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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
第4章:学園競技祭
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恐怖の館-テラーハウス-

緊急事態宣言が解除された現在、一気に忙しくなりグロッキー。それでもコロナウィルスの脅威は消えていないため、油断出来ないのが辛いです。

 空中を飛び交う最速を誇る隼型の石像(ゴーレム)が一匹撃ち抜かれる。


『なんということだ! A組のハンス君、これで狩猟(ハンティング)の成績三位以内確定だ!』

「よっしゃ、最高得点のやつを撃ち落としてやったぜ!」


 空中で飛び交っていたのは錬金術で生み出されし石で造られた使い魔『樋嘴(ガーゴイル)

 狭い円陣(サークル)の中にいたままこれ等を撃ち落とし---殴る、切るなどの直接攻撃は禁止でそれ以外での方法は可---、それぞれに割り振られた得点の合計点を競うのが『狩猟(ハンティング)』のルール。

 撃ち落とすのが難しいものほど得点は多く数も少なく、撃ち落とすのが容易なものほど得点は低く数は多い。

 この競技を攻略する上では如何に数多く撃ち落とすか、高得点を集中的に撃ち落とすかで決まる。


 ハンスがクロスとの特訓で見つけた攻略法は『射程内にあるものだけを狙う』だった。

 ハンスが使う短弓(ショートボウ)の利点は速射性であり、数多く射つことが必要なこの攻略法とは相性がよかった。

 限られた時間で得点を稼ごうとするため、大概は高得点の樋嘴(ガーゴイル)を優先的に狙おうとしてしまい、思わず自身の攻撃が届かないものへ空振りしてしまうことがあった。


 クロスはそんな無駄を省くことを優先し、確実に撃ち落とせるものを狙い撃ち落とさせた。

 それをものにするためのトレーニングとして、クロスはひたすらハンス目掛けて石礫を投げつけ、ハンスは身を守るために撃ち落とすことを散々やらされた。

 おかけでトレーニングのはじめは青痣だらけとなり、決して美味くないポーションで胃を膨らませるはめになった。


(三位以内か...まあ悪くないか)

 クロスが冷静に様子を見ること一方、クラスメイトの好成績に盛り上がるA組。






狩猟(ハンティング)』が動く的を狙うのに対し、リックが参加した『遠当て(スナイプ)』は動かない的を狙う。

 代わりに的までの距離は長くなる。そして着弾できた的までの距離と着弾部位---的の中心に近いほど高得点---から順位が決まる。


「【我が魔力よ、矢となり放て、魔法の矢(マジック・アロー)】」

 リックは長杖(ステッキ)の先で的を狙わず、持っていない手の人差し指で狙いを定めて『魔法の矢(マジック・アロー)』を放つ。


 矢の形をした魔力は的の中心へ突き刺さる。

「うしっ!」

 これでリックの上位入りが確定した。


(杖先で狙おうとすると杖の重さでブレるって、先生に指摘されたから先生の真似して指先で狙うようにしたが、杖の魔力操作補助があるから結構いけたな)

 ひたすらあらゆる方向と距離に設置された的を狙い撃つを練習をしてきた際にされたクロスの指摘を思い出し、そこから至った方法が指先からの魔法の発動である。


(数日で杖から指先で魔法を発動するイメージが掴めたか...まあハンスもだが実戦にはまだ使えないレベルだな)

 クロスはハンスとハイタッチするリックを見て手厳しい評価をしていた。






 競技祭は必ずしもアクションの多い競技ばかりではない。


 地味とは言われながらもその重要性から競技となったものもある。

暗号パズル(エニグマ)』や『薬剤調合(コンパウンディング)』はその例にあたる。


 参加者達はこぞって各テーブルに散りばめられたパズルを解き、暗号文を完成させていった。

 そこからその文面に書かれた内容を解読しなければならないというのだから集中力と根気、そして知識が求められていた。


 半数がパズルを完成させ、文面の解読を行おうとする中、まだ半分程度しか進んでいなかったコニーが挙手して解答権を得た。


「それではコニーさん」

「『異形と闘う者よ、己が異形に呑まれることなかれ。其方が深淵を見ることは深淵もまた其方を見る故に』」

 正解を知らせるメロディが流れる。


「正解! こちらは時の賢者チェーニが説いた『黒白の境界』の教えをサンクリット文字で書いた暗号でしたが、文章を作らず正解するとは...」

 審判役の教師の感嘆の声にコニーは照れくさそうに俯くのみだった。


(頭の中でピースがどこに当て嵌まるのかが分かったおかげで暗号文が分かって翻訳できちゃった...先生のあの特訓はこういうことだったんだ)


(元々、コニーの語学知識は一年のレベルを超えてたからな、パズルに隠された暗号を読み解ければと思ってあの特訓をやらせたが、上出来だな)






 混ぜる度に色が変化する訓練用の魔法薬を使って、お題の色を再現する『薬剤調合(コンパウンディング)』も又、難易度が高い。

 混入する薬剤の量がほんの僅かでも違うと色が大きく異なる時もあれば、折角混ぜた色もお題の見本と比べて薄かったり濃かったりする時もある。


 元々、薬師の公式資格を与えるための実技試験として導入されたものが始まりであり、本職の者ならば色を合わせるだけと簡単に見えるが学生には荷が重かった。


 結局、参加した生徒の半数がお題の色に近づくことなく終わり、残り半数の更に半分も色の濃淡が合わないために減点となっていた。

 そしてメルディはというと....


『おおっと、メルディちゃん、同率トップとなりました!』

「ふぅ....」

 審査を受けて最高得点を叩き出したことで一安心するのであった。


(調合でミスしないようにするには、まず常に平常心を保てるようにすることだからな。失敗したら爆発する代物相手にトレーニングした分、度胸は十分一人前だな)




 午前の競技の半分が終わる中、クロスのA組は周囲の予想以上に活躍していた。


「先生すごいよ、今オレ達総合3位だよ!」

「まさかオレたちがここまでやれるなんてよ!」

 興奮の熱冷め止まぬ中、ハンスとリックはクロスに会場に設置された得点を指差していた。


 二人の言う通り、クロス達A組の総合順位は現在3位である。

 流石にこの二人のように上位入賞する生徒ばかりとはいかないため、他クラスにリードされてしまっていた。とはいえ、上位に入れずとも下位ではなく中位を確保しているのだから上々と言っていいのだろう。






『さあー、次は「恐怖の館(テラーハウス)」だ! 内部の様子は映し出されるから恥を晒したくないって人は棄権することを勧めるぜ!』

 ルークのアナウンスに会場の熱気が増していく。


 会場には現在、魔法で転送された洋館のような建物が鎮座していた。あからさまに陰鬱な空気を漂わせ、建物のあちこちから不気味な物音がしており、観客も生徒も緊張や恐怖で顔が引きつっていた。


恐怖の館(テラーハウス)

 それはおそらく、多くの生徒にトラウマを与えることになるであろう競技。

 内容はシンプル。

 光がほとんど差さない古びた洋館を模した建物に入り、ゴールを目指すだけ。

 どこまで進めたか、どれだけ早く到達できたかなどで得点が入るのだ。


 ただし、ゴールまでの道中には様々な妨害が存在する。

 それはアンデット(死に損ない)。生を終えながらも蠢くその姿に人は根源的な恐怖を抱いてしまう。

 自身も同じ末路を辿るのではないか、(ことわり)に外れた存在故の不気味さに身が竦み、意識を失ってしまう。


「まあ、厳密に言えば本物じゃないけどな」

 しれっと言い放つクロスだが、その言葉を聞いてもA組の面々は割り切れない。


 そう、クロスの言う通り、建物の中に出現するのはアンデットに似せて造られた無機生命(アライフ)の魔物である。


 例えば、白骨死体が魔物と化した舞踏骸骨(スケルトン)は、ここでは食糧用動物の骨灰を核とした擬似舞踏骸骨(スケルトン・ゴーレム)であって見た目こそ酷似しているが中身はあくまで別物である。


 アンデットは総じて生者を襲う。一説には生への執着から自身の足りないもの(肉体や魂)を補うために生きている者から奪おうとしているのではとされている。

 だが、この競技に出てくるのはあくまで魔法で作られた無機生命(アライフ)。アンデットとしての本能はなく、予め組まれた命令に従い、中にいる者を脅かしにかかるのみである。


 幽霊(ゴースト)のような実体を持たないものも幻術魔法で存在するように姿を見せている。






「それでは諸君、こちらのペンダントを胸元に着けていただきたい」

 競技の進行、そしてこの競技に出てくる魔物の製作を担当したエリファス=コンスタント教授が参加生徒に指示を下していた。

 豊かな顎髭を一撫でし、杖を突きながらも背筋を伸ばして立っているご老人だが、中々に迫力がある。


 参加生徒達は配られたガラス玉が中心に設えられた簡素なペンダントで、生徒達は早速付けた。


「それは身につけた者の精神力を反映する魔道具だ。この『恐怖の館(テラーハウス)』は様々な方法で諸君を恐れ慄かせる。恐怖や動揺、驚愕といった感情に反応して中心のガラス玉はひび割れていき、完全に破壊された者はその場で失格となる。もちろん、物理的に破壊されても失格だから注意するように」

『はい』

 一同の気持ちのいい返事にエリファスの顔が緩む。




(『長老』のエリファス教授か...確か90歳は超えてるはずだが、まだまだ現役のようだな)

 屹然と立つエリファスの姿にクロスは感心を示す。


 エリファス=コンスタントは現学園長のフィアナが学生の頃から教員として長年勤めてきた古株である。

 かつては戦線に出たこともありかなりの武勇伝を残してきたためその名を知らぬ者はまずいない。




(あの爺さんが発案しこれまで続けられてきた『恐怖の館(テラーハウス)』....期待はしてるが無理はするなよ、エリーゼ)

「エリー、頑張ってぇーっ!」

「エリーゼ殿、頑張るでござるよ!」

「がんばるネ、エリーゼ!」

 熱烈な応援をする生徒達を遠目にクロスは洋館の前に立つエリーゼを見る。彼女の方は特に気負った様子もなく、平静としていた。






『さーて、それでは始まります「恐怖の館(テラーハウス)」! 参加者達は各スタート地点に配置されました。あとはゴールするのみ! ちなみに内部の様子は各所に設置された遠視用水晶によって館の頭上に映されますのでご安心を』




 奏音(ブザー)が鳴り響き、生徒達が探索を開始する。


「【暗闇に囚われた我等に、優しき光を、蛍の光(オーラン・サイン)】」

 ステッキを掲げ、詠唱を行うことでエリーゼの長杖の先端から光の球体が現れる。

 杖を動かすと球体はふよふよと追随する。


明かり(ライト)』だとその場に光球を生み出し固定するのに対し、『蛍の光(オーラン・サイン)』は発動した者から魔力を搾取し続けることで一定時間存在する。

 光が差さないこの館の中を探るのにはうってつけの魔法である。

 とはいえ、光で照らされているのはエリーゼの周りのみで正に一寸先は闇ではあるのだが。




『うわあああああっ!!!』

 どこからか悲鳴が聴こえる。

 さほど遠くない所から聴こえるその悲鳴にエリーゼは警戒心を強める。


 一方、外の方ではジョーダンのアナウンスが入る。

『おおーっと、早速脱落者が出てしまいました。不意を突いて現れたアンデットに失神してしまったようです』


 モニターにて、スケルトンに驚かされて気絶した男子生徒が映し出されていた。そして突然消えたかと思うと館の外に出現し、待機していた上級生によって隅へと運ばれる。

 気絶によりガラス玉が壊れたことで、ペンダントに付与された転移魔法が発動したのだ。




「暗がりから動く白骨死体の出現....まあ怖いわな」

 コメントと裏腹に面白そうに笑うクロスにアリスティア達は顔をひくつかせる。

 いきなりアップで映し出されるスケルトンの姿に何人かが腰を抜かしていた。




(あ、近くに来ている)

 悲鳴が聴こえてから発動した下級魔法『探信音(ソナー)』---精度は『探査(インベスティゲイト)』より劣るが生体でないため感知出来ないため---で近づいてくるアンデットを感知する。


 距離とタイミングを測り、詠唱を紡ぐ。

「【奔放なる妖精よ、手を取り輪となり、輪舞(ロンド)を見せて、妖精の輪(ピクシー・サークル)】」

 数体のスケルトンの出現と同時に、エリーゼを中心に輝く燐光の輪が生まれ、その光に触れた瞬間、スケルトンは消滅した。


 擬きとはいえ、この館に出る無機生命(アライフ)はアンデットの性質を忠実に再現している。

 そのため、対象を正常化する治癒魔法は歪な状態故に存在しているアンデットにとっては逆効果となるという特徴も再現している。


 エリーゼが使った中級の回復魔法『妖精の輪(ピクシー・サークル)』は領域内にいるもの全ての傷を癒すため、暗闇から迫るアンデットの迎撃には好都合であった。




 そのまま奥へと進んでいくエリーゼ。

 途中現れるゴースト(幽霊)---を再現した幻影体---やレイス(生霊)---同じく幻影体---に対しても、近づいてくるタイミングに合わせて『生命の向上(ライフ・アップ)』を当てることで姿を掻き消した。

 こちらは実体がないため『探信音(ソナー)』でも探知できないが、青白く不気味に発光するため目視が容易であり、先程のように全方位に魔法を発動する必要がなかったのでむしろ楽に倒せた。


 彼女が身につけている判定用ペンダントには未だに傷一つ入っていない。




「すごい...エリー」

 親友の様子にアリスティアは言葉を失っていた。

 クラスメイトの面々もアリスティアと同じような反応である。

 驚いたりすることで反応するペンダントが全くもって傷つかないのは単にエリーゼの精神力の強さを物語っていた。

 それに気づいたからこそ、アリスティアは改めて親友の強さを知るのであった。




(命を狙われる立場であるが故の胆力か...あれほどの強さを得るのにどれだけの苦難を歩んだか)

 クロスはエリーゼをこの競技に選抜したのも精神力の強さを理解してのもの。だが、一方で彼女の立場を知ると同情は禁じ得ないものでもある。


 蘇生魔法の資質がなければ彼女は王族として優雅な日々を送っていただろう。


 心優しき人格者として、上に立つ者の責務として、人々を導けたかもしれない。


 しかし、今ここにいなければ彼女は親友を得ることもなかっただろう。勇者に憧れ、気高く生きようとする少女と出会うことはなかったかもしれない。

 こんな風に声援を送ってくれる(ともがら)達と出会うこともなかったかもしれない。


 彼女のこれからが、今を選んだことを後悔することのないように。


 なんて、甘いことを考えてしまったなとクロスは自嘲の笑みを浮かべるのだった。






 そして最奥部にエリーゼが最速で到達した。道中あちこちから悲鳴が聴こえ、進むほどに聴こえる悲鳴の数も減ってくる。それに比例するように館の外には脱落した生徒が増えていっている。中にはパニックを起こして武器を振り回していたものもいたが、エリファスの催眠魔法ですぐさま鎮静化された。


 エリーゼが落ち着いた様で到着するのに少し遅れて、B組のエディが到着した。

 走ってきたようで息を切らしており、顔には汗が流れていた。もっとも、汗は走ったことだけではなさそうだが。ペンダントのガラス玉にはいくつものヒビが入っていた。




「へへ、悪いけどA組には負けられないんだよな」

 息を整えながらも追いつけたことに歓喜の色を見せるエディ。

 彼は先日ハンスと掴み合いになっていた生徒だ。

 クラスの切り込み隊長的な彼としてはここは負けたくないのだ。


 エディはエリーゼより先に走ってゴールに行こうとするが、ゴールの扉前の床に仕込まれた魔法陣が光を発し、そこから姿を表す黒いローブ姿。

「え、エリファス教授?」

「違う」

 ローブから覗く顔に動揺するエディに対し、エリーゼは杖を構える。


 確かにローブ姿のその顔はエリファスに似ているがよく見ると眼窩は窪んで暗闇となっており、その奥から怪しい光が眼球の代わりとなっているようだった。顔やローブから出ている手も痩せ細ってミイラのそれである。


「おいおい、自分を模したリッチ(魔術屍)擬きかよ、あの爺さんなんつうものを..」

「リッチって、アンデット化した魔法士のことで、生前の魔法を使えるって...」

「生前の力量によって左右されるが、レートは最低でCだ」

「ロックバイパーと同じ...」

「爺さんがわざわざ自分を模して、造ったのならおそらく...」

 クロスとアリスティアがそんな会話をしているとモニターを見ていた観客から声が挙がるので会話を中断してそちらを見た。


 丁度エディが我先にと剣を持って突貫していた。

 ここでエリーゼに一位を取られると総合成績に大きく響いてしまうため焦らずを得なかった。


 だが、そんなエディの様子にリッチ-正確には傀儡魔術屍(リッチ・ドール)---はニタリと笑う。その笑みに背筋が凍りつくもエディは更に前へ進む。

 嫌な予感がしたエリーゼは耳を塞ぐ。




 リッチが大口を開けて叫ぶ。

 発せられた声は言葉ではない。

 ただの音。ありとあらゆる不快感を醸し出す音。


 声が止むとエディは倒れる。白目剥いて泡拭いて気絶する。そしてその場から消える。




「先生、今のは...」

「あれは『泣女の慟哭(バンシー・クライ)』だな」


泣女の慟哭(バンシー・クライ)

 元々はバンシー(泣女)という中位アンデットが用いる特性で、泣き叫ぶようなその声を聞いたものは精神に強い負荷を受け、下手をすれば死ぬこともあるという。

 それを魔法として再現したのが上級魔法『泣女の慟哭(バンシー・クライ)』である。


 とはいえ、流石に威力を落としているため、至近距離で喰らったエディも気絶程度で済んでいる。

 しかし、モニター越しで見ていたアリスティア達や観客もまた、耳を塞ぎたくなるほどでありエリーゼにもダメージが入っているのが彼女のペンダントのガラス玉に初めて入った亀裂が物語っていた。




(あの光ってる魔法陣、あれが気絶するレベルを示す領域だな。今気絶した男子が踏み込んだ瞬間に叫んでたし)


 最後の最後でのこの難関。一年生でこれをクリアするのは難しい。

 耳を塞いだ所であの魔法はまず防げない。音由来の魔法のため普通の防御魔法では意味がない。

 生徒が使えるレベルのもので、対象にかけて声を出せなくする『沈黙(ミュート)』の魔法はあるが、魔法陣に刻まれた術式からしておそらく陣外からの魔法や攻撃は遮断される仕組みであることが読み取れる。


 つまり、攻略するにら魔法陣に入って耐えて近づいてから一撃を叩き込むしかない。

(爺さん、クリアさせるつもりねーだろ)

 館近くで待機しているエリファスの笑みをクロスは邪推する。




 正直、ここまで来たのなら棄権してもいいというのがクラスメイト全員の考えだった。

 他にも数名まだ脱落していない生徒がいるとはいえ、ここまで来た評価でエリーゼの順位は上位が望める。ならば危ない橋を渡るべきではないと思う。


 そんな教え子の考えはクロスも気付いていた。

 教師である自分が手出し出来ない以上、リスクは負わなくてもいいと思っている。


 魔物相手に実戦訓練をさせるような過激な真似をする一方で、生徒の身の安全を気遣うといった矛盾した自身の心境に呆れてしまう。




 そんな面々の意向を無視してエリーゼは前へ出る。

 杖を強く握り、覚悟を決めて。




 一歩、二歩、三歩。

 そして魔法陣に入った瞬間、再び叫び声が響き渡る。意識を劈く慟哭にエリーゼの顔は歪む。


 けどまだ意識はある。

 足は動く。

 目の焦点も定まっている。

「【常世に行けぬ者達よ】...」

 だから詠唱を紡ぎ始める。


「【この送り火を(しるべ)に】...」

 だから歩む。

 一歩一歩、着実に。

 意識を刈り取る絶叫に彼女はまだ歩く。


「【(そら)へ...と..還りなさい】」

 薄れゆく意識を保ち、詠唱を紡ぐ。




 そして魔法陣に入り、リッチまでの距離が半分となる。

 それは彼女の奥の手の射程距離。

「【天灯流し(コムローイ)】!」

 堪えた意識をもって杖を構え、最後の詠唱を結ぶ。

 暖かな灯火(ともしび)がリッチを覆うように舞い昇る。

 灯火(ともしび)に包まれたリッチは安らかな顔を見せ、その姿を消す。


 浄化魔法『天灯流し(コムローイ)

 アンデットを消滅する力を持つが、自我を持つアンデットでは対象の意思による承諾が必要なため、成功するかどうかエリーゼ自身も賭けだった。その賭けに勝ち、エリーゼは先へ進む。


 ふらふらとした足取りでエリーゼはゴールの扉を開ける。

 開けた瞬間に差し込む陽光に目が眩み、倒れそうになるもその身体を優しく受け止められる。


「ったく、無茶しやがって」

「えへへ、先生、私一番ですよね?」

「たりめーだ。けど後で説教な」

「えぇっ!?」

 憔悴するエリーゼをクロスは抱き上げて休憩スペースに連れていく。


「せ、先生...大丈夫ですよ」

「黙って運ばれろ」

 顔を赤くするエリーゼのこともお構いなしにクロスは連れていく。


 その様子に男子生徒達の嫉妬の眼差しが迫るが、意に介さないクロス。




「エリー、大丈夫?」

「う、うん、少し休めば大丈夫だから」

「そっか、お疲れ様」

 休憩スペースへと駆けつけたアリスティアはそのまま降ろされたエリーゼを抱き締める。




 結局、ゴール出来たのはエリーゼのみであった。なんとかゴール前まで来た後続の生徒も、再び現れたリッチにより迎撃されてしまったので、一位はエリーゼとなった。

 更にゴール達成したことによる追加点も加わったことでA組の総合成績は2位にまで登り詰めた。


 現在1位のB組との差も詰まり、ユリウス達B組の面々に緊張の色が浮かぶのであった。

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