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おじいちゃんが病気に。けど、それを知ったショックよりもそのことを一番に私に教えてくれなかったことの嫉妬のほうが勝る私って……

土曜日の午後。

今日は部屋で絵を描く練習をしている。

しかし、なんとなくぼんやりとした感じだ。

理由は分かっている。


『どうなったのかな……』


この間未來から隼人のおじいちゃんのことを聞かされて一週間経のだが、何の音沙汰もないのが原因だ。


未來のことだから、案外忘れているのかもしれない。

いい加減なヤツだから。

絵筆を置いた。

描きかけの絵を見る。


「う~ん」


なんとなくしっくりこない。

自分の顔ってこんな感じだったのだろうか?

自画像を描いているのだが、かなり手こずっている。

一番身近で見慣れているだけに描きやすいもののはずなのに、とても難しい。

身近だからこそ雑なところや表現しきれていない部分が目につくのかもしれないな。

それに集中できていないのも原因なのかもしれない。


そういえば、先週の図書館でもそうだったな。

私も意外とむらっ気がある。

いや気もそぞろか?

それだけ隼人のことを意識しているということか……。


自画像の資料用として揃えた写真に目をやる。

いずれも無表情だったり楽しくなさそうな顔つきばかりだ。

逆に一緒に写っている未來はなにが楽しいのか、大はしゃぎしているものばかりだ。


「まったく華子ったら、つまらなそうな顔してからに……」


被写体がよくないのかもしれないな。

こんな生気のない顔描いても面白くもないか。

って、自分の顔なんだけどね。


鏡を覗き込んだ。

女であるのだから、これはごく自然な行為なのだけれど、最近はかなりの頻度な気がする。


『意識しているのだろうか』


鏡を見るという行為は、必ずしも自分のためだけにすることではないし、そこに映っているのも自分を見ているのではない。

他人、それも好きな人が、この顔を見てどう思っているのか?ということを知るために鏡を覗くのだ。


「……」


目を細め、歯を少し出して笑ってみる。


そんなことをしているところにドアがゆっくりと開かれたことに気がついてびっくりし、すぐに鏡から視線を外してそちらを見た。


「未來……」


「……」


うつむいて、黙って立っている。

らしくないな、と思った。

普段なら、いくら注意しても無駄に勢いよくドアを開け閉めするようなヤツなのに。


それに、珍しく陰気な感じでもある。

話しかけてよ、というオーラをふんだんに醸しているのだ。

コイツは無言でも主張を発散しているようなヤツなので、黙っていたって何を言いたいのかがすぐにわかる。


「どうしたの?」


仕方がないので私のほうから話題を振ってやった。


「うん、実は今隼人と会っていたんだけどさ」


『むっ!』


気遣いがとっさに嫉妬へと変わった。


休みの日は一日中部屋から出ないことも珍しくない私が隼人と会う機会に恵まれないのは当然のこと。

逆に日中家にいるほうが珍しいぐらいの未來なら隼人と遊ぶのはごく自然なことなのは分かっているのだけれど、そんなことで割り切れないのがジェラシーという魔物。


「なんだ、暗い顔して。どうせ、また早川君にからかわれたんでしょ?」


挑発して嫉妬の解消を試みる。


「いや、隼人のおじいちゃんだけどさ……」


なんだ、おじいちゃんのことか。

なにをもったいつけいるんだか。


「おじいちゃんがどうしたの? そういえば、手助けする話はどうなったわけ?」


「なんかさ、おじいちゃん、癌なんだって」


「……」


私って嫌な女なのかな。

おじいちゃんが癌であるという衝撃の事実よりも、隼人はなんでそのことを未來ではなく私に話してくれなかったのか?ということを先に考えてしまったのだから。


『私ってもしかしたら人間性に問題があるんじゃなかろうか。それとも、他のことがどうでもよくなるくらいに隼人を強く慕っているということなの?』


「ねぇ、どうしよ? このままじゃ手助けどころじゃないよね」


似合わぬ弱気な表情と口調の未來が私を自己弁護の世界から現実へと引き戻した。


「うん、ちょっと待って」


右手の親指が上。

その形で指を組み合わせてから深呼吸をひとつ。

そう、まずは情報を整理しないと。

唐突かつ重大な事柄なだけに、このまま突っ走るのが一番危険なのだから。

でも、未來はと言うと、いつものようなせっかちさを顔に浮かべている。


「そんなのんきに構えていないで早く!」


とでも言いたげな表情だが、私はまったく動じない。

そう、こういう時こそ落ち着くのが一番だ。


『なにか飲みたいな』


のどの渇きを覚えている。

一つのこと以外にも感覚が反応している証拠だ。

悪くはない。

いまはちゃんと落ち着いている。

とりあえず、ひとつずつ確認していかなければならない。

何をするにも、まずはそれからだ。


「未來、なんでおじいちゃんが癌だってことがわかったの? 早川君はそれを誰から聞いたわけ? いまおじいちゃんはどこにいるの?」


「うん。実は隼人がおじさんとおばさんが癌でおじいちゃんだけが知らないんだけど見当たらないんだ!」


意味不明。


「うん……そうだな、ひとつずつ順を追って聞こうか」


未來からの話を要約すると、おじいちゃんが癌であることは半年ほど前の検診のときに発見され、隼人の両親には知らされたことだったらしい。


当然簡単には切り出すことができずにいたところに、突然おじちゃんは件の謎の活動を始めた。


それは日を追って活発化、夢中になっているだけに、ますます言いだせずにいるところで先日の検診結果が思わしくなかったため、病院から入院するようにとの連絡が入ったのだという。


そして現在は今朝出かけたきり自宅に戻らないことから隼人にも事実を説明しておじいちゃんを探していたところで未來にばったりと会って……というところだが、さてさて。


「もう愚図愚図してないで急ごうよ! ここにいてもはじまらないし!」


「行くって? どこを?」


「そ、それは……」


「少しは落ち着きなさい。あんたの悪い癖だよ」


「うん」


またしょげかえっている。


「そんな顔しないで。とりあえずは早川君に電話してみようよ。もしかしたら帰っているかもしれないし」


「そっか! じゃあ、あたし電話してくる!」


『いや、あの隼人の家の電話、できれば私がしたいんですけど。隼人が電話に出るかもしれないわけで……』


と(もちろん全部は言わないけれど)言う間もなく、未來はドアを思いっきり開け閉めして出て行った。


「ったく」


◆■◆


数分後またもションボリした顔の未來が部屋に戻ってきた。


「まだ、帰っていないって」


「そう」


「……」


未來は感情の起伏が激しい子だ。

特に普段の行動においては喜怒哀楽の喜怒楽の部分が飛びぬけており、チャートグラフで表せばその三つだけがグラフの目盛を飛び出してしまうほどに。


逆に哀の感情はママのお腹の中に忘れて生まれてきたんじゃないかと思えるほどめったに顔を出すことがない。

そんなこともあり、いったん哀モードになるとくっきりとしたコントラストとなって、見る人に必要以上の不安を与える。


そして今もそうだ。

芝居を打つような小賢しさはない。

本当に悲しんでいるのだろう。

それなら私は?

隼人のおじいちゃんに優しくしてもらったいろんなことが脳裏に去来する。


隼人の家に泊まりに行って未來と喧嘩したときの仲裁、その後にお菓子をくれたことや隼人と一緒に行った花火大会、お祭り、盆踊り、お正月、七五三……未來と一緒に同じだけの優しさを与えてもらっているはずだ。

なのに、なのに私は。


「……」


ふと、未來の視線に気がついた。

私が何か言うのを待っているようだ。


仕方がない。


「未來、行くよ」


「でも、あてはあるの?」


「そうね。もしかしたらだけど、ひとつだけおじいちゃんが居そうな場所に心当たりがあるんだ」



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