入学式
学園の中へと歩を進めるアリスティア。
この城は建築の際、魔導師ソフィア及び彼女の教えを受けた魔法士達が開発した刻印魔法を始めとする様々な魔法が施されており、年に数回の調整は必要だが、未だに効果が衰えずにいる。
代表例として、刻印魔法というものがある。
魔力によって作り出した刻印を回路とし、それによって様々な効力をもたらす魔法であり、使い方次第では兵器にもなるが、現代ではそれ以上に人々の生活を支える日用品に用いられている。
例えば、『照明』の効果がある。
この城にある照明器具は太陽や月の光を吸収しエネルギーに変換することで、刻印魔法の回路を経由して城内の各照明器具にエネルギーを供給しながら城内を照らしている。
そのため、陽光を遮る城内でありながらも常に一定の明るさを保たれている。
この技術は開発された後に各国の王城や貴族の屋敷などに利用され、そして学校や病院などの大型施設にも利用される様になっていった。
又、この城には内部の温度・湿度を調整する効果も施されている。
気温や湿度に反応し、自動的に空調設備として一定の環境を保ってくれる代物である。
そのため、アリスティアは城内に入ってから外の肌寒さを感じなくなっていた。
セーレンド帝国には四季があり今は春季に入ったばかりのため微かに肌寒い。
だが、吹き抜けも多い城内でありながら、顔に当たる風は冷たいというよりは涼しいといった感じで心地よいものだった。
正門前にあったのを初めに、入学式を行う講堂を案内する立て札の指示に従いながら彼女は歩を進めた。
「アリス〜」
背後から自身の愛称を呼ぶ声が聞こえたため、アリスティアは振り返った。
振り返った先には一人の少女がこちらに向かって走って来ていた。
長い金髪をたなびかせ、通路を歩く他の生徒達(主に男子)は彼女の可憐さに目を奪われていた。
「遅いよエリー」
「えへへ、ごめんね」
アリスティアを追いかけていた少女、エリーことエリーゼ=フィーエルは謝罪した。
元々、二人で一緒に学園へ行く約束だったのだが、待ち合わせの時間になってもエリーゼが来なかったため、アリスティアは先に向かっていたのだった。
「また寝坊?」
「ふふ、今日からこの学園に通えると思ったら眠れなくて」
「まったく、一昨日は寝るのを惜しんで読書して寝坊しなかったかしら?」
「う、それは言わないでよ...」
アリスティアの指摘にエリーゼは苦笑するしかなかった。
「それに、エリーは可愛いんだから無防備過ぎるのもよくないわよ」
「ええ〜、私よりアリスの方が綺麗だけど」
アリスティアの言葉にエリーゼは首を傾げた。アリスティアは美人だなとエリーゼは常々思っている。剣技の邪魔になるからと短めにしている銀髪は月の光を反射した時なんかはまるで絵画のようで同性ながら見惚れてしまったことがあり、スタイルも程よく引き締まっていて羨ましいと思う時もあるのだ。
そんな美人な親友に可愛いと言われるのは嬉しいが、自分よりも人気があると思ってしまうため、彼女の気遣いに少し困ってしまう。
なんて、エリーゼは思っているが、実際の所はアリスティアの指摘の方が的を得ていた。
アリスティアは確かに美人と称される外見だが、真面目な性格と男顔負けの剣技の腕前などから若干敬遠されているのが現状である。
対して、エリーゼはアリスティアとは異なる魅力がある。周りが敬遠するような強面やお高く止まった貴族だろうと分け隔てなく他人と関われる人柄や、笑顔と共に滲み出る柔和な雰囲気に多くの異性が心を癒されると同時に奪われ、そして彼女に想いを打ち明けていた(余談だが、その想いが実ることは誰一人としてなかったが)。
「ふふ、お心遣いありがとね、エリー」
とは言え、こんな風にお互いを思いやれる間柄だからこそ、二人は長いこと親友をやっているとも言えるのだろう。
「さ、講堂に行きましょう」
「うん」
広い城内を歩き、二人は入学式の行われる講堂に辿り着いた。
まだ開式まで時間があるため、生徒用の席はまばらに空いていたので、二人は移動がしやすい端の席に座った。
「いよいよだね」
「ふふ、そうだね」
「ちょっと、何笑ってるのよ?」
「だって、アリスったらまるで遠足前の子供みたいで、私のこと言えないよ」
「なっ!!!」
エリーゼの指摘にアリスティアの顔は真っ赤になった。
実際エリーゼの言う通り、アリスティアはそわそわと落ち着きがなく、これから先の事が楽しみで仕方ないと言わんばかりに顔も緩んでいた。普段は凛々しくもある親友の様子にエリーゼは笑みを堪えきれなかった。
「うう...だって仕方ないじゃない。憧れだったんだから....」
「そうだね、勇者になるんだって言ってたもんね」
悔しそうに呟くアリスティアの反論にエリーゼは更に微笑ましくなった。
二人で他愛ない会話を交わしながら時間を費やしていくと、講堂の席も次第に埋まっていき、いつの間にか空席はなくなっていた。
「静かに」
この学園に入学する生徒達により講堂内はざわめき、煩わしいくなってくる頃、司会役の教師の声が響いた。
手に持っている拡音杖(風の魔法により音量を増幅させる魔法道具)から発せられる男性教諭の声は一瞬にして生徒達のおしゃべりを止めた。
「これより、入学式を始めます。進行は私、ユリウス=レーゲンスが務めさせていただきます」
メガネを整え、厳格な雰囲気を醸し出している男性教諭が入学式開始を告げた。
若干、その声に偉そうな感じがするのはアリスティアだけではないのだろう。
これから入学式を皮切りに、自分達の新しい生活が始まりとそれぞれが胸を高鳴らせようとした直後、壇上から煙幕が中心より立ち昇った。
「イーヒッヒッヒッ!」
更に、煙の中より高笑いと共に人影が見え、煙が薄れると共にその全貌を露わにした。
全身黒ずくめのローブ、山高帽、鉤鼻に曲がった背中、皺だらけの顔と誰の目にも『魔女』と呼べる人物が現れた。
(((誰だっ!?)))
新入生全員の心が一つになった瞬間だった。
心当たりはなく、あからさまなまでに怪しさ全開のこの壇上の人物に新入生達は混乱を否めなかった。
「よく来たね〜アンタ達、イーヒッヒッヒッ!」
不気味な笑い声を上げながら壇上の魔女は新入生を一望した。
当然、こんなホラー小説にでも出てきそうな魔女に声をかけられたのだから、一部の新入生女子は軽く涙目になって怯えており、講堂内が軽くパニックになり始めていた。
「学園長!冗談もほどほどにしてください」
そんか混乱を鎮めたのがユリウスのこの一言だった。
壇上に現れた魔女に臆することはなく、むしろこめかみに手を当て呆れながらも叱責した。
よく見ると他の教職員も苦笑していたりと壇上の魔女を見ていた。
「あらあら、そうね。怖がっている子もいますしね」
するとさっきまで不気味な振る舞いだった魔女は指をパチリと鳴らした。
すると一瞬にして魔女の全身は煙に包まれ、煙が晴れると全く別の姿が現れた。
そこに立っているのは、老齢ながら背筋はピンと伸び、髪は白髪になり顔にも皺は見られるも若い頃はさぞ美人だったのだろうと想像できる老婦人だった。
「皆さん、改めまして入学おめでとうございます」
壇上の女性の言葉に感動する生徒が出始めた。
彼女こそ、戦士ライオ=ゲニウスとその妻である魔導師ソフィアという二人の英雄の血を引く『大賢者』にして、セーレンド帝国学園長のフィアナ=ゲニウス本人である。
セーレンド帝国学園の学園長は決してゲニウスの血筋を引く者が務める訳ではない。あくまで学園長に相応しい者が帝国から認められ任命されるのである。実際、先代の学園長はゲニウス家とは血縁関係のない人物であった。
現学園長であるフィアナは魔導師ソフィアの魔法の才を受け継ぎ、生徒として学園に在籍していた頃からその才覚を発揮していた。
卒業後は刻印魔法の権威として活躍。そして学園の教師を務め、後に学園長として任命されてから三十年、学園の運営を担い教育においてもその才覚を国内に知らしめた現代の英雄である。
「先程はごめんなさいね。皆さん随分緊張しているようだから解してあげようと思ったのだけど、失敗だったわね」
口元に手を当て、ほほほと笑うフィアナに、新入生達もクスリと笑う者がちらほら現れていた。
「ふふ、お茶目な人だね」
「ちょっと意外。英雄の血を引き、自身も英雄と称されているような人だからもっと近寄りがたいイメージがあったし」
そんな様子にエリーゼも楽しそうに笑い、アリスティアは肩から力が抜けた。知らぬ間に自分も緊張していたのを思い知らされた。
「魔王が勇者に討たれ、勇者も姿を消して幾星霜。この学園も大分大きくなりました。私が生徒だった頃と比べて五割増しくらいかしらね。
そして今日まで、皆さんに知られるような方々も輩出されてきました。
ですが、私は皆さんにそんな先輩達のようになってほしいと言うわけでありません」
フィアナの最後の言葉に生徒達は少し困惑した。
学園長は自分達に期待などしていないのか?
自分達は英雄にはなれないと遠回しにに言っているのか?
などと憶測が胸中を駆け巡った。
だが、その憶測もその後の言葉で掻き消えた。
「私が望むのはただ一つ。皆さんがこの学園で成長し、そして自分に誇りを持っていられるようになってほしいのです。それは必ずしも英雄だけとは限りません。『こうでありたい』、そんな目標をこの学園での生活で見つけてください。目標があるならば学園は惜しみなく力をお貸ししますからね。
以上、学園長からの式辞です」
式辞が終わると同時に、講堂内に拍手が鳴り響いた。
そして新入生達はこの学園に入れたことに改めて誇りを感じた。
百余名の若者が今日、この学園に仲間入りした。