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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
第2章:波乱、そして明かされる真実の一端
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諦めなかった故の活路

 教室から少し離れた備品用の部屋に連れてかれ、アリスティアは乱暴に投げられた。


「かはッ...!」

 肩から床に打ち付けられた痛みで切れかけていた意識が覚醒したのは幸いというか皮肉というか。


「ほらよ」

 ホレスはアリスティアから奪っていた剣を無造作に投げ、彼女の近くに転がした。




「な、なに...」

 痛みや息苦しさを堪えながらアリスティアは立ち上がり、剣を拾う。


「へへ、丸腰じゃつまんねーからよ。 いくら勝つのが分かっててもよ」

 そう言ってホレスはしまっていた戦斧を手に取り、構えた。




「お友達を助けたいんだろ? だったら簡単だ。おれを倒してみな」

「っ!....いいわ。あんたを倒して私はエリーを助ける!」

 アリスティアも剣を抜き構えた。


(幸い、腕環もあるから魔法も十分に使える。顔に叩きつければ気絶させるくらい....)

 アリスティアはクロスの授業で教わったことを頭の中で反芻した。




『下級魔法だと威力が低い分、当てる場所が重要だ。アンデットでもない限りは、顔面に当てろ。上手くいけば気絶するし、そうでなくても怯ませて次の攻撃につなげることは可能だ。よく覚えておけ』


 呼吸を整え、相手の攻撃をギリギリで躱せると予測した間合いを保ちながら、アリスティアは位置取った。

 ホレス(相手)はアリスティアの動きをニヤニヤと見るだけでその場から動こうとしない。


 アリスティアは立ち上がる時に『身体強化』を行った。

 剣も普段の片手持ちではなく、相手のパワーを考慮して両手持ち。

 切っ先は相手に向け、目は相手の全身を写していた。


 教室での一合。

 相手は自分よりも強いということを理解している。

 だからこんな真似をしている。

 負けるはずがないという傲慢とも言えるほどの余裕から。


 アリスティアにとってはそれが唯一の勝機でもある。

 余裕は実力を発揮しやすいが、逆に緊張感がないために隙が生じやすい。

 その隙を突く。


 アリスティアは一刻も早くエリーゼを助けたいという気持ちに駆られながらも待った。


 とても長い時間が経ったような気がするも部屋に来てまだ2分程度しか経っていない時。

 相手の戦斧の刃先が傾いた。


 勝機。


 アリスティアは踏み抜く勢いで床を蹴った、駆けた。


 勢いをそのままに乗せた斬撃は戦斧に簡単に止められた。

 だが想定内。

 腕環の右手を剣から離し、相手の顔に掌を向けての...

疾風の礫(スイフト・ショット)!」

 相手の意識は掌に向いている。

 だかこれも想定内。


 魔法の発射地点は逆。

 アリスティアの左側から相手の側頭部目掛けて。

 クロスの授業で教わった座標指定。

 アリスティアは何とかこの魔法だけ使えるようになった。


 詠唱破棄で威力が落ちていても頭部に当たれば脳を揺らし、意識を刈り取れる。


 圧縮空気の弾丸が相手に迫る。




 圧縮空気弾丸が当たる直前、相手はニヤリと笑い顔を後方へ引いた。

 圧縮空気の弾丸は鼻先スレスレで通り過ぎ、霧散して消えた。


(嘘っ、読まれてた)

 そんな動揺が走る中、剣を持つ左手が押されるのを感じた。


「オラァッ!」

 ホレスが戦斧に力を込め、剣ごとアリスティアを弾き飛ばした。

 片手持ちになっていたが、辛うじて剣で戦斧を防ぐことは出来た。代わりに剣がアリスティアの手から離れることとなったが。


「残念だな。アリスティア=スターラちゃん」

「ッ!! 私の名前...」

「知ってるぜ〜最近先生の授業のおかげで座標指定での魔法発動が可能になったんだってな〜」

「そんな...」

「とりあえず!」

 アリスティアの言葉を遮り、ホレスはアリスティアの顔を掴み、床に抑えつけた。


「遊びはここからが本番だぜ」

 ホレスの目の色が変わったのにアリスティアは気づいた。

 先程までは弱者を揶揄うのを楽しもうといった様相だったが、今は本能を剥き出した獣のようだった。


 全身に悪寒を感じアリスティアは察した。

 この男は下衆だ。


 わざと相手に勝機を抱かせ、その上で実力差を見せて圧倒し、最後に自分の欲望の捌け口にしようとしている。




「へへ、楽しくやろうぜ」

「.....ッ!」

 アリスティアはもがいて抵抗するが、顔は手で抑えつけられ、両脚で胴体を挟まれる形になっているため身体も上手く動かせない。


(嫌だ、嫌だよ、先生...)

 アリスティアの脳裏にはまだ学園に来ていないクロスの存在だった。


「あ、言っとくがお嬢ちゃんの先生はもう死んでるから」

 その言葉はアリスティアの全身から血の気を引くには十分過ぎるものだった。

 目尻が熱くなり、涙が溢れてくるのを止められなかった。


「邪魔されるとまずいから外にいる仲間が始末してるんだよ。残念だったな〜大好きな先生が助けにこれなくてよ」

 蒼褪めていくアリスティアの顔にホレスは愉悦の表情を見せた。




「安心しなよ、終わったら殺してやるからよ」

 舌を舐めずり、己の欲望を更に昂らせるホレスにアリスティアの思考は停止しかけた。


『自分の命を無下にするな!』

『死んだらそれまで、救えるものも救えないんだぞ』


(ッ! 私は....諦めたくない!)

 脳裏をよぎる言葉にアリスティアの眼は途絶えかけた光を灯した。


 直後、ホレスの手に痛みを感じた。

「ん....いでぇっ!!」

 見ると、アリスティアが顔を抑えつけていた手に噛みついていた。


 アリスティアは無我夢中になってプラーナを顎や歯に集中させていた。

 一般人でも噛む力は握力よりも強いことが多い。しかも歯は人体の中で最も硬く、数値的な硬度で見れば鉄よりも硬いとされている。

 その二つをプラーナで強化した今、アリスティアの噛みつきはその不恰好さとは裏腹に十分な凶器になっている。


「ぐうぅ、この餓鬼!」

 ホレスは痛みに顔を歪めた。

 人体の中でも神経がとりわけ多い手は感覚が鋭い故に痛みにも敏感である。

 鍛えて分厚くなったホレスの手でも強く噛みつかれては堪ったものではない。


 空いた手でアリスティアの額を抑え、ホレスは噛みつかれた手を離そうとしたが、逆に悪手となった。

 剥がされる前にとアリスティアは更にプラーナと力を込め、少しながらもその肉を喰い千切ってやった。


「ああああああッ! この雑魚がぁ!」

 痛みから怒り混じりの大声を挙げ、ホレスはアリスティアを睨んだ。

 欲望など無かったかのような怒気のこもった目で。

 その隙をアリスティアは見逃さず...

疾風の礫(スイフト・ショット)!」

 今度こそ顔面目掛けて圧縮空気の弾丸を叩きつけた。


 ホレスは顔を仰け反らせた。

 このまま倒れてくれと、アリスティアは願った。




 だがその願いは虚しく、ホレスは倒れない。

 威力が足りなかった。仮にも相手は現役の戦士。肉体も相応に鍛えているため、詠唱破棄の下級魔法では不十分だった。


 ホレスも額を抑えていた手で口元を抑えつけた。また噛みつかれないようにと掌で覆うようにして。

 そして傷ついた手で戦斧を取り、振り上げた。


「遊びはもう終わりだ、死ね餓鬼!」

 殺意を持って戦斧を振り下ろそうとホレスは力を込めた。




 アリスティアは自分がもう死ぬのだと悟った。

 諦めずに足掻いた。けど、勝てなかった。

 悔しかった。悲しかった。情けなかった。

(ごめんなさい。結局、無駄死になってしまって...)




「させるかボケ」

 冷淡な声と共にホレスがアリスティアの目の前から消えた。

 いや、横へと蹴り飛ばされ壁に激突していた。


 アリスティアの目の前には今、蹴りの姿勢で固まっていた一人の人物が立っていた。


「よお、無事か、勇者志望」

「ッ.....先生ぃ」

 泣きそうな声でアリスティアは呼んだ。

 今際の際、最後まで思い浮かんでいたクロスを。






 クロスが学園に到着したのは数分前のことである。

 門番二人の遺体が放置されていたため、死因を確認することで侵入した輩の手の内を読み、生徒達のいる教室の窓ガラスに風穴が空いていたため、慌てて教室へと走った。


 だが何故か教室へは入れず、原因を探るにしても時間が惜しく、無理矢理入るには情報が無さすぎて罠の可能性もあったので内部の様子を扉のガラス部分から確認し、残留してる煙幕と意識を失ってはいるものの寝息を立てていた生徒の様子から睡眠作用のガスで眠っていることを察した。


 全員いるか確認し、アリスティアとエリーゼがいないことが分かり捜索。


 途中、痛みを訴える聞き覚えのない男の声が聞こえ声の出所を辿ると、男がアリスティアにのしかかり、斧を振りかぶっていたので蹴り飛ばしたのであった。




「無事....みたいだな」

 服装がほとんど乱れていない様から二つの意味で無事なことを確認するクロスに、アリスティアはこくんと頷いて答えた。




「せ、先生! エリーが、エリーが連れて行かれて...」

 安堵からか涙目になってアリスティアは状況を説明するも、感極まって上手く説明出来なかった。


「落ち着け。お前とエリーゼ以外は教室で眠ってるだけで無事だ。エリーゼはあいつの仲間に連れてかれたんだな?」

 壁で延びた男を一瞥しながら、クロスも自身の分かる限りの情報を話し、不備はないか確認をとった。


「は、はい....」

「そいつは魔法士で雷電系の魔法を使うか?」

「そ..そうです。中級魔法の『穿つ雷槍(ライトニング・ピルム)』を無詠唱で使ってました」

「無詠唱...」

 門番の遺体の損傷と、蹴り飛ばした男の武器が斧であったことから立てた推測はほぼ正解だったが、無詠唱であることは予想外であった。




「それはまた門番には荷が重い相手だな」

 率直な感想を述べた直後、背後から冷酷な声がかかった。


「貴様にもな」


 背後を振り向いていないが、何をしているのかよく分かる。

 背後の声の主---激しい物音に気づき、慌てて戻ってきたジャス---は杖を突きつけているのだろう。


「大人しくしてもおうか」

「はいはい、分かったよ」

 抵抗のそぶりなく、両手を上にしてクロスは立ち上がり、振り向いた。

 アリスティアも立ちクロスの後方へと動いた。




「貴様、クロス=シュヴァルツだな。ヘンゼとグレーテの兄妹から逃げたのか?」

「....まあな。二対一で勝つのは無理だが逃げるのは余裕だったよ。暗殺に特化し過ぎて逃走対策が下手過ぎるんだよ」

 辛辣な評価を余裕綽々で語るクロスに、ジャスは眉をひそめた。


(やはり逃げてきたか...話に聞く限りこの男の実力ではあの二人に勝てるはずがないからな)


 不敵なクロスの態度に訝しむもジャスはいつでも魔法を放てるように杖先を定めていた。


「悪いが貴様には死んでもらうぞ、三流魔法士」

 そう言って魔法を発動しようとした時だった。


 クロスが笑い出したのは。

 何が可笑しいのか、彼は笑った。

 軽く涙目になるほどに。


「あー、悪い悪い。いや三流なんて吐かすもんだから可笑しくて可笑しくて...ふふ」

 落ち着いたかと思えば、クロスはまた少し笑った。


「三流を三流と言って何が悪い。貴様が中級魔法までしか使えず、それも完全詠唱でなければというのは把握しているのだ」

「いやいや、そういうお前はどうなんだよ?」

「......何?」

 クロスの言葉に、ジャスは押し黙った。

 その顔に一筋の冷や汗が流れるのをクロスは見逃さず、畳み掛けた。




「どうなんだよ? おもちゃに頼りっきりの落第魔法士くんよ」

 その言葉にジャスは内心穏やかではいられなくなった。

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