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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
第4章:学園競技祭
54/66

学園競技祭終幕

 学園長室。ここに今三人の人物が座っていた。


 学園長、フィアナ=ゲニウス。

 新人教師、クロス=シュヴァルツ。

 そしてこの帝国の頂点たる皇帝、ゾディア=アリオス=セーレンド。


 レオス、アルディン、スピカの三人はゾディアの命によって外で待機している。

 アンナとリーネは医務室で休んでいる。




 学園長室前の扉にて、スピカは中の様子を探ろうとするが徒労に終わっていた。


「やはり駄目ですね。断絶結界が張られています」

「フィアナ学園長か..」

 スピカの言葉にレオスは眉を顰める。

「大丈夫だろう。そもそも、陛下からのお達しなんだ。大人しくするしかあるまい」

「そうは言うがアルディン。あの男は正直言って異常だ」

「その意見は俺も同意だ。だが、陛下が直々に相手している以上、待つしかないだろう」

「あの男.....次は殺します」

「「っ!?」」


((一体、何処に薬を隠してたんだ?))

 殺意を漲らせるスピカの様子に、二人は寒気を覚えるのだった。


「あれ? レオス騎士団長」

「ん、おおクラウス君!」

「お久しぶりです」

 通路を歩くクラウスから話しかけられたレオスは急に上機嫌になっていた。


「どうしたんだい?」

「あ、はい、あの、クロス先生...あ僕達のクラスの担任の先生がいなくて、それにクラスメイトのアンナさんやリーネさんもいなくて何処にいるのか探してて...」

 どもりながら事情を話すクラウス。アルディンやスピカなどから発する圧力---主にスピカの---にたじろいでいた。


「失礼しました。先生の方は存じませんが、クラスメイトの方でしたら確か、体調を崩されたようで医務室で休まれていくのを見かけましたよ」

「本当ですか、ありがとうございます。あ、えと」

「お初お目にかかります。私、スピカ=ヴィンリックスと申します。帝城のメイドをしています」

 殺気を解いて案内するスピカにクラウスはぺこりと頭を下げ、スピカも優雅に自己紹介をする。




「ところでクラウス君」

「あ、はい」

「レオス騎士団長(・・・・)なんて他人行儀な呼び方じゃなくて、昔のように『レオス叔父さん』でいいんだぞ!」

「うええ、でも、レオスき...叔父さんは騎士団長で偉い人だし...」

「ははは、そうは言うが私など義兄(にい)さんから託されただけの若輩者さ。気にしないでくれ」

 レオスがクラウスを気にかける理由。それは彼が先代騎士団長の子息であるということだけでなく、かわいい甥っ子だからなのだ。

 そう、レオスはクラウスの叔父なのだ。


「あの、おとう..父と母は元気ですか?」

「ははは、あの二人は元気さ。指南役として新兵達を鍛えてもらっているよ。ただ...」

「え?」

「競技祭を二人は観に行けず、私が行くと知った時の二人が、私に向ける目、特に姉さんの...」

「えと、すいません」

 思い出して苦い顔をするレオスにクラウスは思わず謝る。ちなみにクラウスの母がレオスの実姉である。


「君が謝ることじゃない。むしろ、退官願いを受け取れなかった私達武官の責任だよ」

 甥の謝罪にレオスは慌ててフォローに入る。

 クラウスの両親はクラウスが生まれたに伴い正式に騎士団を退役しようとした。

 だが、戦力として大き過ぎる二人が抜けることを良しと出来なかった上層部の嘆願により、指南役として帝都に務めることが多い日々を過ごしていた。


 それでも可能な限りは子どもの側にいようとしていたが、クラウスが高等学園に通うようになった現在だと中々理由をつけて家に戻ることが叶わなくなってきていたのだ。




「話は変わるがクラウス君! 決勝戦の一撃は見事だったぞ」

「ありがとうございます」

「卒業したらすぐに騎士団の門戸を叩きなさい。君ならすぐに活躍出来るぞ」

「え、ええ!?」

「おいレオス、勝手なことを吐かすな。おい小僧、俺はアルディン=エルナント、戦士団長だ」

「あ、はい!」

「お前は戦士団(うち)にこい! お前のあのパンチは魔物を相手にすることの多い戦士団で活躍出来るぞ!」

「おいアルディン、勝手なことを言っているのはお前だろ! それに騎士団とて魔物相手の実戦はあるぞ!」

「いやいや、頻度はやっぱり戦士団のが多い! こいつはうちがもらう!」

「何っ!」

「ええ、あ、あの...」

「この二人は無視して構いません。医務室のご友人を迎えに行ってあげるといいですよ」

 ヒートアップするレオスとアルディンに困惑するクラウス。スピカは慣れた様子で放置しクラウスをその場から離れさせるのだった。






 その頃、学園長室にてクロスはふてぶてしくソファに腰掛け、ゾディアを睨んでいた。

 今回は敵側だったとは言え、アンナとリーネは自分の教え子でもあり、危害を加えられたことにクロスは不機嫌になっていた。


「で、何で皇帝陛下様が俺なんかに十二臣将(ゾディアック)を三人も差し向けて来たんだよ?」

「まず一つは彼らが言ったように、経歴に謎の多い君を調べるためだ」

「婆さんが保証するんじゃ駄目なのかよ」

「フィアナ学園長がこの国のために尽くしてくれているのは勿論知っているさ。けど、それと君のことを保証する訳にはいかないんだよ。まして、先日の事件があった以上ね」

「そうかい。仮に俺が不穏分子だったらどうするつもりなんだよ?」

「そうだね...君は十中八九始末することは確定だね。フィアナ学園長も共犯者としての厳罰は免れないだろうな」

「.....ああ?」

 ゾディアの説明が終わった途端、学園長室の方々から軋む様な音が鳴り出す。


「クロス先生、マナが漏れ出ています」

「悪いけど皇帝陛下さんよ、あんまふざけた吐かすなら....こ「ハハハハハッ!」

 突如としたゾディアの笑い声にクロスの言葉は遮られる。

 クロスもいきなり過ぎるゾディアの爆笑に唖然とする。


「陛下。お戯れが過ぎますよ」

「いや〜フィアナ学園長から聞いた話でもしかしたらとは思っていたけど、やっぱりそうだったんですね」

「おい、何の話だ?」

「.....お久しぶりです、先生」

「.......は?」


 いきなり頭を下げてきたゾディアにクロスは訳が分からなくなってきた。


「先生、だと?」

「ええ、覚えていないでしょうね。あの時は下街の子どもに扮していましたから」

「下街.....」

 ゾディアの言葉を反芻する。


 下街、子ども.....

 脳裏をよぎる姿。




「ッ! お前、『ニクス』か?」

「....はい。悪ガキのニクスです。先生」

 その言葉にクロスは呆けてしまう。

 一方、ゾディアはその笑みに喜色が深まる。


 実に三十年以上も前、ほんの短い間ながら世話になった恩師にようやく再会できたのだから。




「そうか...あの時のガキが実は皇太子で、そして今じゃ皇帝かよ」

「先生はお変わりないようですね。しかし、学園の教師をやっているのは驚きでしたよ」

「まあ、あの時は傭兵仕事で稼いでたからな」

「クロス先生、傭兵なんてやってたんですね」

「教職ばっかやってると歳喰わな過ぎて怪しまれるからな。たまに職を変えるんだよ。尤も、食うためだけにやってるからすぐ辞めるけどな」

「ですが、今は楽しそうじゃないですか先生」

「うるせ『ニクス』、この偽名野郎が」

「仕方ないじゃないですか。皇太子であることがバレるとまずい訳ですし」

「ってことは、あん時お前の後方で目をギラつかせてた連中はお前の命を狙ってた敵対派閥の人間の関係者か?」

 昔話に花を咲かせるクロス、ゾディア、フィアナの三人。


「ああ、あれ先生がやってくれたのですね。おかげで、その者達を通じて厄介の種だった家を一件潰せましたよ」

「やったとは言っても、手足の骨を折って放置したんだけな」

 さらりと物騒なことを言うクロスにゾディアは軽く笑うだけだった。

 クロスのおかげで足取りが掴めた後は物証を突きつけて観念させるでもなく、慈悲を聞かずにその家を滅ぼしてみせたのだから、ゾディアからしても大したことではないのだ。


 当時、ゾディアは皇太子という立場でありながらも、その身を狙われていた。

 幼い頃より聡明な彼の言葉に今は亡き先代皇帝である父は当然、その側近達も耳を傾けてきた。

 それによりセーレンド帝国は大国故に起き得る内部崩壊を避けてこれたのだ。ゾディアの行動により不実を犯した者はたとえ国に長く仕えた家であっても取り潰しとされてきた。故に彼を亡き者にして甘い汁を吸いたいというものも相応にいた。


 そんな中で彼はクロスと出会った。


 趣味の城外の散歩(無断)にて市井の子ども達(悪ガキ)と一緒に遊んでいる時、当時暇を持て余していた傭兵のクロスと出会う。

 ちなみに、ゾディア達の遊びとは、スリだかっぱらいなどをする者をおちょくり懲らしめるという危なっかしいもので、初めて見かけたクロスのことをマークしたのが経緯でもある。


 クロスはそんな彼等を逆におちょくって返り討ちにしたのだ。

 以降クロスは自身の遊びと称してゾディア達を鍛えていた。

 それがニクスことゾディアとクロスの繋がりである。




「先生、ジュードのことは覚えていますか?」

「ん、ああ、お前と一緒にガキ共を指揮していたガキ大将か」

「ええ、彼は今帝城のお抱え商人です」

「おーおー、あの計算が苦手だったアイツが商人かよ」

「はい。彼の情報網のおかげで影朧の手が届かない所の情報も入るので助かっていますよ」

「あのメイド隊長が嫉妬してんじゃねーか?」

「ええ、まあ、そうですね...」

 途端に暗い影を浮かべるゾディアにクロスは適当に言ったことが当たりだったと呆れる。


「んでニクスよ、お前なら気づいたんじゃないのか?」

「....エステリーゼ王女ですね」

「ああ、やっぱ気づくよな」

「ええ、ありえないことも想定しておけと先生に教え込まれましたから」

「ここに来たのはそれもあってか?」

「はい。先生がいるかもしれないと思いましたし、例のセフィロトという組織の目的を確認するために来ました」

「分かった。言っておくがこれは..」

「他言無用、ですよね。信頼おけるルイスも黙り続けたほどですからね」

「話が速くて助かるぜ」

 そうしてクロスは自身が知り得る限りのことを話した。




「エリクシールのレシピを知る者...」

「一応聞くが、こんな馬鹿やらかす奴について何か分かるか?」

「残念ですが...」

 クロスの問いにゾディアは苦い顔をする。


 これは単純に心当たりがあるなしでという意味ではない。

 エリクシールのレシピを知る者はゾディアのような大国の頂点に立つ者くらいしかおらず、それを知っているということは自分と同等の立場の者。

 それほどの人物達の中から元凶を見つけるのはいくら腹芸に長けているゾディア自身でも測りかねるのだ。それほどの立場ならば十中八九腹芸に長けている者なのだから。


「まあ正直、今の(・・)連中の中にいるとは思わないけどな」

「......本気で言ってるんですか?」

「実例がある。お前も知っているやつにもな」

 その言葉からゾディアは目の前のクロス(実例)の言葉に納得してしまえた。


『今の』人間が元凶でないのなら...






『過去の』人間。






「とりあえず、俺はまだしばらくここにいるつもりだ」

「分かりました。機会がありましたらまた」

「精々長生きしろよな」

「先生ほどは無理ですがまあ、努力します」

「悲しいな、師を看取るのが教え子だろうが」

「ははは、普通はそうですけど」

 最後に言葉を交わした後、ゾディアは早々に帰路に着くため学園長室から出て行くのだった。


「しかし、陛下も教え子でしたか」

「言うな。俺だって驚いてるよ」

「知る機会はなかったのですか?」

「お偉いさんにはなるべく関わらないようにしてんだよ」

 二人だけとなると、クロスは少し疲れた様子でフィアナに語るのだった。






 一方、帰路に着こうとするゾディアはスピカ、レオス、アルディンの三人を伴っていた。


「陛下、クロス=シュヴァルツの件はどうするのですか?」

「ん〜とりあえず学園の教師として勤めているだけだからね、保留ということで」

 スピカの問いにゾディアは気の抜けた回答をする。


 流石に問題なしという訳にはいかないため、保留という名目にすることとした。

 尤も、スピカ個人としては納得いかない様子だが。


「それで、どうだった、彼の実力は? 初めから本気なら勝てたかい?」

 そんな彼女の様子にゾディアは愉快そうに三人まとめて質問する。


「必ず殺します」

「まあ、装備を整えれば...」

「と、言いたいところだが...」

 殺意剥き出しのスピカに反して、レオスとアルディンは言葉を濁す。いや、スピカの方もゾディアの質問に対して適切な返答をしてはいない。


「つまり?」

「勝てるかは分かりません...」

「訳が分からない、というのが正直なところです」

「底を見せてくれなんだ」

 渋い顔をする三人にゾディアは表情にこそ出さないが恩師の凄さに嬉しさを感じていた。


 一方、そんなことを知らない三人は思い出しては苦々しい気持ちとなっていた。


 事前に得た情報から本人が公言するほど弱い者ではないと確信はしていた。それなりの実力を持ってはいる。

 だが、自分達が本気を出す必要はないとも思った。


 実際、序盤の攻防では三人がかりの攻勢を凌ぐのに精一杯に見えた。

 だが、途端に自分達の動きを見切り簡単にあしらってきた。

 手の内を隠していたのだと分かった故に影朧見習いの二人(アンナとリーネ)を動かすことで隙を作り動きを止めることに成功した。


 はずだった。

 見習いの二人が意見したことを機にスピカは二人を攻撃した。

 あの時使った毒は普段使う量ならばスピカの言う通り治療しても寝たきりを余儀なくされているが二人に使ったのは僅かな間麻痺させ後遺症が残らない様に調整されたものだ。

 けど、それを知らなかったクロス=シュヴァルツの動きは格段に速く鋭くなり、あっという間に三人とも圧倒された。


 ちなみに見習いを攻撃することはスピカがゾディアから下された指示でもある---レオスもアルディンも知らないが---。

 曰く、クロス=シュヴァルツが本当に不穏分子であるかを試すためのものだと。

 そして彼は敵側であったとはいえ教え子が危害を加えられた後の反応や素振りを見ていたからゾディアの保留宣言も納得出来た。


 しかし、あの強さは異常だ。

 それが三人の共通認識である。


 専用の装備を用意していなかった。

 最初から殺そうとはしなかった。

 言い訳しようと思えば出来るが、そんな言い訳など意味がない。


 上限が分からない強さだった。

 その強さ故に仮に初めから本気で挑んだとしてもどうなるか。


 三人には答えを出すことは出来なかったのだった。






 ただ、三人は気づいていないが、クロス本人からすれば本気で挑まれていたら自分の敗色は濃厚だろうと考えている。

 アンナとリーネだと気づいて思わず手を抜いてしまったクロスがあっさりと拘束された時、スピカの毒針が致死毒だったらどうなっていたか。そんな場面が幾つもあった。


 結局の所、最後まで本質を見抜かせなかったクロスが運良く勝てたというのが今回の結論なのだ。

 とはいえ、クロスがそれを教えるつもりはないし、三人がそれに気づくのはいつになることか分からないのだが。






 優勝の打ち上げをするぞと仕切るハンスの言葉にクロスは羽目を外さなければいいぞと許可していた。

 そしたら先生も絶対参加と念押しされてしまい、断るのも面倒となったので付き合うこととした。


 そうして打ち上げの会場である店『ブルワリー』の前にクロスは到着していた。


『ブラスリー』同様飲食店の一つだがここは酒類と軽食を中心とした店である。店内はカウンター席以外は立食形式のテーブルにして多くの人が入れるようにしているので、ばか騒ぎしたい者にとってはうってつけの店である。


 扉を開けると賑やかな声が聞こえてくる。


「よお、やってるか?」

『まだでーすっ!!!』

 上機嫌な声がそこかしこから来る。


「ん、まだだったか?」

「先生が来てないんですからみんなで待ってたんですよ」

 コップを両手にエリーゼが説明する。

 片方のコップをクロスに渡してきたのでどうやら全員で乾杯しようということのようだ。


「お、B組も来てんのか?」

「先生が支払いはユリウス先生に持ってもらうからって言うからユリウス先生が集めたんですよ」

「ふん、こうなったらとことんだ」

 エリーゼの説明にユリウスは愚痴る。


 学園競技祭にてクロスとユリウスがした賭けはクロスの勝利となった。

 そこでクロスは当初の賭けていた給料三ヶ月分の金を貰うのをやめ、生徒達の打ち上げを全額奢ってもらうことで話をつけた。


 ユリウス自身、ライバルの打ち上げの代金を出すのも癪だったため、こうなったらと自分のクラスの生徒達も参加させたのだ。


 そんなユリウスの様子にクロスは愉快そうに笑みを浮かべるのだった。


「それじゃ、今日の競技祭の健闘を讃えて、乾杯!」

『かんぱ〜い!』

 音頭をとることとなったアリスティアに続いて、全員がコップを掲げ、その中身を飲む。




 宴が始まると思い思いに生徒達は騒いでいく。


「クラウスさま〜、これ取ってきたので食べてください」

「え、あ、ありがとうジェシカさん」

「ク、クラウス殿! 拙者も取ってきたので食べるでござるよ」

「あ、うん、トモエさんもありがとう」

 二人の女子から渡される皿に困惑するクラウス。


「ちょっと、何んですかあなた?」

「そっちこそ、自分のクラスの者と騒げばよかろう」

「ふ、二人とも?」

 目の前でいきなり火花を散らすジェシカとトモエにクラウスはますます訳が分からなくなっていた。



「次は勝たせてもらうよ」

「......」

 リベンジを宣言するサイモンに無言で頷くレント。



「あなた、面白い念動力(テレキネシス)の使い方してたわね」

「えへへ、ありがとう。でもフローちゃんはあんなに重いのを浮かせてて凄かったよ」

 同じ魔法を使って競技に臨んでいたことで意気投合するフローとメイリー。



「次は勝つからな!」

「いいや、次もオレ達が勝つ!」

「おい、ここにきて揉めるなよ!」

 ヒートアップしていくエディとハンスを止めようとするリック。


 思い思いにクラス毎に交流している様子をクロスはカウンター席で見ていた。




「クロス先生」

「ん、どうしたユーグ」

 クロスの前に神妙な顔をしてユーグが立っていた。


「無礼なことを物言いをしてしまい、本当に申し訳ありませんでし、った!」

 頭を下げ謝り出したユーグの頭をクロスがスパンと引っ叩く。


「堅っ苦しい。折角のばか騒ぎなんだから楽しんでこい。謝罪は分かったから」

「は、はい...」

「あ、それと、盾を触媒にするなら魔法と武技の防御を切り替えて使えるようにしろ。学生レベルでしか通じないぞ今のままじゃ。次に魔法による攻撃手段は身につけておけ。必要に駆られる時は必ず来るからな」

「は、はい。ありがとうございます!」

「以上。行ってきな」

 ユーグは一礼と共にその場を離れる。

 クラスメイト達と談笑する様子を眺めながらクロスはグラスを傾ける。


「んで、ユリウス先生。まだ続けるんですか?」

「と、とうへんら! ひさまにかふまで〜」

「センパイ、無理ッスよ!」

 その傍らにはほとんど酔い潰れているユリウスと必死に止めようとするカノンがいた。




 打ち上げが始まってすぐのこと。

 半ばやけくそ気味のユリウスから呑み勝負を持ち込まれたクロス。

 乾杯の時に飲んだワインの後、店員に酒は苦手だからと水を頼んでいたのを見て挑んできたのだ。


 その結果がこれである。

 クロスもユリウスも同じ量を飲んでいる。


 ユリウスも勝負を挑むだけあってそれなりに飲める方である。

 が、クロスは酔う気配がなく水の様にグラスを空にしてしまいそれに釣られてユリウスもペースを上げたために潰れてしまったのだ。


「けど、クロス先生本当に平気なんですか? お酒苦手って言ってましたのに」

「俺、まともに酔ったことないんですよ。だから正直言って酒は苦いしかないから苦手なんですよね」

「ええ〜」

 質問に対するクロスの回答にカノンは何も言えなくなる。


 確かに、酩酊感を味わうのが酒の楽しみなのにそれでは苦手と言っても仕方がない。

 けど、普通の人間なら酔い潰れるペースと量を顔を赤くすることなく飲み干してしまえるクロスの酒の強さには呆れるしかなかった。


 クロス自身、本気で酔おうと思うならスピリタス(最高の酒精)を今飲んだ量位は必要だろうと推測している。

 とはいえ、やりたいとは決して思わないが。




 ユリウスの介抱はカノンに任せ、クロスは水を貰う。


「せーんせ」

「ん、どうした?」

 ご機嫌な様子で来るアンナとリーネにクロスは目線だけ向ける。


「あの、ありがとうね助けてくれて」

「スピカ姐さんも今日のことは不問にするって言われてさ、私達意識失ってたけど先生が助けてくれたんだよね?」

「.....まあ、そうなるな」

 そういえば説明もなにもしてないなと思い出すクロス。


「たださ、先生には言っておくけどアタシ達の先生についての監視と報告は継続なんだけど...」

「そうか、じゃ勘違いされないようにしないとな」

「あ、気にしないんだ」

「少なくとも、今のお前等程度じゃ、寝てたってこそこそしてたらすぐ気づけるからな」

「むぅ」

 アンナのぶっちゃけに余裕綽綽なクロスの言葉に膨れるリーネ。




「それが嫌なら精進しろ。俺も鍛えてやるからよ」

 黒い笑みでクロスは嬉々として告げる。

 監視対象直々に監視の術を学ぶことになるとはと思わなかったアンナとリーネはただ顔を引き攣らせるのだった。






 ばか騒ぎの熱は時間の流れと共に高まっていく。

 クロスはテラス席で夜風に当たっていた。


 背後から聞こえる生徒達の盛り上がる声を肴に酒の入ったグラスを傾ける。


「やっぱ不味いな」

 試しに味わおうとしてみるもやはり気に入らないので早々にグラスを空にする。


「先生、お疲れ様です」

「みんなの所に行かなくていいのかアリスティア?」

「はい、少し..お願いしたいことがあって」

「それは後ろにいるやつもか?」

「え、あ、エリー!」

「あはは、バレちゃいましたか」

 物陰に隠れていたエリーゼが出てきて、アリスティアの隣に立つ。




「で、頼みって? まあ、何となく分かるけど」

 クロスの問いにアリスティアとエリーゼはお互いを見合わせ、そして同時に開口する。


「「強くなりたいんです!」」

 その言葉はクロスの予想通りのものだった。


「そう思った経緯は今日の競技祭か?」

「分かりますよね...」

「はい、自分達が出た競技で感じたんです。私達はまだまだ弱いって」

 二人共、出場した競技で一位を勝ち取っている。


 けど、そこに行き着くまでが納得出来なかった。


 エリーゼは最終関門にてかろうじて浄化魔法を使うことでゴールするもギリギリ過ぎるものだった。攻撃系統が苦手でも治癒や支援、浄化の魔法を得意と自負してこの体たらく。


 アリスティアも決勝戦にて苦戦を強いられた。クロスが酷評するように実戦レベルには至っていない相手の防御術を破るのに時間を費やしてしまった。


 どちらにしろ、二人は自分達が本当の意味では弱いのだと思い知らされたのだ。




 だからこそ、クロスに教えを嘆願している。


 その事情を察することが出来たクロスに拒否する理由はない。


「いいぜ。面倒だが鍛えてやるから覚悟しときな」

「は、はい!」

「ありがとうございます!」

 満面の笑顔を見せるアリスティアとエリーゼ。


「話が終わりならみんなの所に行きな。今夜は目一杯楽しみな」

「「はい!」」

 そう言って二人は店内に戻るのだった。






 そして一人になったクロスは一人考える。


(エリクシールのレシピを知り得る人間。俺は一人だけ心当たりがある。だが、だとしたら....)

 瞬間、クロスの周囲の空気が変わりだす。


「チッ」

(まずいな、マナを抑えないとな。最近キレやすくなってんな俺。歳か?)

 自虐的な考えだが、むしろ抑えることが出来たのは上出来だった。


 それは忘れてはいけない『過去』

 忘れる訳がない『過去』




 そして、もし自身の予想通りならば....


「もう一度、殺す」

 クロスのその言葉は誰の耳にも入ることはなかった。


 しかし、この時の彼の顔を見た者は皆口を揃えて言うだろう。




 まるで魔王のようだと。

これにて『学園競技祭』編は終了です。更新に毎度毎度時間がかかってしまい、本当に申し訳ありません。

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