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クラスが発表されると私の机の周りに女の子が集まってきた。
八代先輩と登校していたの見た子から話は広まっていたようだ。
「八代先輩とは知り合いなの?」
集まった一人が興味津々で聞いてくる。
「そんなんじゃないよ。少し話しただけで」
慌てて否定するが、「いいなー」と口々に言う。
「八代先輩の姿を見ただけでハッピーだもん」
「ねー。あんなイケメンだよ。目の保養になる」
どうやらファンクラブがあるようで、新入生の中でも有名だった。
根掘り葉掘り聞かれて、満足したようで人がいなくなる。
一つ後ろの席で、静かに本を読んでいる女の子がいた。同中で盛り上がるクラスでは少し浮いていた。
手に持っている本はカバーをかけている。
同じ匂いがする。中学時代から本を読み尽くしていた。少女系のライトノベルだった。
紙の質がクリームがかった色で、少し厚手の本なのだ。その本を女の子は持っている。カバンにはぬいぐるみが付いている。オタクにしか通用しないような。
「そのぬいぐるみ『ホットドックくん』じゃない?」
「え?」
「かわいい! 持っている人に出会えるなんて!」
思わず『ホットドックくん』を手に取る。ホットドックに手足が生えていて、少し吊り目が憎めない。
少女系のライトノベルのヒーローキャラクターが魔女の呪いで返信した姿ーーホットドックくんだった。ホットドック好きのヒロインに補食されそうになりながら、ヒロインのピンチのときには本当の姿で戦う姿がカッコいいのだ。
ふと気がついた。私の勢いに女の子は驚いているようだった。
「って、初対面で興奮しちゃってごめん。私も携帯の待受画面は『ホットドックくん』なんだ」
携帯の画面を見せる。隠れてファンしてます。
最初恥ずかしそうにしていたけれど、ライトノベルの面白さを力説したところ伝わったようだ。
女の子は野沢瑞穂という名前で、「瑞穂って呼んでね」と言われた。話し始めると明るい印象になった。
先輩について情報集めてみよう。
「瑞穂は八代先輩に興味ないの? ライトノベルの王子みたいな見た目だし」
「興味はないかな。ちょっと好みではないんだよね。同じ中学出身だったけど人気あったよ」
「どんな人が好みなの?」
「外人か、ハーフみたいな人かな」
先輩は純和風の見た目だった。瑞穂の好みからは外れるらしい。『ホットドックくん』も中世ヨーロッパが舞台の話だったし。
「八代先輩の家はどんな感じなの? 私、他の中学で全然知らなくて」
瑞穂は一瞬驚いて、「他の中学なら知らなくて当然よね」と前置きする。
「わりと有名なんだけど、おじいさんが八代神社の神主しているよ。お祭りとか行くと、八代先輩の和装を見にファンが集まるし」
美少年の和服姿を想像するとニヤニヤが止まらない。そりゃ似合うでしょ。和服姿といえば、弓道をしている男性の真剣な姿もツボだ。戦国時代や新撰組の設定もグッとくる。
「葉月もファンの一人だったわけね。わからないでもないけど」
私の表情がモロに出ていたのか、瑞穂は軽く笑った。
まさか妖怪に追いかけられていたところを助けてもらいましたなんて言えないよね。
先輩から貰ったお札の効果は抜群だった。通学中や授業中に妖怪がいたずらしてくることはなくなった。時々、黒い影がすれ違っている気がするけど、標的にされず無視ができていい。
「先輩」と呼ぶとなぜか嬉しそうな顔をする。一度見かけると目が離せない。これが恋なのかまだわかっていなかった。
制服の内ポケットにお札が入っているか手で確かめる。よし、ある。クラスでは同じ趣味の友達ができたし、新生活は順調なのかもしれない。