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鳥居の手前では、八代くんが侵入者と対峙していた。鳥居の高さを超える大鬼だった。
「おじいさんはいないの?」
私は意を決して聞く。神主のおじいさんなら相当な実力なはず。
ちらりと八代くんは私を見て、視線を大鬼に戻す。
「留守中だ。俺の実力がないばかりに、妖怪が侵入してしまった」
鳥居の中には侵入していないが、大鬼は棍棒で結界を叩き割ろうとしている。侵入されるのは時間の問題だろう。
「来た!」
結界にヒビが入り、大きな手で押し広げて赤い足を踏み入れた。
「くそ!」
八代くんは札を何枚か出して、その中の一つを発動させた。
大鬼の上から雲が出てきて雷が落ちる。大鬼の髪を軽く焼いただけで、効果はないようだ。
私は捕まえたあるものをカバンに忍び込ませる。小さな抵抗にあうが、「悪いようにはしないからじっとしていて」と囁く。
錫杖に力を込めて、先端に静電気が帯びる。大鬼の急所を攻撃するようだった。
八代くんは低い姿勢で走り出す。錫杖全体に稲妻が起こっていた。八代くんの手から錫杖が離れようとする。
「待って!」
「え?」
私の声に八代くんが立ち止まった。大鬼はその隙に棍棒で襲いかかる。八代くんは衝撃を受けて後方に飛ばされる。
落ちる前に、一回転して着地した。
「どうして止めた! 攻撃のチャンスがなくなったぞ」
怒鳴りながら、札を飛ばして結界を張り直す。大鬼は荒れ狂い、棍棒で強く叩く。
私は一つ提案した。
「浄化の術で気を引くことできない?」
「さっきやった。全然効かないぞ」
「ーーこうすると力が出るみたいだよ」
私は八代くんの手を握った。八代くんは目を見開いて、顔が赤くなる。
数秒の沈黙後、八代くんは自分の手を眺めた。何かに気づいたようで「浄化、やってみる」と言った。
八代くんが手を上げて振り下ろすと矢のような光が走った。威力は増している。
大鬼に当たると、赤い燃えるような瞳が、一瞬熱が消える。
私は持っているものを持ち上げた。
「大鬼さん! あなたが探しているのはこの人なんじゃないの?」
小さな蛇だった。木の陰にいるところを捕獲した。結界の薄れたところから神社に迷い混んでいたようだった。
大鬼は私の手をじっと見つめた。
『そうだ、俺の妻だ。やっと見つけた』
大鬼の禍々しい気配が晴れていく。蛇が大鬼のところへ浮かび上がり、大きな手のひらに乗って消えていった。
「どうしてわかった?」
「大鬼が探しものがあったってこと? それは、嫌な感じがしなかったからかな。あとは神社に入るっていうのは妖怪にとって危険なことだから」
危険を犯してでも探していた人がいたということ。
妖怪に追いかけられていた経験が役にたったようだった。
境内に配置されていた、狐の像の一体の口が動く。
『どうやら葉月の役目は終わったようですね』
像は九火の男の姿になった。
私が見ている先が八代くんには見えていないようだった。
「八代くん、私はもう戻らないといけない。これ、私のお守りなの。代わりが見つかったから預けておく」
カバンに付けていた鈴のキーホルダーを八代くんに渡す。私には先輩から貰ったお札があるからもう必要はない。
八代くんは訳がわからないという表情をする。
そりゃそうだよね。順序だてて説明する時間はないみたい。
『現在に転送します』
私の周りに光が満ちて、その場から消えた。
私が未来から来たと八代くんが知ったのは、少し後の話。
「戻った……?」
学校の屋上にいた。
目の前に先輩がいる。首の青い毒は消えていた。
先輩は睫毛を震わせて、うっすらと目を開ける。
「先輩! よかった!」
「気を失っていたのか」
先輩は体を起こす。
「葉月は過去に行っていたのか」
「九火さんに連れていってもらったの」
先輩は納得して頷いた。
「昔、神社に侵入してきた大鬼を退治してしまったことがある。妻の蛇を探しにきていたんだな。今回の大蛇はその蛇だったんだな」
ありがとう、と先輩が言う。
先輩が眩しくて顔が見られない。
「前に葉月に会ったとき、子ども扱いされたのが悔しかった。高校で再開したときに年上になれて嬉しかった。つい先輩と呼ぶように言ってしまった」
先輩が先輩と言われて嬉しそうにしていたのは、過去に年上の姿で会っていたからなんだ。
「葉月からもらった鈴、今も持っているよ」
「……ほんとだ」
先輩の手にある、錫杖に付いている鈴は青く錆びていた。でもわかる。おばあちゃんの鈴だ。時の流れを感じる。
ずっと持っていてくれたんだと嬉しくなる。
「好きな人から貰ったものだから大切にしていた」
ん? 好きな人?
先輩は私を指差す。私は混乱したまま、自分で自分の顔を指差す。
「だから、葉月が好きだったんだ」
私?
「私ですか!?」
先輩の顔は赤くなっていた。多分私も同じくらい赤いだろう。
「10才のときに初めて会ったときが初恋だった。あれからずっと好きだった。付き合ってほしい」
「……はい」
私も好きでしたと言うと、先輩は手を握ってくれた。顔は一瞬反らしていて、耳まで赤かった。
銀髪の男は大蛇からの憑依が解けた少女ーーファンクラブのリーダーを保健室へ運んでいた。
心地よい揺れに少女は目を覚ます。
「大丈夫か? 倒れていたが」
「私どうして……。すみません。運んでもらってしまって」
少女はお姫様抱っこに気づき、体を起こしかける。男は口角を上げて安心させるように笑う。
「まだ動かないで大丈夫」
銀髪がさらりと流れて男の頬にかかる。
「助けていただいてありがとうございます。失礼ですがあなたのお名前は」
「九火という」
「九火様……」
ファンクラブのリーダーが新しい恋に落ちるのには時間はかからなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
「先輩と呼べ」という先輩と、先輩と手をつなぐシーンを思い浮かべて、この話を作ることにしました。
先輩と狐の掛け合いが書いていて楽しかったです。