閉会式の最中
年末最後に何とか更新出来ました。
本日(2020/12/31)にて新型コロナウィルスの感染者は1000を超えてしまいました。
皆さん、各々が『我慢』することを心掛けていきましょう。
『気をつける』ではもう足りないかもしれません。『我慢』して乗り切りましょう!
閉会式が行われ、会場には一年次生全クラスが集まっていた。
悔しさや喜びなど表情は様々ではあるものの、全員やり切ったという顔をしていた。
後方で立つ各クラスの担任教師達も似たようなものだった。
ユリウスは敗北のショックに憔悴していた。絶対に勝てると思っていた末が敗北。これまでいくつものクラスを受け持ち、競技祭にて優勝に導いてきたことを自負する中優勝を逃してしまい、しかも賭けに負けて自身の給料三ヶ月分もの大金を失う羽目となった。
魔法研究に資産を費やしている身としてこれでは研究が滞ってしまうのは目に見えている。
だが、賭けに乗った以上反故にするのは自分自身が許せない。
そんな自身のプライドもあってユリウスは凹んでいた。
「セ、センパイ...やっぱりウチも出しましょうか?」
「馬鹿もん、これは私とクロス=シュヴァルツの勝負だ。お前を巻き込んでどうする」
「じゃ、じゃあ、お昼! お弁当作りますから!」
「ん? まあいい、お前の料理の練習に付き合ってやる」
「はい!」
素直じゃないユリウスの言葉にカノンは笑顔を浮かべる。
(う、羨ましい..っ!)
そんな様子に周囲の男性職員陣(独身)が唇を噛み締め震えていた。
カノンはその快活さから男子生徒はもちろんのこと、男性職員からも人気があった。
尤も、当の本人は一人の男性しか意識していないため、玉砕してしまうのだが。
「ん?」
「どうしたッスか、センパイ?」
「クロス=シュヴァルツめ、またいないぞ」
「ええ?! あ、ほんとッスね」
「全く優勝クラスの担任がいないとは弛んでる。それにA組の生徒もよく見ると二人ほどいないぞ」
「そっちもですか? ってか、よく気付きましたねセンパイ」
そんな二人の会話を他所に、アリスティアもまた周囲をさりげなく探っていた。
(先生がいない....それにあの二人もいないし....一体どこに行ったの?)
クロスは学園内にある芝生の庭に面した吹き抜け通路にいた。
正確に言うとそこに誘われた。
彼の手に握られたのは差出人不明の手紙。いや、見覚えはないが知っている筆跡だったので書いた者は分かってはいた。
だが、いつの間にか足下に落としてあり、問い詰めようにも肝心の当人があの場にいなかったため、仕方なく手紙が示す場所へと向かった。
そして指定の場所に着くも誰も現れない。
悪戯かと思い、その場を去ろうとすると、奥の通路から誰かが来た。
「あんたは....」
そこにいたのはメイドだった。
野暮ったい眼鏡にシニョンで束ねた髪をブリムで覆っているなど、一般的な風貌のメイドだ。
「あの、すいません。少しお時間よろしいでしょうか?」
恭しくお辞儀をしメイドはクロスの方へ歩み寄る。
足運びから見ても特に何かあるという印象はないごく一般的な歩み。少し困った様子の顔を浮かべながら彼女は近づく。
「実は道に迷ってしまいまして...」
メイドは左手をゆっくりと上げながら話を切り出す。
滑らかなその動作は話を切り出そうという意思表示のそれでしなかない。
けど、クロスはその手首を掴み自身から指先を逸らすようにする。
「なにか?」
いきなり手首を掴まれていることにメイドは慌てる訳でもなく落ち着いた様子で尋ねる。
クロスに掴まれたその手首にはメイド服の袖口に隠れていたものを露になる。
「袖箭か...物騒なメイドだな」
クロスは左手首を一瞥する。
手首にはベルトで固定された鉄筒と小さな鉄矢が仕込まれていた。これはバネで鉄矢を飛ばす暗器で、袖に隠すことで意表を突く代物である。
「よく気づきましたね」
「殺意を隠し過ぎだ。逆に何かあると思わせるんだよ。それに、城勤めのメイドが迷子ってのは下手な芝居だな」
「なるほど...」
クロスの説明に感心すると共にメイドは右手を向ける。
その手には極細の針が握られていた。
クロスは突き出すその手を躱すも掴んでいた左手を振り払われ距離を取られてしまう。
そして当初の予定通り袖箭から矢を放つ。とは言っても手の内がばれているためクロスには大した脅威にならずあっさりと躱す。
「で、何者だよ?」
「それはこちらの台詞だ。クロス=シュヴァルツ」
庭園側の声にクロスが視線を向けると、そこには荘厳な騎士鎧に身を包んだ男がいた。
男に意識を向けた直後、反対方向から圧力を感じ、その場を飛び退く。
先程までいた場所には背後から現れただろう大男の拳が振り下ろされていた。
「ガーハッハッハ! やるじゃないか、オレ様の拳を躱すなんてよ!」
「背後から仕掛けるなら気配を最後まで消すんだな」
「ハッハッハッ! なに、ただの挨拶だからいいんだよ」
「何をしているアルディン! 奇襲の意味がないだろ!」
「だったらお前がやれ。背後からはあまりやりたくないとワガママ言ったのはお前だろうが」
「ぬぐ..」
「お二人とも、お喋りはそこまでにしてください」
口論する二人の男をメイドは諌める。
三方から自身を囲む者達にクロスは警戒のレベルを引き上げる。
(セーレンド帝国の騎士団長に戦士団長。それにこのメイド....)
「お前、『影朧』だな」
「....ご存知でしたか」
「噂話程度だけどな。皇帝ゾディアには直属の諜報部隊がいる。その名を『影朧』、コイツらには隠し事は出来ないなんて言われてはいたが....本当のようだな」
「では、私達がここにいる理由もお分かりいただけますか?」
「出身地の件、だろ」
「正解です。貴方の出身とされる廃村は確かに存在していました。ですが、そこの住人は既に全員死亡しているのを確認済みです」
「加えてこれまでの経歴が曖昧なものばかり。貴殿には先日の事件における最重要容疑者としての嫌疑がかかっている」
メイドの言葉に続き騎士団長、レオスが口を開く。同時に二本の鞘から双剣を抜いていた。
「で、俺を拘束...いや、始末かな?」
「ほう、察しが良いなお前」
「ならば抵抗しないことを勧めます。貴方には皇帝陛下への不敬罪もありますから」
「ああ、あん時に殺気飛ばしてたのはあんたか」
威圧感を醸し出すメイドに、クロスは昼間感じた殺気の出所がよくやく分かった。
「悪いけど、殺されるのは御免蒙りたいんだけど」
「ならば足掻け。多少は生き延びられるぞ」
「話が速いな」
騎士の言葉にクロスもようやく身構える。逃げるのをやめ、抗うことへの意思表示。
セーレンド帝国騎士団長、レオス=ニコル。
セーレンド帝国戦士団長、アルディン=エルナント。
そしてセーレンド帝国諜報部隊『影朧』隊長、スピカ=ヴィンリックス。
皇帝ゾディアに忠誠を誓い、表に裏にと帝国内外の膿を排除するために尽力した英傑『十二臣将』の内三人。
不穏分子を抹消するため、彼らは動く。
先手を仕掛けたのはアルディンの拳だった。
ただの革製のグローブを纏った拳は大きく、その威圧感により実際のものよりも更に大きく錯覚させる。
並の相手ならその迫力に身体が強張るだろうが、クロスは冷静だった。
むしろそういう時にこそ動くことの重要性を理解しているから故に、クロスは反射的に動けた。
拳に何か仕込みがないかを警戒しまずは退がる。
拳は石床を深く砕く。
破壊痕からしておそらく武技『鉄拳』による一撃。
練度も精度もクラウスとは比べ物にならない。
とはいえ、クロスの評価としては単純な破壊力はクラウスも決して引けを取っていない。
(まあどちらにしろ、もろに喰らえば洒落にならないのは変わらないけどな)
そんなことを考えながら、グローブに仕掛けの類がないことを確信するとクロスは次の拳を避ける選択を除外する。
振り上げ気味に迫る拳の側面に掌を添え、その軌道を逸らす。
そこから生じた隙を突いてカウンターを入れようと思ったがその思考は中断となった。
本能から迫る脅威に備え、その場から飛び退いた。
そうして直前までクロスがいた場所を通過する二本の線。否、艶消しがされた極細の二本の針。
(ああも細いと針自体の殺傷性はない...ってことは毒だろうな)
飛んできた方向には追加の針を構えるスピカ。
腕を振るい、放たれた針の数は三本。
極細な上に艶消しされたことで視認が困難な針をクロスは身を翻して躱す。
顔へ迫る三本目を躱したと思うと死角に隠れた四本目が迫り、咄嗟に指で挟んで防ぐ。何かが塗られているのを指で感じ取り、やはり毒が塗られているのが分かり、スピカに対する警戒度を引き上げざるを得なくなる。
だが、そうやって意識を一人に向けると他が攻め立ててくる。
肉薄してきたレオスが双剣を振るう。
高速の斬撃が計八つ。
クロスは背を向ける形で飛び退き離れ、床に手をつけ逆立ちの状態からもう片手をレオスに向ける。
「【駆け抜けよ、痺電の稲光】」
狙い定めて指先から電撃が放たれる。
レオスはそれを視界に捉えるも避けることはせず剣を振るい薙ぎ払う。
感電もしておらず、牽制にもならない単なる魔力の浪費となってしまった。
舌打ちしながらもクロスは姿勢を正す。
姿勢が直りきる所をアルディンの拳が迫る。
クロスは腕を交差させて受ける。
骨が軋む不快な音を耳にし後方へと押し退けられるクロス。腕に多少の痛みは走るが傷にはならず勢いが止まるとクロスはすぐに動く。
案の定、鉄矢が動き出した所で擦る。動かなければ確実に刺さっていたコースである。
ダメージは今の所ほぼ皆無だが誰の目から見てもクロスが劣勢を強いられているという印象が否めなかった。
クロス自身、面倒を禁じ得ない。
最初の襲撃の段階で予想はついていたが、三人の適性は間違いなく『戦士』。
現在、クロス=シュヴァルツを相手取る上で有効な方法は戦士による近接戦闘である。
それはクロス自身が口にする三流魔法士故のこと。
クロスが現在使える魔法は中級魔法まで。対人戦においては十分な攻撃手段にはなるのだが、中級魔法を行使するには完全詠唱のため、近接戦に持ち込まれれば詠唱を紡ぐ暇がない。
相手が魔法を使うのならば、『魔導法壊』で容易く防ぐことが出来るので魔法士相手にとってクロスは正に天敵なりうるが、武技のみの真っ向勝負でくる戦士相手だとそのアドバンテージは得られない。
「討ち取らせてもらうぞ!」
「ぬううん!」
迫るレオスの双剣とアルディンの拳。そして隙を狙い放てるように暗器を構えるスピカ。
更に包囲を狭めての挟撃。
三人にとって先程までの攻防からこれなら通じるとの判断しての攻撃。
「鈍い」
そんな攻撃に対し、クロスは双剣を掴み取り、アルディンの胴体に蹴りを叩き込みスピカの射線に割らせることで暗器を放てないようにした。
「うぐ!」
「なっ..ぬっ!」
息を漏らすアルディン、刃を掴み取りされ驚いた所へ蹴りを喰らうレオス。スピカもあっさりと対処されたことに驚きと悔しさが滲む。
「ったく、強いからって侮るなっての。ガボハゼかっての」
「くっ...」
クロスの上から目線な言葉にレオスは何も言えなかった。
『自分達の強さに胡座をかいて安易に飛びかかるなアホ!』
ざっくり言えばそういうことを言われたのだ。
立場とそれに相応しい実力を身につけている三人としてはそんなことを言われたのはひどく久しいものだ。
自分達と同年代か若い程度のこの目の前の男はそう言い切るだけの迫力を醸し出した。
だが、クロスのその隙は伏兵を動かさせた。
後方から放たれた数本のナイフ。それはクロスではなく彼の周囲目掛けて飛んできた。そして急にクロスの方へと刃先の狙いを変えて来た。
身を捻り躱すクロス。すれ違う中、ナイフの柄尻に鋼線が繋がっていたのを見た。
ナイフを投げ、繋げた鋼線で軌道を変える。それで刺さればよし。刺さらなければ鋼線で拘束。
二重の手を持ってクロスは縛られた。もちろん、クロスはすぐに拘束を解こうとするが、予め分かっていたこの展開にスピカの動きの方が速かった。クロスの身体に数本の針が刺さる。途端に身体から力が抜ける。
痺れや感覚が鈍るといったものはなかったので筋弛緩剤の類かと推測を立てるクロスの思考は余裕ではなく単に動けないから頭を働かせるという抵抗の一種だ。
それまで気配を殺し、物陰に隠れていた二人が現れる。
クロスは二人を見て嘆息する。
「なるほどな、やっぱりお前等が情報源か。手紙の筆跡は誤魔化していたが隠しきれていなかったぞ、アンナ、リーネ」
クロスの言葉に教え子であるアンナとリーネは険しい顔のまま武器を構える。
「気づいていたのですね」
「当たり前だ。俺がお前等に書かせた課題レポートの山を忘れたか?」
リーネの言葉にクロスは冗談混じりに答える。
「警戒しなかったのですか?」
「お前等二人に警戒する必要はないからな。尤も、予想外な大物が三人いたのは反省すべき点だな」
続くアンナの言葉にクロスはしれっと言う。つまりはアンナとリーネだけならクロスにとって脅威にはならないぞということ。
その意味にすぐ気づいた二人は若干悔しさ感じてしまう。
「昼間の皇帝に会った時に感じた五人分の気配。内二人はどうにも隠そうとして隠せてないって感じだったから逆に警護目的なのか判断し辛かったぞ、下手くそ」
辛辣なその言葉にアンナとリーネの表情は僅かに歪む。
「大方、お前等も『影朧』の一員、まあ見習いって所だろ」
「正解です。訓練生の一部をこの学園に入学させるのは『影朧』の習わしですので」
「だろうな。この学園には同盟国とはいえ諸外国の人間が集まるんだ。利益にしろ悪益にしろ、情報を集めるには正にうってつけだな」
クロスの推測をスピカは否定せず肯定する。
「で、どうですか? 強いことで侮ってしまった気持ちは?」
意趣返しの言葉を放つスピカにクロスはニヤリと笑う。追い込まれていながらも見せるその余裕にスピカは僅かに苛立つ。
「じゃ、殺すか?」
「ええ」
「あ、あのさスピカ姐さん」
「何ですか、アンナ?」
「えっと、姐さん達相手にここまでやったほどなんだし、姐さん所で使うのはどうかな?」
「そ、そうそう! 先生がいくら怪しいからって悪さした訳じゃないし、前の事件の解決に貢献したんだしさ」
悩み慌てた様子で話を切り出すアンナとリーネ。
クロスはその様子を見て察した。
休憩時間の頃に見た二人の不調はこの提案をすべきかどうかで葛藤していたからだと。
残念ながら、その行為は愚行と言わずにはいられないのだが。
「「え?」」
いつの間にか自分達の喉元に刺さった針に呆気を取られながら倒れる二人。
「我が部隊に軟弱者は不要です」
「スピカ!」
「余計な口出しをしないでくださいレオス。彼女達の処遇は上官である私が決めます」
「しかし...」
「ご安心を。非致死性の神経毒ですので。尤も、呼吸機能不全により脳を損傷しますので残りの人生はベッドの上となりますが」
直後、彼女の眼前に拳が迫る。
咄嗟に回避し、頬を掠る程度で済ませたスピカだが、冷や汗を隠せずにいた。
(まさか、解毒した?)
目の前にはワイヤーを引き千切ったことで各所から出血しているクロスが構えていた。
「【蝕みし異物よ、立ち去れ、抗毒】」
燐光がアンナとリーネを包む。
「いくら非致死性とは言え、下級魔法程度では無理です。専用の解毒薬でなければ「これだろ?」
スピカの言葉の続きは遮られた。
目の前でクロスが二人に飲ませていた薬の小瓶。あれは自分が持っていた解毒薬の小瓶。
下級魔法とはいえ解毒系の治癒魔法による補助と相俟って先程まであった痙攣がすぐに引き、穏やかな寝顔で二人は意識を失う。
スピカは羞恥で赤らめた顔でクロスを睨む。
「さっきの拳はわざと躱させて...」
「男なら男の、女なら女ならではの隠し場所ってのがあるからな。そこ探らせてもらった」
平然とクロスは言い放つ。わざとらしく左手の指をぐねぐねと動かして見せる。
「っ!」
「いいじゃんその顔。かわいいと思うぜ。でも減点な」
クロスのその言葉にスピカはあっと何か気づいた顔で腹部を見る。そこには一本の針が刺さっていた。認識すると同時に襲いかかってくる痺れや脱力感。膝を着くも倒れるのだけ堪えるスピカだが続いて襲って来た眠気によりそれ以上の抵抗はすぐには無理だった。
「そんな所によく入ってたなこの小瓶シリーズ」
クロスの右手には何本もの小瓶が乗っていた。
「筋弛緩剤、麻痺毒、睡眠薬...お、出血毒、糜爛剤に窒息剤とまあ致死性のやばいのまで何でもあるな」
クロスは不敵に笑いながら小瓶を器用に指でコロコロと弄んでいる。
「安心しな。最初の三つをブレンドしただけで死にはしないし障害も残らないからよ」
続くその言葉はかろうじて意識を残すスピカにも聞こえてはいたが理解できないものだった。
クロスに擦られた薬はどれも表裏問わず市場には流れることのない特注品だ。
なにせ自分と同じ『十二臣将』である帝城筆頭医師が作り上げた代物なのだから。
それを更に混ぜ合わせてみせるなどありえないというのが彼女の心情である。下手に混ぜたものなら自分はとっくに死んでいる。なのに生きているということは的確に混ぜ合わせたということだ。
そしてこの時になってようやく動いたのがレオスである。
呆気に取られ動きを止めてしまった自分を恥じ、スピカに対し余裕を見せるクロスとの間合いを詰めて武技『閃華・秋桜』を放つ。
双剣から放たれた美しい軌跡を伴う八つの斬撃は同じく美しい軌跡を描く八つの斬撃と衝突する。
「綺麗すぎ。軌道が丸分かりだ」
いつの間にか両手に握っている二振りのナイフで同じく『閃華・秋桜』を繰り出し迎撃するクロスはそれで終わらせなかった。
振り切って交差していた両手を振るいナイフの刃が交差する軌道を描き、レオスの鎧の胴を捉えた。
鎧のおかげで肉体を切られることはなかったが、鎧には深々と十字の切り傷が刻まれ、その衝撃はレオスに確かなダメージを与えた。
(『秋桜』からの『十字牙』の連撃、これほどの手際とは...)
アンナ達からの報告書を読んでいたレオスはクロスが多彩な武器を使えることは知っていた。
だが、本人自身が所有武器はなく体術を主体としていることから、武器を用いた技術は自分達の方が上だと思ってしまっていた。けどその思い込みは覆された。
途中、自分達を上回ってみせるもアンナとスピカという伏兵により拘束に成功したことで優位に立つも、それすらもこちらの隙を作る要因となってしまった。
スピカも、レオスも、結局は油断していた。いや、油断させられていたのだ。
このクロス=シュヴァルツに。
「あ〜あ、壊れちまったな」
手に持つナイフが二本とも砕けるのを見てクロスはそれ等を捨て、アンナが投げて地面に刺さっていた他の同型のナイフを二本、新たに拾い上げる。
それを構えて、最後に立っているアルディンを見据える。
アルディンは動けなかった訳ではない。
動かなかった。聞きたいことがあったから。
「一つ聞きたい。どのようにしてスピカの毒を破った?」
「ん? 『回気功』だけど」
「なっ!?」
あっさりと答えられたこともそうだが、その方法にも驚かされた。
『回気功』は強化系の武技の一つで、肉体の代謝機能を高めることで自己治癒能力を促進するものである。
だが、治癒魔法のような回復能力を望めないのが普通なのだ。治癒魔法が魔力で他人のプラーナを増幅するのに対し、この武技はあくまで自己治癒を促し普通より治りを早める程度の謂わば療養中に使うものである。
「別に難しくはないさ。ちょいとコツはいるが出来ればそれなりの自己回復は臨めるぜ。ま、俺自身が毒が効きにくい体質なのもあるけどな。非致死性の毒ならすぐ治るんだよ」
堂々と言ってのけるクロスにアルディンは得体の知れない不気味さを感じた。
しかしそれで臆するのではなく、彼は構えた。
呼吸を深くゆっくりと行い、動揺も不安も抑え込む。
その様子にクロスも構える。呼吸を静かに長く、昂りを抑える。
アルディンが動く。
最小限の動きから繰り出された拳がクロスへ迫る。
クロスは回る。くるりと踊るように回り拳から逃れる。
振るうナイフの連閃は確実にその太い腕を幾度も通過し、刃は砕ける。
アルディンの腕は刃より硬くなり、拳と共に突き出し伸びた所から横へと大きく振るう。
パンチからのラリアットという力技による技の転換はクロスを吹き飛ばす。
壁に叩きつけられたクロスを見てもアルディンは警戒を緩めない。
同時にダメージから復帰して立ち上がるレオス、盛られた薬への耐性を身につけていたので動きを取り戻し始めるスピカの二人も戦線に戻ろうとする。
「やったのか、アルディン?」
「.....」
「どうしたのです?」
レオスの言葉にもスピカの言葉にもアルディンは何も言わない。
いつもは大口を叩き豪快な彼が黙っている時。それは本気を出さねばならない時。
つまり、クロスは....
「やるな。『摩利支天』で防ぐとは...ちょっと驚いたぜ」
余裕の笑みと共に立ってクロスを見て、スピカは袖箭から鉄矢を放つ。
だが、クロスの服を貫くも胴体に刺さることはなくからんと音を立てて虚しく落ちた。
「そういうお前も使えるのだな」
「まあ、当然の嗜みだな」
アルディンの言葉にクロスは服についた埃を払うといった余裕綽々の様を見せつける。
『摩利支天』は局所強化の武技において、肉体の耐久性を高める武技の最高位にあたるものである。とはいえ、あまり使う者はいない。なにせ、身を守るのならば鎧などの防具を強化した方が効率がいいからだ。
プラーナを鎧のように纏うことで耐久性を高めるが、基礎の『頑健』だとダメージを多少減らす程度であり、最高位の『摩利支天』である程度の攻撃を防げるようになる。
だが、そこまでに至るのならば鎧や盾などの強度を上げる『堅固』を基礎とした武技を使えばいいし、使い手自身ダメージを負わない技術を身につければいい話となる。
よって、肉体の耐久性強化はあまり好まれないのだ。
けど、アルディンはその武技を鍛えた。結果、クロスの斬撃を防ぎ逆にナイフを砕いてみせた。
そしてクロスもこの武技を会得していた。しかも、ナイフの斬撃以上の威力があったアルディンのラリアットに耐えてみせるほどの精度で。
三人とも背中に寒気を感じずにはいられない。
最初の時とは比べ物にならないプレッシャーが全身にかかる。
このままでは勝てない。
このままでは勝てない。
「で、いつまで続けるんだよこの茶番」
そう言った途端、クロスから感じていたプレッシャーは霧散した。
「....いつから気づいていたのだ?」
「割と初めから」
レオスの問いにクロスは答える。
「理由をお聞かせしてもらえますか?」
スピカも尋ねる。クロスの言う通りだとすると、自分達は芝居に付き合ってもらっていたということ。
踊らせるつもりが踊らされたというのは屈辱以外のなにものでもない。
「得物がしょぼいんだよ」
びしりと人差し指を突き出しクロスは指摘する。
三人が使っていた装備は出来はよいがこの三人には不釣り合いだった。正直、弱過ぎるのだ。
普段から使っている訳ではない代物故にぎこちなさもあった。
だからクロスは大して苦戦せずに勝てた。これが本来の装備を身につけ、全力を出していたのなら甚大な被害は免れなかっただろうと推測出来た。
「それで、仕掛け人はアンタだろ」
クロスは誰もいない空間を見る。
すると何もない空間が揺らぐ。
揺らいだ空間が戻るのに伴い、そこに一人の人物が姿を顕にする。
「ははは、バレちゃったか」
そう笑いながら、ゾディア=アリオス=セーレンドは現れた。




