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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
第4章:学園競技祭
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決闘-コンバット-〜優しき鉄壁は勇ましき鉄拳へ〜

 サイモンが目を覚ました時、そこは闘技場ではなく、訓練場内に設置された仮設治療室のベッドの上だった。


 結界の致命判定により重傷は免れており、傷はないもののズキリと腹部に痛みが走る。


 そして思い返す対戦の様子。

「負けたのか...」

「ああ、負けた」

「....いたのですか」

 ベッド傍にクロスが座っているのを見ないサイモン。


「試合の様子見なくていいのですか?」

「お前は気絶して10分で覚醒している。インターバルは15分だからまだ大丈夫だ」

「ご丁寧にどうも」

「で、奥の手をすぐに使わなかったことで説教ですか? 分かってますよ。早く使えば距離を取る余裕があっただろうことは...」

「よくやった」

「........は?」

「お前凄い間抜け面だぞ」

 意外過ぎる言葉に普段見せないような表情を出し、指摘されたことで慌てるサイモン。


「お前みたいにプライドある奴はな、誇りだとか意地だとか言ってかっこつけて死ぬ馬鹿なのが多いんだ。けど、お前はそれを捨てることが出来た」

「負けたんですよ」

「ああ負けた。だが生きてるなら次がある。悔しいなら次は勝て」

「....ッ!」

「それとほれ」

 無造作に投げられたそれをサイモンは手にする。


 冷やされた濡れタオル。

 これが意味するのは...


「俺はもう行く。誰も入らないようにするから安心しろ(・・・・)

 そう言ってクロスは部屋を後にする。

 扉が閉まり、誰もいなくなった部屋で一人、サイモンは肩を震わせる。

 微かに堪えようとしながら漏れ出る声と共に。






『さぁ、闘技場の整備も終わったから次の試合と行こうか! B組はここで勝てば優勝だ!

 まずはA組から、これまで勝った奴はいない。けど負けた奴もいない。不動の防御の元、無傷で生き残ったのは英雄の血を引く男、クラウス=ゲニウス!』

 ルークの紹介にびくりと身を震わせながらクラウスは前に出る。

 周囲から歓声が湧き上がる。ただ、その中からは一部好ましくないものが混ざっていた。


「戦え腰抜け!」

「それでも英雄の子孫か!」

「やる気ないなら失せろ!」

 そんな心ない言葉にクラウスは気落ちするのだった。


 もっとも、それをよしとしない者達もいる。

「申し訳ありませんが、誹謗中傷行為はご遠慮いただきたいのですが」

「ひっ、す、すいません」

 ゲニウス家の執事長セバスを筆頭とした使用人一同が一人一人丁寧に威圧していた。


 その頃、貴賓席ではというと...

「ふふふ....」

「フィアナ学園長、殺気が漏れてますよ」

「あら、何のことかしら?」

「いや、だから...」

 ゾディアはそれ以上言うのをやめた。今のフィアナを下手に刺激するのは無謀と察したから。




『対するB組からは、一人のはずがその質量戦に多くが敗れる。才媛、ジェシカ=ヴェゲナー!』

 沸き立つ歓声に応えるかのように髪を掻き上げ、気障に振る舞うはB組チームの紅一点のジェシカ。


 クラウスと違って余裕そうな様子で現れる彼女にクラウスは更に萎縮する。


「ふふ、今すぐ降参すれば」

「それは...出来ないよ」

『それでは、始め!』

 試合開始の合図と共に、クラウスは盾を構える。


「戦士が魔法士に攻め込まないとか...マジで情けない」

 その様子に呆れるジェシカ。

 折角の猶予を利用しない手はないので。触媒の指輪をつけた右手をかざす。


「【(たくみ)侏儒(ドワーフ)腕を(ふる)い、土塊(つちくれ)集まり兵とならん、我が従者は(サーヴァント)土の兵士(ソイル・ソルジャー)】」

 指輪の装飾から出た魔力の光に周囲の土が集まる。

 それは脚を、腕を、胴体を構築し、人の形を成した。


「『従者創造魔法(サーヴァントマジック)』か、錬金術の一種だな」

「これまでの試合もあれで相手は手も足も出せなかったですもんね」

「しかも、あの指輪の装飾に使われてるのは琥珀(アンバー)だ」

 クロスとアリスティアが眺める中、土の兵士は動き出す。

 腕の部分が変形して刃のような形になり、クラウスに切り掛かって行った。

 このような変形は土砂や岩石を操る魔法に適性の高い触媒によってジェシカの魔法の精度が高まっていたから出来る芸当である。




 クラウスは落ち着いた様子で盾で防ぎ、シールドバッシュで押し返す。

 だが、痛みなどを感じることのない土の兵士は後退させられてもすぐさま前進してクラウスに攻め込んでいく。


 その隙を見てジェシカは詠唱を紡ぐ。

「【(たくみ)侏儒(ドワーフ)腕を(ふる)い、砂粒(すなつぶ)集まり兵とならん、我が従者は(サーヴァント)砂の兵士(サンド・ソルジャー)】」

 今度は砂で出来た兵士が現れ、こちらもクラウスの方へ攻める。


 対してクラウスは二枚の盾を使って二体の攻撃を捌いてみせる。


「よし、いくら数を増やしたとはいえクラウス殿なら防げる」

「今まで彼女は二体しか出せなかったしこれなら...」

 トモエとアキラが安堵しているとジェシカは更に詠唱を紡ぐ。


「【(たくみ)侏儒(ドワーフ)腕を(ふる)い、石塊(いしころ)集まり兵とならん、我が従者は(サーヴァント)岩の兵士(ロック・ソルジャー)】」

 周囲にある石片等の石が集まり新たな兵士となる。


「三体目!」

「温存してたのか!」

 ハンスとリックが驚く中、岩の兵士もクラウスへと斬りかかる。


 そもそも、ジェシカが使った魔法は下級魔法に分類はされるが会得難易度が高いものである。

 なにせ、一定時間しか行動出来ないとはいえ『無機生命(アライフ)』を創り出すもので、それを一年の段階で三体も出すというのは天才と評すべきもの。


 三体の兵士の猛攻を仕掛けられるクラウス。

 その光景に勝ちを確信するジェシカ。


 クラウスは迫ってくる兵士を見た。

 この三体、構築するものが違うことでそれぞれに特性があった。


 砂の兵士は細かい粒である砂で出来たその体故に盾で強打したり防ぐことですぐに崩れる。が、またすぐに体の構築を戻すため攻勢を緩めず続けてくる。

 岩の兵士は硬い石で構築されているため、動きはぎこちなく遅い。代わりに一撃一撃が重くこちらが押し退けようとしても下手な攻撃の仕方をすれば弾かれかねない。

 そして土の兵士は体を変形させることで腕を刃にしての斬撃、棍棒のようにしてリーチを伸ばしての打撃と攻め方を変えてくるのでその度に対処法を変えなければいけない。


 同じ兵士ではなく多様な兵士であるが故に対処法を変える必要性があり、その隙を突かれそうになる。

 あとはその隙を突きさえすれば勝てる。ジェシカの思惑がそうであった。




 ただし、クラウスが隙を出せばの話だが。

 クラウスのシールドバッシュに三体の兵士が吹き飛ばされる。

「え?」


 クラウスは無傷。疲れさせたことは出来たかもだが、ダメージは皆無。


 予想を裏切るクラウスにジェシカは自身の目を疑った。


 自分の勝ち筋であった『従者創造魔法サーヴァント・マジック』しかも完全詠唱で触媒による補助もあるというのに、作り出した兵士が今では手も足も出ないでいる。

 再度攻め込むも捌かれあしらわれ、先程よりも簡単に弾き飛ばされる。

 その様子に笑みを浮かべるクラウスにジェシカのプライドが刺激された。


 クラウス自身はそんな彼女の反応など知る由もない。

 彼が笑みを浮かべたのは単純に数人がかりの攻撃を捌ききれたことへの嬉しさからである。

 もっともクロスから言わせれば『所詮は一人の人間によって造られた人形。行動パターンが決まっている以上捌けない方がおかしい』のだが。


 又、クラウスが笑みを浮かべたのにはもう一つ理由がある。

 これなら、あれ(・・)を使えると思ったからだ。




 そんな彼の内心を知る訳がないジェシカにとって、クラウスが浮かべた笑みは自身への挑発と捉えていた。

 ジェシカにとってクラウスは、彼女がなによりも一番に尊敬する大賢者フィアナの孫でありながら、臆病な性格で負けっぱなしの情けない英雄の一族の汚点としか言えない人物だった。

 だから嫌いだった。肩書きだけでここに立っているこの男のことが。


(弱虫の癖に、盾で守るしか能がない腰抜けの癖に...!)

 人知れず怒り心頭のジェシカにクラウスは盾を構えるばかり。それが更に火に油を注ぐ形となった。




 ジェシカは指輪を外し、正面へ投げる。

 そして詠唱を紡ぐ。


「【名工侏儒(ドワーフ)が槌を振るい、大地を骨肉に魔力を血潮に、我が意志を心臓にして現れよ、我が従者は(サーヴァント)大地の巨人(アース・ジャイアント)】ッ!」

 投げ出した指輪が光を発した途端、三体の兵士はその形を失い、その体を構築していた土砂岩石が指輪を覆うように結集する。


 集まった土砂岩石は一つの体を構築する。

 その体躯は3m以上。手足は太く、重厚な造り。


「はあ、はあ...これなら盾で防ぐことも出来ないでしょう」

 勝ち誇るジェシカだが、その顔は血の気が引いて青くなっている。

 明らかに無理をしているのが窺える。


(中級の『従者創造魔法サーヴァント・マジック』か。指輪の琥珀を核にした...いや、あの指輪も刻印魔法仕込みか)

 本人の疲労具合に反して、しっかりとした体を持つこの大地の巨人(アース・ジャイアント)の様子から察しをつけるクロス。


 実際、その推察は正解であった。

 ジェシカが投げた指輪は大地系の魔法に適性のある琥珀を装飾とし、指輪自体にも刻印魔法が仕込まれている。

 効力は使用者の魔力を貯め込むというもの。

 貯め込むといってもあくまで使用者の一割以下程度だ。だが、残りの魔力でこの巨人を生み出したのだ。彼女の負けたくないという気概を感じられる。




「いけ、大地の巨人(アース・ジャイアント)ッ!」

 巨人はその腕を振りかぶり、容赦なく巨大な拳をクラウスへと放とうとする。


 圧倒的なサイズと質量を持った拳。

 その拳から感じられるプレッシャーをクラウスには覚えがある。




(あの時と同じ....いや、あの時と比べて怖くない!)


 クラウスはこの日までクロスから何度も拳闘を教わった。

 格闘術に関しては素人でしかなかったクラウスは自分よりも体格に劣るはずのクロスに何度も倒され、吹き飛ばされた。


 その後に教えられた。

『盾を使っていたから攻撃の受け止め方は及第点だ。けど殴り方がなってねぇ、この下手くそ』

 言われて軽く涙目になった。


『お前のパワーは正直上級生でも渡り合える奴はそうそういない。下手な殴り方をしたら自分がやられるほどにな。だからロックバイパーを殴った反動で腕が痙攣したんだよ』

 そう言われると確かに納得できる。


『最も、今のお前が下手に人間ぶん殴ったらそれだけで恐ろしいことになるだろうな』

 悪そうな笑みで言うクロスに自分のことながら背筋が寒くなった。


『だからま、人以外に使いな。今はな(・・・)

 その最後の言葉にクラウスは自分がほっとし、そしてクロスの気遣いを感じた。




 目の前には自分よりも遥かに大きい巨人。

 その体は土砂や岩石で出来た作り物。


 つまりは人以外(・・・)


 だからこそ、勝てる。

 この時、クラウスは今日初めて闘う意思(・・・・)を昂らせた。


 彼の全身から彼の意思に呼応するプラーナ(気息)が吹き荒れる。


 巨人の拳に対し、クラウスも拳を放つ。


 その腕には盾はなく、いつの間にかガントレットへと変わっていた。




 拳と拳が激突する。

 体格差をものともしないクラウスの拳は巨人の拳と拮抗した。


 否、打ち破った。


 衝撃が突き抜け、巨人の体はその形を保てず粉砕された。

 クロスによりフォームを直され、持ち前のパワーを余すことなく込めた拳、武技『鉄拳』が今ここに放たれ、敵を打ち破ったのだ。




 一瞬、ジェシカは何が起きたのか訳が分からなかった。


 そして理解した時には彼女の頭上から巨人だったものの残骸が降り注いでいた。

「きゃあ!」

 思わず目を閉じる。

 魔力もほとんどなく詠唱の猶予もない彼女にはこれから来る痛みを堪えるしかなかった。






 けど、痛みも何もない。

 目を開けた時、盾を構えて降り注ぐ残骸から自分を守ってくれていたクラウスがいた。


「大丈夫?」

「は、はい...」

「ごめんね、君を狙うつもりはなかったんだけど」

 申し訳なさそうに苦笑するクラウスにジェシカは何も言わなかった。

 ただ、さっきまで敵意のこもっていた目の色は熱っぽいものに変わっていた。


ここにきてようやく彼女も気づいた。七光なんてとんでもない、腰抜けなんて間違っていた。

この目の前の彼は優しく、勇ましく、そして....素敵な人だと。




「えっと、続きやる?」

「いえ、降参します。クラウスさま(・・)

「え?」


『おおっと、ジェシカ=ヴェゲナー降参。勝者、クラウス=ゲニウス!』

「え、ええ?」

 ジェシカの豹変---目にハートが浮かんでいたが気づかず---と降参、そして自身の初勝利といきなりなことが多すぎてクラウスは軽く混乱しそうになった。






「ぬぬぬ...何やら嫌な予感がするのでござる」

「ふふふふ」

 もどかしそうな表情を浮かべるトモエ。何か自分にとって都合のよくないことが起きているような気がしてならなかった。


 そんなトモエの様子を面白そうに眺めるのはアンナだった。彼女はジェシカの変貌の意味をすぐに察した。

 そして同じく察していたリーネと目線だけで会話していた。


『恋のライバル出現ねリーネ』

『ええ、面白くなってきたわアンナ』

 と言った風に。




 観客席ではある一画が異様な空気を出していた。


「坊っちゃまの初勝利、お前たち撮ったか?」

「はい、しっかりと撮りました!」

「映像用写像機(カメラ)もばっちりです!』

 セバスの問いに二種の写像機(カメラ)---静止画用と映像用の---を構えていたメイドと執事がサムズアップで応える。

 その様子にセバスもサムズアップする。


「これで旦那様と奥様がお帰りになった際はお楽しみいただける。皆の者、よくやったぞ」

「セバス様、大奥様がこちらを見ておられます」

 庭師の男性の言葉にセバスは貴賓席の方を見た。

 確かに、フィアナはこちらを見ていた。


 セバスはそれに対してアイコンタクトで伝える。

『坊っちゃまの勇姿、しっかりと撮りました大奥様』

『よくやりましたセバス。感謝します』

 と、ここでも無言で会話を成立させていた。




「ん、どうしたんだいフィアナ学園長?」

「いえ、孫の勇姿を見れて少し舞い上がってしまいましたので」

「ああそっか、立場上表立って応援出来ないからね」

「ええ。それでも、あの子の成長が見れて嬉しい限りです」

 フィアナは応援席に戻りクラスメイト達から賞賛されるクラウスを見て微笑むのだった。






 これで一勝一敗。

 次の試合の行方で今年の一年のクラスのトップが決まる。

 そして、一年次生の頂点の生徒を決める戦いでもある。

 B組から入学試験次席のユーグ=モレー。

 A組から入学試験首席のアリスティア=スターラ。

 入試では順位はつくも、あくまで僅差の成績で決まったもの。実力は互角といって間違いない。




 学園競技祭最終戦、ここに始まる。

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