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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
第3章:学び舎の日進月歩
33/66

奮う勇気と唸る鉄拳

 痛みから意識が途切れそうなのを堪え、クラウスはクラスメイトの奮戦を視界に収めていた。


 エリーゼの治癒魔法により痛みは少しずつ和らぎ、同時に意識が鮮明になるにつれ思考も回り出す。




『凄いな』

『格好いいな』

『勇敢だな』

 そんな子供の感想じみた気持ちをクラスメイト全員に対して抱いていた。


 力の差は歴然。けれども立ち向かう。

 恐怖を感じるのは必然。それでも立ち向かう。

 勝ち目は見えないのは当然。だけれども立ち向かう。


 自分にはない強さを持っていることに感動すると同時に自分にはないことが悔しくて仕方なかった。




「クラウス、お前は何故この学園に来た?」

 まただ、今日は何度もあの言葉を思い出す。


 何故だろう?






 クロスはクラウスが語る過去を静かに聞いた。

 呆れる訳でもなく、同情する訳でもなくただただ黙って聞いていた。


 話し終え、一人で勝手に意気消沈するクラウスにクロスの口が開いた。

「そうか」

 と、一言。


 僅かな沈黙がその場に広がりこのまま続くかと思いきやクロスは再度口を開いた。


「なら、大丈夫だな」

「え?」

 確信を持ったその言葉にクラウスは驚いた。


 理由は話していない。

 言ったところで自分には出来ないと言われそうで怖かった。


 それでもクロスはそれを分かってくれた上でこう言っている。


「もう一度聞こう。クラウス=ゲニウス。お前は何故この学園に来た?」

 真っ直ぐ自分を見据えて聞くクロスを見た瞬間、クラウスの中で理由は言葉となった。






「うう....」

 あの時のことを思い出した途端、全身の血が熱くなるのを感じた。

 痛みはまだ続くも全身に力が入ってくる。


 クラウスは立ち上がった。

 まだ負傷も治りきっていないのに立ち上がっていた。


「クラウス君、まだ休んでて」

「ありがとうエリーゼさん。もう、大丈夫だから」

 いつもは気弱な彼が発した一言。

 弱気なようでそれは自信に満ちた一言だった。


 エリーゼはそれ以上何も言えなかった。




 この学園にいる理由。


 そうだ簡単なことだ。


 あの時から決まっていたことだ。




 中等学院への入学時、クラウスはそれを貰った。


 いずれはセーレンド帝国学園にも進学すると決め、両親を困惑させた。


 武器を使うことが出来ない。

 人を傷つけることが出来ない。

 そんな彼に戦いの術も学ぶ学園は荷が重すぎる。

 別に家のために無理はしなくていいと彼の両親は優しく諭してくれた。

 彼の祖母も同様だった。彼は語らなかったが、トラウマの原因はすぐに察することができ、故に自分のせいと思い悩んでもいた。


 けれどクラウスはそんなんじゃないと首を振った。


 そんな彼を見た祖母、フィアナは彼にそれを託してくれた。


「これは...?」

「いつか....あなたに応えてくれるわ」

 優しい眼差しで語る祖母にクラウスは喜んでそれを受け取った。


 二つの盾は今も彼の両手にある。




「うわっ!」

 ロックバイパーの攻撃を紙一重で躱すトモエは焦っていた。

 焦っているのはトモエだけではない。

 アリスティアも、サイモンも、他のクラスメイトもそうだ。


 このままではこちらが消耗するだけでジリ貧でしかない。


 この膠着状態を打開しなければ。

(さっきのような情けない真似はできん!)




 自分の方から顔を背けるロックバイパーを見るとトモエは集中し出した。


 両脚にプラーナを集約し、残りを薙刀の刃に集めた。


 一糸乱れぬようにと集めたプラーナを使いトモエは走った。


 ロックバイパーが胴体を地面に打ち付け、人間の頭部くらいはある土の塊がいくつも舞い上がる。


 質量がある塊を下手にくらえばプラーナによる肉体の保護がないトモエには致命的。


 けれどトモエは構わず走る。

 頰や肩に塊が掠っても臆さず彼女は走る。

 そしてついに薙刀の間合いにロックバイパーが入る。


「でえぇいっ!」

 掛け声と共に振り下ろす薙刀がロックバイパーの岩の鱗に振り下ろされる。


 本来なら、生徒の実力ではロックバイパーにダメージを与えることはほぼ不可能だ。

 普段のトモエの攻撃なら弾かれていただろう。

 トモエはこの時そのことを失念していた。


 しかし、そういった失念を含めた雑念を払い、ただ相手を斬るという意思のもと集中した彼女のプラーナは刃と一体となるように覆いその切れ味を高めていた。


 結果、薙刀の刃は岩の鱗をすり抜けるように断ち、ロックバイパーに少なくないダメージを与えてみせた。


 “■■■■■ッ!!!”

 切られた痛みからかロックバイパーは叫び声をあげた。

 発声器官の乏しい蛇でありながらもはっきりと聞き取れる音量だった。


 膠着状態が解けたことに全員が好機を迎えたと確信した。


 いや、錯覚してしまった。

 それで緊張が緩んでしまった。


 特に攻撃を決めたトモエは。


 一方でロックバイパーは認識してしまった。

 自らの尾で縛った人間に次いで自身に傷を負わせたこの人間も脅威になると。


 脅威を取り除くためにロックバイパーは巨体を揺らしてトモエを弾き飛ばしにかかった。


「うあぁっ!」

 薙刀で直撃を避けるもその圧力に押され、トモエは地面に打ちつけられる。


 ロックバイパーは続けて鎌首をトモエに向ける。

 受け身も取れず地面に倒れるもう一人の脅威(トモエ)は格好の的。


 口を大きく開き、彼女に牙を突き立てようとした。


 咄嗟に防御魔法を展開しようとする者も何人かいるが、距離が開き過ぎて届かない。


 アリスティアは走るもロックバイパーを挟んで反対側にいるため間に合わない。






 轟音が響く。

 それは肉を突き破るような不快な音ではなく、硬い何かと何かがぶつかり合う音。


「うそ...」

 突然の展開にアリスティアも他の生徒達もその場に立ち尽くした。




「ク、クラウス殿...」

 ロックバイパーの牙はトモエの前に立つクラウスの盾に阻まれた。


「....返せ」

 盾越しにくる圧力を感じながらもクラウスはその場から動かない。


「先生を返せ! トモエさんを傷つけるな! みんなを襲うな!」

 思ったことをそのまま口にする。


 自らを鼓舞するため。

 ここにいる理由を示すため。


「僕は....」

 自分がここにいる理由は至ってシンプル。


 幼い頃に体験したトラウマに恐怖してでも自分は...


「守りたいんだ! 助けたいんだ! だから、だから僕は....戦うんだぁァァァァッ!!!」

 胸の中に燻らせてきた思いを燃え上がらせ、クラウスは吼えた。


 雄叫びに応えるかの如く、その身の内からプラーナが吹き荒れる。

 戦いを恐れた少年が初めて見せた闘志を引き金に、その身を駆け巡る。


 同時に両手に持つ盾にも変化が顕れる。

 盾の表面に何乗もの光の線が走る模様を描く。


 それだけに留まらず、盾の輝きは更に増す。




 輝きが収まった時、クラウスの腕には盾ではなく、漆黒のガントレットが覆っていた。


 盾の代わりに牙を受け止めるガントレットだが、先程と変わらず牙が一切食い込むことはなく、クラウスが腕を振り抜くと逆に牙を何本もへし折ってみせた。


(何だこれ? 何で盾が変形してるの!?)

 頭の中では盾がなくなったことに混乱するも、自分の両腕を覆うガントレットがさっきまであった盾なのだという実感があり、思わず振り回した腕が牙を砕いてみせたことで落ち着きを取り戻してくれた。


(これなら...いける!)

 クラウスは構えた。

 振り抜いた腕にプラーナを集めて腕力強化の武技『剛力』を発動する。


「うおおおおおおっ!」

 不格好だが、思いっきり突き出した拳はロックバイパーの脳天に当たる。

 質量差をものともしないその拳は岩石の鱗を砕き、衝撃を内部へと押し込んだ。


 堪らず、ロックバイパーは頭からもんどりを打って倒れた。

 意識が刈り取られた証拠と言わんばかりに尾は緩み、クロスは宙へと舞い上がる。


「はっ、【大気の坂にて、緩やかに(くだ)れ、大気滑空(エア・グライド)】」

 咄嗟にアリスティアは気流操作の魔法を行使し、クロスの落下の勢いを抑えると共に自分の方へと近づける。


 駆けつけた男子生徒数名の協力によってクロスは無事受け止められた。




「先生!」

 遅れてクロスに駆け寄ろうとするクラウスだったが、それは中断せざるを得なかった。


 “■■■■■ッ!”

 トモエの攻撃の時よりも更にけたたましい叫び声をあげ、ロックバイパーが仰向けでいた首を持ち直してきた。


 狙うは勿論、自分を殴り飛ばしたクラウス。

 対するクラウスは迎撃に構えるも腕が痙攣しており先程のような攻撃は望めそうになかった。


「こ...こい!」

 それでもクラウスは退かない。

 今自分が逃げたらさっきの思いを否定してしまうから。


 勝ち目がなくともクラウスは戦おうとした。






 ただし、それはクラウス一人の場合。


「上出来だ」

 彼はクラウスの肩に優しく手をかけ賞賛の言葉を告げ、前に出る。




「【紅蓮の炎よ】...」

 迫るロックバイパー。

「【怒号の衝撃以て】...」

 気にせず、前へと進み手を突き出す。




 布石は万端。

 後はそう、

「【打ち砕け、爆破(エクスプロージョン)】」

 詠唱を終えると同時に突き出した手で指を鳴らす。




 途端。

 ロックバイパーの胴体が膨れ上がり、破裂する。


 訳も分からないといった様子のロックバイパーは血潮と臓腑をぶち撒け、絶命する。




「これで、本日の野外訓練は終了だ」

 ロックバイパーを背に、不敵に笑いながらクロスは高らかに宣言する。

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