vs狂信者
すいません....長ったらしい文章になってしまいました。
あと、魔法の詠唱部分を【】で囲い、分かりやすくしました。
部屋に飛び込み自身の正体を見破るクロスに、マーカスは驚かされながらも賞賛した。
彼の格好は用務員の作業着ではなく、魔法士が纏うローブであった。
「いや〜、クロス先生お見事です。わたしはあなたをみくびっていたので、ここで謝罪させていただきますね」
「謝罪なんかいらねーよ。アンタこそ何するつもりだよ、転移魔法陣のあるこの部屋でよ!」
「先生、アリス!」
「エリーッ!!」
拍手するマーカスをクロスは切り捨て、問い詰める。
エリーゼは部屋の中央にいた。手足を縛られ身動きは取れず、足元の床には幾何学的な紋様が刻まれた円---魔法陣---が光り、その輝きは脈動の如く強弱している。
クロスとアリスティアが来たこの部屋は、緊急避難用の転移魔法陣が施されており、クロスも黒幕マーカスが利用すると予測できた。
転移魔法陣は学園内に他にもある---今回の研修で教職員達が帝都に行くのにも利用されている---が、安全措置から断絶結界の発動中は、この緊急避難用の魔法陣以外は機能を停止するように施されている。
緊急避難用の魔法陣は、他の魔法陣が転移先を固定しているのに対し、転移先が複数存在している。
これは魔法陣の起動時に転移先の魔法陣周囲に外敵と判断された存在がいる場合、そこには転移させず、安全と判断された魔法陣の方へと転移出来るようにしているからである。
その分、複雑な術式を仕組まれており、それによって断絶結界の起動時も機能するようになっている。
「とはいえ、あんたでもその魔法陣を弄るのには苦労しているみたいだな?」
「ええ、残念ながら....転移先の追加がまだですよ」
マーカスの言葉に嘘はないとクロスは考えた。
この魔法陣は学園の防衛措置における最後の手段であるため、改造は困難である。
刻印魔法の権威である学園長フィアナが更に改良を施した代物であり、仮に『賢者』の称号を持つ刻印魔法の研究者でも一日中専念してで一ヶ月以上の時間を要するのがクロスの見解である。
早い話、逃げるつもりなら自分達を念動力の魔法で殺す必要がないのだから。
「どうしてマーカスさんがこんなことを...」
「こんなことも何も、わたしはこのためにこの学園に来たのですよ」
「嘘っ! この学園の職員の身元は綿密に調べられるわ。あんな犯罪者の仲間ならすぐ分かるはずよ!」
「だったら簡単な話だアリスティア。こいつの身元は本物ってことだ」
納得いかないアリスティアにクロスはさらりと言葉を挟む。
その言葉にマーカスは笑い、アリスティアは絶句する。
「ええ、私は平凡な家庭に生まれ、刻印魔法を専攻して魔術学院を卒業。卒業後は研究者として数年勤め、それからは施設の刻印魔法調節を主とした用務員としてこれまで務めてきました」
「そんであとは必要な時まで組織との接触は皆無。極秘任務を課せられた密偵が身元でばれないようにする手段だな」
「ええ、その通りです。わたしはついにセフィロトの、ダート様のためにお役に立てるのですよ」
クロスの補足に歓喜に満ちた表情で答えるマーカスにアリスティアは寒気を覚えた。
先程マーカスによって殺された二人もそうだ。
この人達をここまで突き動かす存在は一体何なのか。
知りたくもあるし、知りたくもなかった。知ってしまえば自分も同じになってしまいそうだったから。
蹂躙を躊躇わず、己自身も無碍にでき、それを喜んでしまえる人になってしまいそうだから。
「ああ、お待ちくださいダート様。マーカス=ピーブスは今日、セフィロトの大願を果たすための足がかりを築いてみせーー」
「なるほどな。お前等は『セフィロト』っていうイかれた宗教団体の様だな?」
瞬間、天を仰ぎ歓喜に満ちたマーカスの表情が無表情に変わった。
「.....今なんと言った?」
そのまま無機質にクロスの方へと見た。
「もう一回言ってやるよ。頭のおかしいダート様という教祖を崇拝しているイかれた宗教団体さんよ!」
クロスは臆さずに言ってやった。
明らかに狙って挑発した。
マーカスは一瞬俯き、顔を上げ、
「殺す!」
憤怒の表情でクロスを睨んだ。眼力だけで殺そうと言わんばかりの迫力である。
「そうかよ。じゃあ殺す前に教えてくれよ、どうしてエリーゼを狙う。目的は何だ?」
そんな剣幕など余所にクロスは尋ねる。
「この後死ぬ者に教えてやる必要など...」
「なんだ、知らないのか。ダート様とやらはお前を信頼してないようだな?」
「ッ.....! ふう、いいでしょう。わたし達はね、必要なんですよ、エリーゼさんが。彼女がいれば完成するんですよ、至高の果実が」
一息吐き、落ち着きを取り戻したマーカスは話し始めた。
その言葉にクロスの表情は不快に満ちた。
「......エリクシールか」
「.....まさか、あなたも知っているのですか?」
先回りして、目的を見抜いたクロスの言葉にマーカスはまたも驚かされた。
「エリクシールって、先生が前に講義してくれて神薬じゃ...」
「.....」
意図が分からないアリスティアに対し、エリーゼは神妙な面持ちで何も言わなかった。
「まさか、あの神薬のレシピを知っているのですか?」
「驚いているのはこっちだよ。何でアンタが...いや、そのダートとかっていうヤツが知っているんだ?
一介の教祖の類じゃ断片を知ることもできる訳ないからな」
二人は黙り、睨み合うだけとなり、アリスティアだけが分からないままだった。
「エリクシールの調合に、エリーが必要なの?
確かにエリーは回復薬の調合は上手いけど...」
「そういうことじゃないんですよ、アリスティアさん」
アリスティアの推測をマーカスは否定する。
実際、アリスティアも自分のこの考えは辻褄が合わないのだ。否定されても反論はできない。
その様子に、クロスは口を開いた。
「アリスティア、神薬エリクシールの研究全般が禁忌とされている理由はな....調合の過程で必要な素材の一つがあまりにも恐ろしいからだ」
「そ、それって....」
アリスティアは気づいた。いや、気づいてしまった。
彼女、エリーゼと出会い、彼女の口から明かされた彼女の力。
それはクロスが以前に話した神の御技のこと。
そして彼女が今まで隠してきた秘密。
「神薬エリクシールの完成に必要な素材、それは.....『人間の魂魄』だ。しかもただの魂魄じゃない、蘇生魔法に強い適性を持つ人間のだ」
「そう、だからこそ彼女、エステリーゼ=エイル=リュアデスの魂魄が必要なんですよ!」
クロスの言葉に続き、マーカスは語る。エリーゼの本当の名を、彼女の隠された力を。
その時の彼のエリーゼを見る目はもう人を見る目ではない。貴重なアイテムを見つけた収集家の目だった。
「エステリーゼ=エイル=リュアデス....たしか病没したリュアデス王国の王女の名前だったな」
「ええ、彼女の存在は10年以上前に知りましたが、病死したと触れ込まれ、更には遺体も確認できたのだから生きているとは思いませんでしたよ。
ですが、現にエステリーゼ王女は生き、その力も健在!
歴史上、数えられる程度しか持っていない蘇生魔法の力を持つ彼女が、この時代にいるのは正に、運命ィッ!!!
これでダート様は真の神となり、この間違った世界に粛清を...「ふざけないで!」
弁舌に語るマーカスの異常な主張をアリスティアは遮る。
剣を握る手は力が入りすぎて震え、今にも抜いて切り掛かりそうな様子である。
「エリーが王女なのも知ってた、蘇生魔法が使えることも知ってた....だけど、だけど!
何でエリーが犠牲にならなきゃいけないの!
何の罪もない女の子を殺して、許されると本気で思ってるの!」
「許されますよ」
怒りの熱を帯びたアリスティアの言葉は、マーカスには届かないどころか、噛み合わなかった。
「ダート様は神になる。神の誕生のために一人の命を犠牲にするだけで済むんです。犠牲は許されるんですよ」
その言葉に、アリスティアを抑えていたものが振り払われた。
「う.....うああああああっ!」
「馬鹿、アリスティア!」
「アリス、駄目!」
困惑も、理性も、恐怖も、教師や親友の言葉すらも。
全てが激流の如き怒りに飲み込まれ、彼女を走らせた。
剣を鞘から抜き、マーカスを真っ二つにしようと振りかぶる。
あと一歩で剣の間合いに入る瞬間、息が詰まった。
首が締まる。制服を引っ張られて息が止まる。
後ろへと引き寄せられ、投げ飛ばされる。
直後にまた耳にする。
肉を穿つ不快な音を。
「先生!」
親友の叫び声が聞こえ、アリスティアは顔を上げる。
そして全身から血の気が引くのを感じた。
目の前で自分を止め、自分を庇ったクロスが赤く染まる光景を目にした瞬間。
クロスの左腕と肩に銀色の杭が刺さっていた。
その光景にマーカスは一瞬不服そうな表情を見せるもすぐに愉悦の笑みに変わった。
「クロス先生!」
そのショックが茹だったアリスティアを落ち着かせた。
(私、また.....また先生に迷惑)
怒りは去るも、今度は悔恨に駆られる。
自分は何も出来ず、クロスに助けられてばかり。
時計塔の時も、用具室の時も、そしてこの時も。
無力感や罪悪感といった感情が全身を蝕む様な言い知れぬ違和感が生じ、手足から力を奪っていく。
立ち上がらなければと頭で考えても身体が動かない。
鉛のように重く感じ、力が出ない。
(私じゃ....何も救えな、)
「アリスティア=スターラ!」
諦めの言葉が頭をよぎる直前、クロスの声が響く。
「お前は夢は何だ?」
それは決まっている。幼い頃に自分を助けてくれた『あの人』のようになりたいとずっと思ってきた夢だ。
「お前は一度でも諦めたか?」
違う、諦めなかった。諦めたくなかった。今まで馬鹿にされてきた、否定されてきた。それでも諦めず、いつの日かなるために頑張ってきたんだ。
「だったら....心を折ろうとすんじゃねーよ、勇者志望!」
何も言ってないのに、心を読んでいるかのような激励に、アリスティアは悲壮に染まりそうな顔を引き締め立ち上がった。
「それでいい」
クロスは笑い、左腕や肩に刺さる杭を引き抜く。
抜いたことで出血が増すが、御構い無しに抜き、全部抜くとマーカスへ投げつけた。
勿論、持ち主であるマーカスに刺さる訳なく、顔面に迫る途中で空中で停止し、鋭利な尖端をクロスの方へ向き直す。
「とは言え、頭に血が昇って無謀な突貫をしたのは減点だ。相手が念動力の魔法を使うのは分かっていたのに警戒しなさ過ぎだ。俺が庇わなかったら脳天に風穴開いてたぞおい」
「す、すいません...」
負傷して流血しているのに普段と変わらない辛辣な言葉を浴びせるクロスに、アリスティアは口ごもる。
「とりあえず、お前は引っ込んでろ。邪魔だ」
アリスティアは大人しく従い、部屋の端へと寄った。
「いいか、勇者になろうってんなら、冷静でいることを忘れるな。格上相手に勝機を見つけるには冷静でいることが不可欠だ。
いいな、よく見て勝機を見つけろ。そうすればお前は更に強くなる」
念押しした指導と共に右半身を前にしてクロスは構える。
「ははは、まさかここで授業とは余裕ですねクロス先生」
「可笑しいことはねーよ。俺は教師だからな」
マーカスとクロス、二人の表情は余裕の色が浮かぶ。
だが、クロスの余裕は単なるはったりだろうというのがエリーゼとアリスティアの見解だった。
「その余裕、どこまでもちますかね?
【騒霊よ舞い降りろ、見えざる児戯を以て、歌い躍り、遊び尽くせ、騒霊の遊戯】」
左手首を摩りながらマーカスの口から紡がれる詠唱により、既に浮遊している三本に加え、懐から出した新たな四本の杭が浮遊する。
合計七本の杭は、クロスの命を刈り取ろうと、ゆっくりと位置を変えていた。
クロスは視界に全ての杭を収め、いつでも動けるようにした。
杭の一本がクロスへと勢いよく飛ぶ。
ここに来るまでに躱してきた刀剣類などよりも遥かに速い。
とはいえ、クロスには躱せない速度ではなく、身を捻って躱すと同時に手刀を叩き込んで撃ち落とす。
今の手刀はプラーナを集中させて威力を高めているので破壊しようという意図もあった。
杭は床に叩きつけられるが、ひびも入らず、クロスへと再度迫る。
再度弾き返そうとすると、遅れて一本、二本、三本と残りの杭が飛んでくる。
(あの硬さ...確認するか)
クロスは壁際に後退すると同時に駄目元で『魔導法壊』を展開する。
自らの持つ膨大なマナを持って杭を落とせる---一時的ではあるが---か試した。
案の定、杭は止まることもなく、勢いが多少落ちるだけでクロスを刺そうと迫る。
ギリギリのタイミングでクロスは杭を躱し、七本の杭は全て壁に突き刺さる。
アリスティアのいる方とは逆の方へと回り込もうとするクロス。
だが石造りの壁---刻印魔法による耐久性強化のある---に刺さった杭は壁から抜け出し、マーカスを守るように位置取り待機する。
「おいおい、その杭、真銀製かよ」
苦笑するクロスにマーカスは口元を更に弛める。
「ええ、その通りです」
その返答に、アリスティアはどういうことと呟いていた。
アリスティアの愛剣『ヴォーパル』の刃はミスリルで出来ている。
あの杭もよく見るとミスリル特有の淡い蒼い輝きを放っている。
ミスリルは高い強度を持つため、武器にしろ防具にしろ非常に強力な代物で、クロスが手刀で破壊出来なかったのも、強度を計りかねたからであったとアリスティアにも理解できる。
だが、ミスリルは魔法の触媒としては最も相性が悪いのだ。
ミスリルはマナを受け付けず、触れようにも遮断してしまう性質を持っている。クロスの魔法で無効化されなかったのもそれによるものだと説明はつくが。
故に魔法士ならミスリルは魔法の触媒としては選択しないのが常識だ。
なのに、マーカスの杭は彼の魔法で操れている。
ミスリルの特性と矛盾しているのだ。
結局、アリスティアはこの時はあの杭のカラクリを見抜けなかったのだった。
一方、クロスはミスリルだと確認したことで答えに辿り着いていた。
考えれば単純なことである。
要は、あの杭は金メッキならぬミスリルメッキのようなものだ。
厳密には三層構造で、外側がミスリルなのだ。
マーカスが杭を操るのに使っている上級魔法は、おそらく刻印魔法に魔力を送り起動しているもの。
術式を刻んだのを芯(一層目)とし、鋼か何かを二層目として最後にミスリルで覆っているのだろう。
次に詠唱は細かい動作を設定するために紡いだもの。
これは廊下で襲ってきた凶器類が一定距離離れると襲いかかってこなかったのを確認したことによる推測だった。
あの時は『動いている生物』をターゲットに起動していたと考えられる。
それなら教室で眠らされている生徒が襲われている様子---物音や悲鳴が聞こえてなかったことから---でなかったのも説明がつく。
最後に杭が廊下の凶器よりも速いのは廊下の凶器が学園の壁や床に仕込まれた刻印魔法---マーカスが改造した---を介して遠隔操作しているのに対し、杭と学園内の二つの刻印魔法を使って操作しているためと考えれば合点がいく。
元々はあの杭を遠隔操作して使うのが従来のマーカスの戦闘方法なのだろうが、今回は事前工作を施した学園内での戦闘のため危険度が増していると言っていい。
「【騒霊よ舞い降りろ、見えざる児戯を以て、歌い躍り、遊び尽くせ、騒霊の遊戯!】」
左手首をさすり再度詠唱をして、杭が飛びかかってくる。
今度はクロスを包囲するように動きながら。先程は一方向から迫っていたが回避されているため、逃げ場を奪うことを考慮しての軌道だろう。
簡単には壊せない。
そしてマナを拡散する性質から無効化できない。
そして最も厄介な、生体の血液を介してマナを吸収し外気に拡散させるというもう一つの性質。
マナの保有量が膨大なクロスでも既に一度刺されている。マナの残量も余裕はないのではないか。
アリスティアの胸中に不安と無力感が渦巻いてくる。
そんな状況ではどうするか?
クロスの答えは決まっていた。
全方位から迫る杭に対し、クロスは踊った。
いや、踊ったと錯覚するような動きで杭を躱し、時には手足で触れていなし軌道を変える。
舞踏の如き動きは加速し、その勢いのままクロスの手刀が杭を捉える。
先程の威力で壊せないのなら簡単だ。
更に威力を上げればいいのだ。
そう言わんばかりにクロスの手刀はミスリルで覆われた杭を真っ二つにした。
集束・圧縮したプナーラを纏ったクロスの手刀は刹那にではあるが、超金属であるミスリルの硬度を上回った瞬間である。
「まず一本」
「っ!.....本当に何者ですか、貴方は?」
杭を破壊され、マーカスの表情が初めて歪んだ。
内部の芯を破壊されたことにより、術式も分断されて破綻し、杭は動かなくなる。
学園内の刻印を介して操作をしたい所だが、ミスリルの外層が皮肉にもそれを遮断してしまうため操作ができない。この杭はあくまで内部の刻印があって初めて操作ができるのであった。
「魔法を無効化するために大量のマナを無作為に放出して尚平然としていられるほどの魔力容量、ミスリルを破壊するほどのプナーラの操作技術とそれを可能にするその踊るような体術。
どれほどの研鑽に時間を費やしたのか.....」
マーカスの言葉は、アリスティアも用具室の件で感じていた疑問でもあった。
クロスの保有するマナの量は規格外である。
マナにしろプラーナにしろその最大値を増やすには、とにかく限界まで使うしかない。
それでも微々たる量しか増えず、限界まで生命力であるマナやプラーナを浪費すればそれの回復にも時間を必要とするため、1年かけて行ったとしても始めた頃より1割も増えやしないのだ。
又、プラーナの操作技術とそれを活かしたあの体術もそうだ。
よっぽどの天性の才能があるなら話は別だが、それでもミスリルを破壊してみせるほどの威力を出すには、よほどの修羅場を経験でもしてなければ彼の年齢ではありえないと断言できる。
少なくとも、紛争がほぼなくなっている現代においては経験を積んだことも考えにくい。
(一体、この人は....)
「まあ、流石にもう動けないでしょうが」
マーカスの宣告は現実となり、クロスの膝が崩れかけた。
手足は震え出し、額には異様に汗が流れている。
「毒か...くそ、見落とした」
「即効性の神経毒だったんですが、ここまで耐えてみせるとは驚きですよ」
そう言いながら無事な杭を放つ。
杭が脚に刺さる。
刺さった杭が血液を介してクロスのマナを拡散させる。
また刺さる。
今度は二本、逆の脚と脇腹に。
杭に塗られていた毒による痺れと、体内からマナが強制的に放出されることによる虚脱感がクロスの全身を蝕む。
痛みも感じ血も流れる。
更に二本刺さる。
右肩、右腕に突き刺さる。
遂に振り上げていた右腕が力を失いだらんと垂れ下がる。
もう立つのも限界なのは火を見るよりも明らかな様子だ。
「これで、終わりです」
マーカスは勝利を確信した。
左手の人差し指でクロスの心臓を差し、最後の杭が放たれる。
狙うはクロスの心臓。
一本のみの操作に専念することで狙いが正確になり、確実に刺さってしまう。
対するクロスは少なくなったマナで『魔導法壊』を展開する。
迫る杭の勢いは削がれ、狙いも狂う。
微かに身を逸らすことで心臓を狙った杭はクロスの左腕に刺さる。
「ちっ、無駄なあがきを...」
苛立つマーカスの背後から駆ける音がする。
振り返ると自分へと走り寄るアリスティアがいる。
剣を両手で握り走る。
アリスティアはクロスの教えを聞き、その真意に気づいた。
あれはいざという時に動けるようにしろという待機命令。
自分のいる方とは逆の方へ位置取ったのはアリスティアを動き易くするため。
だからアリスティアは機会を待った。
そして今、
(勝機を見つけました...)
「クロス先生!」
鬼気迫るアリスティアの迫力に気圧されるマーカスは杭を回収して盾にしようとした。
だが、杭が戻ってこない。
クロスの方へ顔を向けると、杭がクロスの身体から離れようともがいている。
クロスが筋力で無理矢理抑えつけて、杭を止めている。
再度振り返ればアリスティアも剣を振りかぶり....
振り下ろした。
床に散らばる鮮血と、切り落とされたマーカスの左手。
「ぎゃあああああっ!!!!!」
耳を塞ぎたくなるような絶叫が湧き上がる。
切り落とされた左手首には腕輪が嵌められていた。
勿論ただの腕輪ではなく、念動力の魔法の操作用の触媒。これのおかげで様々な動きを実現できたのだ。
この腕輪がスイッチとなって物を操っていた。
魔法の発動の度に左手首に触れていたので、アリスティアも見当がついていた。
だから左手を狙った。
そうすれば今度は...
「くそ、小娘がぁ」
激情してアリスティアの方を狙ってくる。
その僅かな隙があれば十分である。
「が、はっ...」
「俺を忘れてるぜ」
クロスがトドメを刺すのには。
クロスは背後から心臓目掛けて身体から抜いた杭を突き刺す。
杭がほとんど見えなくなるほどに深く、確実に心臓を貫いた。
「く、くそぉ....ダート..様、申し訳、あり....」
懺悔の言葉を言い切れず、マーカス=ピーブスは死んだ。
最初の任務は達成出来ず、そして最後の任務となった。
彼は死んだが、ただでは死んでいなかった。
それにクロスが気づいたのは直後のことだった。




