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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
第1章:新任教師の幕開け
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錬金術の授業

『錬金術』

 始まりは鉛や水銀などの卑金属から金や銀の貴金属を精製しようという試みだった。


 魔法が生まれ、その開発が進む現在においては魔法道具やポーション等の魔法薬の開発といった魔法と化学の融合、超金属といった特殊な物質に関する学術的分野が錬金術の一貫とされる。


 学園の錬金術の授業ではそれらの知識を学ぶだけでなく、魔法薬の調合といった実践も行っていく。


 今日は魔法薬の講義と開発で、調合室に集合していた。


「魔法薬でも代表的な物の一つがこれ、治癒水薬(キュア・ポーション)だ」

 教卓の上に、見本の治癒水薬(キュア・ポーション)を三種置いてクロスは話を進める。

 ポーションは生徒側から見て左に行くにつれてガラス瓶の装飾が豪奢になっている。


「名前が示す通り、傷を癒す代物だ。左から下級、中級、上級と格付けされておりレベルの高いものほど効果も強力になる。

 下級なら疲労回復、止血・鎮痛の作用。

 中級はそれに加えて造血、抗炎症、自然治癒の促進。

 そして上級になれば負傷からの高速回復も可能となる」

 黒板に各ポーションの効果が記入---教卓に置いた各ポーションの位置に合わせて---される。


「専用の材料、そして治癒魔法の魔力を合わせることで治癒水薬(キュア・ポーション)は完成する。

 一昔前までは治癒魔導士以外は作れないのが常識だったが、リュアデス王国の三代前の国王が研究の末に開発したポーション用の錬金刻板(エメラルドタブレット)によってその問題は解決された」

 そう言ってクロスは幾何学的な紋様が彫られている青銅製とおぼしき金属製の板を手に取った。


「こいつに刻まれた刻印魔法によりマナ・プラーナ問わずに注いだエネルギーを治癒の魔力に変換し、薬液に浸透させることでポーションの開発を容易にしてくれる。この開発により現在はポーションの価格も安価なものになったからな」


「凄いわね」

「うん、ポーション用錬金刻板(エメラルドタブレット)の開発によってリュアデスの医療大国としての名声を更に高めたほどだからね」

 アリスティアの素直な感想にエリーゼは補足していた。


「ま、これも王族様様と言った所だな。現在も国王を筆頭に王族達は治癒魔導士としても功績上げてるからな。蘇生魔法の研究もしてるから『死にかけたらリュアデスに行け』なんて言われてるほどだ」


「蘇生魔法...」

「ん、どうしたのエリー?」

「あ、ううん、何でもないよ」




「先生、蘇生魔法って実際どういうものなんですか?」

「説明したい所だが、その前にポーションの製作をやるぞ。今日はそのために調合室使ってるんだからよ」

 生徒の質問を流し、クロスは資料を生徒達に回した。


 それは下級の治癒水薬(キュア・ポーション)の調合方法を示した物である。

「材料は後ろの棚のを使え、ついでに質の良し悪しも判断しとくように。材料の質もポーションの効力を左右するからな」


 そうして生徒達は教室の後方にある棚から材料を集め、他の棚から必要な器具を、そしてポーション用の錬金刻板(エメラルドタブレット)を教卓のクロスから受け取り、調合を開始した。


 まず、不純物を取り除いた純水をビーカーに注ぐ。今回は学園の備品として既に用意されたものを使用するが、昔はこの純水の準備にも手間暇をかけなければならない。

 初期の精製方法として普通の水を沸騰させ、その蒸気を集めて水にし、また沸騰させる。それを何度も繰り返しすことで不純物は取り除かれて純水が生まれるが、必要量の純水を作り出すという面では時間とコストが割に合わなかった。これもポーションの高騰の原因の一つとして挙げられる。


 次に不純物を限りなく取り除いて出来た純水に甘草、アカザ、巻貝の乾燥肝、オオケダテなどの薬草類を擦り潰し、濾紙で丁寧に越して混ぜる。

 当然、必要な成分を抽出するため、擦り潰しと濾紙で越すという行為にも手間がかかる。


 そして薬液になり始めたビーカーを一定の温度を維持して熱する。

 熱し過ぎれば一部の成分が壊れ、熱し切れなければ一部の成分が弱まるため、火加減には細心の注意が求められる。


 ちなみに、現在ではここまでの作業は『錬金釜(アタノール)』という道具で賄われている。

錬金釜(アタノール)』は錬金術用の調合鍋であり、現在の薬品調合の多くで用いられている。

 ただし、複雑な構造と希少な素材で作られているため錬金術と鍛治技術に秀でた者がいなければまず作れないため、大手の商会でもなければ所有できない代物だったりする。

 だが、その構造により様々な調合過程(過熱、冷却、減圧、加圧など)を可能としているため、これを製作出来る人材は常に求められ、いつの時代も不足している。




 話が逸れてしまったが、生徒達はこれまでの工程で躓いている者がいた。


 成分の抽出が甘く純水に投入する量が足りない者、温度管理を間違え、完成後の薬効が弱いのが確定した者など。

(まあ、当然だな)

 生徒達が慌てふためく様子をクロスぼうと眺めていた。


 一年の段階で魔法薬の調合を上手く出来るということはまずありえない。

 それは調合の経験を積んでいないから。

 当たり前の話なのだが、自主的にやろうと思っても材料や器具の調達で断念することが多い---主に資金的な理由で---ので大概は学園で初めて調合することになってしまう。

 だから失敗する。




 そんな中で一組だけ、調合を問題なく進めている者がいる。


「アリス、温度が高くなってきているから抑えて」

「わかった」

 エリーゼの指示に従い、アリスティアはアルコールランプの火を弱めて---蓋部分の開き具合を調整でき、それで火加減を調節できる---薬液の温度を保っていた。


 調合についてはエリーゼが主導し、アリスティアが指示に的確に応えることで二人は調合を進めていた。


 そして必要な加熱が終わり、ビーカーの中は薄い水色に変わっていた---治癒水薬(キュア・ポーション)は薬液が青系統の色で統一され、レベルが上がるにつれ、下級の水色から青、藍と濃くなっていく---ので、後は最終工程を残すのみ。


「エリーゼ、5分以内で可能なら直接魔力を込めて完成させろ」

「はい、分かりました」

(即答かよ...)

 自分の出した要求にさらりと答えるエリーゼにクロスは苦笑した。


 そして三分後。

 ビーカーの中ははっきりとした水色の薬液で満たされていた。


 クロスは薬液を専用の試験紙で反応を確認すると、

完成(パーフェクト)

 と言葉を漏らした。


 本日、最初で最高のポーションが完成した瞬間だった。






「やったねエリー!」

「うん、この前先生に魔力の込め方を教えてもらったから今までよりも速くできたよ」

 親友を賞賛するアリスティアにエリーゼは謙遜している。


「え、そうなんですか?」

「ああ、お前が死にかける前に学園でな」

「う...」




(しかし、一回教えただけで魔力の込め方をマスターするとは...魔力のコントロールだけならクラス(いち)だなこりゃ。攻撃系の魔法をあまり使わないのが惜しいな)

 以前の模擬戦にて、エリーゼが攻撃魔法をほとんど習得していなかったことを思い出し、その才能を惜しく思った。


(けどま、治癒魔導士としての将来は期待できるな)

 他の生徒達から調合のコツなどを聞かれ懇切丁寧に教えるエリーゼを眺めながら彼女の将来を予想した。






「さて、調合は初めてだから上手くいかないのは仕方ないとするか」

 その言葉にほとんどの生徒が渋い表情を浮かべた。


 結局、エリーゼとアリスティアのペアの後は市場には出せないレベルでの完成か、失敗に終わるかだった。


「ポーションの調合は今後も行うから、今回の失敗を糧にしとけ」

 クロスはポーションをチェックし採点を進める中、落ち込む生徒を励ましの言葉をかけている。




「時間も余ったし、調合前に質問であった蘇生魔法について話すか」

 黒板を消しチョークを手に取り、蘇生魔法についてのクロスの講義が始まる。




「蘇生魔法とは治癒魔法の発展系にして、文字通り死者を蘇らせる魔法だ。そのため、ある場所では神の御技と、またある場所では禁断の所業とされている」


「死者の蘇生...」


肉体()のみを治す治癒魔法に、精神()の治癒を加えることが蘇生魔法の基本的な原理だ。

 単純だが、それを実行することが困難なのは何故か?

 そいつは(こん)という目に見えない対象を治さなければならないからだ。

 生命は器である(はく)が死すれば中身の(こん)もすぐに消えてしまう。神学的な見解ではその(こん)は後に新たな形を作り、新たな(はく)の元へと収まることで生命が誕生すると言われている。いわゆる転生理論だ」

 (はく)(こん)についての図式を黒板に記しながらクロスは更に講義を続けた、



「この死んだ(こん)を治す技術がまだ不完全でな、現在の蘇生魔法はあくまで(こん)が消える前に(はく)を修復することで生命の活動を再起させているってのが実情だ」


「先生、それでは蘇生魔法とは名ばかりで単なる治癒魔法ということになりませんか?」

 蘇生魔法の現状から生じた疑問をアリスティアは尋ねた。


「確かに、今の話だとそうなる。だが、(こん)(はく)はそもそも魂魄(こんぱく)という一つの存在であり連動している。

 そのため、(はく)がその活動を停止すれば(こん)も衰弱し消えてしまうし、その逆もまた然りだ。

 肉体()が完全に治っても(こん)が衰弱していたら(はく)はその影響で活動を弱め、最後は停止する。

 最初に言ったように、魂魄(こんぱく)両方を治せるか。それが全てだ」

 そう言ってクロスはビーカーの中に蝋燭を立て、火をつけた。


「この火を(こん)とする。火の大きさが(こん)の強さだ。今は上から空気が入るため燃え続けている。

 吸気できるビーカーを健全な(はく)とする。じゃあ、これに蓋をするとどうなるか」

 クロスは蝋燭の入ったビーカーに蓋代わりの教科書を乗せた。


 すると、ビーカーの中の火は酸素の不足により小さくなり、そして消えた。


「蓋をしたビーカーは活動停止した(はく)だ。それに伴い、(こん)も消えた。

 この状態で蓋を外す、つまり(はく)を治しても意味はないのは分かるな。(こん)が消えてるからな。じゃあどうするか、それはこうだ。【灯せ、(フレア)】」

 教科書をビーカーからどかし、そして魔法で蝋燭に火を灯した。


 蝋燭は最初の時のように火を一定の大きさに保ちながら燃えている。




「これが理想の蘇生魔法の形だ。蝋燭の火を再度つけること、つまりは(こん)を蘇らすことが蘇生魔法の肝で、最終課題だ。だから治癒魔法とは区別されている」


『おおっ!』

 例えを用いた解説でようやく全員が蘇生魔法の原理を理解した。


「現在の蘇生魔法だと火が消える直前に蓋を外して火を灯しているってことだ。

 完全に消えた(こん)を治すのが現在ではまだ不可能とされている。これ期末テストにでも出すからノート取れよ」


 その話を最後に、錬金術の授業が終了した。




 教室へ戻る途中の通路にて、アリスティアとエリーゼは話していた。


「蘇生魔法か...エリーは知ってたの?」

「うん...お父様のお部屋にあった本を読んだことがあったから..」

「やっぱり。エリーのお父さん...あっ、ごめん!」

 アリスティアはその先の言葉を口にしそうになった瞬間、慌てて自分の口に手を当てた。


 そして周りをキョロキョロと確認した。


 特にこちらに視線を向ける者はおらず、アリスティアはホッと胸を撫で下ろす。


「ふふ、心配しすぎだよアリス」

 親友の反応が可笑しくてエリーゼは思わず笑みをこぼす。


「ダメよ、ただでさえエリーは可愛い分目立つんだから」

「それを言うならアリスの方が...」

「ちょっといいかな?」


「うわ!」

「あ、マーカスさんこんにちは」

 驚くアリスティアを余所にエリーゼは横から声をかけた人物に挨拶をする。


 二人に声をかけたのはこの学園の用務員として新しく就いたマーカス=ピーブスであった。


 壮年から中年の間くらいの男性で、仕事の丁寧さと行き交う生徒や職員に欠かさず挨拶をするその人柄から慕われている人物である。


「はっはっは、驚かせて悪いね。そこの窓ガラスの清掃があるのでどいてもらってもいいかな?」

 アリスティアのリアクションに気を悪くする様子はなく、二人がいた窓際のガラスを指差して説明した。


「あ、すいません...」

 謝罪を述べ、アリスティアとエリーゼはその場を後にした。


 マーカスは持っていた梯子を立て、窓ガラスを磨き始めるのだった。











 日も暮れ、月が世界を照らす時間。


 彼女は今日の出来事を日記に記していた。

 今日だけでなく、彼女は毎夜その日の出来事を書き記すようにしている。


 今日のページには授業で挙がった蘇生魔法のことも記入されていた。

 書き終えた頃、ピチチと鳴き声が聞こえた。


 机の傍らに立てている鳥籠の中の小鳥の鳴き声だ。

 綺麗な青の羽毛が特徴に残る小鳥である。


「エフィシア、もう夜中だから静かにしなさい」

 小鳥にしーと人差し指を立てながら彼女は小声で言った。


 小鳥は今日も元気だった。


 彼女はこの小さな命と出会った時を思い返す。


 父の部屋にあった本を読んでから数日後。

 庭で猫にでも襲われたのか瀕死の雛が転がっていた。


 まだ生きているのが不思議なほどだったがもう事切れる寸前だった。

 慌てて駆け寄り、本に書いてあったことを思い出し、その術を雛に施した。


 するとさっきまで瀕死だったのが嘘のように雛は元気に鳴き声をあげ、以降は自分が育てている。




 あの時、雛を救った自分の魔法。


 あれは確かに、

「蘇生魔法....」


 それが自分が今ここにいる理由。


 掛け替えのない親友と出会えた理由でもあり、そう考えると悪いことではない。

 けど、この魔法が使えることを知られてはいけない。


 自分が蘇生魔法を使えたことを話したその日、両親から聞かされた恐ろしい話。


 それがある限りこの秘密は知られてはいけない。


 自分の存在が災厄の呼び水になるかもしれない。


 自分の力が悪魔を生み出してしまうかもしれない。




 だから、これは秘密。

 親友にも決して言えない秘密。


 彼女は再度その決意を固めて眠りにつくのだった。

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