不満な授業
『魔法』と『武技』。
この二つの技術は誰もが使える訳ではない。
厳密に言えば、どちらか一方は使えるがもう一方は使えないという場合が圧倒的に多いとされている。
人の生命エネルギーの根源である『魂魄』は二つの要素で成り立っている。
精神を司る『魂』と肉体を司る『魄』。
この二つからそれぞれ、相反するエネルギーが生成され、それが生命を司っている。
『魂』からは外界に作用し現象を起こす『マナ』。
『魄』から内界に干渉して力を引き出す『プラーナ』。
この二つにより生み出された技術が『魔法』と『武技』である。
マナにより魔法が、プラーナにより武技が発動される。
どちらかが使えるかによって、その人の適性が判明する。
一説では魂魄のエネルギーで余剰な方が技術として使われているのだという。
魔法を使える者は『魔法士』型。
自然界をマナによって操り、様々な奇跡を引き起こす。
武技が使える者は『戦士』型。
肉体や武器の力を引き出し、限界を超える。
この適性は初等教育の内に診断し、その才を伸ばすようにしていくのが、現代の常識となっている。
ただし、稀に魔法と武技、双方の技術を発揮出来る希少な適性が存在する。
それが『魔法戦士』型である。
世界を救った勇者もこの『魔法戦士』であり、勇者志望の若人にとって最高の適性である。
アリスティアもその例に漏れない人物であり、彼女自身も『魔法戦士』だった。
初等教育の頃にこの適性が判明した時は周りの目を気にせず大いに舞い上がってしまったのは今では軽い黒歴史ではあるも、『魔法戦士』であることは今も密かな誇りとして胸の内に秘めている。
アリスティアは教壇に立つクロスが話す講義を聞きながら、そんなことを思い出していた。
そして再度、胸中で収まった憤りがまた熱を帯び始めていた。
理由は二つある。
一つ、このクロスという新任教師は自分と同じ『魔法戦士』であるという事実。
セーレンド帝国学園では、適性で生徒を分けずにクラス編成をしている(適性による差別行為の防止や圧倒的少数の『魔法戦士』の生徒の孤立を防ぐためなど)。
そのため、『魔法士』と『戦士』それぞれの分野による指導が必要となるので、クラス毎に『魔法士』と『戦士』の教師が二人一組になって受け持っているのが通例である。
ただし、両方の適性を持つ『魔法戦士』ならばその限りではなく、一人でクラスを受け持つことが許される。
副担任が現れず、一人で教鞭を取っているクロスの存在は彼の適性が正真正銘のものだと示していることを、否が応でも生徒達は納得させられた。
こんな勇者否定教師が『魔法戦士』。
英雄に憧れる者ならば誰もが羨む素質でありながらのあの態度。
アリスティアは苛立ちを覚えていた。
でも、それだけならまだいい。
アリスティアも流石に希少な適性をこの無礼な教師が持っていようとも気にせずいられた。
憤りの一番の原因は二つ目。
クロスが話す授業内容(前述の魂魄や適性等についての講義)は中等学院で既に学び終えた基礎中の基礎なのだ。
クロスの講義は授業が開始してからずっと、基礎を延々と語っていた(簡単なおさらいとかではなく一から順に)。
そんな今さらと言いたくなる授業内容に生徒の何人かはノートを取らず居眠りをしたり、別の学術書を読んで暇を潰したりしていた。
アリスティアも一応教科書の冒頭に記載されている基礎内容のページを開き、クロスの話を聞いてノートもとってはいたが、不満なのは変わらずだった。
隣の席に座るエリーゼも一応ノートは取っているものの、今さら過ぎる内容にどこを注意すればいいのかと悩み、ペンの動きが度々止まってしまっていた。
「魔法にしろ武技にしろ、その中身は日進月歩と称され、日々新たな技が生み出されている。これは属性や武器が同じであっても展開される規模や結果の差異などから区分され続けたからだ。
中には魔力の保有量、当人の技量などの個人の能力頼り故に大勢・他人には真似出来ない固有のものだってあるし、一族秘伝なんてものもある。
歴史上の英雄と呼ばれる者達の多くはそういった他人とは違うと何らかの強みを活かすか見つけることが出来たから英雄と呼ばれるようになったともされている」
チョークを黒板に走らせながらクロスが話していると、授業の終了を告げる鐘の音が響いた。
「それじゃ、午前の授業は終了だ。午後は全員訓練場に集合しろ。遅刻するなよ」
こうしてひたすら基礎内容だらけの講義が終わった。
「お疲れ、アリス」
授業終了と共に机に突っ伏してしまったアリスティアにエリーゼは優しく労った。
「あの教師、嫌がらせ目的であんな授業してんのかな?」
「うーん、それはないと思うけどなあ」
憶測を語るアリスティアにエリーゼは強く否定出来なかった。
勇者になると宣言した友人を大勢が見ている前で堂々と否定したあの新任教師。
少なくとも、英雄によって築かれたこの学園で教鞭を取るような人の発言とは思えず、嫌がらせ以外で既に学んでいることを延々と話したのではないとは、現状エリーゼにも否定するだけの要素は持っていなかった。
「とにかく、午後は訓練場ってことだから実技系の授業だろうし、お昼食べよう」
「そうね、何か食べよう」
話題を変え、エリーゼはアリスティアと共に食堂へ向かうのだった。