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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
邂逅
56/66

早朝訓練〜『かつて』と重なりかける〜

新章突入します!

 視界に映るのは一面の炎。だが熱は感じない。

 その中で血に染まっていく少女を抱える男がいた。


 ああ、またこの夢か。


「...せい、ごめんなさい」

「謝るな、お前は何も悪くないだろ!」


 ああそうだよ。お前は悪くない。


 罪があるならそれは俺だ。


 なぜ俺じゃない。


 何故、彼女が死ななければならないんだよ。




「せぃ..先生、何処ですか?」

『目の前』にいる俺は手を握ってやるしかなかった。


 何とかしたいと思いながらもそのための力も術も失っていた俺はただ自身が無力なのだと打ちのめされるだけだった。








「ハア、ハア...」

 不愉快な目覚めを迎えた俺は窓の外を見る。


 まだ空が白んですらいない。

 速すぎたな。


 とはいえ眠る気にもなれないから俺は起きることにした。

 どちらにしろ今日は早朝から予定があるからな。




 シャワーで汗を流しながらふと思う。

「夢を見る頻度が増えた...?」


 だとするとその理由は何か?


 いや、何となく察しはつくな。




 重ねてんだ(・・・・・)。俺は。


 アイツの姿を。








 学園の敷地の一角。

 夏季間近で青々と伸びた芝生に覆われた地面にアリスティアは倒れていた。


 傍らには手から落とした木剣。

 全身から汗が吹き出て息を切らしている様は誰が見ても疲労困憊だと分かる。


 けど、それで終わらせないのがクロスだった。


「ほれ、次いくぞ。立て」

 対照的に涼しい顔をし木剣で肩を軽く叩く彼の言葉にアリスティアは必死で起き上がる。


「はあ、はあ...お願いします」

「よし、こい」

 それを合図にアリスティアは仕掛ける。


 構えた木剣を振り下ろすがクロスは容易く受け止める。

「男も女も筋肉自体が持つ力に差はない。が、構造的な理由から男は筋肉が着きやすい。故に女は男より力で劣るとされる」

 受け止めた木剣に力を込めて押し返すクロス。


 アリスティアは芝生の上を滑るように押し退けられる。

 力強く踏み込み、正面のクロスへ突きを放つ。


「一方、骨格の関係などから柔軟性では男は女に劣るとされる」

 両手に木剣を持って受け止める構えをしたかと思えば、激突の瞬間に抵抗がなくなり、剣身に剣先を滑らされてクロスの背後へと前のめりに進んでいくアリスティア。




「柔軟ってことはだ、全身の力を澱みなく必要な所へ集めるのも容易になるってことだ」

 背後から袈裟斬りしてくるクロスにアリスティアは倒れるようにして躱す。

 続けて身体を横に回転させることで直前までいた場所への突き刺しを回避する。




「肉体の力全てを剣に乗せる」

 起き上がり構え直した時にはクロスは至近距離におり剣先が後ろに向くほどの片手での変則的な脇構えをとっていた。


 咄嗟に木剣を正面に据えて盾にした直後アリスティアの両手に衝撃が走る。

 ぐるりと回転する勢いに乗せたクロスの剣撃がアリスティアの木剣を襲う。


 ビリビリと全身に響き、木剣が砕け衝撃を抑え切れずアリスティアは後方へと押され、再び仰向けに倒れるのだった。



「とまあ、これが出来ればお前は間違いなく強くなるな」

 半分気絶しそうなアリスティアにクロスは話を続ける。






「男は劣るって言いますけど、先生もかなり柔らかいじゃないですか」

 後始末のストレッチの最中、アリスティアは言う。

 クロスは両足の裏が正反対に向くほど綺麗に開脚した状態から上半身を芝生へとぺたりとつけていた。


「たりめーだ。こちとら年季が入ってるんだからよ。それに柔軟な身体はその分だけ怪我をし難くなる。だから実技の授業の時なんかは念入りにストレッチさせてるんだろうが」

 続けて立ち上がると足を真上へと伸ばしながクロスは言う。

 そう言えば確かにとアリスティアも思い返すと実技の授業の最初と最後はストレッチをやらされていた。




「とはいえ、お前の方がここまで柔らかくなるにの俺ほど時間はかからないだろうがな」

 自分ほどでないにしろかなり柔らかい様を見せているアリスティアにクロスは呟く。


 そうしてストレッチを終えると座り込むアリスティアにクロスはタオルを投げ渡す。

 慣れた手つきでアリスティアもタオルで汗を拭く。

 学園競技祭が終わり、改めてクロスに強くなりたいと申し出たアリスティアは早朝にこうして鍛えてもらっていた。


「動きを以って全身の力を集約出来るようになったら次はプラーナの更なるコントロールだ。アリスティア、剣を振り下ろした時、最も速さと重さがあるのはどこだ?」

「剣先です。剣や槍を振るうと遠心力が働いて先端に勢いが乗ります」

「正解だ。じゃあプラーナでも同じことが出来るとどうなると思う?」

「プラーナ、ですか?」

「ああ、普通は強化する部位に集中させるプラーナを動きに合わせて体内で流れさせ、随時強化する部位を変える」

「あ」

 その瞬間、アリスティアは思い出した。


 春季の頃、アリスティアを襲ったホレスという男へ放った体術は全身のプラーナを動き合わせて集約する部位を変えながらのものだった。


「分かりやすく見本を見せてやる」

 クロスは近くに立ててある巻藁の人形の前に立ち木剣を構える。


「まず、さっきの稽古の時と同じプラーナなしでの場合だ」

 クロスはさっきと同じ脇構えをとる。


 そしてその身を回すようにして木剣を振るう。


 勢いの乗った剣撃は人形の頭部を捥ぎ取り地面へと転がしていった。


「まあ、刃がない木剣だとこれがやっとだな。これにプラーナを組み合わせるとだ...」

 クロスは再度同じ構えをとる。


 今度は頭部よりも太い人形の胴体を捉えて木剣を振るう。だがさっきと違って剣撃の衝突音がない。

 振り抜いてから一瞬の間を空けた後、人形の胴体に線が走り、人形は上側はずり落ちてしまう。


 その断面は明らかに切れ味の良い刃物で切られたものだった。




「名を『流転(るてん)』って言ってな、俺が知る限り強化系の武技の中で最強だ」

流転(るてん)....」

 肩を木剣で叩くクロスにアリスティアはほうと息を呑む。


「とまあ、見せてはやったがお前がこれを使い熟すのはまだ先だけどな」

「うっ...」

 クロスの辛辣過ぎる言葉にアリスティアは苦虫を噛み潰したような顔をする。


 けど反論は出来ない。

 全身の力を逃さない体捌き、それに合わせたプラーナの流動操作。

 どちらかだけでは成り立たずどちらからと片方から会得出来るものでもない。


 これをものにしたいと改めて思いながらもものにするのにどれだけ時間がかかるのか。

 それを考えてしまうほどにクロスの指摘は的を外すことはなかったのだ。




「ほれ、あとは素振り千回やって汗を流しな」

「せっ、昨日からまた増えてませんか」

「強くなるのに近道はない。それでも速く強くなりたければ質はもちろん量も必要だ」

 そう言われてしまうともうアリスティアは素振りを始めるしかなかった。


 クロスの言う素振り千回とは、『各フォーム毎に素振りを千回』であるため、合計すれば桁は一つ増える。


 加えてフォームが一度でも乱れると一からやり直し---終わらせた他のフォームも含めて---になるので集中力を維持することも大事となる。




 結局、休日の早朝から始めたこのトレーニングは最後の素振りを終えた頃には昼を過ぎるのだった。


 そしてその間クロスはもう一人の生徒を鍛えていた。


「【我が魔力よ、矢となり放て、魔法の矢(マジック・アロー)】」

 杖先から矢の形を成した魔力が放たれる。


 その矢は正面から離れて設置されている的へと当たり、霧散する。


「先生、的当て百回終わりました」

「ああ、見てたぞ」

 肩で息をし始めているエリーゼにクロスはタオルを渡す。


 アリスティア同様早朝からトレーニングに参加したエリーゼは最初、クロスからランニングを言い渡される。

 基礎体力を身につけるようにと言われたエリーゼは素直にこれを実行。


 それが終わると今度は攻撃魔法の訓練として『魔法の矢(マジック・アロー)』を設置した的のど真ん中に百回当てることを指示した。

 これにはエリーゼも少し顔を引き攣らせていた。


魔法の矢(マジック・アロー)』は攻撃魔法の教本的存在であるため魔力の消費量は下級の中でも最たる少なさではある。

 だがそれを最低でも百回、指示された所へ当てられなければそれ以上の回数で発動するとなると魔力が足りるか分からなくなる。


 一射毎に集中して魔力を最小限消費し放つようにしてきたエリーゼはアリスティアにも負けず劣らずの疲労感に苛まれていた。




 一方、クロスは的に近づき手に取って見る。


(ど真ん中に出来た穴以外は当たった跡はなし。狙いは問題なし。しかし...)

 クロスは的に出来た穴を注視する。


 穴のサイズが予想より小さい。

 競技大会でも活躍したリックならおそらく指一本は通る穴が空くだろうが、エリーゼのは針一本分といった所。


 エリーゼが手を抜いて魔力を込めなかったという訳はない。そもそも、設定した的までの距離から逆算すれば費やす魔力の量も推測出来るのだから。

 けど、その消費量の割には威力が低い。


(性格の問題...か)


 魔法は個々人において使える魔法の系統が異なる。

 自然の法則に干渉して現象を起こす『元素魔法』、非実体を生み出し時には精神にも干渉・影響を及ぼす『幻術』、空間に干渉する『空間魔法』、他者のプラーナを活性化させて傷を癒す『治癒魔法』と幾つにも分類される魔法の中で、得手不得手は出る。


 原因は魔力の源である魂の性質による先天的なものと、環境によって築かれた性格や習慣などからくる後天的なもの。

 エリーゼは先天的に治癒魔法と蘇生魔法に対する高い適正を持っている。この魔法は魔法士の先天的な素質によって習得の可否が大きく決まるからだ。

 そして攻撃魔法の類が苦手なのは性格が要因の一つと考えられる。彼女の魔力コントロールは非常に長けているがそれを攻撃魔法として行使するとなると威力に欠ける。おそらく、治癒魔法・蘇生魔法が人を救う力に対し攻撃魔法は人を傷つける力故に無意識のうちに忌避感が生じてしまっているからだろう。


 実際、治癒魔法による傷病者の治療を職種とする者の多くは攻撃魔法を苦手としているという統計も取れている。

 加えてエリーゼは蘇生魔法の適正がある。蘇生魔法は治癒魔法以上に適正の有無が重要となるのは歴史的に見て判断出来る。

 治癒と蘇生。この二つの適正により魔法を使うためにクオリア(脳内にある未知の領域)のリソースが大きく取られてしまい、他の魔法を使う分が少ないことも考えられる。


 攻撃への忌避感とリソースの少なさ。

 これがエリーゼの攻撃魔法の不慣れさの原因だ。


(難題だな...)

 こうなるともう反復練習しかない。


 幸い、エリーゼは拘束や催眠などの魔法で相手を無力化することは出来る。

 それ等を磨くの平行して攻撃魔法の精度を高めさせるか。


「あの、先生?」

「ん、ああ、悪いな」

 そんな風に思案に耽り黙っていたクロスはエリーゼの声に意識を向ける。


 クロスはエリーゼを見る。

 彼女は強くなろうとしている。けど、今のやり方で強くなれるのか?


 否、彼女の強みは個人で戦うことではない。


 ならばどうするか?




 そして思い至る。


「エリーゼ、とりあえずお前のメニューは変更する。詳細は次の時にな」

「は、はい!」

「けど、攻撃魔法は繰り返し練習しろ。覚えておいて無駄はないからな」

「分かりました」


 その後エリーゼは魔力の限界寸前まで魔法を行使し、アリスティア同様昼過ぎに終了を迎える。




 早朝からの訓練はこうして終わる。

 競技祭が終わってからクロスはこうしてアリスティアとエリーゼに早朝の訓練をつけている。


 命の危険に晒される身であるエリーゼとそんな親友を守ろうとするアリスティアにとってこの時間は貴重なものであった。


 クロスは後始末をする二人の教え子を遠目に眺める。




 しかし、脳裏に浮かぶのは二人ではなく、一人(・・)だった。


(アイツ(・・・)も、あんな風に強くなっていったんだよな...)




『先生、こうですか?』

『先生、こうするのですか?』

『先生、出来ました!』

『先生、どうですか?』

『先生、どうして...』

『ごめんなさい、先生』


 それは幾星霜経とうとも消えぬ情景。


 試行錯誤して悩む顔。

 上手くいった時の喜ぶ顔。

 泣きそうなのを堪える顔。

 結局堪え切れずに泣きじゃくった顔。

 思い返せばすぐに思い浮かんでくる。


 そして最後に見えるのは...






 血に塗れて何もかも終わってしまったその顔だった。




「..ぃ」

「....せい」

「「先生!!」」

 自分を呼ぶ声がする。

 目の前に意識を戻し、目を向ける。




「ああ、わ..」

 悪いと返事をしようとして言葉が途切れる。






 それはほんの一瞬。

 暑さにやられて見た幻か。


 けど、確かに、教え子の顔は...




 死に染まって見えてしまった。




「先生?」

「いや、何でもない。暑くなってきたからな。水分塩分しっかり摂っておけよ」

「「はい!」」

 クロスは足速にその場を去る。


 胸中をよぎる不快感を抑え込み、表情に表さぬように務めた。




 あの光景は何だったのか。

 それが示唆するものは一体....


 今は一度思考を放棄し、クロスは誰もいない所を探した。


 この不安感に負けそうな自身を隠すために。

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