掌の中の楽園
店の照明を半分落とし、手元を照らすライトをつけた。その光の中に結婚式の引き出物でもらったコップを机の上に置いた。コトン、と重みのあるコップは、用途をそのままに、飲み物をいれて飲むと手が疲れてしまいそうだ。
けれど、グラスサンドアートにはぴったり。色のついた砂をゆっくりとコップに入れていく。閉店後の店内は静かで、花たちのわずかな息遣いまで聞こえてきそう。
青、水色、白。波を描くように、さらさらと音をたてて落ちる砂。還暦を過ぎようとしているみず穂は、花屋に嫁ぎ、今まで休みもなく仕事と子育てをしてきた。貧乏暇なし、というやつだ。
みず穂にとってのバカンスは、いつだってコップの中。ハワイのビーチ。スペインの島、メキシコの空。現地に行くことは叶わなくとも、作ることは出来る。
幾重にも重ねられた砂で、今日はオーストラリアの海を作っていく。ハートリーフ・ホワイトヘブンビーチの写真を見ながら、最後は表面に白い砂でハートのサンゴの塊を表現する。
もう少しで完成。老眼ですっかり見えないし疲れやすくなった。すぐ腕が震えるしトイレも近い中、頑張った。最後は竹串で整えて完成だ。
絶体絶命の瞬間はすぐに訪れた。砂のハートを整えようとした瞬間、むずり、と鼻がかゆくなる。止めようにも止まらない。寄る年波には敵わない。
脳内葛藤が忙しい。ダメだ、我慢しなくては。いや、くしゃみを我慢したら腰にくる。せっかく何日もかけて少しずつ作ったのに! ああ!