華子、鍛錬の結果って目に見ることばかりに使われるわけじゃないんだよ
「ん……あれ? 今日は珍しく早起きだな」
未來が朝のジョギングのために目を覚ましたようだ。
「まぁね」
結局眠れなかったので途中で諦めて、聖書の続きを読んでいたのだ。
にしても、何が珍しく、だ。
まぁ、そうかもしれないけど、全部お前のせいだろうが。
軽口叩きやがってからに。
それにしてもコイツ、よく目覚まし時計無しできっちり起きられるよな。
お前はニワトリか。
まぁ、人よりも獣に近いヤツではあるけれど。
未來は二段ベッドから飛び降りるとパジャマを脱いで運動着に着替え、床に座ってストレッチを始めた。
百八十度開脚をして上体をべったり床につけている。
『すごい柔軟性』
全身コチコチ、ママの勧めでお酢を飲んでもまったく効果なしの私からしてみれば、天と地ほどの違いがある。
一卵性の双子でありながら、この差はなんなのだろう?
そこまで考えて、我に返った。
『別に、羨んでいるわけではないし』
柔軟体操が済むと、体を床に突っ伏して腕立て伏せを始めた。
鍛えられた上腕二頭筋がこぶになったり引っ込んだりと、激しい運動をしているのがわかる。
数をこなすほどに険しい顔つきとなり、限界が訪れて仰向けになって倒れこんだときの表情はどこか恍惚としているように見えた。
大げさなくらいに深い呼吸を繰り返している。
「苦しくないわけ」
思ったままのことを聞いてみた。
「はあはあ、あ? 苦しいに決まってんだろ?」
「なら、なんでそんなことするの? それにあんた部活に入っているわけでもないんだし、そんなに頑張る必要もないでしょ」
未來は意外にも運動系の部に籍を置いていない。
運動なら、ではなく運動だけは無駄にずば抜けており、陸上から球技、格闘技に至るまでなんでもござれのオールラウンドプレイヤーなので、ちょくちょくいろんな部から助っ人として呼ばれて手伝うことはあるようだ。
「体鍛えて虚しくないわけ? どう頑張ったって男にはかなわない時点で生まれながらに頭打ちなわけだし、年をとるとどうしたって衰えていくんだから、やるだけ無駄な気がするんだけど」
呼吸が整ったのか、よっと掛け声をかけて一気に体を起こして、腕のストレッチをしながら言った。
「あのな、鍛えるっていうのは何も肉体に限った話じゃないんだよ、っと」
部位を変えて、丹念に筋肉を伸ばしている。
「何言ってんの? またお得意の根性論か?」
冷やかし半分で小馬鹿にすると、未來は珍しくまじめな顔になって言った。
「それもあるけど、全部ではないな」
もったいつけやがって。
どうせ大したことでもないだろうに。
「全部でないなら、残りはなんなのさ?」
「打ち勝つためだよ、いろんなことにね」
「いろいろって何?」
「だからいろいろだよ。目に見えるものもの見えないものも含めて」
そう言うと、立ち上がってそれ以上の補足もせずに部屋から出て行った。
「何カッコつけてんのよ。無理に難しいこと言おうとしてからに」
とは言ったものの、未來がそんな小賢しいことを言うような器用さはないのは知っている。
なら、本当に意味のあることなのだろうか?
見えないものにも勝つって一体?
『考えても仕方がないか。未來の考えることなんてたかが知れているはずだし』
とはいえ、たかが知れているヤツが言ったことが理解できないことに何となく引っかかりを覚えつつも、お腹がすいたので私も後に続いて部屋を出た。