準備開始〜それぞれの思惑〜
2020年4月。新型コロナウィルスにより外出自粛の声が日々高まり、ストレスも高まる世の中。
少しでも気晴らしになれば幸いです。
季節は春季から夏季へと変わる兆しを見せはじめた。
春の乾いた空気が湿り気を帯び始め、気温の上昇と相俟って薄手の服装が好まれてきた。
草花や樹木は青々と茂り、あらゆる生命が活発化してきている。
セーレンド帝国の中心であり中枢の帝都スタンノーブルも空気が熱くなるのを窓からその人物は感じていた。
窓際のテラスに置かれた豪奢なイスに腰掛け、手に持つ紙面を目を通していた。
「謎の暗躍組織『セフィロト』、首領は『ダート』を名乗り、帝国学園に潜入した者達は異常なまでに崇拝しており自らの死をも厭わない...」
内容に目を通すと、彼はふうと息を吐く。
帝国の諜報機関から提出された報告書の内容に憂鬱な気持ちにされてしまい、ついつい溜め息を漏らしてしまう。
「敵の狙いは生徒の誘拐。狙われた生徒の名前はエリーゼ=フィーエル。治癒魔法及びポーションの製作が得意と...目的は薬の密造か、奴隷売買か、それとも他に...」
思案を続ける中、扉をノックする音が聞こえた。
「入りたまえ」
「失礼します」
許可をもらい、扉を開けて入って来たのは鎧を纏った精悍な男性であった。
年の頃は壮年といったところか、出で立ちに加えてその身に纏う空気は歴戦の猛者という言葉が似合うものである。
「レオス=ニコル。ただいま参りました」
膝を折り、頭を下げての最上位の礼儀を持って鎧の男性は名乗る。
彼はレオス=ニコル。国防の要であるセーレンド帝国騎士団の人間を統べる騎士団長である。
国の重要人物である彼がこのようにして対応する相手は非常に限られている。
彼が頭を下げているこの人物は何を隠そう、このセーレンド帝国の頂点に立つ皇帝、ゾディア=アリオス=セーレンド。
当時はまだ二十歳を超えたばかりの身でありながら早くに帝位を継ぎ、二十数年経つ現在までの治世を担ってきた為政者として知らぬ者はいないとされている。
「陛下、それは..」
「ああ、スピカに頼んで調査してもらった報告書だよ。もっとも、知らぬ間に部屋に置いてあったけどね」
「まったく...他の者に見られたらどうするつもりだ」
「その点は抜かりないよ。だってこれ凄く面倒な暗号で出来てるからさ」
笑いながら手に持つ報告書の一枚をレオスに渡すゾディア。
レオスも目を通すと確かに暗号化されている。一見すると些事な内容を記したものだが、専用の解読法で読むとその内容はガラリと変わる。
この暗号の解読方法はゾディアと書いた張本人であるスピカのみが知っている。
レオス自身、何が書かれているかは分からない。ただ諜報部隊長が出したものならばそのままの内容のはずはないと確信しているから暗号化されていることを前提として目を通していたのだ。
「ちなみに、解読法は?」
「....子どもの頃に城を抜け出した回数と日付と時間。しかも何歳の時かであるかも加えて」
「....あいつはどうやってその情報を得ているのでしょうか? その時はまだ見習いだったかと」
「いや〜、怖いね彼女は」
目を逸らしながら答えるゾディアの返答に顎に手を当て考え込むレオス。ゾディアはもう苦笑するしかなかった。
ちなみに、この専用の暗号の解読法は毎回変わる。
時には過去にゾディアに言い寄ってきた女性の名前や年齢、出身地など個人情報が解読法であった時もあり、その際はゾディア自身解読に時間がかかり読み損ねかけた。
直後、報告書の紙が燃え上がる。青白い炎となって書類を包み、灰も何も残さず消え去った。素手で報告書を持っていた二人だが、炎は二人には熱くない上火傷を負わせることもなかった。
時間経過で報告書が消え去るのはいつものこと。
しかも消え方も文字のみが消える時があるなどこちらも多彩なのだから対策できようもなかった。
「内容の方は聞くかい?」
「よろしいのですか?」
「構わないよ。例の学園で起きた誘拐事件の関係者を再度調べてもらったくらいだから」
「例の謎の組織ですか...スピカは存在を知ることが出来なかったと大層悔しがっていましたね」
その言葉に普段はクールながらも諜報部隊長としてプライドのある彼女が地団駄を踏む光景を思わず想像してしまい、ゾディアは綻ぶ口元を抑える。
「とまあ、そういう訳だから今度の学園に行こうと思うんだ。ほら、例のイベントもあるし」
「競技祭ですね。この時期は一年次生のですな」
「そうそう。ちなみに君が期待する生徒はいたりするかな?」
「もちろん、クラウス=ゲニウスを推します!」
「即答だね。先代騎士団長の息子さんだからってのもあるのかな?」
「それももちろんあります。ですが、彼には資質があります。出来れば学園を卒業してからは我が騎士団にてその腕を奮ってもらいたい所存です!」
「熱く語るね。けどその子は少し前まで戦いが苦手だと聞いていたよ」
「ええ、子どもの頃の事件の話を聞いていたので、胸が痛くなりました。ですが、最近ではそのトラウマを克服していると聞いています」
「はは、そうだね。彼の背中を押してくれた先生にも会ってみたいよね」
「陛下、視察に行くのでしたら是非とも護衛に私を加えさせていただきたいと思います」
「分かった。じゃその日までにお互い仕事を終わらせないとだね」
「ありがとうございます」
こうして、何気ない会話から帝国の代表がセーレンド帝国学園に訪れることとなった。
皇帝直々の書状が届けられ、学園内は慌ただしくなっていくのであった。
セーレンド帝国学園名物行事『競技祭』
各学年毎に行われ、クラス対抗で行う技比べとして学外の人間からも知られている。
この時期は学園の環境に慣れ始めた一年次生にその腕前を披露してもらうという狙い目から行われている。
競技祭での活躍は学園での成績に影響する訳ではない。が、観客には他学年の生徒以外に様々な方面で活躍するような大物も来られる。よってここでの活躍はその者の存在を知らしめると同時に将来への可能性を作ることにも繋がるのである。
例として、当時の生徒は修練の末に会得した魔法技能によって、競技の一つ『決闘』にて無傷のまま勝ち抜いてみせた。
彼はその後帝国魔法省の研究員としてスカウトされた。
卒業後すぐにでもと言われた彼だったが、ここに至るまでに指導していただいた恩師への恩を返したいとそれを断り、現在は教職員として勤めている。
以降、彼が担当するクラスは軒並み学年一位を勝ち取り続けてきた。
今年は皇帝陛下が来賓されるのだからより一層に熱が入っている。
学内でも、彼ことユリウスが担任を務める一年次生B組が優勝有力候補として盛り上がっていた。
一方、それとは別に盛り上がっている生徒がいる。
名をアリスティア=スターラ。
言わずもがな一年次生A組の生徒にして、今年の入試の首席入学者。
彼女はこの競技祭で優勝したいと思っていた。
なにせ、この競技祭で優勝したクラスの生徒、特に活躍した中心人物は英雄と称される者が多いのだ。
学園長フィアナも在学時代はクラスの中心となり、在学期間中全て優勝してきたという逸話の持ち主であったりする。
勇者志望の彼女にとってこれは大事なステップであり、成し遂げるべきものであると考えている。
一日の授業が終ってのHR。
クラスメイト全員が教室に集っていた。
「それじゃ、参加したい競技があれば挙手をして」
壇上に立って司会進行を務めるアリスティア、その背後で書記を務めるエリーゼがいた。
黒板には競技名が一覧化され、その下に希望者の名前が書けるように整理されていた。
「『狩猟』をやりたい人! えーとじゃあ、『遠当て』は....」
だが、自ら参加を名乗る者は出ない。
「どうしたのみんな?」
「いや、だってさ...」
「皇帝陛下が直々に観に来るからね..」
エリーゼの問いかけに苦笑したりして返すクラスメイト達。
皇帝陛下が直々に来訪されるというのは過去に数えるほどしかない。しかも一年次生の競技祭となると今回が初めてだ。
そんな異例の状況にほとんどの生徒が萎縮してしまっているのだ。
「ふん、やる気がないならやる気のある奴だけでやればいいんじゃないのかい?」
「まあ、無理にさせるのもよくないでござるな」
「いや、それはそうだけど...」
一部の血気盛んな生徒、サイモンとトモエの辛辣な発言にアリスティアも反論がし難い。
ちなみにこの三人は競技祭の花形である『決闘』への参加を希望している。三人一組の競技のため、これはほぼ確定となった。
だが、他の競技は全然決まらない。場合によっては掛け持ちもありだが、負担が大きいなどの観点から掛け持ちは避けたい。
しかし、肝心の面子が臆してしまってはどうしようもない。
野外実習の時のロックバイパー戦はやらなければ死ぬという恐怖があり、あくまで危険な役目はアリスティアやトモエのようにやる気のある者が担っていた。
それに対して今回は各競技に参加する者それぞれがその競技のメインとなって行動する以上、その責任はロックバイパーの時の比でないほど重く感じでいる。
このままじゃ悲惨な結果をしかないとアリスティアも諦めそうになっていたその時だった。
「おいおい、お前等はアホか?」
開口一言目にして理不尽な言葉を発しながらクロスが教室に入ってくるのであった。
「「先生」」
「ハモんなアリスティアとエリーゼ。言わなくても俺だっつの」
頭を掻き、眠そうに欠伸をするなど不遜な振る舞いで教室に入る彼の姿ももう見慣れてものだ。
今日は迫る競技祭における職員会議が執り行われ、競技祭の種目決めにクロスは席を外していたのだ。
「なにが皇帝陛下が来るからだ。お偉いさんが競技祭に来るのは毎年のことだろうがたわけ」
「いや先生、でもさ、相手は国のトップの..」
「だからトップが来たくらいでビビるなって言ってるんだよアンナ。英雄志願の若人のセリフとは思えねーなおい」
「ええ〜」
「大体な、トップだろうとなかろうとお偉いさんが観に来る状況なんかじゃ誰だって緊張するだろうが? 肩書きに惑わされてるんじゃねーよ」
「うう、はい...」
クロスは黒板に書かれた競技の一覧を眺め、続いて席に着く生徒達を見やる。
「まず言っておくが、これは『学園競技祭』だ。『祭』って名前にあるだろ? だったら楽しめよ。祭は楽しむものじゃないのか?」
『.....』
「この競技祭だけでお前等の何が分かる? 何が決まる。今回が駄目なら次に向けて準備しな。そのために俺が鍛えてやるからよ」
不敵な笑みを浮かべてクロスは堂々と宣言するのだった。
そのいつもと変わりないクロスの態度に縮こまっていたクラス全体の空気が緩んできたのを各々が感じるのであった。
「まあとは言ってもだ。負けるだけじゃつまらないし、お前等も嫌だろうから俺が決めてやるよ」
そう言ってクロスはチョークを手に取り、書き込みを始めた。
「まず、『決闘』はアリスティア、サイモン、そしてクラウスだ。トモエは『運び屋』に入れ」
「「ええっ!!」」
「『遠当て』はリック、『狩猟』はハンス、『人海戦術』はメイリー、『戦場走破』はリーリン、『攻城戦』はアキラ、アンナ、リーネの三人、『ボルバー』はロクサーヌとキース....」
スラスラと名前を読み上げ、競技名の下に生徒の名前を書いていくクロス。
「....で、『魔法演舞』はリズ、『薬剤調合』はメルディ、『暗号パズル』はコニー、最後に『恐怖の館』はエリーゼだ。以上」
そうしてクラス全員の参加種目が決まった。
「なんか意見はあるか?」
「せ、先生、どうして僕が『決闘』なんですか? トモエさんは元々希望していましたし、それに僕の方が『運び屋』に向いていると思うのですが」
「た、確かに、重い石塊を運ぶ以上、クラウス殿のパワーは不可欠だと思うのでござるが...」
予想外な振り分けをされたクラウスとトモエは各々に意見を述べる。
「ああ、力技で押すか重力操作で運ぶかっていうセオリーな。あんな一番効率悪いやり方見てられねーっての」
「え?」
「なぬ?」
「『運び屋』の攻略法は別にあってな、それをやるにはトモエが適任なんだよ。分かったか?」
「わ、分かったでござる」
「んで、クラウスに『決闘』に入ってもらった理由を説明するぞ。
まず、確かにクラウスは対人戦では加減の問題で苦手なのは重々承知している。が、『決闘』は闘技場から場外すれば負けだ。押し出しで勝ち目がある以上盾使いのクラウスでも十分戦力になる。それに、制限時間が設けられていてそれまでに決着がつかなければ引き分けだしな。
クラウスには勝ちを増やすんじゃなくて、負けを減らしてもらう。そういうことだ」
「は、はい。分かりました」
「それじゃ他の奴等を選んだ理由を説明してやる。
まず『決闘』では戦士のクラウスに出てもらうからバランスも考えて魔法士と魔法戦士で腕の立つサイモンとアリスティアに出てもらう」
「分かりました!」
「構いません。勝つつもりですから」
意気込むアリスティアと気障な感じに応えるサイモン。
尻込みする様子でない二人にクロスも口元を綻ばす。
それから各競技毎に選ばれた生徒達を納得させる説明が繰り広げられる。
自信が薄い生徒達もクロスが語る理由に励まされ当初と比べて多少なりに自信が湧いてきていた。
「とまあ、こういうことだ。それじゃ早速競技祭に向けて特訓を始めるとするか。訓練メニューを纏めてやるから各自準備して第十訓練場に集まれ」
『はい!』
一同の返事にクロスはさっさと教室を出ていく。
「それじゃみんな、やるわよ!」
『オオッ!』
その後教室の外からも聞こえる程の熱気に満ちた声が聞こえるのであった。
その声にクロスは笑みを浮かべるのであった。
「以上で報告は終わります」
【分かりました。あなた達は引き続きターゲットについて調査を。あくまで無理はしないように】
「それはモチロンですよ。こっちもまだ大したことは出来ないのなんて分かりきってるんですから」
【ならばいいです。次の報告は競技祭の前夜に。あなた達も競技祭に向けて準備をしなさい】
「「了解」」
夜分、二人は通信用魔道具にて定期報告を終わらせる。
任務は先日から変わらず指定された人物についての調査。
「さーて、それじゃがんばるとしますか」
「ええ、私たちの成長のために利用させてもらいましょう」
そして二人は明日からまた任務に従い日常に溶け込む。
セーレンド帝国学園の日常に。




