勇者志望の新入生代表と勇者否定の新任教師
学園長の意外な悪ふざけに困惑されながらも、入学式は進んでいった。
途中、今年より入職した用務員と教師の紹介があったのだが、教師側だけがまだ来ていなかったため、人の良さそうな中年男性の用務員が簡単な挨拶をするだけとなった。
そしていよいよ新入生の答辞が始まる所であった。
「新入生の答辞。新入生代表、アリスティア=スターラ」
「はい!」
名前を呼ばれ、アリスティアは力強い声と共に立ち上がった。
この学園において新入生代表とは入学試験をトップで合格してみせた者のことである。
故に周りからの視線を一身に受けながら、彼女は壇上へと上がった。
壇上に設置された拡音杖によりアリスティアの声は講堂にいる全員に届いた。
「私達は今日から、この栄光あるセーレンド帝国学園の生徒となりました。
かつて世界を救った英雄達が築き、そして今日まで数ある著名な先輩方を輩出してきたこの学園の一員になれたことを私達は誇りに思います」
多くの新入生の胸の内を代表したアリスティアの言葉に思わず頷くものが何人かいた。
「私達はこれから、時には友として支え合い、時にはライバルとして切磋琢磨しながら、目標のために高みを目指していきます。新入生代表、アリスティア=スターラ」
新入生としての挨拶を終えると、講堂内に拍手が鳴り響いた。
本来ならこれでアリスティアは壇上から降り、着席にするのだが、彼女はまだ壇上にいた。
「アリスティア=スターラ、席に戻り..」
「宣言します!」
司会進行のユリウスが降壇の指示を出すのを遮ってアリスティアは口を開いた。
「私は、絶対に次代の勇者になる!」
一瞬の静寂が講堂内を支配し、そして各々が彼女の宣言の対して思い思いに目を。
いいぞいいぞと盛り上がり囃し立てる者。
何をやっているんだと呆れる者。
どうでもいいと無関心でいる者。
無言ながらもさまざまな言葉が聞こえそうな視線を浴びながらもアリスティアは決して臆することなく、堂々と壇上で構えていた。
その目には自身の発言に対する躊躇も戸惑いもない。その立ち振る舞いにより誰もが彼女を否定しようとは思わなかった。
ただ一人を除いて。
「くっ、だらねーな」
「えっ?!」
突如、聞こえた否定の言葉にアリスティアは目を見開いた。
そして否定の言葉は更に続けた。
「一体どこのどいつだ?こんな平和なご時世に勇者を目指すなんていう脳みそお花畑ちゃんはよ?」
先程よりはっきりと聞こえる否定の言葉に講堂内の視線は講堂の入口に集まった。
そこには、一人の男が立っていた。
だらしなく着こなした白のカッターシャツにネクタイは緩く巻き、本来シャツの上に羽織るはずの黒のジャケットを小脇に抱えているがそれは確かに学園の教職員用の制服である。
手入れを怠った黒髪、生気のない目。周りから注目された中で大欠伸までこいている。
およそやる気や覇気などとは無縁のこの男はアリスティアの宣言に否定し、そのまま壇上へと歩み寄っていった。
「貴様、学園長が仰ってた新任教師だな!教職員の出勤時間を大幅に遅れるとは何事だ!」
突然現れたこの謎の男に対し、ユリウスは怒りを顕に叱責した。
その言葉を聞き、謎の男はユリウスの近くまで来ると顔だけ向けて一言、
「二度寝して寝坊しました」
と言い放った。
当然、ユリウスの怒りが収まるわけはなく、赤みを帯びていた顔は更に赤くなっていた。
男は壇上に上がり、呆然とするアリスを押しのけ拡音杖を手に取った。
「今日からこの学園の教師となった、クロス=シュヴァルツだ」
男、クロスは名前だけ言うと壇上から降り、そのまま講堂を出て行ってしまった。
クロスの姿が消え、我に返ったアリスティアは身を震わせて...
「ふ ざ け ん なぁぁーーーっ!!!!!」
クロスの否定の言葉への怒りを爆発させた。
こうして、新たな門出を祝うはずのセーレンド帝国学園の入学式は一人の新任教師によって台無しにされたのだった。