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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
邂逅
61/66

迷い、そして決断。

2021年10月。

新型コロナウィルスの感染者数は減っているものの、油断は未だ出来ないのが恐ろしい話です。

「先生!」

「アリスティアか..どうした?」

「先生こそ、教会の方に行ってましたけど事件の調査ですか?」

「まあな」


 二人は少し人気(ひとけ)の少ない公園にて腰を落ち着ける。

 普段なら子どもが遊び、親が迎えに来る光景がよく見られるこの公園だが、行方不明事件を警戒してか子どもの姿はなく、通り過ぎる人間も少なかった。

 加えて空も暗雲立ち込めていて今にも降りそうな天気だ。




「ほらよ」

「あ、ありがとうございます」

 クロスから果実水の瓶を受け取り、アリスティアは口をつける。

 ほのかな柑橘の香りと味に気持ちが落ち着いてくるのを感じ取っていた。




「この街に来てからな、教会にはちょくちょく差し入れをしに行ってたんだよ」

「そうだったんですか」

「俺も昔、教会の孤児院で世話になったことがあったからな」

「え?」

 初めて聞いたクロスのプライベートな話に思わず耳を疑った。

 彼の事情は一応知っているが、あくまで本人が直接明かした訳ではないし、こんな風に自分の身の上とした語ったのも初めてだ。




「若い頃に行き倒れてな、その時に近くの教会に住んでたシスターの婆さんに助けられたんだよ」

「若い頃って」

 今でも十分若い(見た目だけなら)のにという内心を黙らせて話を聞く。


「ここの教会も孤児院を併設しているからな。国からの支援金のおかげで貧しくはないけどカツカツのようでまあ、気まぐれに食いもんを恵んでるって訳さ」

「意外ですね...」

「おいおい、俺のように子どもに優しい男はいないぜ」

「自分で言わないでください」

 アリスティアのジト目にクロスは肩を竦める。




「教会に聞いた。仕事に向かう昨日の朝までは確かにいた。失踪が分かったのはその日の夕方になっても戻ってこないことを不審に思い警邏に届けを出したとさ」

「そうですか、その日の内に....」

「以前から様子がおかしかったらしい」

「それって...」

 アリスティアは思い返す。神父が話していたあの言葉。


「先生、あの...」

 そしてを意を決して話した。






「裏切られて孤児となったか..」

「はい、そう聞きました」

「分かった。とりあえず今日は帰れ」

「....何か分かったんですか?」


 クロスはそれ以上何も言わず、いつの間に手に持っていた用紙を渡した。


「これは?」

「ある伝手で手に入れたもんだ。見れば分かる」

 アリスティアは受け取った用紙を広げる。


 中身に目を通し、そしてその内容を理解する。

「戸籍の写し...行方不明者のですよね?」

「そうだ、そいつの魂魄適正による人種区分を見てみろ」

 指示に従い、アリスティアは更に用紙を見る。




「え、これ....」

「今回の事件、そこだけが行方不明者全員の唯一の共通項だ」

「本当に....これが理由?」

 信じられない内容にアリスティアは嘆息する。


「一人目は軍事主義の強いアルマレスの軍部の家系だったが、それ(・・)が原因で家を追放された」

 クロスは語り始める。


「二人目はそれ(・・)を理由に婚約者が一方的に捨てた。三人目はそれ(・・)で父親が妻の不義を疑い離婚。引き取った母親も離婚の原因となった娘を虐待していた」

 淡々と語られるクロスの話にアリスティアは耳を塞ぎたい気持ちに駆られる。

 けど、それをしなかったのはこの事件をどうにかしたいと思った彼女の正義感からだ。




「四人目はそれ(・・)から息子の就職が袖にされて以来、家族から疎まれたため家を出て一人で暮らした。五人目はそれ(・・)が発覚して旦那に捨てられた」

「.....」

 クロスの話にアリスティアは何も言えなかった。


 そもそも、彼女がこの行方不明事件の調査に出たのは行方不明者はもちろん、その関係者達も助けたいと思ったからだった。

 かつて誘拐され、奇跡的に助かった際、両親は涙を流し自分を抱きしめてくれた。自分も両親と無事に会えたことを嬉しく思い安堵から泣いた記憶がある。


『いなくなる』ことはその人だけでなく、その人と縁のある者全ての心を蝕む毒のようなものだ。あの苦しみは今でも忘れられない。

 だからこそ自分はそんな苦しみから人を助けたかった。


 けど、この事件は違う。根底が違い過ぎる。


「神父が知っていた。行方不明になった教会のガキもそうだったとのことだ。詳しくはまだ分からないが、親に捨てられたって所だろうな」

 その言葉がトドメとなった。アリスティアは足元が崩れるような錯覚に襲われた。


 この事件を解決したいと思った意義がなくなってしまった。




「アリスティア。この事件から手を引け」

 その忠告にアリスティアは頷くもなにもしなかった。

 ただ、いつの間にか降り出した雨の感触が嫌にはっきりと感じ取れていた。






 屋敷に帰った時は全身びしょ濡れで、エリーゼが慌ててタオルを持ってきて身体を拭いている間もアリスティアは何も言わなかった。

 親友の様子に対し、エリーゼも何も言わず優しく抱きしめるのだった。


 急いで濡れた身体を拭いたりしたものの、精神的ショックと重なったのか、アリスティアは次の日熱を出して寝込むこととなった。




 エリーゼからアリスティアの欠席を聞いたクロスはエリーゼ達だけで調査するのは一旦止めろと忠告する。


 そして夕暮れ時。屋上のバルコニーで一人過ごしていた。

 クロスは欠席したアリスティアのことを考えていた。




 アリスティアはまだ子どもだ。

 勇者に憧れ、義侠心とそれを発揮する行動力は才能と評せるが、まだ知らないことが圧倒的に多い子どもだ。


 英雄だろうと、勇者だろうと救えないものがある。その真実を知るにはまだ早過ぎる。幼過ぎる。

 だが、クロスはそれを分かった上で教えた。けど、何故教えたのかと言えば本音は『よく分からない』だ。




 単に危険なことを辞めさせたいという配慮からなのか?

 それとも、彼女の成長への期待なのか?

 考えるほどに思考が混乱しそうになり、思考が続かなくなる。


 それでもクロスは考えようとする。


 そして思考を止める。


 ただし、今回は混乱してしまうが故の中断ではなく、気づいたが故の終了だが。






 屋敷の一室のベットにてアリスティアは眠っていた。

 幸い熱は昼を過ぎた頃には落ち着いてきていた。


 まだ熱でぼんやりとしながらも、それが楽になってきたのが分かる。

 体調を崩したのは久しぶりだった。

 勇者を目指して鍛錬を重ねるようになったこともあって身体は丈夫になり病気とは無縁だった。


 クロスから教えてもらったあの情報。

 それによって導き出せた結論。


 それは平和を享受していたアリスティアにとっては受け入れ難い真実。

 そうだとしたらこの事件は解決しても意味がない。


 おそらく、誰も救われないから。






 けど.....


『アリスティア。この事件から手を引け』

 クロスの言葉を思い返す。

 あの時は言えなかった。


 けど、今なら言える。


『いえ、引きません!』

 決心がついた。


『誰も救われないかもと分かっていてか?』

 クロスの言葉が続けて問う。

 いや、あの時クロスはこんなことを言わなかった。

 これはクロスの声を借りた自分自身の問い掛けだ。


 だから返す言葉は決まっている。

『身勝手かもしれません。けど、それでも、救われないからと言って何もしなくていいことにはならないと思うんです。だって、だって私はーーー』




 朦朧としていた意識がはっきりし、改めて目を覚ました時は既に日が昇っていた。どうやらほぼ丸一日寝ていたようだ。

 ベッド傍の棚の上に水差しが置かれてあった。おそらくエリーゼが置いてくれたのだろう。中の水をコップに入れて飲む。程良く冷めた水が心地良い。



 コップを置いて一呼吸する。そして決断する。

 同時に、決意を固めると共にアリスティアはある違和感に気づいた。


「あれ....私、なんで?」

 それに気づくと疑問が生まれた。


 何故自分は今まで気づかなかったのか?


「みんなにこのこと....言ってない? いや、気づいていなかったから言わなかったんだ。必要ないと思って...」

 思考が進んでいくにつれ、背筋がぞくりとする。


 一方で確信した。答えはそこ(・・)にあると。




 急いで着替えたアリスティアは剣を手に屋敷を飛び出した。




「アリス?」

 屋敷内を駆ける音で起きたエリーゼがその背中を見ていた。








『お前...何故!』

 怒りで胸中をマグマの如き灼熱が駆け巡る。

 動かなくなったアイツを壊してしまいそうなほどの力が腕に入りそうなのをなんとか堪えるのがやっとだ。


『決まってるだろ。悪を裁いたんだよ』


『悪、だと....』

 なにを言ってるんだよ?


『ああ、悪だよ。彼女も、貴様も! 僕から全てを奪った、なのに彼女は君を殺さなかった! ふざけるな! 何故貴様は裁かれない! 共通の敵? ならば何故死なない! 何故殺さない! 許せる訳がないだろう!』

 支離滅裂になりそうなほどの激情が言葉となってヤツの口から放たれ、耳を(つんざ)く。


 けど、この時の俺にはもうヤツの言葉を聴く余裕はなかった。


 制御しきれないほどの魔力を破壊の奔流として放った。


 通り過ぎた場所には何もなく、そこにいたヤツも消えていた。






 目が覚めるとそこに見えるのは今住んでいるアパートの天井だった。

「相変わらず不愉快な夢だな」

 クロスは自嘲気味に笑うしかなかった。


 日が昇り出す前にクロスは外に出た。


 単なる気晴らしのためにだ。

 少し蒸し暑さがあるものの、まだ過ごしやすく気持ちを落ち着けるには十分だった。


 けど、それは気晴らしで終わらせることが出来なくなった。


 慌てた様子走る教え子を見つけたから。


「エリーゼ、どうした?」

「はあ、はあ、せ、先生」

 息も絶え絶えにエリーゼはクロスを見つけるその場に膝を着く。


「どうしたんだ、何があった?」

「ア、アリスが....急に走り出して家を出て...」

 それを聞いた瞬間、クロスはエリーゼを抱き抱える。


「え、せ、先生!」

「黙ってろ、舌噛むぞ」

 顔を赤くするエリーゼを無視してクロスは走り出す。

 幸いエリーゼとアリスティアが住む屋敷までさほど距離はなかった。




「お前は屋敷で待ってろ」

 そう言って屋敷の前にエリーゼを降ろすクロス。


 そして再度走り出す。

 今度は先程以上の速度をもって。

 地面を強く蹴り跳び上がる。

 家々の屋根を足場に駆け抜ける。


 感知系の魔法や感覚強化の武技を活用して探す。






 クロスが探し出した頃。


 アリスティアは教会の前に立っていた。

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