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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
第2章:波乱、そして明かされる真実の一端
19/66

襲撃、双子の暗殺者

 学園長からの許可とり、明日はいよいよ休日登校。つまりは再テストの日である。


 現在、時計は頂点を過ぎ深夜を迎えていた。

 オリエの街は街灯の光を残し、ほとんどの建物からは光が途絶えていた。


 その中、街の外壁近くにあるアパートの窓から一つ、光が漏れていた。


 光が漏れている、灯りを点けている部屋でクロスはペンを片手に何やら勤しんでいた。


 辺りは静かなため、ペンが紙の上を走る音が絶えずクロスの耳に入っていた。


(んん....この問題は見たままで解けるんじゃ意味がないな。一つ一つ進めていって答えに辿り着くようにしてやらないとな)

 彼が書いていたのは明日の、いや今日の朝には行うテストの問題だった。


 最後の問題の内容が上手く思い浮かばなかったため、再三考えやっと目処が立った所なのだ。


 クロスはこの問題を解ける生徒はほとんどいないだろうことが予想でき、口元が緩んでしまった。


 そして問題が完成し、就寝した頃、空は既に白んできていた。






 結果、クロスは寝坊した。

 普段なら正確な体内時計によって適時に目覚めるはずが、問題作りに執心し、問題用紙を魔法で人数分急いでコピーし終えて気が緩んでしまい、目が覚めると既に授業開始の時間を迎えていた。


「ああ、くそ! 何やってんだよ俺は!」

 舌打ち混じりにクロスは部屋を飛び出し、走っていた。

 少しでも到着を早めるためにと路地裏を介して最短距離で進んでいた。




 走り出して数分後、微かな違和感からクロスの足が止まった。


 自分が今いる路地裏を見渡して気づく。


(静かすぎる...)

 そう、静かだった。


 人どころか鼠一匹の気配もない。

 いくら街の中心部から離れた路地裏とはいえ、浮浪者なり自分と同じように近道として利用しようとする者だっている。


 なのに今はそれがない。

 まるでこの周辺の存在が誰からも忘れられたようである。


 辺りの違和感に気づいた瞬間、背後から感じたそれ(・・)に反応し、前へと飛び出した、


 直後、クロスが今いた空間に二本の軌跡が何もなくなった空間を切り裂いた。


 微かに、だがはっきりと感じた『殺気』を伴う二振りのナイフを携え、その人物はしゃがみこんでいた。


(こいつ、上から切り掛かってきたな...)

 クロスは自分の首裏をさすった。

 殺気への反応が遅れていたら、おそらく切られていたであろう部位をさすった。


 改めてこのナイフを携えし人物を見た。


 外見からするとおそらく10代半ば、下手するとアリスティア達よりも幼いかもしれない。

 全身黒尽くめで中性的な外見故に性別は分かり難いが、服装が体のラインにピッタリなのでおそらく男だろう。

 又、ナイフの刃はよくみると毒とおぼしき物が塗られている。


「誰だ、ガキ?」

 とりあえず、形式的な質問---素直に答える訳ないので---をするクロス。


「キャハ、ダッサイよ〜ヘンゼ兄さん」

「うるさい....グレーテ」

 突如背後から聞こえた甲高い声に正面の人物---どうやら少年---が不愉快そうに呟く。


 クロスは壁を背にして前後の声の主を左右の視界に収めた。

 背後にいたのは前にいた少年と同じ顔立ちの少女がいた。

 そっちは黒を基調としたローブを纏い、手には長杖(ステッキ)と、明らかに魔術士然とした格好である。


「双子の兄妹が何の用だ?」

 再度質問をするクロス。


「キャハハ、えっとですね〜、あなたを殺しにきました〜♪ キャハ、言っちゃった!」

「グレーテ...喋り過ぎだ」

 意外にも魔法士の妹があっさり答え、兄が苦言を呈している様から嘘は言ってないようだ。


 寡黙な兄に反して、妹はお喋りなようだ。

(なら...)


「これはお前の仕業だな? おそらく『隠れん坊ハイド・アンド・シーク』か。その歳で使えるとは脱帽したよ」

「あ、分かりますか〜? やっぱり学校の先生だけあって博識ですね♪」

「グレーテ...」

「そうですよ〜。これはあなたが入った瞬間に起動させた認識阻害の結界で〜す♪」

 兄の制止など聞く耳を持たず、グレーテと呼ばれる少女は得意げに語った。


(やはり幻術か...断絶の結界なら他に誰かいるだろうからな)

 少女からの情報を加え、クロスは分析した。


 先程、クロスが言った『隠れん坊ハイド・アンド・シーク』は一定範囲内に効果を及ぼす結界魔法の一種である。

 効果は結界が張られた領域への認識阻害。

 具体的に言うと、結界の張られた領域を見ようと思っても気づけば目が逸れてしまい、聞こうと思っても他の音に耳を傾けてしまうという風に、結界の内部を認識しようとするとそれが阻害されてしまうという魔法である。

 結果、結界の張られた領域は存在しているのに存在していないかのように扱われてしまい、内部で何か起きても認知される可能性が減る。

 一度に大勢の人間の目や写像機(カメラ)のような魔道具だと隠蔽が出来ないが、元々人気(ひとけ)の少ない路地裏ならば有効な魔法である。




 そしてこの魔法の主な利用手段は諜報、そして暗殺。


 今、ヘンゼと呼ばれた少年がナイフで切り掛かって来るので暗殺目的なのが明白だった。


「さっさと死ね」

「ガキが...」

 ヘンゼの接近のタイミングに合わせ、クロスがカウンターの蹴りを放つ。


 このまま蹴りが彼の顔面を捉えて戦闘不能に出来るはずだ。


 だが、クロスの蹴りは少年の顔の前を通過し空振りに終わってしまう。

 体勢が崩れたクロスを掻い潜り、ヘンゼのナイフが交差し『十字牙(じゅうじが)』の斬撃が迫った。



 強引に蹴りとは逆の足で地面を蹴り、ナイフの間合いからクロスは逃れた。


 しかし、シャツに切れ込みが入り、躱し切れていないことが示された。




(ちっ、また幻術か)

 先程の迎撃の空振り、続く回避の失敗とらしくない自分のミスにクロスは理解し、離れた所にいるグレーテの方へと走った。

 ヘンゼの攻撃の瞬間、グレーテは何か呟いていた。聞き取れなかったがおそらく魔法の詠唱だろう。




(結界を維持した状態で『当て外れ(ミステイク)』まで使いやがるとは...)

 クロスはグレーテへと手を伸ばす。

 するとグレーテの姿はまるで煙のようにすり抜け、消えてしまった。


「キャハハ、鬼さ〜んこちら〜」

 背後で感に触る笑い声と共にグレーテが立っていた。


(自分の方は『囮替え(デコイ)』の幻で注意を引いて回避...三つの幻術の併用とは、なんてガキだ)

 どうやらしかけた魔法は三つのようだ。


 距離感を狂わせる『当て外れ(ミステイク)』を持って兄を援護し、自身の姿を象った幻を投影する『囮替え(デコイ)』で回避し、そして現在進行形で外から妨害されないようにと『隠れん坊ハイド・アンド・シーク』の結界を維持。


 幻術によほど高い適性があったのだろうが、それでもこれほどの幻覚魔法の類を使い熟すのは驚愕に値する。


(それに、この兄貴の方も...)

 壁や地面を蹴っての三次元的な移動をしながら切り掛かるヘンゼの方も妹の幻覚に合わせた武技を駆使している。


 名を『空蝉(うつせみ)』と言い、簡単に言えば気配を消す武技である。

 人が放つ気配というものは身体から漏れ出るプラーナやマナも起因するとされる。『空蝉(うつせみ)』はプラーナやマナの漏出を抑え、それによって気配を消している。

 クロスが最初の奇襲をギリギリで回避する羽目になったのもこの武技のせいである。


 気配が消えているため、視界から消えると位置の捕捉が困難となり、攻撃の軌道も見えても読み難く、妹の幻術が加わったことで攻撃も回避も有利になっている。


(魔法といい、武技といい...この兄妹、暗殺者なのは確実だ。だが...)


「おい、何で俺を狙う!」

「答える義理はない...」

 ナイフで切り掛かるヘンゼはクロスの質問を切り捨てた。

 回避に専念することでクロスも毒ナイフを喰らわないようにしている。




「キャハハ、それはですね〜」

「グレーテ...」

「いいじゃないヘンゼ兄さん。その人はどうせ死ぬんだし♪」

 兄の言葉を無視し、グレーテは更に口を開く。


「先生さんには、学園に行ってほしくないんで〜す」

「ッ!?」

 グレーテの言葉にクロスは理解し、驚愕した。




「....生徒か」

「...そうだ」

 隠すことが出来ないことか、諦めた様子でヘンゼは肯定する。


「ですので、死んでください。【光よ歪め、不可視(インビジブル)】」

 略式詠唱を口にすると共にグレーテの姿が消えた。いや、兄のヘンゼも消えている。


「安心してくださ〜い。生徒の皆さんも先生の後に送りますから♪」

 グレーテの声が路地裏に響く中、クロスは構えを解き、その場に立ち尽くした。




 ヘンゼはクロスの背後に位置取った。


 自らの武技で気配を消している。

 妹の魔法で姿を透明化している。

 着ている装束もナイフの毒も全て無臭にしてある。

 音も最小限にするように動いている。妹のお喋りによって僅かな音も隠している。




 動く様子のないクロスにヘンゼは飛んだ。

 真後ろへの警戒を用心して上から首目掛けて切りつけるためだ。


『殺せる』

 そう確信した矢先、見えないはずの自分と目を合わせてクロス(標的)が振り向き、腹部に衝撃が走った直後に意識が刈り取られたのだった。




「....え?」

 目の前のありえない光景にグレーテは呆けた声を出した。


 兄がクロス(標的)の首を切りつけようと飛びかかった瞬間、クロスが振り向き兄の位置を捉えた。

 ナイフを紙一重で躱して、人体急所の一つである鳩尾に拳を叩き込んで兄は今無力化された。


(どうして? まだ『当て外れ(ミステイク)』の効果は続いているのに、紙一重で今の兄さんの攻撃を躱せるはずが...)


「そこか....」

(っ!!)

 倒れた兄には一瞥せず、クロスは確かにグレーテの方を見ている。

 不可視化の魔法で姿が見えていないのにはっきりとした足取りでグレーテへと近づくクロス。


(まさか、今の声で...)

 瞬間、恐怖で身が竦みかけるのを堪え、グレーテは悪足掻きした。


「【囮替え(デコイ)!】」

 前もって設置しておいた魔法を起動し、自分の幻をそこら中に出現させた。


 クロスが幻に気を取られている隙にと、グレーテは息を殺し、足音を抑えて逃げ出した。

 兄が殺せない以上、攻撃手段の無い自分は逃げるしかなかった。

 とにかく逃げるなりして時間を稼ぐしか....


「逃がさねーよ」

 そんな足掻きを無碍にする声が、グレーテの背後から聞こえた。

 グレーテはおそるおそる振り返る。


 その先には幻が一つ残らず消えていた。

 クロスの瞳越しに自分の姿が見えていた。


「何で...」

 全ての幻術を破られたグレーテの疑問に答えはなく、その意識は途絶えた。






「妹は幻覚に特化するのもいいが、逃走手段を用意しなかったのは減点だな」

 クロスは倒れるグレーテを支え、既に倒れているヘンゼの方へと運ぶ、


「兄は殺す瞬間に殺気が漏れてる。暗殺者としてそれじゃ二流だ」

 酷評しながら、クロスは二人を縛っていた。

 ちなみに縛っている縄は、二人の手荷物を確認---逃走手段がないか確認のため---する時に兄が持っていた代物である。

 おそらく、暗殺の小道具の一つだろう。

 それを魔法で強化し、身動きを取れないようにすると、クロスは走り出した。




(くそ、無事でいてくれよ...)

韋駄天(いだてん)』で壁を登り、屋根伝いに走り、最短距離で学園に向うのだった。

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