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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
第2章:波乱、そして明かされる真実の一端
22/66

その正体は...

「な、なにを.....」


 アリスティアには何のことだか分からなかったが、ジャス(相手)はクロスの言葉に明らかに動揺していた。


 その様子にクロスは意地悪い笑みで話し始めた。

「それ、『即効魔術杖(クイック・ワンド)』だろ。今時そんな骨董品を使ってるやつがまだいたとは思わなかったけどな」

「っ....!」

 その単語にジャスの顔から更に冷や汗が流れてきた。


「『即効魔術杖(クイック・ワンド)』...?」

 聞きなれない単語にアリスティアは思わず呟いた。


 その呟きを後ろから聞いたクロスは得意げに話したのだった。


「『即効魔術杖(クイック・ワンド)』は約80年前、セーレンド帝国と国境紛争をした大国アルマレスの軍部が開発した魔法士用の兵器だ。

 製作段階で内部に専用の術式を刻むことで、あとは魔力を込めるだけで無詠唱魔法を発動出来るようにするっていう代物だ」

 クロスの解説に、ジャスは後ろへと下がり出した。


 クロスの説明は続く。


「如何に素早く魔法を発動し、敵を殲滅出来るか?

 戦時中の魔法士の役割から開発当初はそれなりの戦果を挙げた。が、問題があった」

 ジャスの顔色が更に悪くなっていた。




「一つ、使える魔法は杖一本につき一つのみ。故に手の内が読まれ易く対策をとられると何も出来ない。

 二つ、仕込める魔法は中級まで。上級なんか仕込もうとすると開発の段階で暴発。開発出来ても使用の段階で暴発してしまうため、ここぞという時の破壊力が足りなかった。

 三つ、他の魔法が使えなくなる。杖に仕込んだ術式が他の魔法の発動を阻害してしまい、魔法士の長所である魔法の多様性が失われ、最初の問題と相俟って対策しやすいものになってしまった。杖を所持しているだけでも他の魔法が阻害されるから基本的に手放さない限りは一芸頼りになるからお笑い種だ。教室の生徒達を薬で眠らせたのも魔法が使えないから考えれば説明もつくしな。

 そして四つ、これが最大の欠陥だが....『魔法士の技量低下』を招いてしまうことだ」

 四つ目の問題点を機に、ジャスの顔から表情が消えた。




「魔力を込めるだけで魔法が発動されるという状況に多くの魔法士は酔いしれ、杖に依存してしまった。中級までしか使えなくても、一つの魔法しか使えなくても、殺し合いにおいては目を背けてもよかった。

 しかし、魔力のコントロール、現象のイメージ、詠唱の記憶、魔法士の成長に必要なものを全て奪ってしまうその杖を使い続ける結果、元々使えた技術も失われてしまい、紛争の終盤は魔法士の戦力低下によりアルマレスは敗走する羽目になった」

 最後の説明を聞き、アリスティアも杖の恐ろしさを理解した。


 技術というものは継続するからこそ維持と成長が可能となる。


 具体的なものなら筋力は肉体への負荷をかけ続けることで保たれ、負荷をかけずにいれば衰える。


 目先のメリットに目が眩み、その後に付き纏うデメリットを考えれば使おうなどとは、まともな思考では行き着くはずがない。


 なるほど、クロスの言う通り、このジャスは『落第』だ。

 努力した末の実力から三流と評価されたクロスに反して、この男はまず評価するための努力すらしてないのだから。




「で、反論しないってことはそういうことだよな? 落第魔法士くん」

 その言葉がとどめだった。


 ジャスという男は魔法士としては落ちこぼれだった。


 潜在する魔力(マナ)の量は多かったが、魔法の習得や技術の向上が同年代と比べて遅かった。

 知識はあっても使える魔法は少なく、鍛錬を重ねても下級の詠唱破棄すらものにするのに苦労した。


 そのため学生時代の同期はこぞって彼を『落ちこぼれ』と見下し馬鹿にした。

 なんとか卒業するも魔法士として食べていくのにも苦労し、同期生達はそれなりの職に就くことができていた。


 そんな彼が『即効魔術杖(クイック・ワンド)』を手にした瞬間、その力に溺れてしまうのは避けようがなかった。いや避けるつもりすらなかった。


 杖を手にしたジャスの行動は短絡的なものだった。

 自分を馬鹿にした同期生達に決闘を挑んでは杖の力で文字通り瞬殺した。


 いくら実力が上だったとしても、落ちこぼれと侮っていた男が中級魔法を無詠唱で行使出来るとは想像出来るはずもなく、反応が遅れて額や心臓を貫かれ呆気なく死んでしまった。


 その結果を何度も何度も見てきたジャスはいつのまにか杖の力を自分の力と自惚れるようになっていった。


 一つの魔法しか使わないのは一撃で勝負を決めるため。

 殺さないために薬を使うのはいざという時に魔法で攻撃出来るようにするため。

 同じ杖を使うのは慣れ親しんだ物の方が手元が狂わないため。


 そうやって言い訳を真実として言い聞かせ、彼は自己を保ち、強さを本物としていた。


 だが、所詮は道具頼りのメッキ塗れの嘘っぱち。


 真っ向から真実を言い当てられ、否定することも出来ないほどに見抜かれた今、彼が取った行動はただ一つ。




 殺す。

 この根拠のない言いがかりをつける男を殺す。

 三流のくせに一流の自分を侮辱する男を殺す。


 自己を保つために必殺の『穿つ雷槍(ライトニング・ピルム)』を放とうと杖に魔力を込めた。






 杖先を心臓目掛けて構えたジャスは世界の時が止まったのかと錯覚した。


 何故、杖から雷光は放たれない?


 何故、この三流は生きている?


 何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、

「何故だっ!!!」

 最初の時の落ち着きぶりが嘘のように、ジャスは慌てふためき喚いていた。


 その様子をクロスはつまらそうに冷ややかな目を持って眺めている。




「魔法ってのは、絵画に近いものだ。外界というキャンパスに対し、マナという絵の具と魔力のコントロール技能を絵筆に絵を描き、出来た絵が魔法として発動する。

 じゃあ、絵画が描き上がったキャンパスに別の絵の具をブチ撒けたらどうなる?」

 ただ、このまま黙ってしまうのは悪いので、後ろで何が起きてるのか困惑している教え子に---目の前でみっともなく声を荒げている男はどうでもいい---教えてやることにした。




「は?」

 声を荒げている男は何を言っているのか分からないと言った様子だった。


 アリスティアもクロスの言いたいことが何かすぐには理解出来なかった。

 もう一度クロスの言葉を頭の中で反芻し、そして察した。


 確かに、原理を考えればそれ(・・)は理解できる。

 しかし、現実的にそれ(・・)は実行できるのか?

 実行できるとしたら、それはつまり.....




「繊細なコントロールによって絵の具の濃淡が生まれ、引いた線が形を成すことで絵画は絵画として完成する。

 なら、他所からその絵画に絵の具をぶち撒けられれば絵画は絵画としては成り立たず、魔法は定義が破綻し何も起きなくなる」

 その説明にアリスティアは確信した。

 ジャスは戦慄した。




「特級魔法『魔導法壊(マギ・ヴァニタス)』。

 俺は高密度のマナを放出することで、俺を中心に一定範囲内の魔法を消し去ることが出来るんだよ」


「と、特級魔法だと...」

「本当に、特級魔法...」

 驚愕するジャスと対照的に、アリスティアはやはりと思った。


 魔法は発生する現象の規模や複雑さなどからランク分けがされている。

 基本的な現象を起こす『初級』に始まり、『下級』、『中級』、『上級』と現象の規模の拡大と現象の複雑さの増加に伴いランクが上がっていく。

 同時に初級から上級までの魔法は汎用性を追究して開発されてきたものを指してもいる。

 時間はかかっても、鍛錬さえ積み重ねれば上級魔法までは習得することは可能とされている。


 では『特級魔法』とは何か。

 一面から言うなら『上級魔法』の上。

 だがそれだけでは不正解となってしまう。


『特級魔法』とは個人の魂魄の性質、マナの波長、血縁といったその者が持つ特性(パーソナリティ)があって初めて成り立つ魔法の総称である。

 自らの特性(パーソナリティ)を何らかの形で外界に現象として生み出したそれは、汎用性のある従来の魔法の比ではない。


 クロスの魔法無効化もそれによるものである。

 だが、あまりにも...

「馬鹿な! 一体どれだけ膨大な魔力を使っているというのだ!!」

 ジャスの言葉はアリスティアも同意見だ。


 魔法とは基本的に魔力(マナ)を自然界に干渉させ、現象を起こすものである。

 火を出すために火種を作って薪を燃やすと考えれば分かりやすいかもしれない。


 指向性や規模は魔力で操作するが、現象自体はあくまで魔力で条件を整えた末に生まれたものであり、現象は魔力そのものではないというのが大抵である。


 だが、クロスのこの魔法は違う。

 クロスは他人が外界に対して放った魔力に自身の魔力を上塗りすることで魔法が無効化される領域を生み出している。


 つまり、魔力で現象を起こしているのではなく、魔力が現象となっているのだ。

 火を点けるために火種を作って薪を燃やしているのではなく、薪なしで火そのものを生み出しているのだ。


 それでは魔力の消費が激しくなり、平均的な魔法士の魔力量だとしたら枯渇し下手をすれば衰弱死していておかしくない。


 そんな芸当を今目の前で涼しい顔で実行しているクロスの魔力は人間の域を超えているとしか言えない。




 常識的に見ればクロスが虚言を宣っていると思うだろう。

 しかし、現に今魔法は発動せず、精々杖先からパリリと微かな放電が見られる程度であるなら、彼の言っていることは真実としか言いようがなく、否定などできる訳もない。




「それじゃ、お前も眠ってもらうと...」

 ジャスへと近づこうとしたクロスは歩みを止め、その場から飛び退いた。


 その直後にクロスが直前にいた場所に戦斧が叩きつけられていた。


「ブフゥ...テメェー」

 恨みがましい目で戦斧で砕いた床からクロスへと、ホレスは睨みつけた。


「へぇ、タフだな」

 クロスは素直に感心した。

 確実に意識を奪うつもりで蹴りを叩き込んだつもりだが、直前の自分の声に咄嗟に反応して蹴りのダメージを僅かに抑えることに成功したようだ。

 鼻血を流しながらも、足取りはしっかりとしている。

 戦斧を構えている姿から先程までの隙は嘘のようだった。




「ジャス、おれが攻めるからお前は魔法を準備しろ!

 いくらこいつが魔法を無効化してようが、それじゃまともにプラーナを扱える訳がない!」

「あ、ああ...分かった」

 相棒の言葉にジャスも冷静さを取り戻し、ホレスの後方へと位置取った。どうやらホレスもクロスの話を聞いていたらしい。


 ホレスの言う通り、『魔法戦士(ルーンナイト)』と言えど、膨大な魔力の放出に集中しなければ魔法の無効化などできるはずがない。

 ならばプラーナのコントロールも大して行えないはずだ。


 そんな憶測を確かなものと信じ、二人は攻勢に出た。




 アリスティアもそう思った。

 クロスは魔法と武技の同時発動が出来るのは知っていたが、魔力の大量放出をしている今では無理だと思った。

 よしんば出来てと『身体強化』がやっとだろう。

 だがそれではあのホレス(戦士)にまともなダメージなど与えられる訳がない。


 かと言ってダメージを与えようとプラーナを使えば奥からの魔法がある。


 手も足も出ない。


 アリスティアにはクロスの勝利のイメージが浮かばない。


 戦斧を振るい、躱して行くクロスは壁際へと追い詰められた。


「喰らいやがれ!」

 その隙を見逃さず、両腕と戦斧の双方にプラーナを集中させた武技『岩砕撃(がんさいげき)』が振り下ろされた。

 狙うはクロスの脳天。


「先生!」

 アリスティアは半ば叫びに近い声を挙げた。




 クロスの脳天へと戦斧が振り下ろされるのを見たアリスの脳裏には彼の無惨な末路がよぎった。


 だが、彼女の予想はあっさりと裏切られる。

 クロスは振り下ろされる戦斧の側面に右手を添えて戦斧の軌道を左へと逸らした。ゆっくりに見えるが流れるような動きで素早くだ。

 更に左半身を引くことで半身(はんみ)となり完全に刃に触れることはなくなった。

 この時点で戦斧はまた空振り、床へと突き刺さり軽い揺れを起こした。


 一方、左半身を引いた勢いを止めずにクロスは踊るかの如く半回転した。


 刹那、戦斧の空振りに虚を突かれた敵の胸元にクロスの左肘が激突した。

 続けて勢いを殺さず左肘を支点に左の裏拳が敵の鼻っ柱に命中。回転はまだ終わっていない。

 完全に一回転終える直前に遠心力を乗せた右拳が最後に敵の左胸を捉え、撃ち抜いた。


 拳を振り抜くと共に敵は後ろへと吹き飛び、真反対の壁に激突した。


「え?」

 アリスティアの懸念は無駄に終わった。

 代わりに既視感が芽生えた。


 いや、確かに見覚えがある。


 今の、一瞬での、一連の動き。

 その時クロスは踊っていた。


 踊っていると表現出来た。

 それだけはない、あの魔法の無効化もそうだ。


 そう、あれは、幼き頃に拐われた自分を助けてくれた....


(あの人と同じ....)

 それとは別に、今の動きは何も身体だけのものではなかった。

 なんとなくといった感覚的に捉えた程度ではあるが、アリスティアには今の一連の動きが非常に高い技術によって成り立っているのが分かった。


 動きの一つ一つ、プラーナを全身ではなく必要箇所に集中させ、それを瞬時に切り替えていき、肘や拳も激突の瞬間にプラーナを集約することで破壊力を数倍にまで高めている。


 今のアリスティアには決して出来る芸当ではない。いや、おそらく熟練の戦士であってもあの領域に至る者はほとんどいないのではないだろうか。


「ホレス? どうしたホレス!」

 壁に打ち付けられた相棒の状況を理解出来ず、ジャスはまた混乱し出した。

 先程の攻防、ジャスは魔法が発動出来る瞬間を逃さぬようにと気を張り詰めていた。

 だが、魔法は発動出来ず、まともな武技も使えないはずの相手に相棒はやられた。


「無駄だ。さっきより強く殴ったからな。しかも鳩尾、鼻、心臓と三発な」

「な、なにを...言って..」

 クロスの宣告を否定しようとするが、震えから上手く言葉が出なかった。




「だ、大体!『獅子奮迅(ししふんじん)』を使ったホレスを気絶させるなど、出来る訳がない!」

 必死に言葉を絞り出し、現状を認めようとしないジャス。


獅子奮迅(ししふんじん)』とは、プラーナで脳内の興奮物質を増加させ、肉体を強化すると共に痛みへの耐性を上げる武技である。




 いい加減、彼の見苦しい反論に飽きたクロスはもう何も言わなかった。


「言い訳の続きは夢の中でな」

 クロスは標的をジャスに変え、歩み寄る。

 ジャスは魔法を使おうとするもそれは叶わない。


 そして今になってようやく気づく。

 自分達が相手にしている男は三流などと人の尺度で測れるものではない。


 逃げたといったが、仲間の双子もこいつにやられたのだ。




 この、人の姿をした化け物に。


「じゃあな」

 鋭い蹴りをもって、ジャスの意識を完全に刈り取った。




 呆気ないものだ。

 いざ戦おうとしたら、相手にすらなっていない。

 自分が手も足も出なかった男を一瞬で倒し、一流だと思っていた魔法士の真実を言い当て余裕で倒した。


 アリスティアは昔読んだ絵本の一文を思い出した。


『勇者が踊るような動きで振るった剣は誰もが見惚れるほどに美しく強かった』


「まさか....」

 ありえないと分かっていながらも、同時にそうではないかという思いがある。


(先生は、クロス先生は本当に、あの伝説の......)

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