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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
第1章:新任教師の幕開け
15/66

模擬戦にて指導

「はい。今日は皆さんを可愛がりたいと思います」


『???』

 訓練場に集合した生徒を前に発したクロスの言葉に生徒一同首を傾げた。


「なんだよノリ悪いな〜お前等」

【分かんねーよ!】

 ふてくされるクロスと心の声が揃う生徒一同。


「先生、ちゃんと説明してください! 意味が分かりません!」

「ひっどっ! 先生は傷つくな〜」

「せ・ん・せ 〜」

「分かった分かった。冗談だっての、ったく、アリスティアは冗談通じねーなぁ。そんなんじゃ行き遅れるぞ」

「余計なお世話です!」

 最後の言葉にアリスティアの怒気が増したのはおそらく全員の気のせいではないだろう。

 なんかもう、角がうっすらと見えてる気がするし。




「今日は俺がお前等全員と模擬戦を行う。そこで各自の戦闘スタイルを見て、その長所と短所を指摘するから今後の自分の課題として向き合っていってもらう」

「なるほど。だから昨日の内に武器等の準備をしておけと..」

 サイモンは自分の手に持つ魔法触媒の杖を眺めた。

 昨日のクロスからの指示を聞いて、各員武器や触媒の手入れしていた。


「そういうこと。基本的に俺は相手が『戦士(ウォリアー)』なら武技のみ、『魔法士(マジシャン)』なら魔法のみで相手するからな。あくまで個人の力量を把握する目的だから文句は受け付けん。

 ちなみに、相手に応じて武器も変えたりするから覚悟しとけ」

 そう言いながらクロスは傍らに置いてある木箱を一瞥した。


 そこには学園の備品である訓練用の刀剣類や槍などの竿状武器(ポールウェポン)がぎっしり詰まっている。


「全員、訓練用魔道具を身につけてあるかお互いに確認しろ。つけてませんで死んでも責任は取らねーからな」

 自分の首にかけたペンダントを掲げ、クロスも道具の不備がないか確認する。


 この訓練用魔道具は模擬戦等での負傷を最小限にするためにと開発された代物である。

 これを身につけた着用者の全身及び武器や放った魔法すらにも目に見えない力場を発生させ、訓練用魔道具を身につけた相手の力場と反発してダメージを最小限に抑えることができる。

 要は同じ極の磁力を身に纏っているようなものなのだ。


「それじゃ、サイモン。闘技場に入りな」

 クロスはここ第三訓練場の中心にある闘技場に先に上がり、その後をサイモンが続いた。


 ちなみに、この闘技場も刻印魔法のおかげで致命傷と判定するダメージを受ける瞬間、闘技場の外へと転移するという安全装置が働いている。




「ああ、そうだ。俺は魔法士を相手にするなら先に魔法を撃たせるから、急に接近するとかないので安心しな」

「っ!....そうですか」


「あれ、わざとよね」

「多分、サイモン君を怒らせるために後で言ってるね」

 アリスティアとエリーゼは明らかに不機嫌となったサイモンとニヤニヤしているクロスを眺めていた。




(魔法は中級を完全詠唱でやっと。しかも先手をこちらに譲る。馬鹿にして...ッ!)

 苛立つサイモンは構えようとしてふと気づいた。


(馬鹿か僕は!これは先生の罠じゃないか。そう、確かこの前の授業で言ってた魔法士に重要なことは....)

 クロスの教えを回想しながら構えるのを中断し、深呼吸した。




(そうだ。魔法士は冷静に場を見据え、最適な魔法の行使を心がけること。

 あのまま構えて始めてたら減点喰らわせてやるところだ)

 落ち着きを取り戻そうとするサイモンにクロスは内心評価していた。




 そして遂にお互いに構える。

 サイモンは最近の魔法士が好んで使うワンド(短杖)---全長20cmほどで携帯しやすいのが売り---を。

 クロスも同じタイプのものを。


「それじゃ、始め!」

 審判役のトモエ---次の相手が審判を担う---が合図した。




「【痺電の稲光(スタン・ボルト)】!」

 サイモンの杖先から蒼く光る電気が力線となって放たれた。


痺電の稲光(スタン・ボルト)』は殺傷力自体はほとんどないが、生体に帯電しやすく、それによって脳からの電気信号を狂わせ肉体の動きを奪うという効力を持つ。

 そのため、下級魔法の中でも対人戦闘に有効な魔法として好まれている。


 詠唱破棄により放たれたその電撃は高速で空中を横切り、軌跡を残しながらクロスに迫った。


 そして半身になったクロスにすれ違うように飛んでいき、淡く霧散した。




「外した!?」

「杖先から出るなら外せるさ」

 驚く周囲を他所にクロスも杖を構えた。

 クロスは杖先の角度から電撃の軌道を予測し放たれてすぐに動いて射線から外れたのだ。


「【疾る風よ、敵を撃て、疾風の礫(スイフト・ショット)】」

 完全詠唱からの圧縮空気弾がクロスの杖先より放たれた。


「くっ、【対魔法防御(プロテクト・マジック)】」

 杖を振るうと共に、サイモンの目の前に淡い燐光の壁が現れた。

 防御魔法の一つであるその壁は魔法のみを対象としているため武技などの直接攻撃には無効だが、魔法に関しては高い防御力を誇る。


 壁はクロスの攻撃魔法と衝突し相殺した。

(詠唱破棄とはいえ、下級魔法で破るなんて)

 無傷で済むもサイモンの内心は穏やかではなかった。


 詠唱要略は魔法の素早い発動を可能とする代わりに詠唱が少なくなるほどにその威力や強度の低下、魔力の消費効率の悪化といった弱点が存在する。


 しかし、だからといって極端に威力が落ちたり魔力の消費量が増す訳ではない。

 脳内での魔法のイメージ構築精度を高めたことで詠唱を省ける訳である以上、極端なパワーダウンはまずないのだ。


 そもそも、『対魔法防御(プロテクト・マジック)』は下級ながらも同格の実力者が相手なら完全詠唱である程度の中級魔法まで防ぐことができる魔法である。


 つまり、サイモンの詠唱破棄による防御をクロスが完全詠唱で破れたのは一重に、

(僕と先生との魔法の技量の差か...)

 防御が破れたサイモンは走り出した。


 クロスは完全詠唱で魔法攻撃を続けて放ってくるため、防御よりも回避が有効と判断しての行動だ。


「【痺電の稲光の第一射アインス・スタン・ボルト】、【第二射(ツヴァイ)】、【第三射(ドライ)】っ!」

 サイモンの杖から電気の力線が連続で三本放たれた。


(魔法連唱(ラピッドファイア)か、やるな)

 クロスは感心した。


魔法連唱(ラピッドファイア)』は同じ魔法を連続で行使する高等技術である。しかも、詠唱破棄で行うとなるとかなりの難易度を誇る。


 クロスはまだ授業で教えておらず、中等学院の教育でも教えていない領域にあたる。

 それが示すのはサイモン自身が鍛錬を積み重ね、己の技量を高めたという証拠。


(なるほど、こんな芸当ができるなら俺の授業に文句を言う訳だ)

 感心をしながらも、クロスはこれを素直に喰らうつもりはない。


「【突風(ガスト)】」

 急な突風が横殴りに吹き、そのままクロスを押し飛ばした。

 詠唱破棄にした分、威力は落ちているので大して飛ばされてはいないが、サイモンの攻撃の射線から外れるには十分であった。


「【駆け抜けよ】....」

 吹き飛ばされながら紡がれるクロスの詠唱にサイモンは慌てた。

(この詠唱は...!)


「【蒼き電光】...」

「【他が魔力を阻め】....」

 略式詠唱で追いつき防御魔法を張り、サイモンは防ぎ切ろうとする。


 クロスがこれから使う自身の得意魔法である...

「【対魔法防御(プロテクト・マジック)】!」

「【痺電の稲光(スタン・ボルト)】」

 クロスの詠唱が完成する直前にクロスとの間にサイモンの防御魔法が形成された。




 だが、クロスの杖から魔法は放たれない。

 そんな疑問が生じてから一拍遅れて...

「うあっ!」

 サイモンの杖を持つ手に電撃が直撃し、その痛みと痺れから杖を取りこぼしてしまう。


「そこまでだ」

 クロスは模擬戦の終了を告げた。




「おいおい、以前教えてやったこと忘れてたぞお前」

「忘れた、って一体...あ」

 そこでサイモンは気づく。

 自分の攻撃を回避するためにクロスが行使した魔法。

 杖先からではなくクロスの真横から吹いた突風。

 そして防御を張ったのとは別の方向(・・・・)から来た電撃。


「座標指定....」

「そうだ。普通は杖を使えば杖先から魔法が出るというのが常識だ。だから俺は別の位置から魔法を発動した。

 お前は杖を使ってる分、攻撃直前の『突風(ガスト)』のことも頭の中から抜け落ちていたしな」

「くそ、そうだった...」

魔法連唱(ラピッドファイア)を使ってみせたし、魔法の技術は見事だ。

 詠唱破棄の防御では破られると判断して略式詠唱に転じてみせるなど判断力も悪くない。

 だが、常識的な判断のみとなっているから、搦め手に対して今後どうするのかも想定しておくといいだろうな」

「...御指導感謝します」

 俯き気味に礼を言いながらサイモンは闘技場を降りていった。


「サイモン、悔しがってるわねら」

「うん、一撃も当てられなかったしね」

 アンナの言葉にアキラも同情を禁じ得なかった。




「次いくぞ」

「はいでござる!」


 トモエはクロスの前に立ち、愛用の薙刀『岩融(いわとおし)』を構える。


「おうおう、元気がいいな」

 クロスは木箱を漁り、次の武器を探した。

「なら、これだな」

「ん、それでいいのでござるか?」

 クロスの手に持つ武器を見て、トモエは眉根を寄せる。


 クロスが手に取ったのはナイフである。

 しかも、刃渡り10cmほどの小型ナイフを一本である。


「馬鹿にしていると思うならそう思って構わないぜ」

「性格が悪いでごさるよ」

 挑発的な笑みのクロスに対し、トモエは冷静さを戻した。


(さきほどの手合せもだが、先生はこちらから冷静さを奪おうとしているでござるな)


「それでは、始め!」

 開始の合図がくだされ、トモエが駆け出した。


「うおおおおっ!」

 プラーナを薙刀に纏わせての薙ぎ払いが繰り出された。

 武技『鋭刃(えいじん)』により切れ味が高まった薙刀の一撃は巨岩すらも切り裂く威力を持つ。


 それをクロスは数歩後退することで刃先スレスレで躱した。


「逃がさん!」

 そのまま突きへと転じ前へと踏み込んでの追撃。


「おっ、と」

 クロスは小さなナイフの刃で器用に受け、ダメージを避ける。


「まだまだぁ!」

 そのままトモエは攻勢を保ち、対してクロスは危なげなく回避と防御を繰り返す。


 そして何度目かの攻防にて、トモエは一歩踏み込むと共に軽く掬い上げるような軌道で振り抜いてきた。

 クロスの背後は闘技場の端ギリギリであるため回避は不可能。


 なので、クロスは振るわれる薙刀をナイフの刃に滑らせるように当て、薙刀の軌道を上方へと逸らした。


 意外な対処に内心困惑するも、トモエはそこから力技で強引に薙刀を振り下ろした。

 リーチのある薙刀は遠心力により勢いが付きやすい反面、勢いを途中で止めて行った振り下ろし。

 彼女の膂力の強さを伺わせる。


 だが、クロスに言わせれば「たわけが」だった。


 呟きと共に裏手に持ち替えたナイフの刃に滑らせ、薙刀は闘技場の石床へと沈んだ。

 更にその勢いからトモエは前へと倒れそうになってしまい死に体となってしまう。


 それを見逃す道理はないクロスは容赦なくがら空きの胴体にナイフの刃を当てた。


「はい終わり」

「え、ちょ!」

「長物振り回してる以上、懐に入られたら終わりだろうが」

「う、はい...」


「トモエ、動きは悪くなかった。身体能力も申し分はない。

 だが、攻撃を逸らされて姿勢が崩れ気味の所を力技でいくな、アホ。

 それが躱されたら無防備にも程があるぞ。最悪を回避するためにも一旦間合いを取ること覚えろ。猛牛かお前は」

「うう、以後気をつけます...」


 この時点で、生徒達は萎縮していた。

 サイモン、トモエ、そして以前の決闘にてアリスティア。


 クラスの中でも特に腕の立つ三人がこうも簡単に負かされた事実に、クロスの力量の高さと、その底の知れない薄気味悪いものを感じ取っていた。


 まがりなりにもこの学園の生徒であるが故のプライドも、クロスによって打ち砕かれ、次は自分かと思うと引け腰になる者もちらほら。


「はい、次ィッ!」

 だが、クロスはそれを許さない。






 模擬戦が終わり、生徒の多くは予定通り凹んでいた。


「ったく、何凹んでだお前等。それでも英雄志望かっての?」

 アフターケアなどなく、容赦なく言葉を叩きつけるクロス。


「いいか、お前等は運がいい」

 何処がと訴える視線を向けられる中、クロスは話を続けた。


「速くに自分の弱点を知ることが出来た。それがお前等の幸運だ。

 仮に今戦時中だったとしよう。そしてお前等は新兵として駆り出されるとする。

 当然、まともな訓練は受けれず、いきなり戦場に出されるだろうな」

 生徒達から唾を飲む音が幾つか聞こえる。


「右も左も分からず、自分と相性の悪いやつを相手にする。当然あり得ることだ。

 対策も身につけていなかったらお前等はどうなるか?

 当然敗北だな。じゃあその後は?

 まあ、死体か、捕虜になって拷問か、奴隷となって尊厳もなにもかも奪われる、って所だな」

 クロスの話に生徒一同の血の気が引いた。


 その反応を愉快そうにクロスは笑うだけだった。

「だからお前等は運がいい。自分の強さも弱さもこれから知っていく機会がある。そしてそれを克服する機会もある。

 そうすれば今までよりも勝つことができる、負けないことができる。

 死んだらそれまで、死にたくなければ生き抜け、負けたくなければ負けるな。以上だ」

 丁度、授業終了の鐘が鳴り響いた。

 クロスは訓練所から出て行った。




 アリスティアは今日のクロスとの模擬戦の時、前回のような不意を突かれぬように警戒した。

 クロスは剣を片手に魔法を行使するというアリスティアと同じ戦術を披露した。

 前回とは異なり王道的とも言える戦い方にアリスティアも釣られてしまった。


 剣技には剣技で、魔法には魔法でと迎え撃つクロスとの模擬戦が楽しくなり夢中になろうとした途端、鍔迫り合い時に足払いを受け、剣を突きつけられてしまった。

「勇者を目指すなら生きることを目指せ。命の取り合いをするなら汚さも学べ。綺麗な戦い方など何の役にも立たないからな」

 クロスの戦い方は確かに汚いと評されるものだ。

 だが、自分達が身につけようとしているのは殺し合いでも生き抜く術。


 相手も生きるためには何が何でもする。


 今回の模擬戦はそんな戦い方ばかりだ。

 意表を突き、思考を読み、手の内を変え、そして勝つ。


 一人なのにまるで何人もの人間が代わる代わるに相手をしてくれていたようだった。

 あの若さでどれほどの経験を積み重ねたのだろうか?

 あの若さでどれほど濃密な鍛錬を続けてきたのだろうか?


 教わったことを反芻しようとする一方で、アリスティアはクロス=シュヴァルツという人物が気になっていた。


(もしかして、先生は....)


「アリス、どうしたの?」

「え、あ、ううん。なんでもない」

 親友に意識を呼び戻されたので思考を終了した。

 自分で考え始めたたのにありえないとあっさり否定した上で。

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