表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先輩と呼べ  作者: 八木 愛里
3/5


 少年は一人、妖怪と対峙する。鳥居を超える大きさの大鬼だった。

 幼さが残る少年を助けに来る者はいなかった。師匠の祖父が留守中だったからだ。

 大鬼が神社に侵入しようとしている。祖父の教え通り、退魔の術を発動させる。急所にあたり、大鬼は消え失せた。

 同時に邪悪な気配が木の影から生まれたが、少年は気づいていない。その気配はサッとなくなる。


「久々に昔の夢を見ていたな」


 カーテンに朝日が照らされ、八代は伸びをする。

 夢の最後に、必死な少女の顔が浮かんだ。

 あの人は……。




 最近、先輩のことで一つ気がついたことがある。先輩の後ろに時々、狐の影が見えるのだ。悪い影のようには見えないので、仲間なのだろう。急に独り言を言っているときは狐と会話をしているのかも。


「よ! 部活動はもう決まったのか?」


 先輩は見かけたら声をかけてくれた。見ただけでハッピーになれるのは本当だ。


「友達と料理部に入ることにしました。食べる専門になっちゃいそうですけど」


 瑞穂に誘われて料理部に入部した。デザートの日が待ち遠しい。

 先輩の後ろにいる狐が『料理いいなぁ』と言っているのが聞こえる。


「後ろの狐、可愛いですね」


周りに人がいないことを確認して、こっそり言う。


「生意気な奴だよ」


 狐は眉をひそめるが、先輩が頭を撫でると気持ち良さそうにしている。犬みたいだ。


「名前は九火(きゅうび)というんだ。九つの火と書いて」

「いい名前ですね」


 その時、鋭い視線を感じた。


「先輩、ちょっと見てきます」

「どうした?」


 校舎の角まで走る。そこには誰もいない。先輩が追いかけてくる。


「誰かいたような気配があったのですが、気のせいだったようです」


 私は首を振った。

 でも気のせいにするには露骨すぎる。用心するに越したことはないか。




「田村さん、ちょっと用があるんだけど」


 クラスメイトの一人に声をかけられた。

 え、と瑞穂と顔を見合わせて「すぐ戻ってくる」と言ってから校舎の裏に行く。

 先輩のファンクラブの人達に囲まれていた。五人の女の子が腕を組んで私を睨んでいる。

 背中に冷や汗が流れる。


「どうしてあんたが先輩と話してるのよ」

「先輩の隣に一般人がいるなんて許せない」


 口答えをしたら火に油を注ぎそうだ。人通りがないので助け呼べない。我慢していたら、胸ぐらを捕まれる。


「黙っていないで何か言いなさいよ。この泥棒女!」


 中心にいるファンクラブのリーダーから頬を叩かれる。痛かった。

 ファンクラブのリーダーを見たら、黒い靄がかかっているのが見えた。瞳には生気がない。

 下を向いて黙っていたら、他の女の子は弱気になり、「これくらいでやめとこうよ」と言う。

 リーダーは手を緩めない。誰かに操られているようだ。


「何やってるんだ!」


 先輩がやってきた。リーダーは一瞬瞳に光が戻るが、すぐに焦点の合わない目になった。

 リーダー以外は、先輩を見た瞬間に逃げ出した。

 先輩が手に集中して素早く術を唱えると、リーダーは苦しみだす。黒い影はリーダーの背中から剥がれる。

 獰猛な大蛇だった。先輩と無言の睨み合いになる。大蛇は首を持ち上げて、噛みつきにかかる。

 先輩は「こっちだ」と手を差し出す。私は手を取って走り出した。

 大蛇は土煙をあげながら追ってきている。距離が少し開いたところで先輩は走りながら言う。


「葉月の友達からファンクラブの人に呼び出されたと聞いた。危なかったな」


 瑞穂、先輩を呼びに行ってくれていたんだ。「ありがとうございます」と言って頷く。

 下校の時間が近くなって、人とはすれ違わなかった。階段を登って屋上に出る。

 上がった息を整える。先輩についていくので精一杯だった。

 大蛇はすぐに私たちを見つけて、地面から這ってくる。


「九火」


 声に反応して狐が出てきた。


『はい』

「あれ、頼む。狐火」


 大蛇に向かって青い炎が広がる。青い炎で包まれた後、大蛇は尻尾を大きく揺らす。揺れが激しくなると青い炎は掻き消えた。

 狐の瞳孔がスッと細くなる。


『効いていないようですね。狐火に浄化されるはずが。恨みが強いようです』


「葉月。手、もうちょっとこのままにさせてくれ。この方が力が出る」


 視線を下に落とすと、先輩の手を握ったままだった。逃げていたときからずっと。急に恥ずかしくなってきた。自分の手の汗が気になる。

 力が出るというのは? という疑問を持った私に応えるように、「妖怪が視える人と手をつなぐことで、退魔の力が高くなるんだ。すまない。我慢してな」と言った。


「紅蓮の炎」


 先輩の手から赤い火柱が出てきて、大蛇を焼く。苦しんだのは一瞬のことで、尻尾で振り払って反撃してきた。先輩に向かって飛びかかってくる。

 先輩は錫杖で受け止める。ちゃりん、と鈴の音がする。

「くっ!」


 手に力が入り、大蛇を突き飛ばす。後ろに飛んでいくが、尻尾から着地するとまた向かってきた。

 大蛇の動きは早かった。低く構える先輩に近づいてきたかと思うと、姿がぶれて一瞬消える。


「痛っ」


 先輩は苦しげに顔を歪める。後ろから先輩の首を噛んでいた。大きな歯が首に食い込む。


『やばい。毒を吐かれる』


 狐は葉を頭に乗せて、目を閉じて念じると光に包まれる。狐はいなくなり人の形になった。銀色の長髪が美しい、着物を身に付けた男だった。

 男は長い爪で大蛇に切りかかる。大蛇の皮膚から黒い靄が放出され、素早く歯を離した。睨みをきかせる男に、傷を負った大蛇は苦しげに逃げた。

 男は先輩に駆け寄ると、噛まれたところを見る。


『毒が少し入っているな』


 歯形を手でなぞる。銀色のこぼれるような睫毛が色気がある。


「九火……。無理させてごめんな」


 先輩は力なく言う。首から少しずつ青色が広がっていく。

 先輩はゆっくり瞬きをすると、静かに目を閉じた。


「え? 先輩!」


 先輩は目を閉じたまま動かない。手を伸ばすと、私の手を男が封じた。


『動かすな。毒が余計に回ってしまう』


 じゃあどうすれば、と言った私に男はある提案をしてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ