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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
第4章:学園競技祭
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開戦前の火花

 学園競技祭の参加種目を決めて翌日。クロスは昨日立てた訓練メニューを改めて作り直しあげた。


(改めて競技内容に準じて練習させるとまだ粗さが目立つな。とは言っても競技に役立つだけじゃ意味がないから今後にも活かせるようにしてやらないと...)

 そんな風に考えながら訓練場に向かうと何やら騒がしかった。




「なんだと!」

「ふざんけんな!」

 様子を覗くと生徒同士で口論していた。


 しかも揉めている生徒の片側は自身のクラスの生徒、ハンス=ライザーである。

 童顔と評される顔立ちながら中身は喧嘩っ早くて好戦的。自分より強い奴でも躊躇わずに勝負を挑むため、クロスは当初『早死にしそうだなお前』と酷評した。


 周りがハンスと相手を宥めようとしていたので気配を消して---武技や魔法を使う意味ではなく---様子を見ていたが、お互いに胸倉を掴み出し今にも殴り合いになりそうな空気になってきたのでクロスは動いた。

 頭に血が上り喧嘩相手しか見えていなかった二人にクロスの拳骨振り下ろされた。


 ゴンゴンと鈍い音を響かせ、痛みに悶えて二人はしゃがみ込む。


「おいコラ、なに乱闘始めようとしてんだ馬鹿たれが」

「げっ、先生!」

「う、いっ()ぅ..」

「おら野次馬も失せろ。競技祭の準備しろお前等」

 クロスの制裁に臆したか、散り散りに去っていく野次馬連中。

 残ったのは双方のクラスメイトのみ。


「んで、喧嘩の原因はなんだリック?」

「うぇ、オレですか?」

「お前の相方だろうが」

 いきなり話を振られた生徒リック=ライルは男にしては長めの髪を揺らめかせ怪訝な顔をする。

 ハンスとは子どもの頃からの付き合いで仲が良いのは事実だが、相方扱いされてこういう面倒事の対象に巻き込まれるのは勘弁したいというのは彼の本音である。


「はあ...早い話、そっちのB組の奴とハンスがどっちのクラスが競技祭に勝つかで張り合ってたんですよ」

「そうか、分かった」

 リックの手短な説明でクロスは再度二人の方に向き直る。


「お前等...そういう口論する暇があったらトレーニングしろタコ! んなことはやればどっちが上かなんて決まるだろうが!」

「「は、はい!」」

「ほお、どっちが上か...だと」

 生徒への叱責に対し、第三者が参入してきた。


「ああ、ユリウス先生とカノン先生じゃないですか」

「なんだその面倒事が来たと言わんばかりの顔は!」

「センパイ、落ち着くッスよ!」

「そういやお二人の担当でしたねB組」

「ふん、そうだ。まあ、喧嘩沙汰になりかけたことはこちらも謝罪しよう」

「いやいや、喧嘩を買ったこっちにも非はあるんで両成敗ってことで御開きにしましょうか」

 大人な対応を見せるユリウスにクロスも相応の対応を返す。




「だが、言わせてもらうぞクロス=シュヴァルツ!」

「はい?」

「学園競技祭で優勝するのは我がB組だ!」

「あ、そうですかやる気満々で良いですね」

「んな!」

 傲岸不遜な宣言にクロスはどこ吹く風か、流すだけだった。


「き、貴様、なんだそのやる気のなさは!」

「いやそっちのやる気がありすぎなだけでしょう。いたって普通にありますよこっちも」

「嘘を言うな、嘘を!」

「クロス先生、流石に惨いッスよその態度は...」

 あまりにも無情なクロスの対応にカノンも虚しくなってきていた。


「はいはい、俺達は貴方達に負けません。これでいいですか?」

「だからその態度やめろ!」

「えぇ〜」

 あまりにも温度差のある二人のやりとり双方の生徒陣は言葉が出なかった。


 熱意に溢れるユリウスの宣戦布告を面倒だと隠すつもりもない態度のクロスがふにゃふにゃと流す。正直言って火に油を注ぎかねん行為である。


「生憎、うちの生徒はやる気あるんで俺が出す必要ないんですよ。俺がやるのは後押しだけですよ。まあ、先生がいないと出せない(・・・・)んならいいですけど」

 瞬間、ピシリと空気が凍りついた。




 ユリウスをはじめB組生徒の大半のこめかみがひくついた。怒りで青筋が走り出していた。

 一部、カノンを含めた何人かのB組生徒はよく分かっていなかった。


「いいだろう、貴様の挑発に乗ってやる。勝負だクロス=シュヴァルツ!」

「じゃあ、何か賭けますか?」

「いいだろう...何がいい?」

「そうですね....あ、そうだ。お互いの給料三ヶ月分ってのはどうですか? 実言うと野外実習の時の魔石の損害で懐が痛いんですよね〜。それとも辞めます?」

「....分かった。私の(・・)給料三ヶ月分を賭けよう」

「ちっ、カノン先生の分もふんだくろうと思ったのに」

「うえ! ウチもッスか!」

 意地悪い笑みを見せるクロスに慌てふためくカノン。


 さりげなくA組とB組の教師陣の賭けに巻き込まれそうになり、それを察したユリウスにより防がれたのだ。


「ふざけるな、カノンは関係ない。私と貴様の問題なのだからな」

「センパイ...」

 知らぬ間に先輩に庇われている状況にときめくカノン。その様子にB組の生徒達はヒューヒューと囃し立てていた。

 カノンのユリウスへの想いは生徒達の公然の秘密であったりする。


「何を勝負を囃してるんだお前達は?」

 的外れなことを言うユリウス。


「色男〜」

「貴様も何を言っている?」

「それじゃ賭けは成立ってことでいいですね」

「異論はない。練習に行くぞお前達」

『はいっ!』

 殺気を漲らせて去りゆくB組の面々をクロスは見送る。


「それじゃお前等、負けたら夏期休暇ずっと補習な」

『ハアアッ!』

「ちょ、何でですか先生!」

「そうっすよ、責任とるならハンス一人にしてくれよ!」

「おいリック、何とんでもねーこと吐かしてんだよ!」

「うるせー、お前がB組と喧嘩したのが原因だろうが!」

「喧しい!」

 クロスの言葉に異を唱えようとして喧嘩になりかけたハンスとリックの脳天にクロスの拳骨が振り下ろされる。


「痛ぅあああっ!」

「って、またかよ〜」

 頭を抑えて転げ回る二人を足下にクロスは話を続ける。


「別に優勝しろとは言わん。『B組に勝て』、以上だ。元々お前等が不甲斐ない真似したら補習地獄にする予定だったからな」

「「鬼か!」」

「はい、足下の二人は無視します。やる気のない奴は気持ちを切り替えな。一人でも腑抜けやがったら勝っても補習にするからな」

「「悪魔か!」

「お前等もさっさと立て、今度は気つけで一発もらうか?」

 拳を見せるクロスにハンスとリックは立ち上がるのであった。


 有無も言わさぬこの宣言により、A組の面々は必死にならざるを得なくなった。




「それじゃ訓練といくか。今から各自に訓練メニューの再編版を渡すからそれを読んでから訓練に入れ。その後は俺が順繰りに見て回ってしごいてやる。気合い入れろ!」

『は、はい!』

「まずは『決闘(コンバット)』のメンバー来い! 俺と模擬戦して課題の確認と修正だ!」

「は、はい!」

「分かりました」

「よろしくお願いします!」

 クラウス、サイモン、そしてアリスティアはクロスの前に集まるのであった。






 こうして競技祭に向けて特訓が始まった。


 《トモエの場合》


「トモエ、『斬鉄(ざんてつ)』は会得したか?」

「それは...まだ」

「よし、じゃあ競技祭までにものにしろ。今から丸太切り千本、一時間でやれ」

「んな、無茶でござ「やれ」....はい」




 《ハンスの場合》


「オラオラッ、落とさねーと当たって青痣だぞ!」

「いや弾数、多すぎ、って!」

「避けんな! 撃ち落とせ! 次避けたら弾を石にするぞ!」

「それもうただの処刑じゃねーか!」




 《リックの場合》


「はい当たり。次あれな」

「ちょ、今の倍の距離もあるじゃないですか!」

「チャンスは3回な。死ぬ気で当てろ」

「しかもチャンスの回数も減らしてるし!」

「戦場じゃ狙撃手は外したらおしまいだからな。ダメだったら的全部設置してもらう....15分以内に」

「四方八方に的設置するのにその時間は不可能じゃねーか!」




 《アキラ、アンナ、リーネ》


「ほらどうした、突破しろ!」

「無理ですよ〜」

「無理なもんかアキラ、ちゃんと攻略法はあるぞ」

「だったら教えてよ」

「甘ったれるなアンナ、頭使え!」

「この鬼!」

「ハンスとリックの真似かリーネ! ボキャブラリーに使う暇あったら攻略法考えるのに頭使え!」






 そんな風に鍛えられる面々。訓練が終わる頃には全員が死屍累々と言った様子で倒れ伏していた。


「ったく、情けねーなおい。いつもの授業よりちょっとハードにしただけだろうが」

「どこがちょっとネ! 嘘つかないでヨ!」

 共和国シン出身の雑技団一家の娘リーリン=チャンは突っ伏した状態から顔だけ起こして全員の意見を代弁する。先程まで『戦場走破(パルクール)』の訓練としてクロスから逃げ続けるという終わりなき鬼ごっこ---捕まるたびに電撃の魔法による痛いペナルティつき---をしていたため、両サイドで団子にして纏めているのが特徴的な髪型はもう見る影もなく長い髪が解けており訓練の壮絶さを語っていた。


「無理、無理、無理無理無理...」

 座学に自信があった眼鏡女子のコニー=ラングは『暗号パズル(エニグマ)』の特訓としてミルクパズル---絵が全くないジグソーパズル---の早組み立てをやらされていた。しかも三種のパズルをごちゃ混ぜにしたものを同時にやらされ時間オーバーなら暗号テキスト一冊を翌日までに全て解くというペナルティ付きで。

 結局最後のいちピースを嵌める前に時間終了となり、ペナルティが課せられる羽目となり自信喪失していた。


「調合怖い、恐い、こわいこわいこわいこわい...」

 同じくメルディ=ファルマンも自信喪失に駆られていた。

 特訓として提示された薬品を的確に調合するというものだが、クロスが用意したものは一本間違えればドカンとする代物であり、何度爆発から逃れたか。おかげでおさげ髪が煤けていた。


「先生ぇ....飛ばしすぎですよ」

「何情けねーこと言ってんだアリスティア。それでも勇者志望かテメェ」

「うう...」

「とりあえず喋れる元気はあるな。明日っから倍のメニューなお前等」

『殺す気かッ! この暴君ッ!』

「よし、三倍決定!」

『ッ!!!』

 この言葉がトドメとなり、もう誰も何も言えなくなった。






「あはははははっ!」

「笑い過ぎだぞ婆さん」

「いやだって、そんな面白いことになるなんて..ふふ」

 上品に笑うフィアナにクロスは面倒くせーと顔をしかめていた。


「けど意外ですね、貴方がそんな勝負を仕掛けるなんて...」

 フィアナのその言葉はクロスをよく知る(・・・・)故に出たものであった。


 クロスにとって自分が絡むことではメリットがなければ勝負を受けることはしない。

 仮に自分を侮辱するようや挑発の類をいくらも畳み掛けてこようともどこ吹く風かクロスはスルーする。


 どうでもいいのだ。

 彼は自身のことがどうでもいいのだ。


 よく言えば図太く、悪く言えば己を蔑ろにしている。


 彼にとって自分だけが損得することはどうなろうともどうでもいいのだ。


「で、狙いは何です?」

「...緊張感」

「はい?」

「この前の野外訓練はよかった。イレギュラーが起きたおかげで本当の意味で実戦をやらせることが出来た」

「ええまあ、貴方がそれを利用したことは分かってましたけど...」

「だが、あのロックバイパーの件...違和感がありすぎる」

 その言葉にフィアナの方もさっきまで緩んでいた空気が引き締まった。


「と言いますと?」

「あのはぐれ...人為的に仕組まれた可能性がある」

「根拠はあるんですか?」

「いや、まだ俺の勘ってのが理由の大半だ。だが、生息域を離れる可能性の低い魔物の移動...何もなければいいんだけどな」

「そうですか...では丁度皇帝陛下もいらっしゃいますから、競技祭の時に進言いたしましょう」

「助かるぜ婆さん」

「学園のためですから」

 そうして張り詰めた空気は緩和した。




「で、俺が賭けを持ちかけた理由は...少しでも早く、あいつ等を鍛え上げようと思ってな。

 けどどんなに鍛えても実戦で使えなければ意味がない。だから...」

「少しでも負ける訳にいかない状況を作り緊張感を生む必要がある。ですか」

「そういうことだ」

「では、クロス先生。優勝(・・)目指してくださいね」

「ああ、優勝(・・)でなきゃB組には勝てないだろうからな」

 穏やかな笑みで激励するフィアナに対し、クロスは腹黒さ全開の笑みで返す。


 そう、一年次生のクラスで優勝候補として挙げられているのはユリウスのB組なのは職員間の認識である。

 一年次生として全体的に高水準でバランスのとれた実力のある面々が揃うこのクラスは担任のユリウスの存在により、名実共に優勝候補とされている。


 A組も入試首席のアリスティア、サイモンにトモエと腕の立つ生徒はいるがB組と比べて安定感に欠ける印象があり、新任教師(クロス)が担任なのもあってあまり期待されていなかった。




 クロスは言った『B組に勝て』と。

 つまりは『競技祭に優勝しろ』ということ。


 それを生徒達が理解するのは翌日のことであった。

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