惹きつける授業、いきなりの暴露
新任教師、クロス=シュヴァルツの授業は最初の一週間から激変した。
ただし、変化したのは内容ではなく授業を受ける生徒達の様子がである。
内容は基礎的分野を軸にしたものだが、それによって得られる技術に生徒達はものにしたいと意気込んでいた。
ただし、簡単に得られるものではないと現在進行形で後悔している。
「オラァー、ちんたらしてんじゃねーぞ!」
訓練場にクロスの叱咤の声が響き渡る。
訓練場には生徒達が走っていた。
今日の実技授業は全員揃ってのランニングだった。全力疾走での。
『戦士』型、『魔法戦士』型は『身体強化』を施した状態で延々と走り、大きく遅れて『魔法士』型は軽く瀕死寸前の状態で走っていた。
授業開始時に魔法士の生徒はごねた。もう盛大に。
だが、クロスは容赦しなかった。
「魔力が切れた魔法士が一番にやらなければならいことは『逃げる』ことだ。
少なくても、味方の邪魔にならない位置に動けるようにはしろ。魔物相手に死体になりたきゃさっさと喰われてくたばりな」
戦士の生徒は『身体強化』を維持しろというからこっちもごねた。ほんと豪快に。
でやっぱりクロスは切り捨てる。
「戦士に必要なのは『動ける』ことだ。強化の武技で更に動けるようになる以上、戦士同士の戦いは強化の維持がまず重要だ。『身体強化』は基礎中の基礎なんだから、これをキープして戦えなければ英雄なんてのは夢のまた夢だな。歴史に一切残らない無謀な馬鹿になりたいなら休んでいいぞ」
もう頑張った。辛辣過ぎるクロスの言葉に発奮し頑張った。
1時間後。今回は前もって周回数を決めていた---1周500mほどを30周ほど---ので、終わった生徒から順に倒れていった。
「おい、まだ授業中だから寝るな。5秒以内に起きなければもう一回走らせるぞ。そうだな.....30kgの重り付きで」
『殺す気かぁっ!!!』
「よし、起きたな」
さらりときた脅しに生徒は一斉に起き上がった。
「よし、それじゃ今日は肉体強化の武技について実践も交えて話すぞ。
肉体強化はプラーナで強化したい部位を活性化させることでそのスペックを高めるのはもう分かってるな」
頷く生徒一同。
「『身体強化』は全身にプラーナを巡らせて全身体能力を強化する武技だが、全身に満遍なく強化を施す以上、大して強化はされない。当然元々の身体能力がものを言う」
そんな説明を聞いてまた走らされるのかと内心恐怖する生徒達。
「とは言え、肉体の耐久性とかも上げてくれる以上、『身体強化』は身を守る意味でも大事だから最も利用されているけどな。
それとは別に、肉体の一部のみを強化する局所強化の武技を説明するぞ」
「先生に質問でーす」
「何だアンナ?」
『戦士』型であるアンナが質問したのでクロスは説明を中断した。
「今の説明だと、『身体強化』が最も重要なら局所強化の武技は習得する必要性が低い気がするのですが」
「そうだな。実際、局所強化の武技は使い熟せない内に使おうとする自滅が必至だ。
でもな、使える手が多いってのはそれだけで戦闘で生き残る確率を高めてくれる。故に、習得はしておけ」
クロスの言葉は妙に説得力があり、その言葉は生徒達の耳に入り込んでいった。
「まあ、実際に局所強化の利点を見せてやるよ」
クロスは生徒を引き連れ、訓練場の壁沿いにまで移動した。
訓練場は学園の各所に設けられ---生徒の増加に伴う増設から---ており、この第十訓練場は城の外壁沿いにある。
外壁は侵入防止のため、10mもの高さを誇り石造りの外観に反し、刻印魔法により強度は鋼鉄に匹敵する。
「じゃ、いくぞ」
そんな外壁を前にした生徒達から離れた位置---外壁との距離は変わらず---クロスは走り出した。
脚力強化の武技『韋駄天』により驚異的な速度を出している。
様子から外壁と並行に走るのかと思いきや、勢いを殺さず、壁へと迫りそして...
「え!!」
「うそっ!?」
脅く生徒を余所に壁に足をかけて駆け上がり垂直のまま壁を踏みしめ走ってみせた。
確かに外壁はいくつもの石材を積み上げて作っているため多少の凹凸はあるから足を引っ掛けて登ることは可能である。
それでも、壁を登るどころかそのまま真横へと疾走するのはいくらなんでも無茶苦茶だというのが生徒の総意であった。
壁を走りながら地面へと降り、着地したクロスは涼しい顔で一言。
「はい、皆さんも頑張れば出来ます」
『嘘つけ!』
「嘘じゃねーよ。引力に逆らう速度、強化された下半身に負けぬよう姿勢を保つ技術、そして度胸。これがあれば理論上は可能だ」
口で言うには容易いが実践するのは困難にもほどがある。
そもそも、局所強化の難点は今クロスが言ったように一部のみを強化するために強化した肉体の力に他の生身の部分がついていけなくなるリスクが挙げられる。
ましてや、『韋駄天』は脚力強化の武技の中でも最高峰。最初に覚える『俊足』ですら足の動きに身体が追いつかず転倒するリスクがあるというのだから、クロスの誰でも実践可能という話はもう有り得ないとしか言いようがない。
別の手段として、重力操作の魔法はあるので魔法士の生徒ならできそうだが、ここまでの動きを可能にするには難易度の高い魔法になってしまう以上、魔法士にも無理と言えてしまう。
「とりあえず、局所強化の武技として『俊足』、『剛力』、『頑健』は習得してもらうぞ。武器関係なく使える以上習得して損はないからな」
『は、はい!』
三本の指を順に立てていくクロスの授業方針に生徒は困惑した。
ちなみに、武技はそれぞれ脚力(下半身)強化、腕力(上半身)強化、肉体の耐久性強化である。
「それじゃプラーナの知覚練習を始めるぞ」
『はい!』
こんな風に、実演を交えての授業に生徒達は驚かされると同時に惹きつけられるため、地味で嫌っていた基礎訓練を続けていた。
また後日の魔法に関する授業も生徒達を惹きつけて離さなかった。
「大概の魔法使いの弱点は、詠唱で手の内を読まれることだ。詠唱破棄だって魔法の名称を口にする以上、速さに自信のあるやつなら十分回避できる」
クロスは魔法の呪文詠唱の要略について黒板にびっしりと書いていた。
呪文の一部を省く『略式詠唱』を始めとし、
詠唱を完全に無くし魔法の名称のみを口にする『詠唱破棄』に続き、
そして名称すらも口にしない『無詠唱』で終わる。
当然、下へいくほど習得の難易度は高くなる。
そのため、この詠唱要略とそれで行使出来る魔法の階級によって魔法士の技量が判断出来るとされている。
「詠唱は発動する魔法のイメージを補完するのは前にも言ったよな。と、するとだ。こんなこともできる」
クロスは両の掌を生徒に見せるように出した。
「【灯せ、火】。【照らせ、明かり】」
二つの初級魔法を発動し、それぞれの掌から少し上に浮かぶように小さな光球と火の玉を生み出した。
そう、光球、火の玉の順に。
「え?」
「どういうことだ?」
「聞き違ったっけ?」
生徒達は首を傾げ近くの席の仲間と先程のクロスの詠唱の内容を確認し合ってしまった。
クロスは『火』、『明かり』の順に詠唱をしたのに掌から現れたのはその逆の順番であった。
「『詠唱改変』技術の入門編だ。詠唱によるイメージ補完の際に別の魔法のイメージを構築することで、従来の詠唱とは異なる詠唱で魔法を発動するってわけだ」
魔法とはマナを外界に放出することで発動する。その際、詠唱によって脳内にあるとされるクオリアという領域ではこれから起きる現象をイメージとして形作り、そのイメージをマナを経由して外界に送ることで魔法は発動するとされる。
クロスは以前、キャンバスに絵の具で描いた絵画が魔法だと例えたことがある。
「光と火はどちらも明かりとなるからな、発動現象のイメージがしやすい分詠唱改変はやりやすい。
ま、詠唱によるイメージを従来のものとは別にしなければならない分集中力が求められるけどな」
「先生、それはどんな魔法においても使える技術ですか?」
「そうだな。個人の技量が求められるが理論上は上級以上の魔法でも可能だ」
生徒の質問に対する回答に生徒達は息を呑んだ。
「ただし、改変出来る詠唱は原則同じ階級か下の階級の魔法のみだ。
下級の詠唱で中級以上の魔法とかはまず発動できないからやろうとするなよ。発動しないだけならまだしも、下手したらマナが急激に奪われたりして死ぬ可能性があるからな」
詠唱が異なっても詠唱をする以上、詠唱要略の技術よりは行使しやすい。
それがクロスが話す詠唱改変の利点であった。
又、詠唱で手の内が読まれるリスクがある以上、詠唱とは異なる魔法が発動できれば以前の座標指定技術と組み合わせればかなりの使い方が考えられる。
ただし、先程もいうようにイメージを連想しやすいかどうかも重要となる。
『火』は主に火種や簡易の照明として用いられるため、同じく照明目的で行使されることの多い初級の『明かり』は連想がしやすいのでその分詠唱改変がしやすい。
これが水を出す『水』だったら、初級魔法とはいえ『火』の詠唱で発動するのは格段に難易度が高まってしまう。
「下級以上なら同じ系統で詠唱改変を出来るようにするのをまず目指すといいぞ。
いきなり系統別の詠唱改変は効率が悪いしな」
当然、系統が同じ魔法の方がイメージの連想が最もしやすい。
「ま、俺は詠唱改変は下級が限界だけどな。魔法の行使自体、フル詠唱でも中級がやっとだし」
『え?!』
「せ、先生、今...なんて?」
「ん、俺は中級魔法までしか使えないって話か?」
さらりと流したクロスの暴露にエリーゼは勇気を持って確認した。
そしてクロスは平然と自身の魔法の技量を明かした。
余談だが、セーレンド帝国及び同盟国内の魔法士及び魔法戦士の魔法技量について、毎年各国内での調査・確認されている。
その調査結果では、高等学院の学生クラスの生徒の大半は、卒業の時点で中級魔法でも略式詠唱をものにし、下級魔法なら習得したもの全てを詠唱破棄で使うことが出来ると示されている。
学園の教員や研究者クラスなら、上級魔法を習得し、中級魔法なら幾つかは詠唱破棄をものにしていることが多い。
だがクロスの言う魔法の技量は謂わば、中等学院の卒業レベル程度しかない。
「なんだ、三流魔法使いの俺から授業は教わりたくないか?」
わざとらしい質問を笑みと共にクロスは尋ねた。
その様子に生徒は何も言わなかった。
平気な顔で自身の弱さを明かすなど嘘だろうと思ったが、以前のアリスティアとの決闘の件を考えると、あながち嘘とも言えなくなる。
魔法の技量が乏しいのならあんな風に自身を不利に追い込むようなルールの提示を自分から出せたのも頷ける。何しろルールがあろうがなかろうが関係のない話になるのだから。
又、決闘を瞬時に終わらせたあの靴飛ばしのような予想外な闘い方もそういう事情から磨いた戦術とも考えることが出来る。
そんな疑惑が教室内に満ちようとするのをアリスティアは止めた。
「先生、それは本当なんですか?」
真偽を問うアリスティアの質問にクロスはどう答えるのか。
疑惑からざわついた教室を静かにした。
アリスティアがこの質問をした意図は単純に確認のためなのか。
それともそれが本当なら決闘についての勝敗やテストの採点などに意義でも申し立てるつもりなのか。
「嘘はつかねーよ。昔色々あってな」
「....どうしてそんな秘密を話してくれたんですか?」
周りの思惑は一切関係なく、アリスティアはただただ不思議に思い尋ね、クロスの回答に対し更に尋ねた。
自身の弱さを明かす狙いが分からない。
下手したら折角まとまってきたクラスがまた崩壊しかねないのに。
「そりゃお前、俺じゃ知識として上級以上の魔法を教えることが出来ても実践が必要な時に何もしてやれないんだ。
そういう時には学園長の婆さんにでも頼まないといけないしな。その時になってどうして俺が教えないんですかって尋ねられて答えるのも手間だからよ」
『......』
肩の力が抜けるような感じがした。
生徒達への配慮もあるが、言ってしまえば面倒事を前もって避けたいという不純な動機。
クロスらしいといえばクロスらしい回答だった。
「もし上級魔法を覚えたいって言うんなら、学園長の婆さんにでも頼りな。俺は無理だから手間かけさせんなよ」
「は、はい...」
アリスティアはそれ以上何も言えなかった。
(昔ってことは...以前は上級魔法も使えったってこと? でも、魔法の技量を損なうようなことって一体...)
新たな疑問が生まれるも、それ以上聞く気にはどうしてもなれなかった。
昔のことを口にした時、クロスの顔に浮かんだ微かな陰りがそれ以上踏み込むのを躊躇わせてしまったために。




