暗躍と差し入れ
短めですが、二話目投稿!
夜のオリエを歩く。
彼は得た情報を基にそこに向かう。
集合住宅の一画。そこに住む男は新しく連れ込んだ女性との逢瀬を楽しもうとしていた。
「婚約者がいなくなったのにもう新しい女とお楽しみかよ」
けど、聴こえるはずもない第三者の言葉に凍りつく。
振り返るとそこには見慣れない黒髪の男がいた。生気のないその目に薄気味悪さが否めない。
「いや、もう破棄してるんだから元婚約者と言うべき、か」
黒髪の男はそう言った途端彼の胸倉を掴み軽々と持ち上げてきた。
男は恐怖で困惑で思考が出来ずにいた。
体格的に差がある訳ではないこの目の前の黒髪の男は自分をいとも容易く持ち上げる。
連れ込んだ女は悲鳴を上げそうになるも黒髪の男が一瞥すると気を失った。
「俺が聞きたいことは一つ。何故婚約者を捨てた?」
「き、君は彼女の関係者か?」
「だったら何だ?」
「し、仕方なかったんだ!」
恐怖で必死になって言い訳しようとしている男に黒髪の男は耳を傾けることとした。
男を降ろし、話をさせる。
「彼女の関係者なら僕の家のことは知ってるよね?」
「ああ、お前が帝都に勤めるお役人のお坊ちゃんなんだろう」
「そ、そうだ。僕は跡取りでもあるし生まれてくる子どもにも跡を継がせる責任がある!」
「なら益々分からないな。彼女は仕事も優秀で昇進の話もあったそうだぜ。なのに何故彼女を捨てた?」
「だから、仕方なかったんだよ。だって、だって彼女はーーー」
男は言い訳を叫ぶように言った。
黒髪の男は黙ってそれを聞く。
「わ、分かっただろ。だからもう、」
ひとしきり言い訳を終えた男の顔に拳が叩き込まれる。
「い、痛いいいいぃぃっ!」
「そんなくだらねーことで裏切ったんだな。この時代錯誤野郎が」
黒髪の男は男の髪を掴んで眼前に顔を寄せる。
「もうお前に用はねぇ。ただ、お前がやったことは然るべき場所に伝えておいてやるよ。その後はどうなるか知らないがな」
黒髪の男の言葉に男は声を失う。殴られて腫れた頬の痛みすら一瞬忘れてしまうほどに。
そんなことになれば間違いなく非は自分にあるとされ糾弾は避けられない。
けど、この目の前にいる黒髪の男には許しを請いても無駄なことを悟らされた。
男は力なく項垂れるしかすることはなかった。
南東区のとあるアパートの一室。酒浸りとなっていた女に黒髪の男は詰め寄っていた。
女は酔いの勢いもあってか、ベラベラと喋る女。
「あのガキのせいで私は捨てられたんだ。自分が生んだんだ、どうしたっていいじゃないか!」
そんな見苦しい言い訳に黒髪の男は殴ることこそしなかった。
「.....ならお前がしたことが知られてもいいよな」
その言葉に女の表情は一変する。
「ちょ、やめてくれよ、そんなことしたら私は...」
縋ろうとする女を一瞥し黒髪の男は言った。
「自分が生んだからどうしたっていい。そう言ったんならその責任もお前がとるんだな」
そう言ってその場を跡にする黒髪の男。
数日後、ある男性は街から姿を消し、その男の父親は帝都での勤めを辞職した。
理由は男性が起こした理不尽な行為とそれを止めずに父親も促したため。
又、ある女性は警邏に逮捕された。
理由は娘の虐待及び育児放棄。
娘の方は逮捕以前から姿を消しているとのこと。
この二つの出来事にあの黒髪の男が関与しているのは知る人ならば想像に難くないのだろう。
ある日の夕暮れ時、クロスは中央区にある教会に足を運ぶ。ここにはもう何度か来ているが、別に祈りや懺悔のために来た訳ではない。
既に閉まっているのに中に入ってきたことでシスターの一人が対応しようとすると、それを制止する神父。
神父はクロスに近づき。笑みを浮かべる。
「よお。これ差し入れな」
クロスはそう言って手に持っていたバスケットを渡す。中にはパンやミルクなどの食糧が入っていた。
「いつもありがとうございます」
「余りもんだ。気にするな」
「貴方のおかげで子ども達の飢えが少しでも安らぐのですから感謝の意を述べさせてください」
この教会は孤児院も併設しており、支援金はあるもののそれでも施設の運営などにも使わざる得ない分、食事は厳しいものがあった。
故に善意で恵んでもらえることを神父は嬉しく思うのだ。
「貴方に神の御加護があらんことを」
「それはやめろ」
「失礼。貴方は神を信じていないのでしたね」
神父はクロスの態度に機嫌を悪くすることなく軽く笑う。胸元に提げていた十字架を握る手を下ろす。
「ああ、救いを求めている者を全て救ってやれない神なんざいないも同然だからな」
「そうでしたね。貴方は初めてここに訪れた時もそう言っていましたね」
「普通なら怒るものをあんたは怒らずに聞いてくれるってんだからちょっと驚いたぜ」
「伊達に歳はとっていませんから。信仰は個人の意思あってのもの。押し付ければそれはもう信仰ではありませんから」
「違いねぇ」
神父の言葉にクロスはそう言って笑い、神父も微笑する。年嵩を経て白髪や皺の出来た神父と若い黒髪の男は気兼ねなく笑っていた。
「なあ、親がいないために引き取られた子どもに対してよ、親がいてもいない子どもがいたらお前はどうする?」
「....ご存命で?」
「いや、分からない。だが多分...」
「申し訳ありません」
「悪いな。責めるつもりはないよ。ただ..」
「同じことがないよう尽力する所存です」
神父のその言葉にクロスはもう何も言わない。
去っていくクロスを神父は静かに見送る。
「神父様。あの人はいったい?」
「最近、子ども達に食糧を寄付してくれるようになった学園の先生だよ」
「そうだったんですか...」
神父の説明にシスターは納得し、仕事に戻る。
神父は貰った食材で孤児院の子達に何を食べさせようか考えるのだった。




