻術に違和感を示してくれました」
「なるほど、そちらにも気づいてくれましたか?」
「教会があるのは中央区、けどここは南東区の外れ。それを知っていながら私はみんなにも言わずにいた。それを自覚したことで貴方がこの事件に関係あることを疑いました。神父様、いえ神父ではないですね。中央区の教会の神父と比べて貴方は若すぎる」
剣先を向け、アリスティアは言い放つ。
そう、アリスティアが知る中央区の神父と比べて、神父を騙るこの男は若すぎるのだ。
「ふふ、神父だというのは本当ですよ。これでも元々神職に就いた身ですから。そして、私は彼らを救っているのですよ」
「救っている...どういうことですか?」
「現在でこそ、ジニオ、ディネル、そしてヴァンによる人種差別は沈静化しています。ですが、それはあくまで表面上のもの。事実ヴァンだというだけで居場所を持てぬ者はいた。そんな彼等にとってここは拠り所だったんですよ!」
「勝手なことを、それも貴方が仕組んだでしょ!」
「だとして、何か問題でもありますか? 誘導されてもそこに救いを求めることにしたのは彼等の選択ですよ」
「白々しいことを....」
非難に対し平然とする白髪の男にアリスティアは苛立ちを抑え切れずにいた。
「その証拠に、彼等は無力でなくなった」
すると、物陰から次々と何人もの人間が出てきた。アリスティアはその者達の気配に気付けなかったことに動揺する。
「これは....この人達は!」
アリスティアは何人かの顔に見覚えがある。
自分が調べていた行方不明者だ。
だが、写真で見たものと様子が違う。
目の焦点はどこか合っておらず、動きもどこかぎこちない。
「う、うう...」
アリスティアの近くにいた男が声を発する。一人目の行方不明者だ。
アリスティアは駆け寄ろうとする。
「うう、ああああああああっ!!!」
途端、男は大声を発し、アリスティアに殴りかかった。
アリスティアは突然の急変に驚かされるも素早く身を翻して躱す。
男の拳は床を砕いてみせた。
(どういうことなの?)
この男は出自は軍部の家系の生まれだというのは調べて分かった。多少なりに戦いの術を身につけてはいるだろう。
だが、この男のパワーは明らかに常人の域を超えている。
確かにヴァン人種は魂魄の余剰エネルギーを微量ながら持つ。この男もプラーナの余剰エネルギーがあるのだろう。けど、それでもこの破壊力は異常だ。並の戦士レベルはある。
「っ!」
砕いた床から拳を引き抜くと、その拳もその腕も流血していた。よく見れば骨が折れたのか動きもぎこちない。
だが、痛みを感じている素振りは全くなく、再度襲いかかってくる。
アリスティアは距離を取ろうと後退する。
「はははは、どうですか? 私に救われた子羊達は」
「何が、救われたのよ!」
「力を持たないが故に否定された彼等は救われた。居場所がないならそれも奪い取ればいい。故の力だよ。力さえあれば救えるんですよ」
「訳、分からないこと、言わないで!」
白髪の男の言葉をアリスティアは襲い掛かる行方不明者達から逃げながら反論する。
アリスティアには白髪の男の言葉は理解出来ない。
「言っておきますが、彼等を止めたいなら殺すしかないですよ」
「....っ!」
白髪の男の言葉にアリスティアは歯噛みする。
事実、アリスティアは行方不明者達を傷つけずに逃げ続けているが、この状況ではジリ貧でしかない。
けど、アリスティアは剣を振るえずにいる。
本来なら敵でもない人を傷つけることすら躊躇っているのに殺すしかないと言われた。
「どうするんだい、勇者志望のアリスティア=スターラ君」
「っ!? どうして私のことを!」
「知っているよ。今年のセーレンド帝国学園の主席入学を果たし、マーカス達を邪魔した一人だって」
「マーカス....あなた、まさか..」
春先に起きた事件。
親友を攫おうとし、あまつさえオリエの街を破壊しようとした男の名前を口にする。
そしてその男とその協力者達は何かの組織に所属していた。
その名前は...
「『セフィロト』..」
その言葉に白髪の男は笑みを浮かぶ。
「それで、どうするんだい? 殺すかい? 言っておくが、彼らにはもう自らを御す自我はない。振るう力はやがて自らを壊すしかない。君が手掛けなくとも死ぬのが早いか遅いかの違いだよ」
そんな言葉と共に行方不明者の女性が手に持つ包丁で切り掛かる。
アリスティアは剣でそれを受け止め、押し返す。
だがそれ以上のことが出来ずにいる。
あの時、マーカスの腕を切り落とした時は彼が敵であり、そうしなければならない切羽詰まった状況故にとった行動だったから。
けど、目の前で自分に襲い掛かってくる人達はアリスティアにとって敵ではなく助けるべき被害者達。
明らかに正気を失っており、自ら望んで行っている訳ではないのが分かる。
それがアリスティアに躊躇させている。
「【吹けよ逆風、その身に絡まれ、仇の風】!」
急いで紡いだ詠唱により強風が起こる。風は行方不明者の身体に纏わりつくように吹き抜け、動きを抑える。
「へぇ、風の拘束...いや数人を遅らせる程度か」
白髪の男の言う通り、この風で動きを遅らせられたのは一部のみ。
これを持続させるには魔力を消耗し過ぎてしまう。
しかも昨日は熱を出して寝込んでいた病み上がりの身。快復したとはいえ体力が低下している現状、長期戦になればジリ貧でしかない。
それを打開するにはやはり...
けれどそれを考える度に剣を握る手に力が入らなくなる。
どうすれば?
どうすれば救える?
どうすれば助けられる?
どうすれば止められる?
どうすれば生かせる?
どうすれば守れる?
一つのことに思考が波のように襲いかかり、気づけば自分自身の動きを止めていた。
その隙にナイフを手に持つ女性を近づけてしまった。防ぐの難しい。だが切り捨てることなら出来る。
彼女の顔に見覚えがある。
二人目の行方不明者だ。
婚約者に捨てられて全てに絶望した彼女。
救いを求めていたはずの彼女の目はもう焦点も合わず血涙を流して悲壮感に満ちていた。
その顔を見た途端、アリスティアは剣を振るうことが出来なかった。
ナイフが彼女の肉体に刺さる瞬間、二人目の行方不明者はアリスティアの眼前から消える。
直後に壁に何かが激突する轟音。
アリスティアの前には見慣れた背中。
軽く息を切らして肩で呼吸している。
「死んだらそれまで、救えるものも救えないと言ったはずだぞ。アリスティア=スターラ」
無情に、非情に、クロスは言い放つのだった。




