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狐が銀髪の美しい男になった。黄色い瞳が人でない者だとわかる。彼は人の形になった方が力が出るのだと言う。
先輩は眠ったまま目を覚まさない。心配になる私に男は言った。
「八代を助けてくれないか」
「私が?」
「そうだ。八代には強い呪いがかかっている。これは私の力では解けそうにない」
「どうやって解けば」
男は眉を寄せて、小さく息を吐く。
「それは知らない」
え? 知らないの?
困った私に男は言う。
「大蛇の呪いの元を絶ちきればいいんだ。その当時に葉月さんを送ろう」
その当時?
男は、鳥が飛び立つ姿を細かい筆致で描かれた扇を手首の力で開く。
私の返事を聞く前に、扇を閉じて術を完成させたようだった。
「え? ちょっと!」
待って、と声が出る前に体がぐらりと揺らぐ。後ろから何かの力に引っ張られる。目の前が白色に包まれた。
風が吹いて、さらさらと木が揺れる。樹齢が長い木々で、幹が太い木が植わっている。
ここはどこだろう。
階段を上がると鳥居が見えた。境内に入ると狐の像が二体配置されている。
大きな石に「八代神社」と彫られている。先輩のおじいちゃんが神主をしている神社だ。
和装の男の子が前を横切る。
「待って」
思わず言っていた。振り返ったのは、あどけない表情の10才くらいの男の子。
先輩だ、幼い頃の。泣いていたようで、目を赤く腫らしている。
「八代くんでしょ。泣いているの?」
先輩と呼ぶには幼い顔だったので八代くんと呼んだ。カバンの中のハンカチを取り出す。
「泣いてないよ!」
私の手を振り払って八代くんは走っていった。
大蛇の呪いの元を絶ちきらないといけない。何年か前の、この空間にヒントがあるはずだ。
八代神社の鳥居をくぐる。歩いていくと、石畳に右側に手水舎がある。マナーにならい、手と口を清める。冷たい水が気持ちいい。
神社の周りを散策する。道の両側に灯籠が並んでいる。歩いていくと、石畳がなくなった。境内の外に出たようだ。先を見ると、木の陰から八代くんの姿が見える。
顔だけ覗いていると、八代くんは札を持って何かの術を発動していた。
私の視線に気づいたのか、八代くんはこちらを見る。
「危ないからそこから動かないで」
気づくと横に、一つ目小僧がいた。八代くんが札を飛ばすと、札から稲妻が発する。妖怪は驚いて逃げていった。
「ありがとう」
「お前、妖怪が視えているな。ボーっとしていると狙われるぞ」
フンと顔を反らす。
でも、なんだか背伸びをしているような感じがして、
「かわいい……」と呟いていた。
「かわいい言うな!」
八代くんの顔が赤くなる。
どうして泣いていたのと聞いたら、八代くんは「じいちゃんに悪に染まった妖怪は殺せ」と言われたからと口を開いた。
「全部が悪に染まっていなければ殺す必要なんてない」
八代くんは遠くを見つめて悔しげに言う。
「思うように行動してみればいいんじゃないかな」
私は思わず言った。嫌々行動しても上手くいかないかもしれないし。
「いいや、じいちゃんは合っている。変に手を緩めると、そこをつけこまれる」
わかってはいるんだけどな、と八代くんは苦々しく笑った。
視線の端を小さな蛇が通った。驚く私に八代くんは「蛇は幸運の証という。そっとしておこう」と言う。蛇は小刻みに動いて草むらに消えた。
人形の紙が八代くんのところへ飛んでくる。耳をすませて報告を聞くと、顔色を変える。
「妖怪が侵入してきた。ついてくるな!」
神社の正面に向かって走り出す。
神社の敷地内は特別な結界があり、妖怪は入ることができない。私も妖怪に目をつけられたときには、神社に逃げ込んだことがある。
ふと違和感を覚えた。どうして神社に妖怪が侵入するのだろう。
ついてくるなと言われたけど。
私も八代くんの背中を追った。