行方は何処に?
遅くなりました。
彼は寄る辺なく全てから見捨てられた。
彼女は信じていた者に裏切られた。
その子は理不尽に放逐された。
そんな者達はふらふらとあてもなく彷徨い、
そしてそこに辿り着く。
その中にいる者だけが、優しく笑いかけてくれるから。
朝の学園の教室。アンナとリーネはある話題について話していた。
「ねえ、また出たって」
「ええ、もう五人目だね」
「表立っての数字だから実際はもっとよね...」
「うん、二〜三倍はあるだろうね」
「何が?」
「あ、アリスティア」
「アンナ、リーネ何があったの?」
二人の会話の内容が気になりアリスティアが尋ねる。
「アリスティアも知ってるでしょ、最近街で起きている行方不明事件」
「ああ、あの...」
二人の話にアリスティアも思い至る。
近頃、オリエでは行方不明者が出ていることで噂になっている。
実際、短期間で何人も出ているために街の警邏の巡回が厳しくなっている。
しかし、この行方不明事件に対し捜索の手はあまり広がっていないようだ。
何せ、これまで分かった行方不明者に共通点らしい共通点はないのだ。
初めは出稼ぎに来ていたと思われる流れ者の中年男性。
次は病院勤めの看護師の若い女性。
三人目はまだ幼い子ども。
四人目はお年寄り。
そしてアンナ達から聞いた五人目は銀行勤めの中年女性。
接点らしい接点はなく、特にトラブルに関わっていたという話もないらしいため、不自然ながら行方不明者が連続しているだけではという無理な見解すら出ている始末だった。
アンナやリーネの考えではおそらく実際の数字よりも行方不明者が出ているとのこと。
何せ、行方不明者達の友人や職場の同僚が見かけないことを気にして警邏に届を出したことでようやく発覚したのだから。
「よくそんなことまで知っているのね」
「ああ、うん、まあね」
アリスティアの率直な疑問にアンナは答えずに返す。
言えるはずもない。自分やリーネが国の諜報員見習いなんていうのは極秘であり、学園に在籍している間も必要とあらば任務があるなんて。
そして今話した行方不明事件についての調査任務がくだっていることも。
三日前の定時報告にて、行方不明者が出ている話を聞かされたアンナとリーネ。
噂は聞いていたが、実際に起きているため至急調査に乗り出すよう命令された二人は速やかに行動する。
とは言え、学業を疎かにすることは出来ないので睡眠時間を削ることとなっていた。
寝不足から気が緩んだようで、任務に関わる話をしている中で周囲への警戒が不十分となってしまい、アリスティアに聞かれてしまったのが経緯だったりする。
(とりあえず、生徒巻き込んだとかバレたらやばい)
(姐さんからのお仕置きが...)
表情にこそ出さないがアンナとリーネの内心は冷や汗かきまくりである。
「おい、もう授業だぞ」
「うわ、先生!」
「さっさと席着け、戯け共が!」
「「「はいぃっ!」」」
音も無く教室に入り、三人の傍に立つクロスにアリスティア達は慌てながら席に着く。
「おら世界史の教科書開け、38ページッ!」
『はいっ!』
その迫力に気圧されて他の生徒達も恐々となる。
「お前達みたいに魂魄のエネルギーが余剰に存在し、それを武技や魔法として行使出来るのは一般的に『ジニオ』と呼ばれる。ジニオの比率は世界人口の3割とされている。
そして魂魄の余剰エネルギーを持たない者を『ディネル』といい世界人口のほぼ7割を占めている。
最後に、魂魄の余剰エネルギーを持つものの微量過ぎるために武技や魔法として行使出来ない『ヴァン』が1割にも満たない極小数ながら存在する」
クロスの口から世界人口における生物学的人種概念が話されていた。
「これらの人種の概念が生まれたことでかつては面倒な差別意識が生まれた」
クロスは黒板に描いていた色分けした三つの人形の絵に矢印を加え、それぞれの見方を示していた。
かつてジニオ人種は自らを人より優れたものとして他の人種を劣等種として見下していた。
対してディネル人種は傍目には人外の領域である力を使う彼らを化け物と称していた。
人種差別が原因で戦争が起き、滅びた国もあった。そんな悲劇を何度も目にすることによってようやく己の愚かさを理解した。
現代ではセーレンド帝国をはじめとした同盟国及び属国では差別思想はかなり払拭されている。
「お前等の中には自分は優れた存在だとか阿保なこと考えているやつはいないだろうな? いたら俺が頭かち割って脳味噌いじくってその考えとっ払ってやるからな」
さらりとグロテスクな話をするクロスに背筋が寒くなる生徒一同。
「この差別意識で一番悲惨だったのはヴァン人種だ。彼等はある意味ジニオでもあり、ディネルでもある。が、ジニオからは武技や魔法を使えない無能とされ、ディネルからは自分達より身体能力があり魔法への耐性があることから異端として認識されてしまい、双方から迫害を受けていた」
ヴァンは余剰エネルギーを有しながらもそれを魔法や武技などの技術体系として利用することは出来ない。けど、そのエネルギーの恩恵である身体的特徴---プラーナなら身体能力、マナなら魔法への耐性---を僅かながらに有している。
中途半端なためにどちらにも属せずにいる。まるで蝙蝠だ。
「そして、これ等の人種問題の一番の欠点は遺伝性に完全に依らないことだ。ジニオの子どもは必ずしもジニオではなく、ディネルの子どもも必ずディネルとは限らないようにな」
その言葉はこのクラスの中にも当て嵌まる者が何人かいるのをアリスティアにも心当たりがある。
例えば、学園競技祭でも奮闘してくれていたメイリー=ホイップ。
彼女は大手商会の娘で、現会長の父親と会計士の母親との間に生まれた魔法戦士のジニオだが、当の両親は二人ともディネルである。
尤も、娘がジニオだったと知っても両親は彼女への愛情を薄れさせることもなかった。
だが、これは現代だからこそ当たり前となったものであり過去はそうではない。
自分から生まれた子どもが異なる人種であるという理由で、それを隠蔽しようと自らの手で殺したなんていう話は昔ではざらじゃなかった。
「いいかお前等、差別には気をつけろ。するのもされるのもだ。する方は自らの行いを正義と思い込んで躊躇なく人を傷つける。される方は理不尽を被ったことを言い訳に悪を悪と思わず無自覚に人を傷つける」
『......』
今日、その言葉は全員の胸に深く沈み込んだ。
時は流れ、昼食時。アリスティアはアンナとリーネを見つけ、相席している。
エリーゼはまだ注文した料理を受け取っていないため、先にアリスティアが席を探した結果だ。
「ねぇアンナ、行方不明事件について他に分かることってある?」
「いや、アタシも朝に話したことくらいしか...」
「そっか、じゃああとは調べないとだね」
「ちょ、アリスティア?」
「なによリーネ。分からないなら調べるのは当然でしょ」
「そんな課題レポートみたいな...」
呆れながらも内心冷や汗を流すアンナとリーネ。
とは言っても無理に調べたらまずいなどとは言いづらい。同じ学生の身である自分達も調べている故。
「お待たせアリス。あれ、どうしたの?」
「うん、実は...」
アリスティアはエリーゼに話す。
「そっか...アリスはどうにかしたいんだね」
「ええ、勇者を目指す者が人助けをしないなんて有り得ないわ」
「ふふ、そうだよね」
「「いやいや二人とも何もう話は決まりましたな空気出してんの!」」
「大丈夫よ。調べるのは私だけだし」
「アリス、そんな話を聞いたら私も手伝うよ」
「「エリーゼもかっ!」」
二人は頭痛を覚え額を抑える。
これ以上、余計な真似をされるのはどうしても避けたい。
しかし、二人の思惑は更に裏切れた。
遠巻きに様子を見ていたトモエとクラウス、騒がしさに苦言を呈そうとして巻き込まれたサイモンと彼と同席だったアキラ。
この四人も話に加わり、更にややこしい事態となってきてしまうのだった。
時は流れ、その日の授業が終わった後の教室。
アリスティア主導の元、話が進んでいった。
「さて、今回行方不明が分かっているのは五人。しかも、判明している数字が五人で、実際はそれ以上だと考えられるのねアンナ、リーネ」
「ええ、そもそも行方不明だって分かるのはその人の関係者が姿を見なくなったことで気づくことだからね」
「つまりはこの街で親しい人がいない人なんかいたらもう姿を眩ましても誰も気にしないから気づかれないって話ね」
アリスティアの確認に対しアンナとリーネも話す。
こうなったら無茶をしないように誘導しなければと内心考えている二人のことなどアリスティアは知る由もないが。
「確かに、最初に行方不明になった男は出稼ぎ労働者で、現場の責任者が仕事を割り振ろうとしていなかったことから気づいたようだからね」
「女性二人の方も勤め先の人が気づいた話だね」
アンナとリーネが調べた情報内容を精査するサイモンとアキラ。
「えっと、子どもとお年寄りの人の件はご家族が気づいたのかな?」
「確かに、どちらも労働に勤しむ年齢ではないでござるな」
「その件はどうやらご近所さんが先に気づいたらしいよ」
クラウスの疑問にトモエも同意を示すも、エリーゼがそれを訂正する。
「やっぱりアタシ達だけが知ってる情報じゃ無理ね」
「まあ、警邏の詰め所などまだ何かあるかもだけどね」
遠回しに諦めさせようとしているアンナとリーネ。
だがこの発言は却って火を着けるだけだった。
「よし、警邏のとこに行きましょう!」
「はっ、何言ってるの?」
「だってこれ以上の情報を得るなら警邏くらいしからないじゃない!」
「いや、ちょっと待って!」
予想を裏切る行動を取ろうとするアリスティアにリーネは止めようとする。
「戯け!」
「痛っ!」
「クロス先生」
そんなアリスティアを背後からバインダーの一撃を脳天に叩き込んでくるクロス。その顔は明らかに怒りを滲ませている。
他の面々も顔を引き攣らせていた。
「何馬鹿なことしようとしてんだオイ。いつから勇者志望は探偵志望になったんだよ」
「いえ、別に探偵のつもりは...」
「散れ。アリスティアは残れ。説教だ」
クロスのこの言葉により、話し合いは終了となった。
「ったく、少し目を離していたら、こんな無茶するとはなオイ」
「.....」
解散させられた教室にて、アリスティアは正座し、クロスはその前で仁王立ちしていた。
傍らにはエリーゼがオロオロとしている。
「アリスティア、正義感が強いのは結構なことだが、伝手もねぇ手段も分からないお前には無理だ。辞めろ」
「でも先生...」
「行方不明者にお前の関係者はいるのか?」
畳み掛けるクロスの言葉にアリスティアは反論の隙を貰えない。
「英雄を目指すからなんて動機で人助けするなら。身勝手な優しさは身を滅ぼすだけだ」
「そんなつもりはありません。何とかしたいと思ったから動こうとしたんです!」
「じゃあ何でお前が動こうとする」
「.....だって、いなくなっちゃうんですよ」
静かでか細いが、はっきりと告げたその言葉。
その言葉で気づく。
(そういや、こいつは昔...)
アリスティアは過去に攫われたことがある。父親への復讐のためにとその身を狙われたことがあった。下手すればその命を失いかけたりもした。
その時、偶々近くにいたおかげで彼女は助けられた。
知る由もないがそれが彼女が勇者を目指す理由の大きな要因でもある。
行方不明、もしかしたら誘拐の可能性もある。誘拐なら尚のことアリスティアはどうにかしたいと思っている。
自らの意思関係なく居場所から連れ攫われることの恐ろしさを痛感しているからだ。
過去の苦い経験故のこの突飛な行動。
そして彼女の眼。
その眼に宿る意思の輝きにはクロスも覚えがある。
その眼をした者には根負けしたことも覚えている。
(何言っても無駄か...)
もう諦め混じりの溜め息をつくしかない。
「一つ、単独で行動するな。二つ、深追いするな。三つ、やばけりゃ逃げろ。それを守れ、いいな」
「は、はい!」
「ああ、あともう一つ。調べたことは俺にも教えろ。他のやつにもそう伝えろ」
「分かりました。だったら先生も一緒に...」
「俺は俺で仕事があんだよ。ったく、暇じゃねーのに余計な仕事増やしやがって...」
「すいません」
藪蛇だったと後悔するアリスティア。
かくして、アリスティア達有志による事件捜査が始まる。
「で、アンナとリーネ。言うことはあるか?」
「「ごめんなさい」」
「お前等見習いとはいえ諜報員だろ。何口滑らせてんだよ」
【まったくです。これで生徒の身に危険が迫ったらただじゃすみませんから】
「あの、アタシ達も生徒...」
【何か言いましたか?】
「何でもありません!」
夕刻。クロスは改めてアンナとリーネを呼び出した。
そして二人がかりで説教している。
一人はクロス。
もう一人は通信用魔道具越しのスピカ。
アンナとリーネが定時報告用に持っていたので遠慮なく使わせてもらった。
「ちなみに、どんな仕置きだ?」
【影朧では軽いものですと...】
続くスピカの言葉にアンナとリーネは気が遠くなった。
実際味わったことがある故に耳を塞ぎたくて堪らない。
「ほう、なるほどなるほど。だったらよ..」
そんな物騒なスピカの話に別案を話すクロス。
その内容に二人の顔からますます血の気が引いていた。
【クロス=シュヴァルツ殿。貴方が怪しいことは変わりありませんが、その教育方針は見事と言わせてもらいます】
「いやいや、さすが諜報部隊の隊長さんだ。躾の仕方はこちらも参考になるぜ」
((恐ろしい所で意気投合してる!))
こうして半分は意気揚々に、半分は意気消沈した末に説教は終わるのだった。
住んでいる安アパートの部屋にてクロスは改めてアンナとリーネから得た情報を確認する。
(年齢、性別、出身地、職業...共通点は本当にないのか?)
クロスは手元の資料で分かる限りだが、行方不明者が住んでいたエリアを書き起こしたオリエの地図に刻む。
(強いて言うなら、住宅街が集まる東区の内、一般の人間がほとんどの南寄りの南東区。だがそれだけじゃ共通点としては弱い)
そんなのは街の住人から無作為に数人選んでも当て嵌まり得ることだ。
では答えは何か?
それは現状では出し得ないものだった。
仮に強引にこじつけた答えを出すにしても、事件の犯人---いると仮定して---は何が目的か?
それが分からない限りは憶測すら不可能だ。
結局、一晩かけて考えるもクロスが答えを出すことはなかった。




