想い、認める
クラウスとトモエ、二人が向かったのは『ブラスリー』という食事処である。
値段と量、味のバランスが取れていることから学園の生徒もご愛好しているのでトモエも名前は聞いたことがあった。
(いかんいかん、何を一緒に食事を取ろうという話を受け入れているのだ自分は!)
デザートを注文してからトモエは慌て始めた。
何を今更なことをだが。
クラウスは食後の紅茶を嗜んでいた。
そして会計を済ませ、二人は役所に向かうのだった。
「ん〜やっと終わったでござる〜」
気の抜けた声が出てしまうのも憚らず、トモエはうんと背伸びをする。
休日のため、人の出入りが多かった役所では待ち時間が長く、やっと郵送の手続きが出来ると決まってもその手続きにまた時間がかかった。
郵送先の国及びその住所、送る相手の名前や職業に加えて送り主との関係性、品物の詳細確認と検閲などと手間がかかり、気づけば日が暮れていた。
「それじゃ、また学園で」
「う、うむ。助かったでござるよ。それではまた」
簡単な挨拶を交わし、クラウスは帰路に着いていく。
多少なりとくたびれるトモエ達を遠目に、アンナ達四人も疲労の色が浮かんでいた。
「予想以上の展開にはならなかったわね」
「いや、それはそうでしょう」
「うん、クラウス君はそのつもりがない訳だし」
「甘い! チョコレートに生クリームと砂糖一袋と蜂蜜ひと瓶かけるよりも甘い!」
残念がるアンナをたしなめるアリスティアと同意するエリーゼ、そしてそれにツッコミを入れるリーネ。
ってか、喩えがくど過ぎる。
「でもま、これでトモエも自覚するんじゃないかしら」
アンナの言葉にそう言えばと思い出すアリスティアとエリーゼ。
そもそも、この二人の買い物はトモエが自分の気持ちを自覚させるためにとアンナとリーネが仕組んだのだ。
仲を進展させるのではなく、あくまでそのための前準備をしただけなのだ。
しかし、この段階ではアンナの目論見はまだ達成していなかった。
厳密に言えば、客観的には達成していると判断できるが、当人の主観的な判断がそれを受け入れていなかったのだ。
トモエは困惑していた。
楽しかった。
彼と買い物で街を散策したのが本当に楽しかった。
嬉しかった。
単なる社交辞令だろうけど彼から褒められるのが嬉しかった。
彼のことを反芻する度に胸の内が熱くなるのを感じ、その熱で加速する鼓動に苦しさを感じながらも心地よくもあった。
今は去りゆく彼の背中を眺めていると胸が痛くなる。
けど、認められずにいた。
この想いの名を、認められない。
彼に礼を失する行為をした。
助けられた後に謝り、彼は笑って許してくれたが、自分はそれでよしとは出来ない。
それになにより....
自分は彼に相応しくない。
街中を歩いている時に見かけた男女の恋人はとても仲睦まじい様子だった。
女性の方は華奢ではあるが、故に庇護したくなる可愛らしさがあるなと同性のトモエも思った。
その一方で自分はどうだ?
武芸を趣味とし暇さえあれば薙刀を振るう武骨者。
一般的な同年代の女性と比べて明らかに筋肉のついた長身の身体。
そんな自分が他の者達と同じように思いを募らせ、休みの日には逢瀬を交わし双方の想いを深めていく。
想像するだけで苦笑してしまう。
故郷でも幼少期、猩々娘などと異性から罵られてきた自分が、恋をするなど.....
やはり認められない。
そんなことを考え気分が滅入っているの時に限って、厄介事は舞い込んでくる。
「誰か、捕まえて!」
そこでは倒れた老婦人が助けを呼び、そこから逃げるように走る男がいた。
みすぼらしい見た目をし、脇には似つかわしくない女性もののバック。
どう見てもひったくりだ。
「どけどけぇーーー!!!」
周りを蹴散らすのも厭わない様子で走り去ろうとする男を見てトモエが取る行動は一つであった。
「てえぇいっ!」
男の正面に立ち、蹴散らそうと振り回す腕を掴んだ瞬間、その勢いを利用して投げ飛ばした。
背中から石床に叩きつけられた男は痛みに苦悶の声をあげ、抱えていたバックを取りこぼす。
「盗みをするなど言語道断。金銭を得たければ真面目に働くでござる」
石床に転がったバックを拾い上げながらトモエは未だ痛みで起き上がれないでいる男に物申した。
「ご婦人、これでよいか?」
「ああ、ありがとうお嬢さん。おかげで助かったわ」
老婦人は深々と会釈し、トモエからバックを受け取った。
「ちっ、この....ガキがぁ!」
男は懐に手を入れナイフを取り出し、素早く起き上がると共にトモエに斬りかかってきた。
慣れないことで疲れていたトモエとはいえ、戦闘技術を身につけていない素人のナイフでやられる訳はなかった。
だが、慣れないのは行動だけでなく服装もあり、それが災いした。
動き易さを求めていない女袴に足捌きが阻害され、普段なら躱せるはずのナイフの刃先を躱しきれていなかった。
腕を出して庇おうとするトモエ。
母親の思い出の着物を傷つけることに心が痛くなった。
「危ない!」
そんなトモエの杞憂は咄嗟に飛び込んできたクラウスにより免れ、代わりに彼の腕が刃先で少し切れた。
「クラウス殿!」
クラウスに抱きかかえられるように倒れこんだトモエ。
「邪魔すんじゃねー!!!」
倒れこむ二人に男はナイフを振り下ろそうとした。
殺意を込めた振り下ろされるナイフを握る手に、高速で何かが激突した。
「っ、だぁっ!」
飛来物による衝撃に手に激痛が走り、男はナイフを取りこぼす。続いてもう一つ、今度は男のこめかみに激突し男の意識を刈り取った。
「あ、あれ?」
「今のは?」
何が起きたのか分からず、二人は呆然とするしかなかった。
気絶した男の近くには二枚の王冠が転がっていた。
「な、なに今の?」
「分かんない...」
遠目に見ていたアンナとリーネも咄嗟の出来事に困惑していた。
クラウスとトモエを助けようと駆けつけようと思ったら何かが飛んで来て男を気絶させたのだ。
「魔法...ではないよね。魔力が感じ取れなかったから」
魔法を疑うエリーゼだが、魔法を使った時に生じる魔力の残滓を感じ取れなかったのでその推測は不適切だった。
(今のは...武技?)
一方、アリスティアは転がっている王冠を見て別の推測を立てていた。
根拠はなかったが、こんな芸当が出来うる人物はアリスティアの知る限り一人しかいない。
「ちっ、蓋開けさせんなよな」
物陰にて男が気絶するのを確認すると、彼は悪態を吐く。
彼が先程買った鉱泉水の瓶---2本ほど手持ちにしていた---の王冠を強化した両の親指で弾き飛ばし、男を無力化したのだ。
仕方なく、その場で瓶を口にしながら去っていくクロスであった。
「トモエさん、大丈夫? 怪我してない?」
「いや、それより、クラウス殿の方が負傷しているではないか!」
心配そうに尋ねるクラウスにトモエは負傷した彼の腕を指差した。
幸い切られたとは言っても傷は浅く、役所で手当てを受けることで問題はなかった。
「クラウス殿、何故拙者を助けるんでござる? 拙者ならその....着物が切られる程度で済んだのに」
「でもそれ、お母さんから貰ったって言ってたし」
「た、確かにそうだが...」
「あ、そういえばごめんね。いきなり抱きつくようなことして。いくら危ないと思ったからって、女の子にいきなり抱きつくのはよくないからね」
その瞬間、トモエの顔が赤くなった。
顔の熱さに反応し、トモエはクラウスを見た。
「ク、クラウス殿。拙者は、『女の子』でござるか?」
「え、どうしたの?」
「いいから、答えてほしいでござるよ!」
「あ、うん。トモエさんは女の子だよ」
「......その、あ....どんな女の子でござるか?」
クラウスの返答にトモエは更に質問をかける。
「えーと、強くて、かっこよくて...」
その評価にトモエは誰が見ても分かるほど気落ちしていた。
それに気づかず、クラウスは続ける。
「優しくて可愛い女の子だよ」
「ッ!!!」
優しい笑顔で告げた最後の言葉にトモエは打ちのめされた。
「な....う...」
「え、トモエさん? トモエさん!」
後ろへ倒れるトモエを抱きかかえるクラウス。
どうして彼女が気絶したのか彼には皆目検討つかなかった。しかし、気絶している彼女の顔は嬉しそうな様子だった。
ああ.....認めるでござる。
彼は初めて自分のことを女の子として見てくれた。
彼は無骨者の自分のためですら危険を顧みずに助けようとしてくれる。
拙者は....そんな優しい彼が.....
好きなのだ。
後日。
「はああっ!」
「そこまで、勝者トモエ」
これまでの不調が嘘のようにトモエの戦績は上り調子となっていた。
今も模擬戦にてアリスティアから勝利していた。
「調子いいわねトモエ」
「うむ」
アリスティアからの賞賛にトモエは笑顔で応えた。
会話が始まるかと思ったが始まらなかった。
「クラウス殿!」
トモエがクラウスを見つけるやいなや彼の方へと走って行ったからだ。
「あ、トモエさん。今日も調子がいいね」
「うむ、クラウス殿のおかげでござるよ」
「え、僕?」
「あ、いや、クラウス殿も頑張っているのだから自分も負けじと思えるようになったのでござるよ...」
「あ、えっと...なんか照れるな」
「次は告白ね」
「だね」
遠目に二人の様子を眺めるアンナとリーネ。
「ふふ、一歩前進したみたいだねトモエ」
「そうね。でも、なんか負けたのは悔しい!」
「あはは」
温かい目でトモエを見るエリーゼと、敗戦が悔しいアリスティア。
「おい」
「痛ッ!」
悔しがるアリスティアの頭部にクロスからバインダーの一撃が見舞われる。
「不甲斐ねーぞアリスティア。それで勇者になるつもりか?」
「な、なりますよ!」
「だったら気張れ」
それだけ言ってクロスはその場を後にする。
「アリスティアも進展しなきゃね〜」
「な、何を言ってるのよ! 私は、別に....」
背後からのアンナの言葉に驚きながら反論しようとするアリスティア。
しかし、肝心の反論の言葉ぎ出てこない。
「エリーゼも負けちゃだめよ」
「え、ええ〜」
一方エリーゼの方を囃し立てるリーネと困惑するエリーゼ。
学園の日常は平穏そのものであったのだった。




