未來の風俗営業。パンチラジャンケン勝負!
「じゃーんけーん!」
「ポン!」
「くっそ~また負けちまった!」
「いえ~い! 連勝街道爆走中!」
未來が騒いでいる。
本当にいつでもどこでもうるさいヤツ。
そして、思った。
『やっぱり都会の私立に行くべきだったのだろうか?』
自分で言うのもなんだが、勉強はできるほうだ。
パパもママも、そんな私の学習面については多大なる期待を持っているようだけど、しかし、そのことでプレッシャーを与えるような愚行は決してしない。
「好きなように勉強しなさい」
高校受験の三者面談の時に、進学校を強く推薦していた教師に構わず言ってくれた二人の言葉だ。
本当の意味で、できている両親だと思う。
だから、私は勉強を嫌いになることもなく、ノビノビとマイペースに学んでいるし、そんなこともあって成績もますます良くなっている。
中学校の時も地元ではなく、都会の進学校へ行く話もあったのだがあえて行かなかった。
理由は簡単。
実家から出てたくなかったから。
寮に入れば食事くらいは出るのだろうけれど、掃除だとか洗濯だとか、身の回りの煩雑なことに時間や気を使いたくはない。
そして、ママの美味しい料理や手作りお菓子が食べられなくなるのも辛いし、私の趣味である読書の理解者でありよき話し相手でもあるパパと別れるのも嫌。
あと、朝自力で起きるのも無理。
迷惑に感じることの方が多いけど、未來がギャーギャーやってくれることで目を覚ましているのも事実。
目覚まし時計なんて、いくつかけたところで起きることなどできない体なのだ。
私立の学校は学習レベルが違うと言うけれど、そんなことなど問題ではない。
というよりも、その辺を工夫して学力アップすることも勉強の内なのだから。それこそ一人の手では負えないような研究だとか実験だとか、よほど高度なことでもない限り教えられなければ学べないことなどには、何の意味もないとすら思っている。
気がつくこと、ひらめくこと。
勉強する上で脳みそが一番刺激を受けて活性し発達する瞬間は、そこにあるはず。
反復学習での詰め込みでは絶対に得ることはできず、覚えるための勉強しかしていない人には決してわからない。
けど、本当の意味での学習をしている人なら、誰もが気がつくことだ。
だから、極論だけれど勉強する気さえあればどこだって同じということ。
なのだが、それでもこの学校の環境はよろしくない。
偏差値は県内でもまずまずのポジションにあるので、学習内容についての不満はそれほどないけど、校風がどうしても馴染めないのだ。
よく言えば自由、悪く言えば好き放題な校内環境の発端は、全国的に学生運動がはやった××年にそれまでガチガチの校則で固められていた校風に反発した早熟な生徒たちが当時の風潮に便乗して打ち破り、その後校則などの面は生徒の自主性に委ねる部分が多くなったというのを聞いたことがある。
その一番の表れとなっているのが服装だ。
何を着ても自由。
制服は用意されているけど、私服での登校も認められているのだ。
風紀を学生が握ったばかりの昔では、学生服姿で登校する一年生に上級生が生卵をぶつけるという過激なこともあったそうだけど、現在では私服七割、学生服三割といった感じで日によって私服と制服を使い分ける生徒も多い。
そして私はというと制服組。
おしゃれは興味あるけど、朝のバタついたときにそんなことを考えたくはないからね。
で、そんな校風だからか知らないけど、自由と勝手を履き違えている馬鹿どもが多くてこのありさま。
わめく、叫ぶ、そして暴れる。
実際のところ、十六年も生きていたら獣ですらもっと落ち着いた行動をとるのではなかろうか?
そういう意味では、ここは動物園以下。
うるさいのがなによりも嫌いな私にとっては、休憩時間になるたび不愉快になる。
十分程度では図書館や屋上、保健室に退避できないし、女子トイレもこことそんなに変わりはない。
そして、そんな劣悪環境作りの急先鋒なのが未來だったりするのだ。
本当に困ったヤツ。
そんなのと常に一緒という悲惨さ、わかってもらえるだろうか?
家でも、部屋でも、そして学校のクラスにまで近くにいるのだから、気が休まる時などない。
双子の場合、同じクラスにはならないと聞いたことがあるのだが……その事実はさておいてクラスメイト。
それも幼稚園の時からずっと。
大体この学校を進学先として選んだのは、未來と違う学校に通いたいためだったのに、あろうことか合格しやがったのだ。
あの馬鹿の学力で受かるのはまず無理だと思っていたのに。
何らかの不正があったのではないかと疑わずにはいられない。
カンニングか?
それとも私が知らないだけで一芸入試でも行っていたのだろうか?
もしかしたら誰かの答案と間違って採点ミスがあったのかも?
大いに考えられる。
そして、いまもまた馬鹿なことをやっている真っ最中なのだ。
「はいよー! 毎度ありぃ! 三百円な!」
そう言って、鞄の中からパンを三つ取り出しては、じゃんけんに負けた相手に渡している。
「ちくしょ~、って、またジャムパンかよ!」
「あ? なんだよ? 文句あんのか?」
「そりゃあるだろーよ。しかも賞味期限が明日までじゃん!」
「アホウ! 今日の昼食べるんだから、明日だろうが明後日だろうが関係ないべ?」
「いやいや、九個も同じパン食えねぇし」
佐藤君がぼやいている。
「あのよ、このパン一個六十円じゃなかったか? この間お前の店で買った時おつり貰ったぞ?」
田中君の言うとおり。そのパンは六十円也。
「バカヤロ! こちとらパンチラ賭けて勝負してんだぞ! それくらいのリスクを負えないなら勝負すんな、このボケ! 大体にして四十円程度の釣銭とかみみっちいんだよ」
「いや、ひと勝負三個賭けだから、百二十円なんすけど……」
「細けーんだよ、お前は! もう勝負してやんないぞ!」
「いやいや、わかったよ」
勝てば賞味期限切れ直前の在庫を買ってもらう。
負けたらパンチラをするという三本先取のじゃんけん勝負をしているのだ。
未來の行動は本当に頭痛が伴う。
頼むからお店の評判を下げるようなことはやめてくれ。
「おーし! 次の栄光無きチャレンジャーはどいつだ~! あたしが残らず屠ってやる!」
勢いづいて机を叩きながらわめいている。
その時、
「おいおい、お前ら正気かよ? ドブスのパンチラなんて見てどうすんだ? 店の在庫処分役を買って出て、腐りかけのパンなんか掴まされれるとか馬鹿丸出しだな」
隼人の声だ。
「誰がブスだ! ぶっ殺すぞ!」
即座に未來が反応して汚い罵声を浴びせかけた。
「ブスじゃねぇよ、ドブスって言ってんだ」
「お前マジで死にてぇようだな?」
指をボキボキいわせながら、隼人に食ってかかっている。
「そういう汚い言葉づかいや態度がドブスだって言ってんだよ」
まさに同感。
そんなあきれ口調の隼人の発言に対して、取り巻きの女子の一人が言った。
「早川君ひどーい。女の子にブスとだけは言ったらいけないよぉ」
「そうよぉ~未來かわいいじゃん」
「あのな、女子が女子に対して言う可愛いってのはブス、男が男に対して言うかっこいいってのは不細工ってのは定番じゃん」
確かに。
それは隼人の言うとおりかも。
ただ、未來がかわいいかどうかはともかく、男女ともに人気があるのは事実。
中学の頃にはひそかにファンクラブも存在していたくらいなので(男子ばかりではなく中には女子も混じっていた)、なんらかの吸引力があるのは間違いないのだろう。
まぁ、私には到底理解できないけれど。
「てかよ、俺は紳士だから女の子にはブスなんて表現使わねぇし」
含み笑いを交えながら隼人が未來を挑発している。
「あ? なに言ってんだこいつ? あたしは女だろうがよ?」
わかりやすく小馬鹿にされていることに気がつかない未來。
でも、こういうときは低能でいてくれたことに感謝。
理解したら、また口汚くわめき散らすだけだろうから。
「なんでもねえって、気にすんな」
そう言って場を取り繕うと、隼人はそこを離れて私の席の方へと向ってきた。
『わっ! もしかしてこっちにくる!?』
とっさに視線を外す。
ドキドキしながらなぜか顔や髪にゴミが付着していないかとか、メガネは曇っていないかとかが気になりだす。
が、もう遅い。
『なんでこうなんだろう?』
そういう態度を取れば、かえって不審さが増すだけなのに。
そんな事、心理学の初歩の初歩。
もっと高度なことまで学習しているのに、そんな基本すら実戦できないなんて……。
ときどき思うことがある。
学んでも、アウトプットできないことにいったい何の意味があるのか、と。
そんな余計なジレンマを感じるくらいなら、いっそのこと知らないほうが幸せなのではないだろうか?
さっき隼人に言われた皮肉の意味がわからない未來のように。
そして間もなくすると、やはり隼人は私の席の横に来て話しかけてきた。
「おい、華子」
「えっ? あっ、早川君?」
いま気がつきましたという態度。
零点。
どころかマイナス、
いやそれ以下。
ホント、しらじらしすぎるから!
リアルでは口に出せないくらいの悪態でもって思いっきり頭の中で自分を叱りつけた。
またも、やってしまった。
アウトプットができない。
ああ、嫌になる。
「おい、お前んとこの店、いつから風俗営業始めたんだ?」
そう言われて、途端に恥ずかしくなる。
未來のアホ!
「いや、あれはアイツが勝手にやっていることだから」
たぶん、いま私の顔は赤くなっているはず。
気がつかないでほしい。
「にしても、なんであんなにジャムパンばっかり余っているわけ?」
「我が家の方針なの。社会勉強の一環としてお店の商品を発注することも分担しているんだ」
「ってことは……おいおい、まさか一部とはいえあんなのに店のこと任せてんのか? 下手したら店傾くぞ」
そう、まさに隼人の言う通り。
しかも大体においてなにかしらのしくじりや同じ過ちを繰り返す。
もう言い飽きたが、馬鹿だから仕方がないとはいえ、見ていて本当にイライラさせられる。
というか、未來がそんなだからあえてパパもママも仕事を手伝わせているのだろう。
あんな適当な仕事ぶりでは、社会に出てから確実になにかやらかすだろうから。
そして、今回も誤発注。
五個注文するように言われたところを二十九個としてしまったのだ。
なに一つ合っていない。
もう、間違いとかいうレベルの話ではないのだ。
本当に、どうかしていると思う。
そして、お馴染の反省はなし。
笑ってごまかす。
どころか、
「いや、売れると思ったから多めに取ったんだよね。失敗失敗」
などとニヤケながらうそぶく。
さらに悪いのは、そのオドケにつられてパパもママも許してしまうこと。
これ、絶対に良くないと思う。
「私もそう思うんだけどね」
「まぁ、自分で帳尻合わせているんだからまだいいのかもな。ところでさ」
そこでいったん言葉を切って、明らかに声のトーンを変えてから切り出した。
「次の日曜日に未來と町に買い物行くんだけど、お前もどう?」
「そうなんだ。でも、ごめん、日曜日はちょっと……」
とっさに嘘をつく。
用事などない。
しかも、休みの日はたいがい部屋にこもって読書やその他趣味に没頭という生活パターンは未來も知っていること。
そんなすぐにバレるようなことをろくに考えもせず言ってしまった。
発言、行動ともに浅くて幼稚。
自分でも不思議に思うくらい、慎重さが足りていない。
人を好きになるということは、こうまで自分を見失うことなのだろうか?
そして偽らせるものなのだろうか?
「そうか……なら、仕方がないな。じゃあ、また今度」
そういうと、隼人は踵を返して私のそばから離れていった。
その態度が少し寂しげに見えたのは、私の都合のよい解釈なのだろうか?
そして、本当はもっと話をしていたかったのに、これも自ら終わらせてしまったのだ。
髪切ったんだ?
少しだけしか切っていないのによく気がついたねって?
女の子はそういう変化に敏感なんだよ?
今朝はごめんね、私の自転車のチェーンがなぜか外れていたから未來の自転車で二人乗りしてきたの……
ちょっと聞いてほしいんだけど、また未來が……
実はこの間眼鏡変えたんだ。
似た感じのフレームだからわかりづらいだろうけどね。
けどさ、それでも気が付いてほしかったなぁ。
女の子って、そういう小さな気遣いに喜びを感じるものなのよねぇ……
口に出せない話題が次から次へと思い浮かんでは消え、消えてはまた浮かぶ。
その積もり積もった妄想が後悔として重く圧し掛かる。
こういうとき、想像力たくましい自分が恨めしく思う。
隼人、隼人君、早川君……。
いつ、何がきっかけで彼の呼び方を変化させていったのか、その理由はよくわかっている。
好きになり、意識し始めるほどになぜか距離を置くような態度や行動が、そうさせたのだということは間違いない。
けど、そのタイミングについてはもう忘れてしまった。
恋心とはなめらかな傾斜のようだけど、実は急な階段でもあるという不思議な感覚だと思う。
言葉の意味は崩壊しているが、継ぎ目のあるシームレスとでも言おうか。でも、意味がわからないからこそ、不思議なのだとも言えるのだけれど。
そんなことを考えていたとき、未來のいるところからどよめきが聞こえてきた。
「お~し! あと一勝だぁ!」
佐藤君が大声ではしゃいでいる。
「パンチラ! パンチラ!」
周りの男子たちも賑やかだ。
「おい! 佐藤! ぜってー負けんなよ!」
「任せておけ!」
「おーし! 燃えてきたぜ。あたしが勝つ!」
舌。
未來が気合いを入れた表情をして、唇の端を舌の先で舐めている。
あの子の悪い癖。
なにかに決意して取り組むときに見せる行動。
舌を出すのははしたないから止めろと、以前から注意しているのにいっこうに直さない。
いや、直す気もないのだろう。
「ねえねえ、未來の勝負にリーチがかかったみたいよ」
斎藤さんが話しかけてきた。
が、私は視線も合わせずにぽつりと言った。
「未來の勝ちよ」
この子、嫌い。
陰で私のこと、ガリ勉の暗い奴って言っていたのを知ってしまったから。
そう、例の能力で。
なんで未來が勝つなんて、言ったんだろう?
そうだ、このシーン、能力を使っていつか誰かの未来を覗いたときに見たことがあるような気がする。
「じゃーんけーん!」
大きな二つの声が教室を占領した。
多くの人が成り行きを見守っている中、私だけは平然としている。
結果を知っているからというよりも、そもそもこんな馬鹿騒ぎに興味がない(というより嫌悪している)ということもあるけれど。
「ぽん!」
そして、静寂を破る声。
「やった!」
未來と佐藤君の勝利宣言が同時に上がった。
一瞬にして、真顔で睨みあう二人。
そしてもちろん衝突。
「おい、未來! 俺の勝ちなんだからちゃんと負け認めろよ!」
「アホウ! お前がいま出したのはピストルだろうが!」
それにしても、ひどい会話。
なんと醜くて低次元な言い争いだろう。
「佐藤よぉ……」
落胆している男子の声が聞こえてくる。
「えっ? ピストル? 俺チョキ出していなかった? って、いいじゃん! 俺のいたところでは、これもちゃんとしたチョキなんだぞ?」
佐藤君が出したのは人差し指と親指を立てる特殊なチョキだったのだ。
この土地のじゃんけんルールでは、チョキは人差し指と中指を出しているときのみ認められ、前述のものはルール違反。
反則負けとなるのが、通例なのだ。
佐藤君は高校入学のタイミングで引っ越してきたばかり。
興奮のあまり、以前の土地で使っていたチョキを出してしまったのだろう。
「佐藤、テメェ! この大一番でなにウケ狙ってんだよ!」
「大体にしてピストルがじゃんけんに認められているなんて、いったいどこの里からでてきたんだよ! この田舎もんが!」
「だれが田舎もんだ! ここなんてド田舎どころか未開の地じゃねぇか! 大体にして住所の番地が五ケタもあるところなんて聞いたことねぇぞ!」
周りの男子と佐藤君が醜く言い争っている。
そんな状況をお構いなしに未來が高々と宣言した。
「よっし! それじゃ今日はこれで店じまいな!」
誤発注分のパンを完売したのが嬉しいのか、やたら誇らしげな未來。
「それにしてもさっすが、未來さん! 怒涛の三十二連勝とか、まさしく鬼神のごとし!」
有頂天になって自画自賛している。
どうでもいいことなのに。
佐藤君に毒づき飽きたのか、勝負を観覧していた取り巻きも各々に会話をし始めている。
「あ~ジャムパンこんなにいっぱい……どうすっかなぁ」
「未來様、こんどはジャムパン以外で頼みますわ」
「おう! 任せておけ!」
未來はそう言ってドンと胸を叩いたが、任せておけて……また発注間違えるつもりかよ。
「それにしても三十勝オーバーとか、ありえねぇ勝ちっぷりだな」
「へへ、あたしゃここ一番の勝負事で負けたことがないのよね」
鼻高々な未來。
もっと、意味のあることで誇らしげにしてほしい。
「にしても未來よぉ、せめてさ、少しだけでもいいから見せてくれない?」
鈴木君が言った一言に、みんなが乗っかってきて一気に騒然となった。
「そうだ! そうだ! いままでお前にどれだけ貢いだことか! 俺達には見る権利がある!」
男子生徒たちの血走った目と口角飛ばす勢いに未來は気押されているようだ。
「お前に小遣い巻き上げられたせいで今月の『投稿写真』買えなかったんだ! その責任を取れ!」
「なに言ってんだ! この馬鹿野郎ども! エロ本なんて河原に行って拾ってこいっての!」
「いや、河原に捨ててあるエロ本って、ほとんど俺らの元共有物なんだわ」
「知るか馬鹿! 大事な大事な商売品をそうやすやすと見せられるかよ!」
パンチラが商売品とか。
馬鹿言っているのはお前自身だろ。
「なぁ、少し! 少しでいいからさ!」
食い下がるオスども。
最低!
お前ら全員死ね!
「わかった、わかったよ」
「えっ! てことは?」
「しようがねぇえな。ちょっとだけだぞ?」
やれやれという表情としぐさで男どもを手玉に取る。
「うお! マジかマジかマジかぁ~! 未來様、仏様」
オスどもがさらにさかる。
その様からは、なんか臭いものが匂ってきそうなほどに不潔な雰囲気が満ち溢れている。
女子連もこれには驚きの声を上げた。
「え~! 見せちゃうわけ? お前それはいくらなんでも安すぎるよ!」
すると未來は含みのある笑みをたたえながら言った。
「ま、ファンサービスの一環だな。人気商売の辛いところよ」
なにが人気商売だ。
「お~し、お前ら! ティッシュの用意はいいか~! しっかりと見ておけよ~!」
下品……。
そしてそこまで言われつつも男子たちは、目玉が落ちそうなほどに目を見開いて、固唾を飲む。
静まり返ったことも手伝って、生唾を飲む音が聞こえてきそうなほどに。
そして冗談交じりに未來がスカートをめくり上げた。
「いや~ん! ちょっとだけよ~!」
その瞬間、一瞬騒然としたが、その声はまもなくして罵声へと変わった。
「お、おい! 未來! お前汚ねぇぞ! スパッツ履いているなんて詐欺じゃねぇか!」
してやったりな表情の未來。
「未來、ナイス! いや~あんた最高だわ!」
「お前だけは期待を裏切らないよな!」
周りの女生徒達が、男子たちの間抜けな姿を見て笑い声をあげている。
「ふん、あたしが負けたら、そんときはスパッツなんて脱いでちゃんと見せてやるよ。そういうことは勝ってから言えっての。大体にしてだなぁ、女子高生の生パンにどれだけの価値があるのかわかってねぇんだよ。安くないんだよ! 未來さんのパンチラは!」
落胆して言葉もなくうつむく男子たちだが、なぜかひとり、らんらんとした表情の鈴木君が、意味不明な提案を持ちかけた。
「あのよ、未來。スパッツ履いたままでいいからさ、楽しげな表情じゃなくて恥ずかしそうな顔してゆっくりオズオズとスカート上げてくんない?」
「は?」
頓狂な声を上げる未來。
そして大声で一蹴する。
「鈴木、お前、変態かよ! なにマニアックなシチュエーションをオーダーしてんだ!」
周りの女生徒たちからも、非難の声が上がっている。
「え~マジ最低なんですけど……ロッカーやげた箱の臭いかいでハァハァしていそう」
「鈴木君キモ~い。怖くて学校に体操着置いて帰れないわ~」
「あとたて笛もね」
「あたしはリコーダー」
「いやいや、たて笛やリコーダーなんてもう授業で使ってないし。小学生かよお前ら」
拒絶感をあらわにする女子。
そして、男子生徒からもまったく擁護してもらえず孤立無援。
「鈴木、お前……」
そんな、状況に危機を感じたのか、鈴木君はとっさに自己弁護を始めた。
「おいおい、俺は男子全員の願いを代表して言っただけだろ?」
「こら、お前、勝手に自分の変態願望と俺らの高尚なエロスをリンクさせんなよ」
「そうだよ、俺らの清潔な卑猥とは無縁。巻き込むな」
「いや~、お前がこんなに妄想たくましい変態とは思わなったわ。三面記事デビューも間近だな! よかったな!」
そういって鈴木君の肩を叩きつつ、みんなではやし立てている。
「まったくしようがねぇ、連中だぜ」
ヤレヤレ顔で場をまとめる未來だけど、すべての原因はお前にあるということを忘れるなよな。
一連の馬鹿騒ぎも潮が引き、ようやく教室も静かになった。
あちこちで雑談する声が聞こえてくる。
「おい、そんなところで腹筋して大丈夫なのかよ?」
「わけねーって。俺はこれくらいの負荷がないときかねぇんだよ」
「にしても、体を外側にするのはさすがにリスキーじゃね?」
「危機感があるほど刺激が強くなるのさ。ってか、ちゃんと足押えてくれよ」
『……この会話も、聞き覚えあるな』
ぼんやりと考えていたけれど、刹那、神経が逆なでられるような衝撃が走る。
『そうだ! 田中君が窓際に渡っている手すりに足をかけて腹筋しているとき、手すりが折れて落下するんだ……そして』
勢いよく私は席を立った。
田中君を助けるため、ではない。
その後の騒然とした、いたたまれない空間から逃れるために。
駆けだして廊下へと出たそのとき、背後から悲鳴が聞こえてきた。
「おい! 田中が落ちたぞ! ピクリともしねぇし! やべーって!」
教室内は騒然となり、廊下でその声を聞きつけた野次馬たちも教室に入って窓から落下した田中君の姿を見ているようだ。
気分が滅入る。
『やっぱり未来になんて、ろくなことがない』