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○○教師が教える英雄学  作者: 樫原 翔
第1章:新任教師の幕開け
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譲れない意志に根負け

「はあ...」

 何度目になるか分からない溜め息を漏らしながら、アリスティアは歩いていた。


 別段疲労している訳ではないのに足取りが重く感じられた。


 理由は分かっていた。

 決闘の後にクロス(担任)に言われた言葉だ。


 決闘に負け、勇者になる資格はないとまで言われた。それなのに自分は言い返せなかった。

 クロスの言葉に反論するだけの言葉が出てこなかった。




 悔しかった。

 自身の夢を否定され、それに立ち向かうことも出来なかった自分が情けなくて仕方なかった。




「あの人は、なんて言うんだろう?」

 ポツリと漏らした言葉の人物を思い出し、胸が微かに熱くなるのを感じた。






 10年前。

 当時5歳だったアリスティアはまだ勇者というものを凄いとは思っても目指そうとは思わなかった。


 そんな彼女が勇者を目指そうと思ったのはその頃に起きた誘拐事件がきっかけだった。




 気づいたら、自分は馬車に乗せられていた。

 猿轡(さるぐつわ)をされ、手足も縛られていたため助けを呼ぶことももがくことも出来なかった。


 馬車の中や御者をしている男達のみすぼらしい身なりからすると野盗の類いと見てとれた。

 だが、しばらくして馬車が止まった人気(ひとけ)のない森の中には、その場に似つかわしくない身なりの整った男が待っていた。


 後日分かったことだが、この男が今回の誘拐の首謀者であり、自分を攫った者達は金で雇われた指名手配中の凶悪な盗賊だったとのことだ。

 首謀者の男の話し声を聞くに父に恨みがあるようだ。


 アリスティアの父、ルイス=スターラは帝国の法務省に籍を置き、主に国際貿易の管理職としてその辣腕を振るっている。

 結果、禁止薬物等の違法取引、不正資金の横領といった問題が発覚。関与した者達は財産没収、投獄、役職の解任などの処罰を受けた。


 おそらく、この身なりのいい男も父により不正を暴かれ裁かれたのだろう。




 だが、そんな話は今のアリスティアにはどうでもいい話である。

 今分かっているのは、自分が父への復讐に利用され、身の危険が迫っているのだということだ。


 傷めつけるか、いっそ始末するかといった物騒な物言いが耳に届く度にアリスティアは恐怖に駆られた。


 もう家族とは会えないのか。

 もう友達とは会えないのか。


 そんな絶望感に意識を刈り取られかけた時だった。


『あの人』が現れたのは。




 こんな森の中なのだから多分、たまたまこの場に来ただけなのだろう。


 ローブで全身が覆われていた『あの人』は、確かに自分の方を見てくれた。

 そして自分を助けてくれた。


 誘拐犯の一人が剣を振るって襲いかかるも、『あの人』はひらりと躱し、鋭い蹴りで文字通り一蹴した。

 一瞬のことで、何が起きたのか他の誘拐犯達は状況を理解出来ていなかった。


 男の手から溢れ落ちた剣を空中で掴み取り、他の男達の方へと駆け出した。


 この時になって誘拐犯達も『あの人』が自分達に斬りかかってきたのだと理解し、迎え撃とうとした。


 だが、その抵抗も無意味なものだった。

『あの人』はまるで踊っているかのような軽やかな動きで誘拐犯の男達を切り捨てて行った。

 使っていたのがなまくらの剣だったのか数人切って折れたりもしたが、そしたらそれまでに倒した男達の武器を拾い上げて戦うだけだった。


 魔法士も何人かいて魔法を放ってくるが、『あの人』がローブを大きく振ると魔法は消えて当たらなかった。


 大きな剣や盾で防ごうとしても、『あの人』はそれごと切り捨てた。


 最後には、『あの人』しか立っていなかった。

 首謀者の男は助けを求めるも、『あの人』は何も言わずに男を殴り飛ばした。

 男が木の幹にぶつかり気を失うと、『あの人』はこちらの方へと振り返ろうとした。

 だが、アリスティアは『あの人』の顔を見る前に気を失ってしまった。


 気がついた時は両親が側にいて、自分がベッドで寝ていたのに気づいた。


 誘拐犯達は全員逮捕され、アリスティアは無傷で救出されたのだった。


 救出してくれた憲兵隊の人が言うには、現場に駆けつけた時には誘拐犯達は一人残らず縛り上げられ、アリスティアは馬車の中で寝ていて、毛布もかけられていたとのことだった。

 アリスティアは『あの人』のことを話し、両親もお礼をしたいと探してくれたが『あの人』を見つけることは叶わなかった。


 見返りを一切求めず、指名手配の盗賊団を相手に一人で戦った謎の人物の噂は帝国内で軽く騒がれたりもした。


 ある人は言った。その人は世捨て人の魔導師ではないかと。

 またある人は言った。きっと武者修行の旅をしている戦士だろうと。

 またまたある人は言った。いやいや、そいつは名も無き英雄だと。


 そしてアリスティアは思った。

『あの人』はきっと、寝物語として母や父が聞かせてくれた『勇者』なんだと。

 更に思った。そんな『勇者』に、私もなりたいと。


 これがアリスティア=スターラが『勇者』を志す時であった。






 そんな幼い頃のことを思い出したアリスティアの胸中は、先程までの重苦しさは薄れていた。


(そうよ、あの先生に何て言われたって私は諦めないんだから!)

 逆に燻っていた胸の中の火が昂ぶってきた。


(決闘の時に死ぬ可能性ですって! いいわよ、答えを見つけてやるんだから!)

 その火はクロスへの対抗心を糧に更に燃え上がらせ、炎へと変わっていった。


 と、そんな決意を胸に秘めている時。

 辺りが妙にざわついているのに気がついた。


「あなたたち、危ないから降りなさい!」

 女性の大きな声が聞こえたので、アリスティアはその声の出所の方を見た。


 すると、そこには人集りが出来ており、人々は軒並み上を見ていた。

 彼女等が集まっているのはこの街の名物の一つの時計塔であり、上を見ているなら普通は時刻を示す文字盤が相場である。


 だが、今回は少し違う。

 人々が見ている視線の先は文字盤の下の階層に位置する吹き抜けの通路である。

 誤って人が落ちないようにと敷かれいる金属製の柵の向こうからまだ5〜6歳くらいの男の子が二人、下の人々の様子を面白がって眺めていた。


 そんな様子を見たアリスティアは急いで走り出した。




「だいじょーぶだよ、ほら、へいきへいき!」

 男の子の一人は安全だとアピールしようと柵を掴んで揺らしていた。


 この時計塔は本来関係者以外は立ち入り禁止で、ドアを鍵がかけられている。

 だが、木製のドアは雨風による腐食から下側の部分が脆くなり子供なら簡単に通れる穴が出来ていた。


 それを最近知った男の子はいつも一緒に遊んでいる幼馴染の子と共に忍び込んで時計塔の中を遊び場にしているのだった。


 柵から下を覗き込んでいる自分達に気づいた大人達の反応を子供達は面白がり、今度は二人で柵を揺らした。

 大人達から悲鳴に近い声が出始めていた。


 まだ幼い故に子供達は気づいていなかった。

 入り口のドアの様に、雨風による腐食が進んで来ているために時計塔の各所が危険であるということを。

 その中に、自分達が今遊んでいる柵も含まれているということを。


 前へと体重をかけた瞬間、ばきっという音と共に柵が外れた。


「「え?」」

 自分達を支えていた柵が支えてくれなくなったことで子供達も共に空中へと投げ出された。




 悲鳴に近い声から本当に悲鳴が上がり、哀れ子供達は地面に激突するのでは多くの人々が恐怖し、目を背ける者もいた。


 だが、地面に激突したのは柵のみだった。


 目を背けた者も含め、人々が再度上を見ると....


「く、ううぅ....」

 一人の学生が男の子二人を片腕で抱え、もう片方の手で時計塔の縁を掴んで耐えている姿がそこにあった。




 アリスティアはあの時計塔が雨風や経年劣化等の理由で近々大きな補修を行うという話を聞いていたため、慌てて中へ入り子供達を連れ戻そうとした。

 幸い、子供達も利用したであろうドアの下に出来た穴は強引に行けばアリスティアでも通れるサイズであった。

 何気に自身の胸元に手を当て、小ささが功を奏したのだと思うと泣きたくなったりもしたが。


 とにかく、それによって子供達が落ちる寸前に何とか惨事を先延ばしすることに成功したのである。


 そう、『先延ばし』しただけだが。




 アリスティアは咄嗟に『身体強化』を行い、子供達を抱え、自身も落ちないようにと堪えているがそれが限界であった。

 いくら子供とは言え、片腕だけで自身も含めた三人分の体重に負けずに通路の方へと登るには無理があり、アリスティアにはそれ以上どうすることも出来なかった。


 下にいる人達は慌てて中に入ろうとするも、ドアは鍵がかかっており壊すにしろ、鍵を持っている整備士の元へ駆けつけるにしろ時間がかかる様子であった。


「こ、怖いよぉ」

「うえぇーん」

 子供達は真下を見てパニック寸前に陥り、このままでは暴れて落ちるリスクが生じていた。




「だ、大丈夫よ!」

 子供達がパニックになりそうなのを、アリスティアは声を張り上げて言った。


「お姉ちゃんがいるから安心して! だって私.....勇者を目指してるんだから!」

 胸を張って言ったその言葉は、子供達の気持ちを多少なりとも落ち着かせてみせた。


 しかし、そんな言葉とは裏腹に時計塔の縁を掴む彼女の手は耐え切れず、遂に離れてしまった。




 重量に任せて落ちるこの状況で、アリスティアは子供達を抱え、自身の背を下に向けた。

(せめて、この子達を...)

 自分をクッションに、最後まで悪足掻きをしようとした。






「武技『韋駄天(いだてん)』、【猛る風よ、吹き荒べ、突風(ガスト)!】」

 突風が吹いた。


 落下するアリスティア達の真横から。


 真横から来るのは風だけでなかった。


 その風に押されるように、一人の男が颯爽と壁を走り、そして壁を蹴って空中にいるアリスティア達を両腕で受け止め、そのまま滑るようにして地面へと着地した。


 摩擦で着地した彼の靴裏から焦げ臭い匂いがする中、辺りの喧騒は治っていた。


「よう、勇者志願者。何くたばろうとしてんだよ」

「せ、先生...」

 小馬鹿にするような声にアリスティアは閉じていた目を開け、自分を抱き上げているクロスをその目に映していた。








「バカヤロウッ!!! 時計塔は遊び場じゃねーだろうがッ!」

 クロスの容赦ない怒号が二人の男の子の真上から降り注がれていた。

 二人の男の子とアリスティアは今、時計塔から離れた広場で正座をさせられ説教を受けていた。

 その様子を遠目に見ようとする者達もいたが、クロスの剣幕からすぐに離れていった。


「遊びたいならちゃんと、公園なり広場なり、危なくないとこで遊べ! 分かったか?」


「「は、はい〜」」

 涙目&涙声で男の子二人は揃って返事をした。

 その後、親とおぼしき女性がお礼と謝罪を述べて子供達を連れ帰っていった。おそらく家に帰った後も親からの説教があるのだろうと思うとアリスティアは同情を禁じ得なかった。




 日が沈み、暗くなった広場にはクロスとアリスティアの二人しかいなかった。


「アリスティア...」

「は、はい...」

 おそるおそるクロスの方へ顔を上げようとするアリスティアに...ビシッとクロスの手刀が脳天に叩き込まれた。


「お前もお前だ! 子供助けようとして、自分が死んでどうするつもりだ! 勇者になるとかぬかして、死んだら元も子もねーだろうが!」

「....でも...」

「ん?」

 ポツリと溢れたアリスティアの言葉にクロスは説教を中断した。


「あの子達を無事なら構いませ、痛っ!」

 アリスティアの反論を、クロスは頭をはたいて中断した。


「自分の命を無下にするな!」

「痛ぅ...」

「死んだらそれまで、救えるものも救えないんだぞ」

「.....」

「ったく....ここまで無鉄砲なのは久しぶりだよ」

「え?」

「こっちの話だ」

 そう言ってふと黙り込んでしまうクロスに、アリスティアも黙り込んでしまった。


「アリスティア=スターラ、お前は勇者になるのを諦めないんだな」

「ッ!.....はい、先生が何て言っても諦めません!」

「はあ....そうか。なら、俺も応えてやるよ」

「え?どういう...」

「昼間は悪かったな、俺も言いすぎた」

「へ?」

 いきなりの謝罪にアリスティアの思考は停止した。


「何間抜け面晒してる? お前が勇者になるのを諦めないってんなら、俺も生徒を無駄死にさせるわけにはいかないんだ。だから鍛えてやるよ」

「ほ、ほんとですか?」

「嘘は言わねーよ。とりあえず、やれることは増やしてやる。お前も、クラスの生徒も全員な。覚悟しとけ」

「は、はい!

 よろしくお願いします!」


(まったく、また教え子に根負けかよ...)

 意気揚々とするアリスティアを他所にクロスは内心苦笑していた。


「あ〜、おい、アリスティア」

「え、何ですか?」



「その......説教してなんだが、よくやった」

「ふあっ?! え?」

 褒め言葉と共に頭を撫でてくるクロスの急変ぶりにアリスティアは顔が熱くなるのを感じた。


「自分の命を粗末にするような行為を褒めるのはこれっきりだ。次は自分も相手も助けられるようになりな、勇者志望」

「は、はい!」


 今までと違い、言葉の裏にあった嫌悪感のようなものがないクロスの言葉に、アリスティアは初めて勇者志望と言われて嬉しくなった。


 その日、勇者志望の新入生と勇者否定の新任教師の対立が終わりを迎えたのだった。

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