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ジュースはストローでブクブクすると、アミノ酸がブレンドされて旨くなる

「おい華坊! なにまったりしてんだ。早く準備しろよ」


布団の上に寝そべりながら聖書を読んでいるところに未來のガサツな声が割り込んできた。

普段なら「話しかけるな」という牽制の目で持って応えるところだけれど、今日は隼人と町に行くと言っていた日。

私は用事があると嘘をついて断った手前、ここでごろごろしているわけにはいかないのだ。


「私は用事があるから行けないって。早川君から聞きていないの?」


「用事? 一体何の?」


う……外で遊ぶことのない私に対して、このストレートな質問は辛い。

なんて言おうか?


「また、図書館か? それなら隼人と遊んだ後でもいいだろ?」


未來が知らずに助け船を出してくれた。

そう、私が外出する数少ない理由である図書館行き。

その手で行こう。


「そうなの。今日は図書館に返さなければいけない本がいっぱいあるのよね」


「返すだけならすぐだろ? なら一緒に行こうぜ」


なぜか食い下がる未來。


「いや、あの、ついでに本も借りるからさ。私本選ぶのに時間がかかるし、その間待っていてもらうのも悪いしね」


「あ? 気にすんなよ、そんなこと。あたしらいくらでも待つし」


しつこい奴。

こんなとき、コイツのように怒鳴り声の力技で場を言いくるめることができればどんなに楽だろう。

いやいや、それは知的な人間のすることではないな。

思い直して、根気よく諭す。


「だからね、私は誰に気にすることなくゆっくりと選びたいのよ? わかる?」


子供を相手にしているようだな。

まあ、未來の知能レベルはほぼ小学生なんだけど。


「だ~か~ら~! お前が気にしなければいいんだよ! あたしらは好きで待っててやるんだから」


早くも限界が訪れる。

私も意外と短気なのかな?

いや、そんなことはない。

相手が未來だからこそこうなるのだ。


「もういいってば! あんたらだけで楽しんできなよ」


「いいからお前も来いよ。でないと……」


そこまで言って突然未來は口をつぐんだ。

なんだろう?

この思わせ振りな態度は。


「でないと? なんなの?」


気になったので追求すると未來は口ごもり、目を泳がせながら、癇癪を爆発させた。


「あ~! もう! わかったよ! なら、あたしらだけで行ってくるから、お前は来るな!」


「来るなもなにも、初めっから行かないって言ってるだろうが……」


「ふんだ! 華子のハナタレ!」


いまどきの小学生でも言わないレベルの悪口を残して部屋を出て行った。

一体何がそうも怒りを駆り立てたのか?

本当にわけのわからないヤツ。


◆■◆


『ったく華子のアホ。うまいこと隼人との距離を縮めてやろうと思ったのに』


なんだか怒りがおさまらない。

まぁ、頼まれたわけじゃないし、華子が言うところの大きなお世話なんだろうけど、やっぱり釈然としない。


「おい未來、飲み物ブクブクさせんなよ。汚ねーぞ」


町に出たときに必ず寄る喫茶店で、大好きなクリームソーダを飲んでいるところに、隼人が買ったばかりのジャンプを取り出しながらお小言を言った。

隼人ごときが何を偉そうに!


「うるせ! 楽しみながら飲んでんだよ! 邪魔すんな!」


そう言うとあたしは思いっきりストローに息を吹き込んで、ジュースをさらに勢いよく泡立てると、隼人はあきれ顔でなおも続けた。


「いまどき小学生でもやらねーぞ、そんなこと。てか、お前本当に女かよ……」


「旨くするためのおまじないだよ。唾液に混じっているアミノ酸がミックスされて、さらに美味しくなるの知らんのか? このドたわけが!」


もちろんデタラメ。

グルメ番組でアミノ酸イコールうまみ成分と言っていたのが、頭の隅に残っていたので、適当にドッキングさせたまでのこと。

すると隼人はおでこに手を当てる頭痛のジェスチャーをしながら言った。


「あのな、旨味の成分はグルタミン酸な」


「あ? アミノ酸だよ!」


「もういいや。わかったよ」


勝った。

ざまあみろ。


「ところでよ、お前んとこはジャンプの早売りやらねーのか?」


本来であればジャンプは月曜日からの販売になるのだが、一部のお店では土曜日に売りに出しているところもあるのだ。

いつもはウチで買ってくれるのだが、今週号はどうしても先が気になる連載があったので、早売りを手に入れるために町まで買いに来たのだ。


「バカ言うな! そんなルール違反できるわけねえべ! お店やる上での仁義だよ」


と建前をもっともらしく並べ立てる。

けど、実はというとウチは田舎すぎるので、入荷が遅いだけなのだが。

本音で言うと、あたしだって早く読みたいのだ。


「ふーん、そんなもんかねぇ……」


隼人がジャンプをテーブルの上に置いたのを見て、すかさずにかっさらう。


「おい、こら! 買ったヤツさし置いて先に読むとか、どんだけ掟破りなんだよ! 無法にもほどがあんぞ!」


今週の『北斗の拳』はケンシロウVSラオウのとてもいいところ。

先が気になって仕方がなかったのだ。


「うるせーぞ! お前は家帰ってからゆっくり読めや!」


「それを言うなら、お前だって入荷すれば好きなだけ読めるだろが!」


「アホウ! 商品に手垢つけるわけにはいかねえんだよ!」


「本当かぁ? この間お前に朝持ってきて貰ったジャンプ、ページの間にスナック菓子みたいなのがはさまってたぞ?」


ドキッ!

それはあたしがベッドに寝そべってお菓子を食べながら読んだ時のやつかも。

ヤべーヤべー。

今後は気をつけないといけないな。


「あと、『北斗の拳』のページの間に陰毛みたいな縮れ毛もあったけど、あれもお前のだろ?」


いやらしい笑顔を浮かべながら隼人が言った。

あたし、一気に恥ずかしくなる。

即座に言い訳をした。


「んなわけねーだろ! なんで枕元にマン毛なんて転がってんだよ!  寝ながら読んでもはさまりようがねぇべ!」


すると、あきれ顔の隼人。


「テメー、やっぱ商品に手つけてんじゃねえか」


うぐっ、ひっかけられた。


「ったく、簡単に釣られるなっつうの。にしても、お前、女がマン毛はねーだろよ? もう少し乙女としての慎みを持ったらどうなんだ?」


「あー、ウルせウルせ。黙れ」


雑誌から目を離さずに、手でシッシと隼人の方をはらう。


「けっ」


これ以上ボロを出したくないので、強引に締めくくる。

お店の内情をさらけ出したことが華子に知れたら後がうるさいのだ。


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